14話 ユーリ・キャシディ

 旅の一座でお姫様役に抜擢されたユーリは、宿屋の一階の椅子に座って台本を読んでいた。台本といっても、髭もじゃのローズ団長が急いで書きなぐった粗筋に過ぎない。




「『きゃあ〜! 助けて!』……これしか台詞は無いの? お姫様って、そんなにお馬鹿さんなのかしら?」




 素人のユーリでも劇の流れを壊さないように書かれた簡単な台詞を覚える。




「お姫様が悪者に拐かされて、それを恋人が救い出す物語なのね。ハッピーエンドは良いけど……ラブシーンとかは困るわ! 何故かしら? 絶対に駄目な気がする」




 ユーリの脳裏に金色の瞳が浮かぶ。




「何かしら? 凄く大事な事を忘れているような……兎に角、ラブシーンは困るわ!」




 団長にラブシーンは断ろうと、宿屋から出ようとしたユーリは、入ってきた女の人とぶつかる。




「失礼ね!」




「すみません。急いでいたもので……」




 ユーリは謝って外に出ようとしたが、女の人に止められる。




「ちょっとドレスが破れたわ!」




 確かにお姫様ドレスについている模造宝石のキラキラが女の人のドレスのレースに絡まったのか、糸を引いていた。




「ごめんなさい……」




 金髪を巻髪にして結い上げている美人は、安物のドレスを着たユーリを頭から爪先までジロジロと見る。




「あなたは旅の芸人なの? そんな人にこのドレスの値打ちはわからないのかも知れないけど、ユングフラウで作った物なのよ」




 ふん! と鼻を突き出す態度に見覚えがある。




「あのう、何処かで会っていませんか?」




「あんたなんか……もしかしてユーリ・キャシディ? あのど田舎のヒースヒルにいた貧乏な農家の娘?」




 失礼な言い草で、ユーリの記憶が蘇る。




「ハリエット・ジョーンズ! あの小麦倉庫の支配人の娘ね! なんだか年取ったわねぇ」




 ヒースヒルの小学校で、町に住んでいるハリエット達に田舎の子と馬鹿にされたのだ。ユーリは、子ども時代に記憶が飛んでいたので、大人になったハリエットに驚く。




「なんですって! 年を取った? 旅の芸人になったあなたに言われたくないわ。それに私は結婚して、ハリエット・マッケーンジー夫人になったのよ。夫は、ここら辺の大地主なんだから」




 相変わらず威張っているハリエットに出会ったお陰で『ユーリ・キャシディ』という名前を思い出したが、何故か違和感がある。




『まさか……結婚して苗字が変わったのかしら? どうやら結婚してもおかしくない年になっているみたいだし……』




 ユーリの心に心配そうな金色の瞳が浮かぶ。頭ががんがんと痛む。ふらついたユーリはハリエットにもたれかかる。




「ちょっと何をするのよ!」




 宿屋の出入口でユーリとハリエットが揉めていると、アマンダがやって来た。ふらつくユーリの肩を抱き寄せて、ハリエットに向かい合う。




「何か失礼でもしたのでしょうか?」




 アマンダは、地元の人と揉めたくないと、先ずは下手に出る。ハリエットは、自分より弱い立場だと思うと、より強気になる。




「このドレスを傷つけたのよ! 弁償して頂戴」




 ツンケンした態度にユーリはカッとした。アマンダの腕を振りほどいて、ハリエットに反論する。前からユーリは強く出る相手には、強く反発する癖があるのだ。記憶喪失になっても、本人の性格は変わっていない。




「何よ! ちょこっとレースの糸が引いただけでしょ。昔から性格は変わってないわね」




「貴女も無礼な態度は変わってないわね! 見てなさい! 主人に言いつけてやるわ!」




 ふん! と鼻を鳴らして出て行くハリエットにユーリは呆れる。しかし、アマンダは心配そうな顔をした。




「あの人と知り合いなのかい?」




「どうやら、私の名前はユーリ・キャシディみたいです。彼女とはヒースヒルの小学校で一緒だったの。でも、仲は良くなかったわ。あの頃から威張り屋だったから……それにしても私は何歳なのかしら? ハリエットは結婚しているみたいだけど……」




「あんたは未だ記憶が戻って無いんだね。でも名前がわかったのは良かったよ」




 それよりもユーリは大切な話があった。




「アマンダさん、この最後のラブシーンは困るんです。だって……絶対に駄目な気がするんですもの」




「何を言ってるんだい。ラブシーンといっても、抱きしめてキスするだけだよ。お姫様を助けたんだから、そのくらいしなきゃ芝居が盛り上がらないだろ?」




「キス! 彼が怒るわ!」




 反射的にユーリの口から言葉が飛び出す。




「何か思い出したのかい?」




 青ざめたユーリの肩を抱いて質問するが、首を横に振る。




「いいえ……でも、ラブシーンは絶対に駄目なの! ごめんなさい」




「そうかい。なら、手にキスぐらいで良いかもね」




 こんな調子では舞台に立つのも嫌がりそうだと、アマンダは妥協案をだす。




「まぁ、そのくらいなら……」




 ユーリは、思い出せそうなのに思い出せないもどかしさに苛々が募る。




「早く思い出さなきゃ! 私は何を忘れているの?」




 その時、空から『ユーリ!』という呼び声が聞こえた気がした。




 思わず空を見上げるユーリ。




「竜だわ!」




 激しい愛情がユーリの心の奥底から込み上げる。




『イリス!』


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