23話 新婚旅行は疲れる

「イルバニア王国って、広かったのね~」




 新婚旅行とは名ばかりの地方巡幸に、ユーリとグレゴリウスはグッタリする。




「誰がこんなスケジュールを組んだのか、ユングフラウに帰ったら調べて左遷してやる」




 グレゴリウスは楽しいどころか、疲労困憊の新婚旅行に怒り心頭だ。ユーリは外遊では無いので、国務省が怪しいと思い、次期の国務相のナイジェル卿ではと疑う。




「今更、文句を言っても仕方ないわ」




 グレゴリウスは、ユーリが自分の上司を庇ったのだとピンときた。




「ユーリったら、夜はすぐに寝てしまうし、ちっとも新婚旅行らしくないよ。ナイジェル卿か、シュミット卿の仕業に決まっている。ナイジェル卿は温厚そうで、マキャベリ国務相とは違うと思っていたのに……」




 グレゴリウスは最後までスケジュールのチェックを怠った自分が甘かったと後悔する。




「接待する方は一回だけど、される方はずっとですもの……ご馳走にも飽きてくるのね……あっさりした物が食べたいわ」


  


 ユーリの『あっさりした物』という言葉にグレゴリウスは、もしやと想像してしまったが、速攻で否定されてガッカリしたの半分、ホッとしたの半分だ。




「早く子どもは欲しいけど、もう少し二人で楽しみたいね」


 


「もう、凄く我が儘な願いだわ」




 ユーリは新婚旅行中なのに、世継ぎをというプレッシャーを早くも受けている。グレゴリウスにも同じプレッシャーが掛かっていたが、男女には受けとめ方の差がどうしてもあるのだ。




「もう一度、古文書を読み返してみようかしら? 2年も開けなきゃいけないなんて困るわ」


 


「キャベツ畑に頼らなくても、できるかもしれないよ。ユーリがもっと協力してくれたら良いのに……昨夜も、サッサと寝てしまうし……」 


 


「だって、キルッシュ伯爵が御自慢のワイナリーを熱心に説明して、晩餐会ではワインを次々と勧められるから……ワインに酔ってしまったのですもの。何だか、ワイナリーを持っている領主の館に泊まるのが多いわね」




 グレゴリウスは、新婚旅行を利用して、主力輸出品のワインが緑の魔力の影響を受けるのか試しているのだと察して、ナイジェル卿の企みに怒りを押さえきれない気持ちだ。




 お酒に弱いユーリは、晩餐会で勧められるワインを、ちょっとづつ飲んだだけでも酔って寝てしまうのだ。やっと二人になってキスをして良いムードになったと思いきや、スヤスヤと夢の世界に入るユーリを揺り起こしても、連日の疲れでちょとやそっとでは眠りから目覚めることはなかった。




「でも、明日からはストレーゼンの離宮で、2日ほどゆっくりできるよ。これを邪魔したら、本気で怒るからな」




 スケジュール表では午後からは休憩とかになっていても、滞在先の貴族達が名所旧跡を案内したり、ワイナリーを視察したりと、結局は予定は詰まってしまうのだ。




 ユーリも晩餐会に向かいながら、楽しみだわと微笑んだ。しかし、二人は思わない伏兵に遭ってしまう。




 グレゴリウスとユーリの新婚旅行には、ルナとソリスは連れてきていなかった。リューデンハイムの寮で、予科生や見習い竜騎士達と過ごした方が狼達には気楽だと思ったからだ。




 でも、アラミスとイリスは絆の竜騎士から離れるわけもなく付いて来ていた。ユーリもグレゴリウスも、新婚旅行とは言えない視察と社交に疲れて、騎竜とは1日に1回話す程度で、二頭の変化を見逃してしまっていた。










 シーズンオフのストレーゼンはすっかり秋が深まっていて、ユーリとグレゴリウスは散策しながら、やっと新婚旅行らしくなったねと喜ぶ。二人は腕を組んで、色づき始めた木の葉を眺めたり、甘い言葉を交わしながらキスしたりして離宮の庭を歩いていが、段々とキスが深くなっていき自分を見失いそうな欲望に支配されていく。




「グレゴリウス様、変よ!」




 ユーリはグレゴリウスに大きな木に押し付けられてキスをしていたが、自分が他の欲望に支配されかけているのに気付く。




『イリス! アラミス!』




 空に交尾飛行しているイリスとアラミスを見つけて、ユーリはまだキスしようとするグレゴリウスの頬を軽くひっぱたく。




「グレゴリウス様、イリスとアラミスが交尾飛行しているわ! もう、こんなに欲望に支配されるなんて……」




 グレゴリウスも空を見上げて驚いた。




「何だか急に我慢出来なくなって、芝生に押し倒したくなったのはアラミスのせいなのかな? 彼方も楽しんでいるのだから……痛いなぁ」




 ユーリにもう一度ピシャリとひっぱたかれて、芝生でのエッチを渋々グレゴリウスは諦める。




「イリスに結婚まで待って貰って良かったわ……でも……どうやら、アラミスが子竜を産むみたいね」




 グレゴリウスはアラミスが子竜を産むのを心から喜んだ。




「アラミスの子竜が見れるんだ! エリスみたいに可愛いだろうなぁ」




 ユーリも喜んだが、実際のところはイリスの子竜が見たかったなと、少し残念に感じる。




「私達、イリスとアラミスの変化に気付かなかったのね。絆の竜騎士なのに……」




 ユーリは結婚してから、イリスとは1日に少ししか話してなかったと反省する。二頭は仲良く離宮の庭に舞い降りて、交尾飛行の名残を首を絡めて楽しんでいる。




『もう、イリスったら、私達に黙って交尾飛行するなんて。一言ぐらい先に言ってくれれば良いのに』




 イリスはアラミスと首を絡めたまま、目だけユーリに向ける。




『前からユーリが結婚するまで待つと言っていただろ。結婚したのだから、子竜を持ちたかったけど、アラミスが自分の方が年上だと言い張るんだ。次は絶対に譲らないからね』




 グレゴリウスもアラミスに苦情を言いかけたが、幸せいっぱいの騎竜に文句を付けるのは後にした。




『良かったね、アラミス。子竜をずっと欲しがっていたんだからな』




『グレゴリウスも直に子どもができるよ。ただし、産むのはユーリだけなんだよね? 人間は変だね』


 


 そう話しているうちに、竜達はお互いに離れて絆の竜騎士達に近づく。




『ええ~、イリス。その態度は無いと思うわ。アラミスをほったらかして良いの?』




 ユーリはヤリ逃げという変なことばを思い浮かべたが、竜は交尾飛行が済めば相手には無関心になるのだと説明される。




『子竜は私のもので、イリスは手伝って貰っただけ。


だから、人間みたいにはずっと一緒には居ないのが普通だよ。パリスとアトスもそうだったでしょ』


  


 ユーリとグレゴリウスは、イリスがどの竜と交尾飛行するのかと考えてくらくらする。




「何だか他の竜騎士の騎竜と交尾飛行するなんて、気恥ずかしいわ。子竜を持っていないのは、アトスとルースだけだわ……無理よ!」




 グレゴリウスもさっき感じた欲望をユーリが、身内とはいえユージーンやフランツと共有するのは絶対に嫌だと思う。




「しまったなぁ、イリスがアラミスとの間に子竜を持てば良かったんだ。アラミスがアトスやルースと交尾飛行しても、少し気まずいだけで平気なのに……」




 二人がこそこそ話し合っていると、イリスが呆れて口を挟む。




『ユーリが他の騎竜と交尾飛行するのが嫌なら、アラミスと子竜を作るよ。別に問題ないし』




 ユーリとグレゴリウスはホッとしたが、アラミスの子竜とイリスの子竜が兄弟になるのかと心配する。




『パリスが子竜をなかなか持てなかったのは子竜を持っていない騎竜がいないからだと聞いたけど、アラミスは子竜を産んでも大丈夫なの? それに子竜達は兄弟になるの?』




『パリスの上はギャランスやラモスやキリエなんだよ。全員、子竜を持っているし、絆の竜騎士達は発情期を終えていたから無理だったんだ。アラミスは子竜は持つことになるけど、グレゴリウスは発情期だから大丈夫だよ』




 露骨な表現の説明に真っ赤になったユーリとグレゴリウスだったが、なるほどと納得する。




『でも、兄弟になるのよね……何か問題にならないの?』




『私の子竜とイリスの子竜は全く別物になる。私のはほぼ私に似た子竜で、少しイリスに似ているぐらいだよ。でも、交尾飛行は避けた方が良いかもね。その為にも、絆の竜騎士がたくさん必要なんだ。ユーリがたくさん子どもを産んでくれると、古参の竜も絆の竜騎士を見つけられるよ』




 アラミスから思わぬプレッシャーをかけられたユーリは、こればっかりはと頬を赤らめる。




「確かに昔の文献を読んでいたら、竜騎士のほぼ半数は絆の竜騎士だったみたいなんだ。それに竜騎士の数も、竜の数も今の倍以上いたんだよ。竜騎士の素質を持つ者が少なくなって、子竜も産まれなくなっている。このままじゃあいけない。カザリア王国ではないけど、竜騎士の素質を持つ子どもを見落としているかもしれないな」




 ユーリとグレゴリウスは、新婚旅行中らしくない真剣な話に夢中になる。




「リューデンハイムには貴族で無くても入学できる筈なのに、実際は殆どが貴族か騎士の子息だったわ。女の子で竜騎士の素質を持っている子は、見落とされているのかもしれないわ。竜騎士は男性のイメージですもの。それに、竜騎士の家系に集中しているけど、思わない所に素質のある子がいても気付かれないままなのかもしれないわ」




 グレゴリウスは女性の竜騎士は前から少なかったよと、ユーリに教えた。




「そうなの? でも、女の子を竜騎士にしたくないと思う親がいるからじゃないのかしら」




「まさか、自分の子どもに竜騎士の素質があるのに、隠す親なんかいないよ」




「そうかしら? 私は娘にはこんな苦労はさせたくないわ。得る物も大きかったけど、失った物も大きかったもの……」




「ユーリは、イリスと絆を結んだのを後悔しているのか?」




「いいえ、イリスとの絆は私の一番大事な物よ。グレゴリウス様との愛も一番大事よ」




 少し、イリスに嫉妬しかけたグレゴリウスだったが、自分もアラミスとの絆とユーリへの愛を比べられないと納得する。




「なら、娘にも竜と絆を結ぶチャンスを与えなきゃ」




「でも、女の子が竜騎士になるのは……」 




 二人は議論に夢中になって、新婚旅行のせっかくの時間を無駄にしてしまう。

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