26話 ジークフリート卿

「貴方が、ジークフリート卿ですか?」




 ルドルフは、目の前のやつれた小汚い傭兵崩れが、一度ケイロンの王宮で見た煌びやかな竜騎士と同人物とは信じられない。




「このような格好で、お目にかかる失礼をお詫びします」




 ジークフリートはルドルフとの密会を罠ではないかと疑って、目立たぬ傭兵の格好で現れたのだ。




 カザリア王国の大使館には厳重な監視がついていたので、ルドルフは潜入していると噂のジークフリートに手の者を接触させたのだ。ケイロン郊外の寂れた教会で、ジークフリートとルドルフはコンスタンス姫を国外に逃がす密談をする予定になっていた。




「コンスタンスの幽閉先は私にも、いえ、私には特に秘密にされているのです」




 ジークフリートはルドルフから密会したいと申し込まれ、罠ではないかと想いながらも危険をおして来たのに、幽閉先もわからないと言われてガッカリする。




「それでは何故、私との密会を希望されたのですか?」




 返答しだいでは、罠でなくとも国王の不審な行動に気付いて尾行が付いているかも知れないので、サッサと教会から逃げなくてはいけないとジークフリートは考える。




「コンスタンスと共に王子達を、カザリア王国に亡命させて貰いたいとお願いしに来たのです」




 ジークフリートはコンスタンス姫は正式に離婚されているし、国外に連れ出しても問題にはならないが、王子達は大問題になるだろうと驚く。




「貴方が困っておられるのはわかります。カザリア王国にも迷惑をかける事になりますが、王子達を父の餌食にしたくないのです。父はカサンドラが死んでから、一線を越えてしまいました。叔父のヘンドリックスの騎竜から魔力を吸い上げて、殺してしまったのです。このままでは私や王子達も、いずれは……」




 おぞましい告白に、ジークフリートはルドルフ王の窮地を悟った。




「コンスタンス姫は大丈夫でしょうが……王子様達の件はカザリアの大使と相談してからにさせて頂きます。私の一存では……」




 ジークフリートの躊躇いをルドルフは仕方ないと了承する。




「無駄かも知れませんが、此処に王子達をカザリア王国に無期限で留学させる同意書を作ってきました。私の人質が逃亡したのに気付いたら、父が何を企むかは考えたくもありませんが、出来る限り抵抗してみるつもりです。私の名前で王子達の帰国を促す書簡が届いても、父が亡くなるまでは絶対にカザリア王国で保護して頂きたいとヘンリー国王陛下に手紙を書いてあります」




 悲痛なルドルフの願いを、ジークフリートは断ることができなかった。




「書類はカザリア王国に届けます。ルドルフ国王陛下、他に何か手助けができるでしょうか」




 傀儡の王が独りで、強力な魔力を持つ狂王に立ち向かっても勝ち目はありそうに思えない。




「これでも王なのですから、国民を見捨てて亡命は出来ないでしょう。父から少しでもローラン王国を護る盾になりますよ。父も傀儡でも王がいないと困るから、直ぐには殺さないでしょう。昔はあんな父では、無かったのに……」




 ジークフリートはルドルフ王から、王子達の留学の同意書と、ヘンリー国王への手紙を受け取って教会から消えた。










「ルドルフ国王陛下、ジークフリート卿はどこです!」




 呼び名だけは国王陛下と付けているが、全く尊敬の無い態度でヘーゲルが一歩違いで教会にやってきて尋問しだす。




「ヘーゲル、我が国の敵であるジークフリート卿などと私が会うわけが無いだろう。此処にコンスタンスと王子達が幽閉されていると聞いて、訪ねてきたのだが無駄足だった。離婚したコンスタンスはカザリア王国へ送り返したらどうだ。ヘンリー国王からも手紙で帰国させろと煩くて仕方ないぞ。それに王子達に教育もつけなくてはいけないのに、会わせても貰えないとは可笑しい話ではないか」




 ヘーゲルは、ジークフリートがルドルフに行き先など言うはずもないと、話の途中で無礼にも背を向ける。




「遠くまでは、行って無いはずだ。ジークフリート卿を捕まえるのだ!」




 ヘーゲルは部下に命令を下すと、ルドルフには用が無いとばかりに無視して教会から出て行った。




「ジークフリート卿は、コンスタンスを救出に来たに決まっている。囚われの姫君を助けにくる竜騎士を気取っているのだろう。まぁ、良い、コンスタンスを見張っておけば、色男の首が取れるということだ」




 ヘーゲルは、コンスタンスを救出にくるジークフリートを捕まえる罠を仕掛けようと幽閉先へと向かう。




 ジークフリートは、潜入して半年近くカザリア王国の密偵と幽閉先を突き止めようと必死に探したが見つけられなかった。自分を捕らえる罠を、ヘーゲルが幽閉先に仕掛けに行くのを好機だと考える。




『パリス、地上から見えないようにヘーゲルをつけていけるか?』




『ローラン王国は、春でも未だ曇り空が多い。雲の上にいれば見つからないが、ヘーゲルを見失うかも知れない』




 ジークフリートは、一か八かか賭けてみようと思う。




『雲の上をヘーゲルが向いている方向に進んでくれ、見失しなっても馬より竜の方が早いと証明してくれよ』




 何度となく見失っては道の分岐点に帰る方法で、ヘーゲルが消えた地区までは限定出来るようになった。一旦、ケイロンに帰ってカザリア王国に報告して、手勢を連れて救出作戦を決行するべきだとジークフリートは考えたが、その間に罠だけ仕掛けてコンスタンスを移動させられるのを恐れる。




 上空に留まり地上を見下ろして、ヘーゲルが何人にコンスタンスを見張らしているのかはわからないが、罠を仕掛ける為の援軍が到着するまでの好機を逃すのが悔しく感じる。




『ジークフリート、救出しても国境を越えられないと無駄になる』




 自分の考えを察知したパリスの警告に、ジークフリートは考え込む。


 


『国外に逃れなくても、カザリア王国かイルバニア王国の大使館までお連れできたら良いと思っていたのだがな。王子様達も一緒となると難しいな』




 コンスタンス姫だけなら強行突破してケイロンのカザリア王国大使館に連れ帰れば、どうにか国に逃せられるだろうが、王子達を拉致誘拐となると、大使館を攻撃する理由を与えてしまうと悩む。




 ジークフリートはルドルフ王の手下を通じて密会を申し込まれた時から、大使館と連絡を取れていなかった。父親に自分の行動を知られるのを恐れてか、何度となく密会場所を変更されて、数日の間は潜入しっぱなしになっていたのだ。




『パリス、大使館のサイラスに此処を伝えられないか? カザリア王国にも、援軍を頼んで欲しいのだが……』




『無理だ……ユーリかイリスなら、出来るかも知れないが……』




 ジークフリートは単身でも幽閉先からの救出はできるが、国外へ連れ出すのは無理だと、好機を見逃すしか無いと悔しく思った。








 その頃、近い方が連絡が取りやすいと、バロア城に到着したユーリ達は、ジークフリートのパリスと連絡を取ろうとしていた。




「君を、バロア城に連れてきたくなかった。大丈夫ですか?」




 ユージーンにとっても鬼門のバロア城に、ユーリを連れて来たのを後悔している。




「ユージーン、大丈夫よ。それより、ジークフリート卿と連絡が取れると良いのだけど……」




 バロア城はすっかり様子を変えていて、国境線を護る長城の一部になっていたので、ユーリは忌まわしい記憶を甦えさせる事も無かった。




 ユーリはバロア城の櫓に立つと、竜心石を真名の『魂』で活性化させ、イリスにジークフリートかパリスの居場所を聞き出すように頼む。




『パリス、ジークフリート! どこに居るんだ!』




 ヘーゲルを尾行して、コンスタンスの幽閉先を突き止めたのにと、救出できないもどかしさに拳を固めていたジークフリートにイリスの言葉が届いた。




『パリス、ユーリに大使館にいるサイラスに、このヘイジングに援軍に来るように伝えてくれ』




 ユーリはジークフリートの無事が確かめられてホッとしたが、サイラスにヘイジングに援軍を来させる要請を伝えても良いのかグレゴリウスに相談する。




「詳しい状況までは、わからないの。パリスから、サイラスにヘイジングへ援軍に来てくれとのみ伝えられたから……」




 今はジークフリートは無事だが、援軍を送ることによって危険を冒そうとするのではとユーリは心配した。グレゴリウスもユージーンも、状況がつかめないので躊躇する。 




「ユーリ、サイラスにジークフリート卿からの援軍要請を伝えなさい。ジークフリート卿の判断を信じるしか無いだろう」




 竜騎士隊長として部下を戦地や敵地に派遣する時の躊躇を何度も乗り越えてきたマキシウスは、未だ経験の浅い皇太子に責任を負わすのを避けて決断を下す。




「ユーリ、サイラスに伝言を伝えるんだ。ジークフリート卿を、信じるしかない」




 グレゴリウスはアリスト卿が自分の躊躇いを見抜いて代わりに決断を下してくれたのに感謝したが、ユーリがこの結果を負うのに、自分が逃げる訳にはいかないと命令する。




 ユーリはグレゴリウスが一緒に側で支えてくれて居るのに後押しされて、ケイロンの大使館にいるサイラスにジークフリートの伝言を伝える。




「上手く行くかしら……」




 北の空を眺めながら、ユーリはジークフリートの無事と、援軍に向かったシャルル達の無事を祈る。




「少し、身体を休めた方が良いよ。魔力をまた使う必要があるかもしれないから」




 グレゴリウスに部屋で休むようにと説得されても、ユーリは緊急事態に備えて、櫓から降りることはなかった。




「妃殿下、ずっと竜心石を活性化したままなのですか? お疲れになるのでは……」




 ユーリはいつパリスやサイラスから援軍を求められるかも知れないと、万全の用意をしておきたかった。倒れてしまうかもしれないのに全力を尽くしているユーリを見て、グレゴリウスはいざという時は援軍を派遣の用意をアリスト卿に命じる。




 マキシウスは命令が出る前から、陸軍の国境線防衛部隊に護りを固めるようにハリソン提督に要請していたし、竜騎士隊にも用意をさせていたが、グレゴリウスからの命令を恭しく承る。




 ユージーンはその様子を見て、少しずつグレゴリウスに国王になる心構えを付けさせて居るのだと悟る。




 顔を青ざめさせているユーリを抱き寄せているグレゴリウスを、マキシウスとユージーンはこうやって二人で何度も国難を乗り越えていくのだろうと思いながら見つめる。




 永遠とも思える沈黙の後、ユーリは突然パリスから短い伝言を受けた。 




『そちらに向かう』




「パリスから、そちらに向かうとだけ伝言が来たの……状況を聞き直した方が、良いかしら? それとも……」




 全員が状況をつかめずに困惑したが、グレゴリウスは再度連絡を取ろうとするユーリを止めた。




「こっちに向かっているのなら、信じて待つしかない。ジークフリート卿の判断で援軍を要求してくるまで待つんだ」




 グレゴリウス自身も不安で堪らなかったが、ユーリを励ます。




 いつの間にか夕暮れ時になり、春とはいえ北のバロア城の櫓の上には北からの冷たい風が吹き付ける。グレゴリウスは何度も下で休むようにとユーリに言ったが、先ほどみたいに突然に伝言が舞い込むかもと反論されると、強くは出れず、せめて風除けでもと国境線防衛部隊の外套でくるみ込む。




『あと少しでバロア城に着く! 追っ手が掛かっている!』




 かなり近いのか、イリスのみならず、ラモスや、アラミス、アトスにも伝言が届いた。




 夕闇に沈みかけているバロア城には、追っ手を威嚇するように松明が焚かれ、弓矢隊は長城の上に整列する。




「なるべくローラン王国を刺激したくないが、何時でも出撃出来るようにしておけ」




 竜騎士隊も騎竜して、バロア城空を旋回飛行している。ユーリ達は夕闇の中に、数頭の竜がバロア城に向かって全速力で飛行して来るのを見つける。




『パリス! 大丈夫なのか』




 グレゴリウスはジークフリートが無事なのか心配して、アラミスに飛び乗って援軍に行こうとした。




「皇太子殿下、ジークフリート卿なら大丈夫ですよ。


ほら、追っ手もバロア城が厳戒態勢を敷いているので、速度が遅くなってます」




 ユージーンの言う通り、小さかった3頭はどんどんスピードを上げて大きく見えるようになったが、追っ手の数頭は明らかにスピードを落としていた。




 バサッバサッと羽音高く、パリス達はバロア城の櫓に舞い降りた。




「大丈夫ですか?」




 傭兵に身を窶したジークフリートだが物腰はいつもの優雅なものに戻して、パリスからコンスタンス姫を抱き下ろす。




「ありがとうございます」




 救出劇に衝撃を受けて、青ざめたコンスタンス姫の質素な服装とやせ細っているのに、全員が驚愕する。




「母上!」




 サイラスとカザリア王国の竜から飛び降りた二人の王子がコンスタンス姫に抱きつくのを見て、全員がジークフリートに説明を求めたくなる。




「コンスタンス姫、お疲れでしょう。下で休憩をお取り下さい」




 ユーリは説明よりも今にも倒れてしまいそうなコンスタンス姫を休ませなければと、バロア城の部屋に案内する。




「皇太子殿下、ここにルドルフ王から王子様達をカザリア王国へ無期限の留学にだす同意書を預かってきています。あと、ヘンリー国王陛下にも絶対にゲオルクが亡くなるまでは王子達を帰国させないようにとの手紙も……ッ」




 ジークフリートは書類をグレゴリウスに渡すと、事情を全員に説明する。




「ジークフリート卿、怪我をされているのでは……また、無理をされたのですね。大体の経緯はわかりましたので、カザリア王国の竜騎士と一緒に治療を受けて下さい。それと……食事とお風呂も必要ですよ。バロア城は、厭な臭いの印象が付いてしまいますねぇ」




 ユージーンはバロア城地下牢の悪臭漂う記憶を思い出して忠告する。




「そんなに臭いますか? しまったなぁ、コンスタンス姫をシャルル卿かランザー卿に乗せて貰えば良かった」




「怪我をしているのに呑気なことを言わず、サッサと治療室に行きなさい」




 マキシウスに雷を落とされたが、軽傷ですよと笑う。




「憎たらしいヘーゲルの置き土産です。あの世へ旅立ってくれて、少しはルドルフ王も楽になるでしょう」




 傭兵の格好でニヤリと笑われると、今までの優雅なイメージが覆される気持ちにグレゴリウスやユージーンはなる。

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