18話 二人でチョコーレトを

 ユーリは、国務省で働いていても、常にハンナの泣き顔が浮かんで来て、悶々と日々を過ごしていた。




「そう言えば、今日はセント・ウルヌスデーなのね」




 結婚が決まってから、グレゴリウスとよくつまらない事で言い争いになったのを反省して、チョコレートを送ろうと思っていたユーリだが、ハンナ一人も救えない無力感でそんな気にならなかった。




 仕事を終えて屋敷に帰ったユーリは、引き出しにしまってあるチョコレートを取り出して、グレゴリウスにあげに行こうか悩んでいると、メアリーが遠慮がちに声を掛ける。




「ユーリ様、エミリー嬢がお越しですが、お断り致しましょうか?」




 ハンナの面倒を本来なら領主であるタレーラン伯爵がみるべき義務があるのに、それを怠っていると思うと、さほど仲の良くないエミリーに会いたい気分では無かったが、渋々立ち上がる。




「会うわ……皮肉を言わないように注意しなきゃ。エミリーはきっと領地の事など知らないんでしょうから」




 ユーリは、ユングフラウで贅沢三昧の貴族が好きでは無かったが、まだ若いエミリーが領地について無知だからと、嫌な態度をとってはいけないと自分を諌める。




「まぁ、やっとお出ましね! 貴女に良い報告を一番にしようと訪ねて来たのに。私はホウエンヘルツ男爵と婚約致しましたのよ」




 エミリーは自慢そうに大きなルビーの指輪を見せびらかす。




「おめでとう」




 ユーリの熱の籠もっていない祝辞にも、エミリーはめげず、滔々とホウエンヘルツ男爵がいかに優れているか話し続けた。




「エミリー様、ごめんなさい。少し、頭痛がするものだから……」




 見ず知らずのホウエンヘルツ男爵の話をこれ以上聞きたくないユーリは、そろそろお引き取りを願う。




「まぁ、そんな気儘な態度で皇太子妃になれるのかしら? では、これで失礼するわね。ここに来たのは、領地の娘がどうのこうのと言われたからなのに!」




 上の空で聞いていたユーリは、ハッとする。




「ハンナがどうしたの?」




「ああ、そうハンナとか言う女の子を、タレーラン伯爵家の屋敷で母親と一緒に暮らせるようにとグレゴリウス皇太子殿下から直々に頼まれたのよ。父上に頼んで、処理して貰ったわ」




「まぁ! ありがとう!」




 ユーリに抱きつかれて、エミリーは驚く。




「何よ、急に! まぁ、貴女には縁結びのチョコレートを貰ったし、女の子一人ぐらい屋敷に置いても問題は無いでしょう」




 エミリーが帰った後、ユーリはチョコレートを持ってグレゴリウスを訪ねる。




「グレゴリウス様、ハンナの件をエミリー様に頼んで下さったのね!」




「ユーリが気にしているようだったからね。そのせいで、エミリー嬢のホウエンヘルツ男爵との婚約パーティに出席しなきゃいけなくなったよ」




 ユーリは、グレゴリウスに抱きついて感謝する。




「ありがとう! それとこれからは、つまらない事で喧嘩をしないように気をつけるわ」




 セント・ウルヌスデーを二人でチョコレートを食べながら甘い時を過ごした。




 恋愛の都ユングフラウにセント・ウルヌスデーに恋人同士でチョコレートを食べる習慣が根付き、国務次官のシュミット卿は「ユーリ・フォン・フォレストのせいでカカオの輸入が増えた」と眉を顰めるのだった。        


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