第十三章  ユーリ王妃

1 ユーリと子ども達

 フィリップは、すくすくと成長して10才になった。


 そして、アルフォンスが退位してグレゴリウスが国王に即位して、今年で5年になる王宮には、賑やかな声が響く毎日が続いている。ユーリは王妃として公務と子育てと、その合間に仕事という忙しい日々を過ごしている。


「これ、アリエナ! フィリップに剣の勝負など持ちかけてはいけません」


 ユーリはアリエナを追いかけて捕まえると、メッと叱りつける。


「だって、女の子だからと兄上が馬鹿にするのですもの。私も竜騎士になるのよ、兄上に剣で遅れをとらないわ」


 フィリップと年子のアリエナが名前を貰ったお淑やかな王女とは似ても似つかぬ男勝りに育ったのが、今のユーリの一番の悩みだ。フォン・フォレストの血を引いて、きりりとした絶世の美少女に育ったアリエナはテレーズのお気に入りで、甘い曾祖母に言い付けては自分の想うとおりにする悪い癖がある。


「母上、私は馬鹿になどしていません」


 10才になってリューデンハイムに入学する事になったフィリップは、予科生の灰色の制服を身に付けている。すらっと長身のフィリップは、優しい茶色の目以外はグレゴリウスに瓜二つで、皇太子として厳しく育てられた。


 ユーリは9才のアリエナが予科生の制服に嫉妬したのだと、溜め息をつく。


「母上、父上にお願いして。私も、リューデンハイムに入学したいわ。おチビちゃん達と勉強なんて、つまらないわ」


 おチビちゃんと呼ばれたロザリモンドとキャサリンは、ムッとしてアリエナに言い返す。


「私は、おチビちゃんじゃ無いわ。もうすぐ8才ですもの。それにアントンの絆の竜騎士だから、リューデンハイムに入学する資格はあるわ」


 キャサリンは6才だから、チビじゃないと言い返そうとしたが、竜を持ち出されて日頃からの不満をぶつけた。


「母上、私も騎竜が欲しいわ! 兄上や姉上ばかりズルいわ!」


 アリエナと違いロザリモンドとキャサリンはユーリの容姿を受け継いでいたが、三人とも勝ち気で姉妹喧嘩がたえない。ユーリは勝手な言い分をキャ~キャ~いう娘達にうるさいと怒鳴りつけそうになったが、深呼吸してキャサリンに7才までは駄目ですと言い聞かせる。


 ユーリは大人しく積み木で遊んでいる4才のウィリアムを抱き上げて、貴方は良い子ねと頬ずりをする。ウィリアムは3人の姉達に押さえられて育ったせいか、無口で、いつも一人でソリスやルナと遊んでいることが多かったが、ユーリの曾祖父のロレンツォに似て男にしておくのが勿体ないような美貌を受け継いでいた。


 ユーリはなんとこの10年で、グレゴリウスとの間に三男三女をもうけていた。最初のフィリップが難産だったので、周りはアリエナの時も心配したが、コツをつかんだユーリとイリスは楽にお産を終えて、心配で痩せたグレゴリウスを安心させた。


「王妃様、レオポルド王子様がお目覚めです」


 お昼寝から起きて、乳母に手をひかれて育児室に入ってきた2才のレオポルドは、お腹にいる時に亡くなったマウリッツの老公爵の名前を貰ったのだ。名前の通りマウリッツ公爵家の容姿を受け継いで、ユーリと同じ金髪で緑の目をした可愛い幼児だ。


「お目覚でちゅか? お姉様方がうるちゃいからですよねぇ」


 アリエナとロザリモンドとキャサリンは、母上は男の子に甘いと口々に文句を付ける。


「おや、賑やかだな。私の可愛い王女様達は、何を騒いでいるのかな?」


 グレゴリウスは、アリエナとロザリモンドからキスを貰いデレデレになり、拗ねて床に座っているキャサリンを抱き上げて頬にキスをする。キャサリンが甘々の父上に騎竜が欲しいのとおねだりをしだすと、アリエナとロザリモンドもリューデンハイムに入学したいと甘えだす。


 フィリップは、父上は女の子に甘いと口には出さず、内心で愚痴る。フィリップは皇太子として、父王のグレゴリウスから結構ビシバシ鍛えられて育ったのだ。


 ユーリは子どもが欲しいとの要望に応えて、ほぼ2年おきにキャベツ畑を作り、ロザリモンド、キャサリン、ウィリアム、レオポルドを産んだが、何故かアリエナだけは年子なのを皆に不審がられていた。


 実はイリスが子竜を作った巻き添えでアリエナが出来たのだが、ユーリとグレゴリウスは絶対にその事実を口にしない。イリスの子竜はピアスと名付けられて、エリスやルシアに甘やかされまくっている。


 ユーリの産む子ども達はイリスの宣言通り竜騎士の素質が高く、産まれた瞬間から竜達は熱い視線を送るのだったが、竜騎士隊長のマキシウスがビシッと10才になるまでは駄目だと抑えていた。


 しかし、アルフォンスが退位して数年間は竜騎士隊長をつづけたが、グレゴリウスが国王に慣れたと見て、マキシウスはジークフリートに竜騎士隊長を譲った。そんなごたつきの隙を狙って抜け駆けしたラモスの子竜のレオナが、7才のフィリップと絆を結んでしまった。


「私の監督ミスです」


 新任の竜騎士隊長のジークフリートが謝るのを、グレゴリウスはレオナは前からフィリップにぞっこんだったから仕方が無いと笑って許した。それからは竜達の抜け駆けしたら騎竜になれるのかという不満を抑える為に、7才が最低年齢に決められて、ジークフリートは竜達に厳しく言い聞かせた。


『たとえ絆を結んでも、7才以下の抜け駆けは認めないぞ。死ぬほど辛くても引き裂くからな』


 甘いマスクのジークフリートだったが竜達は有言実行だと知っていたので、絆を斬れるのかという疑問は兎も角として、逆らわないと誓いを立てた。


 その上、ユーリのキャベツ畑で産まれる子ども達は竜騎士達の血を引く者が多いのもあるが、竜騎士の素質に恵まれていた。


 サザーランド公爵家のラリックや、ロシュフォード侯爵家のマキューショだけでなく、ビクターの息子のベンジャミンは10才でリューデンハイムに入学した時にそれぞれが竜と絆を結んだ。


 古参の竜達が次々と絆を結んでいくのもあって、竜達は期待をこめてジークフリートの言うことを聞く。


 アリエナがゼナと7才で絆を結んだ時には、ユーリは女の子が絆の竜騎士になるのはと自分の体験から心配したが、武術が得意なのには驚かされた。フィリップ王子と共に、竜騎士の素質があるユーリが産んだ王女達は幼い頃から武術を学んでいたのだ。


「私とは大違いね。でも、女の子が絆の竜騎士になると、政略結婚の道具にされそうだわ」


 ジークフリートは武術が駄目だったユーリの成績を懐かしく思い出して笑ったが、政略結婚の件は仕方ないだろうと元外交官らしくコメントを控える。


 次女のロザリモンドがアントンと絆を結んだその日から、三女のキャサリンは毎日ユーリの顔を見ると騎竜が欲しいとねだり続けていた。今もグレゴリウスに抱っこされて、キスしたりしながら口説き落とそうとしているキャサリンを引き離して、メッと叱りつける。


「グレゴリウス様が、甘やかすから王女達が我が儘に育つのよ」


 ユーリは女の子に甘いグレゴリウスに文句を付けてたが、絶世の美少女に育ったアリエナや、今でもぞっこんに愛している妃にそっくりのロザリモンドやキャサリンを叱ることが出来ないのだ。


「私だけではないよ。テレーズお祖母様や、お祖父様や、母上も甘やかしているじゃないか。王女達はいずれは嫁ぐのだから、手元にいる間ぐらいは好きにさせてやれば良い」


 言った瞬間に、グレゴリウスはしまったと後悔する。ユーリは王女達を政略結婚させないと前々から宣言していたのだが、未だ幼いのに各国からは縁談が山のように申し込まれていたのだ。


「グレゴリウス様、言っておきますが娘達を政略結婚させないわよ! 好きでもない相手と結婚させようとしたら、私が命をかけてでも阻止しますから」


 この話題は禁句だったと、グレゴリウスが冷や汗をかいていると、援軍が到着した。


「まぁ、ユーリ、何を騒いでいるのですか? アリー、ロザリー、キャシー、こちらにいらっしゃいな、お土産が有りますよ」


 白髪になって品の良い老貴婦人になったテレーズと、王位を退いて悠々自適の生活を送っているアルフォンスが、フィリップのリューデンハイム入学を祝いにストレーゼンの離宮からやってきたのだ。


 フィリップは礼儀正しく曾祖父母に挨拶をして、祝いの立派な剣を貰って嬉しそうにお礼を言う。それに比べて三人の王女達は、甘々の曾祖父母達にレースの髪飾りのお礼を言うが早いか、膝や肩に纏わりついて、口々にリューデンハイムに入学したいとか、騎竜が欲しいのとかねだりだす。


「アリー、ロザリー、キャシー! お行儀が悪いですよ。アルフォンス様、テレーズ様、申し訳ありません」


 アルフォンスの膝からキャサリンを抱き下ろそうとするのを笑いながら制す。


「王妃、気にしなくてよい。可愛い曾孫達を、甘やかすのが楽しみなのだ。だが、キャシー、騎竜は未だ駄目だぞ。それに、アリー、ロザリー、リューデンハイムに入学するのは10才からだ」


 甘い曾祖父にビシッと言われて、三人はがっかりした様子だったが、ポケットから100クローネ金貨を取り出して、お小遣いだよと貰うと、大好きとキスの嵐を降らせる。


「母上、ワイルド・ベリーでアイスクリームを食べても良い?」


 金貨を貰って大喜びの王女達は、たまに連れて行って貰ったパーラーでアイスクリームを食べたいとユーリにねだる。この娘達はお金の価値を知らないのだと、ユーリは溜め息をつく。


「100クローネもアイスクリームを食べたらお腹を壊すぞ。それは、大きくなるまで取っておきなさい」


 それぞれが厳しい母上に取り上げられないうちにと、宝物入れに入れようと部屋に走りさると、男の子達だけになった。 


「やっと静かになったな。フィリップ、お前にも金貨をあげよう。リューデンハイムの友達と遊ぶ時に、お金が必要になるだろう」


「ありがとうございます」


 こちらは取り上げられる心配が無いので、落ち着いてポケットにしまうと、弟のレオポルドがウィリアムがせっかく積み木で作った城を崩すのを止めて抱き上げる。


「兄上、良いんだよ。レオは積み木を崩すのが好きなんだ。怪獣ごっこがお気に入りなんだ」


 4才には思えない落ち着いた言葉に曾祖父母達は驚いたが、レオポルドが2才児らしく、ガォ~と城を怪獣になったつもりで破壊するのを見て笑い転げるウィリアムに少し安心する。


「レオ、ウィル、今度は一緒に城をつくろう」


 フィリップが弟達の面倒をみているのを微笑ましく眺めて、大人達は育児室を後にしてサロンでお茶会を開いた。

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