10話 孤児院の巡回

 国務省の福祉課では、最初は皇太子の婚約者であるユーリを腰掛け扱いしていたが、最近では竜騎士である事をフル活用していた。地方の孤児院や戦傷者の施設の巡回にユーリと共に行くと、護衛の竜騎士がもれなく付いてくるのだ。




「あっ、この毛布やミシンの箱もお願いします」




 皇太子殿下の婚約者を福祉課の官吏とはいえ一緒に地方へとは行かせられないと付き添う竜騎士は、どっさりと積まれた荷物に肩を竦める。未来の皇太子妃の護衛に選ばれた竜騎士は、年配の落ち着いたカルバン卿だ。




「あっ、イリスにも積みますわ」カルバン卿の竜にイージス卿を乗せてもらうので、ユーリの騎竜イリスにミシンの入った箱を何個か積む。




 地方の孤児院で男の子は農家への出稼ぎとかの需要が多いが、女の子は働く場所が無くて困っているのだ。女中ぐらいしか仕事が無いのだが、それも紹介状がないと孤児院育ちを雇ってくれない。ユーリは前世の知識で発明したミシンを孤児院に配布して、手に職をつけさせたいと考えていた。




 イリスと護衛の竜騎士の竜に箱を満載して、イージス卿と共に地方の孤児院へと向かう。途中で、竜騎士ではないイージス卿の為に休憩を挟んだが、それでも昼前には目的地ケイバーンに着いた。




「竜がいると地方まで目が届くので便利ですね。ここは、馬車だと数日がかりの巡回になるのです」




 ユーリは確かに竜だとひとっ飛びだけど、馬車で地元の情報を集めながら巡回するのも大切なのではと感じる。




 イルバニア王国の中央部に位置するケイバーンは、緩やかな丘陵地を流れるユリヌス川を利用して農作物を南部の港へと送る中継地になっていた。そのケイバーンが今回の巡回の目的地なのだ。




「福祉課のイージス卿とユーリ様ですね」




 出迎えた初老のヘッジ院長に案内されて孤児院を見学したが、ユングフラウよりも状態が悪かった。それに、豪雪地帯なのか雪に埋もれている。




『イリス、寒いでしょうが、サントラと一緒に待っててね』




『寒いのは平気だよ。サントラがいるから、話でもしているさ』




 カルバン卿は、孤児院の職員と共に運んできた木箱を中に運ぶのに忙しそうだ。ユーリは自分の騎竜イリスとカルバン卿のサントラの体を、雪の中で待たせてごめんねと軽く叩いて、中の見学へと向かった。




「かなり施設は老朽化していますね」




「この数年は戦時予算でしたから、福祉課には厳しかったのです。その上、戦争で孤児も増えましたから……」




 ユーリ自身も、前のローラン王国との戦争で父親を亡くしていたので、今回の戦争で孤児がでたことに心を痛める。子ども達に少しでも笑顔を取り戻してあげたいと、改善点を調査してまわる。




「先ずはベッドの数が足りていないわね。それにシーツや毛布もかなり古くなっているわ」




 チェックしてまわるユーリの後を、子供たちがついていく。若い女の人が竜に乗って現れたので、興味津々なのだ。




「ちょっと押さないで」




「お前なんか此処にいるべきじゃないくせに!」




 遠巻きにしている子供たちが何か揉めているのにユーリは気づいた。どうやら、ケイバーンの子と他の地区の子との間に諍いがあるようだ。




「ヘッジ院長? 貴族の領民の孤児もここで暮らしているのですか?」




 基本は領主が領民の面倒をみるべきなのだが、貴族の中には首都ユングフラウで贅沢三昧しているだけの輩も多い。




「怪しからん話ですが、子どもを孤児院の前に置き去りにする者が絶えないのです。かなり遠くの領地からも……私たちは子供に区別はつけないように心掛けてはいるのですが、どうもグループにわかれてしまっていて」




 イージス卿は、何度もケイバーン孤児院にも巡回に訪れていたので、近くの評判の悪い貴族の名前を思い浮かべて眉を顰めた。




「この件は、ユングフラウに帰って話し合う必要がありますな」




 イージス卿は、上に報告書を提出すると憤慨したが、それで解決できるとは自身も思っていなかった。イルバニア王国の問題は、ユングフラウで贅沢三昧している一部の腐った貴族なのだ。




 ユーリは、男の子に押しのけられた小さな女の子が気にかかった。




「大丈夫? あなたの名前は?」




 巨大な竜に乗ってきた女の人に話しかけられて、真っ赤になりながら「ハンナ」と小さな声で返事をする。




「ハンナ、私の親友と同じ名前ね」




「お姉さんはユングフラウから来た偉い人なの?」




「偉い人かどうかはわからないけど、福祉課の官吏をしているわ。何か困ったことがあるなら教えてちょうだい」




 ヘッジ院長は、首都から来られた官吏を煩わせるのではないとハンナを叱ろうとしたが、ユーリはそれを制した。




「見学はほぼ終わりました。少し子供とお話ししたいのです」




「そういうことなら……では、イージス卿は私の部屋でお茶でも」




 寒さに震えていたイージス卿は、院長の部屋で温まりながら状況を聞こうとうなづいた。頷いた




 ユーリは他の子供達が居ない場所の方がハンナも話しやすいだろうと、裏庭にある洗濯場へと向かった。雪に埋もれる地方なので、小屋になっている。そこの前の陽だまりに置いてある木箱に腰かけて話す。




「ハンナ、何か孤児院の生活に不自由なことがあるの?」




「お願い! 私をお家に帰して!」




 ユーリは困惑する。孤児院より家の方が良いのは分かるが、面倒をみてくれる親がいないと子供一人では暮らせないのだ。




「ハンナ……」




「お父ちゃんは死んだけど、お母ちゃんがいるの! なのに、管理人さんがここへ連れてきたのよ」




 片親だけでもいるのに何故? とユーリが考えていたら、バシャンと洗濯場から汚れた水が捨てられた。




「冷たい!」




 ハンナとユーリはモロに被ってしまう。




「おやおや、ごめんよ! まさかこんなところに人がいるとは思わなくてね。あれまぁ、貴女さんはここの人じゃないねぇ」




 竜騎士の黒に金モールが付いた制服に、洗濯場のおばさんは驚く。




「ハンナ、着替えさせて貰いなさい。私も何か着替えがあるでしょか?」




 寒さに震えながら、洗濯場のおばさんに孤児院の中の衣装部屋へと案内してもらう。




「ここには子供の服しかないからねぇ。ハンナのはあるけど……女中の服だけど、乾かすまでなら良いかね?」




 華奢なユーリにはぶかぶかだったが、濡れている服を着ているよりはマシだ。ハンナと服を着替えながら、家の話を聞く。




「お父ちゃんが死んでから、お母ちゃんはタレーラン伯爵家の女中になったの。私も一緒に住んで良いといっていたのに、ここに置いてきぼりにされたの」




「えっ、ハンナはタレーラン伯爵領に住んでいたの?」




 思いがけない名前にユーリは驚く。知り合いの領民が困っているのをほっておけないと考えたまでは良いのだが、上司であるイージス卿への報告を忘れたのが間違いの始まりだ。

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