13話 イリスとグレゴリウスの焦り

「ユーリが行方不明! まさか私との婚約が嫌になって逃げ出したのでは?」




 普段は立派な皇太子なのに、ユーリ関係になるとグレゴリウスは理性が吹っ飛ぶ。ある意味で恋愛至上主義のイルバニア王国に相応しい皇太子なのだが、今は冷静になって欲しいとジークフリート卿は溜息を押し殺す。




「仮にユーリ嬢が婚約を解消したいと思ったとしても、イリスを置いて逃げ出したりはされませんよ」




 聞いていた祖父のアリスト卿は『酷い!』と思ったが、グレゴリウスは打たれ強かった。




「そうだな! 竜馬鹿のユーリがイリスを置いて逃げ出したりはしないだろう。となれば、何か事故に巻き込まれたのか?」




 やっと冷静さを取り戻したグレゴリウス皇太子に、アリスト卿は部下のカルバン卿からの報告を伝える。




「孤児院にいたハンナという女の子を母親がいるタレーラン伯爵領の屋敷に送って行く途中、荷馬車が崖から落ちそうになったようです。ユーリはハンナを庇って崖から落ちたそうなんですが……大丈夫です。下には雪が積もっていたので、ユーリの命に別状は無いとは思うのですが……」




「ユーリが崖から落ちた!」と騒ぎ立てるグレゴリウス皇太子を宥めながら、話を続ける。




「竜騎士を派遣して付近を捜索させていますから、ユーリもすぐに見つかるでしょう」




 竜騎士隊長のマキシウスは、イリスがユーリの場所を特定できない事が不安だったが、グレゴリウス皇太子を落ち着かせる為に冷静さを演じる。




「私も捜索に加わる!」




 婚約者が行方不明なのに、呑気にユングフラウで待っていられないとグレゴリウスは騎竜アラミスに飛び乗る。




「ジークフリート卿、お任せします」




 本当なら祖父のマキシウスが一番に孫娘のユーリを探しに行きたいのだが、ローラン王国との国境を見張る役目がある。




「ええ、ユーリ嬢を無事にお連れします」




 カルバン卿が先頭になり、二頭の竜が飛んで行くのをマキシウスは『ユーリ!』と無事を祈りながら見送った。








『ユーリ! ユーリ!』




 タレーラン伯爵領の付近をイリスは旋回しながら絆の竜騎士であるユーリを探していた。




『イリス!』




 ユングフラウからアラミスに乗ったグレゴリウスが到着し、一旦は陸に降りて話し合う事にする。




『ユーリがいないんだ!』




 絆の竜騎士とのコンタクトが取れなくなったイリスの悲壮な叫びにグレゴリウスとジークフリート卿も心が切り裂かれる。




『イリス、ユーリは絶対に見つけるからね!』




 グレゴリウスとアラミスの励ましで、イリスもほんの少しだけ落ち着く。




「兎に角、ユーリ嬢が落ちた崖を調べてみましょう」




 何度もカルバン卿も調べただろうが、一から捜索をやり直そうとジークフリート卿は提案する。




「ここで馬車が雪道でスリップしたのですね。車輪が片方壊れて……崖の下に降りてみましょう」




 グレゴリウスは、焦る気持ちを抑えて、アラミスと崖の下へと向かう。雪は何人もの捜索隊に踏み荒らされていた。




「ユーリ!」




 グレゴリウスは近くには居ないとわかっていても、大声で愛しい婚約者の名前を呼ぶ。




「この道は何処へ続くのですか? 何本か馬車の轍が残っています」




 捜索隊は馬で行動していたので、轍は前からあるのだろうとジークフリート卿は考えた。




「そうか! この道は南のモーゼルまで続いています。誰かがユーリ嬢を救護したのかもしれません」




 近隣の村は探索したが、もっと遠くの町まで探索の輪を広げようと竜騎士達は頷く。




「早くユーリを見つけないと、夜になってしまう!」




 暗くなった空に三頭の竜は舞い上がった。

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