ゆるさない
OKAKI
第1話
「ねえ、先生まだ?」
「もうすぐ来るはずだろ」
「今日のしきり誰?」
「先生でしょ?」
「先生、早く来ないかなぁ……」
休日の夕暮れ。ピッタリと門の閉まった小学校の校門前に集まったのは、成人式を終えたばかりの新成人39人。この小学校の元4年4組のクラスメート。今は、元担任の巽先生の到着を待っている。
今日集まったのは、10年前の2分の1成人式の後、学校の裏山に埋めたタイムカプセルを掘り出すため。
私達、元4年4組は、特に仲が良くて絆の深い、奇跡のクラスと呼ばれていた。
運動会、球技大会、大縄跳び大会は、他クラスを圧倒してぶっちぎりの1位。合唱コンクールは息のあった美しいハーモニーで、どの先生も絶賛してくれた。
成績も、4年の時がダントツで良かった。若くて教育熱心な先生が放課後にクラス勉強会を開いて、みんなで勉強を教え合っていたから。多分みんなも、良い成績を誇っていたと思う。
思い返してみると、巽先生以上に良い先生は、いなかったと思う。
先生は、今何歳なんだろう? 結婚したのかな? きれいな奥さんと、お子さんもいるのかな?
ここにいるほとんどの女子が、若くてカッコ良かった巽先生に、恋をしていたと思う。
「渡辺さん、内田さん。お金、今もらっていい?」
こっそりと、志村さんが声をかけてきた。
「うん。用意してきた」
私達はポチ袋に入れてきたお金、550円を志村さんに渡す。
「ピッタリ。ありがとう。えっと、後は……」
志村さんはお金を確認すると、別の女子のところに行った。
男子には内緒の、巽先生へのサプライズプレゼント。女子19人でお金を出し合って、ネクタイをプレゼントすることになった。志村さん達は、その仕切りをしてくれている。
学校で禁止されていたのもあって、小学生の頃、先生はバレンタインチョコを絶対に受け取らなかった。だから今日渡すプレゼントは、かつて受け取ってもらえなかったチョコの代わり。デザインとかは、デパートでバイトしているという志村さんまかせになったけど、それくらい仕方がない。
「みんなお待たせ。久しぶりだな」
後ろから声がして振り向くと同時に、周囲がざわめいた。
「た、つみ……先生?」
「お、石井か? 石井、眼鏡やめたんだな? 眼鏡ない方が、カッコいいぞ」
声や話し方には、授業を受けていた時の面影が残ってる。だけど、その姿に面影はない。10年前、背が高くて筋肉質でがっちりした先生の体は、今は骨と皮ばかりになっていた。
「先生……病気でもしたの?」
遠慮気味に、でもはっきりと杉下くんが尋ねた。みんな様変わりした先生を心配して、聞きたいと思っていたはずだ。クラスのリーダー的存在だった杉下くんは、いつもクラスを代表して、言いにくいことも言ってくれる。
「違う違う。最近ちょっと忙しくてな」
最近忙しくて、こんな風になってしまうものだろうか? やせただけじゃない。短くも黒々としていた髪は抜け、地肌が透けて見えている。顔色は悪く目は落ち窪み、まだ30代のはずなのに、もっと上の年齢に見えた。
「さあ、行こうか」
先生は、半分引きずるようにして持ってきたシャベルを持ち直して言った。
「先生、俺、持つよ」
10年前よりさらに大きくなった岩田くんが、先生の前に出て言った。
「おう、岩田。悪いな」
軽々とシャベルを持ち上げた岩田くんは、複雑な顔をして先生を見下ろしている。
大きくたくましかった先生がこんなに小さく見えるのは、私達が大きくなったせいばかりじゃないと思う。
「じゃあ、行くか!」
複雑な思いを引きずりながら、私達は先生に続いて裏山に登った。
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