11  終焉

 ユーリは、イリスとフォン・フォレストの海岸に座っている。




「死ぬ時も一緒だなんて、グレゴリウスの嘘つき!」




 喪服を着たユーリは泣きながら、石を海に投げ込む。




『ユーリ、こればかりは仕方ないよ。それにグレゴリウスは、長生きしたじゃないか』




 少し責めるのは気の毒だと、イリスは弁護する。80才を越えても若々しいユーリは、グレゴリウスが自分をおいていったのが許せないと泣く。




 60才でフィリップに譲位してからは、レオポルドの領地になったフォン・フォレストで、のんびりとスローライフをする約束だった。ユーリの息子のフィリップは国王として立派にやっているのに、譲位してもグレゴリウスは外国への訪問とかで忙しく過ごした。




『スローライフなんて、嘘ばっかりだわ。挙げ句に、呆気なく死んでしまうだなんて』




 父親の心臓が弱い体質を引き継いでいたのをアラミスがカバーしていたのか、年を取って心臓が悪くなったのを庇っていたのか、70才を過ぎた辺りから騎竜が灰色に変色していくのをユーリは心配していた。それなのに、大丈夫だよと笑いながらキスされると不安も消えていた自分をユーリは責める。




『グレゴリウスは85才だったのだから、男としては長生きだよ』




 イリスの言葉に自分をおいて行った友人達を思い出して、ユーリは涙をこぼす。ジークフリートはウィリアムが竜騎士隊長になるのを見届けると、フォン・キャシディに引退して余生をフェリシティと過ごした。




 ユージーンは外務相として長年グレゴリウスの治世を支えたが、フィリップの舅として出しゃばるのを気にして、即位と共に公務から身を引いた。ユージーンは長年の敵対関係だったローラン王国との同盟を締結し、フランツはその手足となって三国同盟を成立させた。




『男の人って、根性がなさ過ぎるわ。ジークフリート卿も、ユージーンも、フランツも、さっさと死んでしまって』




『え~、皆、長生きだよ。それにユーリには、子ども達や、孫達、曾孫達もいるじゃないか』




 この時代、平均寿命が55才ぐらいなのに、竜騎士達は70才ぐらいで、若さを保って生きるのは異例だった。ユーリに根性無しと言われた全員が、80才を過ぎての大往生と言われても不思議は無かったのだ。




 バサッバサッと音がして、マルスがエドアルドと降りてきた。




「ユーリ様、此処だと思ってましたよ」




 突然のエドアルドの訪問に、ユーリは驚いた。




「グレゴリウス様が亡くなられて、落ち込んでいらっしゃるのではと思いましてね」




 華やかな金髪も銀色に変わったが、きらきらする青い瞳はそのままのエドアルドの訪問にユーリは慰められた。




「同じ時代を過ごした人達が、居なくなるのは寂しいですわ。息子や娘達でも、この寂しさは埋めて貰えません」




 エドアルドもジェーンを亡くしてから、次々とハロルド、ジェラルド、ユリアンと支えてくれていた友人達を亡くした悲しみと寂しさから、ユーリを訪ねて来たのだ。




「ユーリ様は、ユングフラウには帰られないのですか? ここでの一人暮らしは、寂しいでしょう」




 ローラン王国に嫁いだアリエナからも、カザリア王国に嫁いだロザリモンドからも、気晴らしに訪ねて来るようにと手紙が来ていたし、ユングフラウにはサザーランド公爵に嫁いだキャサリンもいたが、グレゴリウスと晩年を過ごした館を離れがたく感じていた。




 キャサリンはアンドリューに長年の片思いをしていたが、追いかけでも振り返って貰えない不毛の恋に疲れた時に慰めてくれたラリックの優しさに癒されて、こちらが本当の相手だったのだと悟った。追いかけても




 アンドリューはキャサリンの事は嫌いでは無かったが、王女様を貰うのは気が重かったし、未だ10代で身を固めるつもりは無かった。サザーランド公爵家のラリックは可愛いキャサリンが大好きで、プレーボーイのアンドリューを追いかけているのに心を痛めていたのだ。




 二代続けて王女を娶るサザーランド公爵家には貴族達の羨望の目が向けられたが、おっとりとしたラリックを敵視する人は少なくキャサリンと平穏な日々を送っていた。


 


 ウィリアムはアリスト公爵として竜騎士隊長になり、レオポルドはフォレスト公爵として外交官となって、兄のフィリップ国王を支えていた。アルフォンスは国務省に勤め、テレーズはロックフォード侯爵家のジョーダンに嫁いだ。  




 エドアルドとユーリはそれぞれの子ども達や孫達の話をしていたが、配偶者を亡くした悲しみに引き戻される。




「ジェーンを亡くしてから、傷つけたことを後悔して過ごしているのですよ。優しいジェーンに、何て仕打ちをしたのだろうかと」




 ユーリもグレゴリウスの不調に気づかなかった自分を責めていた。




「アラスミが灰色になっていってたのに、私はグレゴリウスの心臓が弱っているのに気づかなかったのです。もっと気遣ってあげれば良かったわ」




「今も、グレゴリウス様の事ばかりなのですね。実は、一緒に老後を過ごさないかと言いに来たのです」




「まぁ、御冗談でしょ。それにグレゴリウス様が転生書類にサインをしないで、待っていて下さると信じてますから、お断りします。凄く嫉妬深い方でしたから」




 エドアルドは転生書類って何ですかと質問して、バカンスに行きたいと焦る死神カップルに前世の記憶を消去ミスされたとユーリは話す。




「ジェーンは、私を待っていてくれるでしょうか?」




 エドアルドは少し心配しながらも、また会えたら良いですねと言って、フォン・フォレストを辞した。








 ユーリは泣き暮らしていても仕方ないと、田舎でのスローライフを楽しもうとしたが、あれこれと問題が目について、嫁ぎ先の娘達を訪問したり、巡回竜騎士になったりして忙しく過ごす。




「一人でスローライフしても楽しくないわ。それぐらいなら、忙しくしていた方が気が紛れるの」




 フォン・フォレストに引き籠もっていた母上が竜騎士の制服を身につけて、巡回竜騎士になりたいと王宮に来た時に、フィリップは困り果てたが、泣いて暮らすよりはマシだろうと渋々許可をした。




 30代にしか見えないユーリを、皇太后だとは誰も気づかなかった。グレゴリウスが退位してからは、フォン・フォレストで過ごしていたし、葬儀の時はベールで泣き腫らした顔を隠していたからだ。




 ユーリは見習い竜騎士の孫や曾孫達を指導しながら、フィリップが退位するまで巡回竜騎士をしたが、孫のマキシウスが即位する前に辞めてフォン・フォレストに引っ込んだ。








『イリス、あなたと絆を結んで、100年になるのね……少し、疲れたわ……』




 ユーリはフォン・フォレストの海岸で、イリスにもたれて眠りについた。




『ユーリ、とても楽しい日々をありがとう』




 薄れていく意識の中で、フォン・フォレストの館へ行く道を塞ぐように舞い降りたイリスと絆を結んだ事、グレゴリウスにファーストキスをされて平手打ちした事、懐かしいママ、パパ、祖父母の顔が浮かんだ。




『イリス、子ども達に愛していると……グレゴリウス……待っていてくれるかしら……』






 イリスは子ども達が駆けつけるまでユーリを護り、光に解けていった。






 ユーリの死と共に花々は一斉に舞い散って、イルバニア王国の人々は不作になるのではと恐れたが、子ども達にも緑の魔力は受け継がれていた。




 偉大なグレゴリウス王を支えたユーリ王妃の物語は、イルバニア王国の人々の心に残った。 

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