27話 キャベツ畑でこんばんわ
「ユーリったら、無理しすぎなんだよ」
バロア城で真名で竜心石を覚醒し続けたり、寒い風の中で心配して待って、心身共に疲労困憊だった筈なのに、コンスタンス姫やアレクセイ王子とナルシス王子の面倒を見ていたユーリは、ユングフラウに帰ると熱を出してしまう。
「ごめんなさいね……」
熱でぼんやりしているユーリも可愛いなぁと、グレゴリウスは額のタオルを代えながら頬にキスをする。
「コンスタンス姫はカザリア王国の大使館に落ち着かれたの?」
「熱を出しているのに、人の心配をしている場合じゃないだろう。コンスタンス姫は大使館で少し休養してから、カザリア王国に帰国されるそうだ。長年の幽閉で、お疲れみたいだったから」
あんなに窶れていては国の御両親も心配されるだろうと、グレゴリウスは痛ましく思う。
「王子様方は、お元気になられるかしら? 子ども時代を、幽閉されて過ごすだなんて……」
「男の子だから大丈夫だよ。カザリア王国に行けば、コンスタンス姫の実家のアリストリア公爵家で保護されるだろう。陰鬱なローラン王国で成長するより、のびのびとしてかえって良いかも。人のことより、熱をさます為にも、寝ないと駄目だよ」
そう言いつつグレゴリウスはユーリにキスをして、熱を心配して駆けつけたヘルメスに呆れられてしまうのだ。
ユーリの熱は一晩寝ると下がり、グレゴリウスを安心させたが、カザリア王国大使館に着いたコンスタンスは長年の幽閉の疲れと、栄養失調から寝付いてしまった。カザリア王国からはコンスタンスの両親が駆けつけて看病にあたったが、長年の無理が祟って弱りきっている。
「お見舞いに行きたいけど、私が行くと気を使わせてしまうかも……」
セリーナ夫人は、こういう場合に側近をお見舞いに遣わすのですよと、笑いながら教えた。
「年上の私では大使夫人が気を使うでしょうから、ビクトリア様にお願いしましょう。そうですわねぇ、あと数人若い側近が必要ですわね。これからこんな風にお見舞いや、お祝い、お悔やみなどは妃殿下の代わりに側近を遣わすことが多くなりますし……どなたかお気に入りの方があれば王妃様から話を通して頂きますよ」
ユーリはお気に入りと言うほど貴婦人の知り合いが居なかったし、自分の素を知っているセリーナやビクトリアだけの方が気楽なのにと愚痴る。
「今はどうにかなっても子どもが出来たら、あれこれ付き合いが出てくるわ。リヒテンシュタイン伯爵もベンジャミンが産まれる前は放置してくれていたのに、あれこれ口出ししてくるの。友達とかも選ばなくてはいけないし、その親との付き合いとか、2人では無理になるわ。独身時代のお友達とかで、結婚している気が合った人とかいないの?」
ユーリは仲の良かった令嬢方を思い浮かべる。
「エリザベス様や、ヘレナ様は結婚されているけど、赤ちゃんを産んだばかりだし……それに何人かは妊娠中だわ。皆、新婚か結婚して1、2年ですもの、側近は無理な方ばかりだわ。独身の方は駄目なの?」
セリーナは同じ年頃の方は少し難しいかもと思った。
「妃殿下がもう少し落ち着かれていたら、令嬢の側近というか付き添いも良いでしょうが……未婚の令嬢には、離宮は少し刺激が強いのではないかと思うのですよ」
セリーナの言葉に、ユーリは頬を染める。グレゴリウスは女官や側近がいても、平気でキスしたりしてくるのだ。
「新婚だから仕方ないわ、仲が良いのは結構なことよ。それより、コンスタンス姫に何かお見舞いの品を用意しなくてはいけないわ」
「そうですわね、側近の件はゆっくり考えましょう」
セリーナは少し年上の婦人で気の合いそうな人を探そうと考えた。
「お見舞いねぇ、温室に苺ができているけど、この時期は苺なんて何処にでもあるし……サクランボは終わったし、ハーブ鶏の卵?」
ユーリは離宮の周りに温室と、果樹園、ハーブ畑を作っていた。
「いくら栄養失調で倒れたとはいえ、卵のお見舞いは格好がつかないわ。私は離宮の苺が凄く美味しいから良いと思うわ。セリーナ夫人はどう思われます?」
「花とかが一般的ですが……妃殿下が栽培された苺なら気持ちも届くと思いますよ。ハーブ卵もとても美味しいですけど、お見舞いには不似合いかもしれませんね」
ユーリが温室に苺を摘みに行こうとするのを、セリーナは制した。
「そういう事は、女官にさせるのですよ。ああ、そんな顔をしないで下さい。苺狩りぐらいは格好もつきますが、鍬をふるうのはおよし下さいね」
ユーリが園芸ならぬ菜園でストレス解消しているのをセリーナは理解していたが、皇太子妃としては花の栽培の方が優雅なのにと溜め息をつく。
「妃殿下、私もお手伝いしますわ」
ビクトリアは、苺が大好物なので、本をサイドテーブルに置くと、いそいそとユーリの後を追いかける。
「ビクトリア様は苺を食べてばかりで、手伝いにはならないわ」
セリーナは笑い声が遠ざかるのをサロンで聞きながら、ユーリとビクトリアと気が合いそうな貴婦人はなかなか見つからないのではと溜め息をつく。ビクトリアは皇太子妃の名代として、コンスタンス姫のお見舞いを無事に果たす。
「とても痩せていらしたけど、苺を喜んで受け取られたわ。カザリア王国では、よくピクニックで苺狩りをしたと懐かしそうに話されたわ。王子様達にも、苺狩りをさせてあげたいと……あんなお淑やかな姫君を4年も幽閉するだなんて、ゲオルクは下劣な男だわ」
憤懣するビクトリアをセリーナは怒るだけ無駄ですよと言いつつ、内心では罵倒していた。
「でも、少し元気になられたみたいで安心したわ」
コンスタンスが離婚された理由の一つが自分にも有るように思えて、ユーリは心を痛めていたのだ。
ユングフラウの大使館で一月静養して、カザリア王国に帰れる体力を回復したコンスタンスは、お世話になったお礼を言いたいとユーリに面会を求めてきた。
「妃殿下には親切にして頂きました。お礼の申しようもございません」
病上がりのコンスタンスが気楽に面会できるように、王子達もお連れ下さいと伝えていたので、庭でソリスと遊ぶ様子を眺めながら寛いだ雰囲気で話す。
ユーリはコンスタンスが自分に面会を求めてきたのは、バロア城の件を気にしているからではと思った。救出されてバロア城でユーリに世話をされながら、弱りきっていたコンスタンスは謝ろうとしたのだが、治療師や看護婦の目を気にして口を閉ざしたのだ。
「ルドルフ様がユーリ様にされたことを、謝りたいと思ったのです。幽閉されていても、噂は聞こえてきました。ゲオルク王に脅されのでしょうが、人としてあってはならない事ですわ。離婚されたとはいえ、王子達の父親ですもの、お許し下さい」
ユーリがコンスタンスには関係ない話だと制するのに、深々と頭を下げる。
「コンスタンス様、頭を上げて下さい。ルドルフ様とは、何も無かったのよ。それに、今はグレゴリウス様と結婚して幸せなのですから、気にしないで下さい」
コンスタンスが何も無かったと、ユーリ本人の口から聞いてホッとしているのを感じて、未だルドルフを愛しているのだと思った。
「馬鹿な女だと思われるでしょうが、お察しの通りルドルフ様を愛しているのです。ローラン王国に帰る事は無いでしょうが、王子達を立派に育てますわ」
ユーリはコンスタンスが愛するぐらいだから、ルドルフにも良い点は有るのだろうと思ったが、やはり好きにはなれない。しかし、庭で遊ぶ王子達は愛らしくて、次世代はローラン王国と友好的になれば良いなと思って眺める。
『アレクセイとナルシスは、外国に行くのか?』
『ソリスと友達になれたのに、残念だな。一緒にニューパロマに来ない?』
『ソリスともっと遊びたいよ~』
ユーリはアレクセイ王子とナルシス王子がソリスを抱きしめて、別れを惜しむ言葉を話しているのを聞いて驚いた。
「コンスタンス様、アレクセイ王子とナルシス王子は竜騎士の素質がありますわ。ソリスと話していますもの」
コンスタンスは離婚された理由の一つである、王子達が竜騎士の素質がないというゲオルクの宣言が根も葉もない嘘だと知って、怒りを覚える。
「離婚されて、一つ良い事がありますわ。あの卑劣なゲオルクの顔を、二度と見なくて済むのは有り難いですわ。同じ空気を吸うのもイヤなぐらい、大嫌いでしたの! あら、失礼いたしましたわ……でも、これで踏ん切りが付いた気がします」
お淑やかなコンスタンスは自分の振る舞いを恥じたが、ユーリは気にしないでと笑う。
「コンスタンス様が、踏ん切りが付いて良かったです。それに、大嫌いぐらいは悪口になりませんわ」
ユーリはグレゴリウスと陰険糞爺と呼んでいるとは立場を考えて言わなかったが、コンスタンスはさぞかし盛大な悪口を言って居るのだろうと察して笑う。
アレクセイ王子とナルシス王子は、母上が楽しそうに笑っているのを珍しく見上げる。二人は綺麗な皇太子妃と笑っている母上の姿を、イルバニア王国の離宮で話せる狼と遊んだ思い出と共に、いつまでも心に留めた。
コンスタンスから無事にニューパロマに着いて、実家で王子達とのんびり暮らしていると手紙が届いて、ユーリはホッとした。
「ローラン王国から、何か言って来てる?」
グレゴリウスはユーリが心配するような事は無いよと誤魔化したが、王子達の返還要求や、誘拐犯のジークフリートを引き渡せと、毎日のようにローラン王国から書簡が届いていた。
「そんなことより……」
グレゴリウスは皇太子として色々な職務を負っていたが、世継ぎを作る職務ほど楽しいのは無いなとユーリを押し倒す。
「グレゴリウスとユーリはとても仲が良いのですが、世継ぎは未だみたいですわね。キャベツ畑が、必要なのかもしれませんわ。でも、言い出し難くて……」
王妃はマリー・ルイーズにそれとなく仄めかしてくれないかと頼んだが、ぷるぷると首を振られてしまう。
「そうよねぇ……姑が言うのは拙いわよね。良いわ、メルローズはもう一人子どもを欲しがっているから、キャベツ畑を頼ませますわ。年も本当にギリギリですもの、早く作ってと頼んでも不思議はありませんし……」
マリー・ルイーズは、王妃がややこしい話を、メルローズに押し付けたのに気付いたが、自分では無かったので安堵する。
メルローズが離宮にラリックを連れて遊びに来た時から、セリーナとビクトリアは何の用事かピンときた。
「ラリックちゃん、とても可愛いわ。食べてしまいたいくらい、ぷくぷくだわ。ハトコのユーリでちゅよ」
子どもを抱き上げて頬をスリスリしながら、可愛がる様子をメルローズは笑って眺めながら、本題をどう切り出そうかと困まる。
「メルローズ様は、キャベツが必要ですのね」
ユーリも、メルローズが何を言いに来たのか察した。
「ええ、一人っ子ではラリックが可哀想ですもの。わかっていらっしゃったのね」
ユーリは世継ぎのプレッシャーを受け続けているのと、メルローズに苦笑して答えた。
「そろそろ前の呪いから2年が経つから、キャベツ畑を作ろうと思っていたの。セリーナ夫人、鍬が必要なのよ、良いでしょう?」
「妃殿下が、自ら鍬を振るわなくても……呪いだから、仕方ありませんわ」
ユーリはキャベツの苗を手配させて、離宮の裏のハーブ畑の横にキャベツ畑を作った。
「グレゴリウス様、一緒にキャベツ畑に赤ちゃんを探しに行きましょう」
満月の夜、二人は大きなキャベツを取って離宮に帰った。
「これで呪いは終わりなの?」
大きなキャベツを持ってグレゴリウスは困惑していたが、効果が有るのは証明済みだ。
「これからが大事なの。ちょっと、気が早いわ! スープを作って飲んでからよ」
グレゴリウスはユーリを早速押し倒そうとして叱られて、大事なことってこれしか無いだろと愚痴ったが、スープを作るユーリを愛しそうに眺めて待つ。
「凄く美味しいスープだね。こんな呪いなら、大歓迎だよ」
二人でキャベツスープを飲むと、お預けだった甘い夜をグレゴリウスはユーリとやっと楽しんだ。
離宮の裏のキャベツ畑には、王妃が選抜した夫婦が赤ちゃんを探しに現れ、たまに顔を合わせてはバツの悪い思いをしながら、キャベツを持って帰ってスープを作るのだ。
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