2話 リューデンハイムの日々

 赤ちゃん騒動でユーリの夏休みの終わりはごたつきまくったが、サザーランド公爵家の別荘に一つのキャベツも無くなると、次回を期待しつつ鎮静化する。グレゴリウスはユーリとの海水浴を楽しんでいたのに呼び戻されてご機嫌斜めだったが、メルローズ叔母上とロシュフォール伯父上とで、二人の従兄弟が産まれると聞いて喜ぶ。




「従兄弟が産まれるんだ。ユーリとサザーランド公爵家の赤ちゃんは、ハトコになるんだね、親戚が増えるのは嬉しいな。でも、ロシュフォールの変人の伯父上の子どもは苦労するだろうなぁ」




 ユーリもこれで王位継承権が、どんどん下がっていけば良いなと思う。 




「ビクター様とビクトリア様が子育てするのよ……少し怖いわ……」




 グレゴリウスは子育ては乳母がするものだと思っていたので、意味がよくわからない。




「しっかりした乳母を付ければ大丈夫だろう。ビクターの実家のリヒテンシュタイン伯爵家が手配するのじゃないかな?」




 ユーリはグレゴリウスが王子様なのだと改めて認識して、溜め息をつく。




「グレゴリウス様、私は仕事を続けたいから乳母の手助けも必要かもしれないけど、子どもは自分で育てたいわ」




 グレゴリウスは子育てについて何も知識はなかったが、やたら泣いたりオシッコをする生き物だという印象しか持っていなかったので驚く。




「え~、赤ちゃんのうちは乳母に任せた方が良いのじゃないのかな? とても世話なんてできないよ」




 ユーリはグレゴリウスの言葉にショックを受けて、子どもが嫌いなの? と質問する。




「いや、子どもは好きだと思うよ。それにユーリに似た子どもなら可愛いだろうし」




 これは拙い展開だとグレゴリウスは自分のどの言葉がユーリを怒らせたのだろうと、冷や汗をかいて弁明に務める。


 


「私はグレゴリウス様にも一緒に子育てして欲しいと思っていたの……そうね、無理なのね」




 ユーリが走り去ってしまうのを、唖然としてグレゴリウスは見送った。何が気に障ったの全く理解出来なかったので、追いかけて謝る事もできなかったグレゴリウスは、恋愛の相談はジークフリートに限ると外務省に出向く。




 ジークフリートはグレゴリウスが国務省での実習を始めてから、やっと外務省での自分本来の仕事が出来るようになっていたが、鬱々とした顔を覗かせたので書類を片付けて話を聞くことにする。




「ユーリが何を怒っているのか、全く理解出来ないんだ」




 ジークフリートはグレゴリウスから話を聞くと、王宮と農村育ちの感性の違いをアレコレ言っても仕方ないと溜め息をついて、女性の一般的な扱い方を説明する。




「ユーリ嬢は、皇太子殿下にオムツを替えて欲しいわけではないのです。でも、自分が赤ちゃんの世話をする時に、一緒に居て欲しいのでしょう。二人で子育てしたいとは、そういう事なのです。ユーリ嬢は小さな家で家族に愛されて育ちましたから、王宮でも子ども達に出来る限りの愛情を注いで育てたいのでしょう」




 グレゴリウスは、自分がユーリの夢見る結婚生活を理解していなかったのを反省する。




「そうかぁ、でも愛情に満ちた家族を作る努力はするよ」




 ジークフリートはグレゴリウスがユーリ関連になると狼狽えてしまい、毎回相談に来られるのは困ると溜め息をつく。グレゴリウスが婚約してから、ジークフリートも父親から身を固めるようにキツく要求されるようになって迷惑していたが、これではデートどころか仕事にも支障がでる有り様で、シュミット卿はどうも楽をしていると不満を持った。








 グレゴリウスはユーリをリューデンハイムの竜舎で捕まえて、さっきの話の意味がわかってなかったんだと謝る。




「ユーリと一緒に子どもを育てるよ」




 ユーリも怒ってしまったのを反省していたので、謝って仲直りする。




「ちょっと、竜舎でいちゃつかないで下さい」




 竜舎の前で新入生達が入れずに困っているのを見かねて、フランツは二人に声をかける。




「フランツ、いちゃついてなんかいないわ」




 そう言いながらユーリ達は新入生達が竜舎の掃除をするのと入れ違いに出て行こうとして、余りの幼さに驚いてしまった。新入生達は皇太子と婚約者のユーリを呆然と見つめて、先輩の予科生達にサッサと竜舎の掃除を始めるようにと注意される。




「私達も、あんな風だったのね」


 


 ユーリが少し感傷的になっているので、グレゴリウスとフランツも入学当時を思い出す。




「ユーリは、黙っていたらお人形のように可愛かったな。まぁ、黙ってなかったし、皇太子殿下と喧嘩ばかりしていたけどね」




 酷いわとユーリはフランツに怒る振りをしたが、こうしてリューデンハイムで過ごせるのも後少しだと寂しく思う。




「リューデンハイムに入学した頃は、嫌でしかたなかったの。ユングフラウも大嫌いだったし、とっとと引退して田舎でスローライフをおくる事を真剣に考えていたの。あの頃の私は、あんなに小さかったのね」




「いつまでも此処で見ていたら、予科生達が気の毒だよ」




 グレゴリウスに促されて、自分達も見習い竜騎士が大人に見え、少し緊張して接していたのを思い出し、竜舎から離れる。




「あの人が、ゲオルク王の騎竜を倒したのですか?」




 新入生が皇太子の婚約者の美しさと華奢さに、噂のドラゴンスレイヤーとは思えないと口に出す。




「お前たち、ユーリ先輩の前でそんな事を言ってはいけないぞ。ユーリ先輩はどの竜も凄く愛しているから、きっとゲオルク王の竜が死んだのも悲しんだと思うよ。そんな事を二度と口に出さない事だ」




 予科生に叱られて、新入生達はションボリする。




『そんなに落ち込まなくても良い。ユーリは優しいから、おまえ達がちゃんと掃除をしたら、子狼達と遊ばせてくれる』




 校長先生のカーズに慰められて、新入生達は熱心に掃除する。




『マイケル、ユーリに子狼達に新入生達と遊ばせるように言ってくれ。お前より掃除が上手いぞ。ユーリに手伝って貰ったりしないしな』




 マイケルは新入生の時に掃除が間に合わなくて、ユーリに手伝って貰ったのを思い出して赤面する。




『カーズ、もう2年も前の事だよ』




 カーズはアンドレと共にリューデンハイムで学んだ生徒達を見守り続けてきたが、ユーリほど手のかかる生徒は居なかったと溜め息をつく。グレゴリウスと喧嘩しては竜舎の罰掃除をし、イリスの所で寝ては又罰掃除、リューデンハイムの罰掃除回数の記録を更新したのではないかとカーズは苦笑する。




 マイケルはカーズに言われた通りに、ユーリに子狼達を新入生達と遊ばせる許可を取った。食堂でルナとソリスと遊んでいる新入生達を、グレゴリウスとユーリとフランツは笑いながら見る。


 


「二匹ともかなり大きくなったなぁ。特にソリスは、普通の中型犬ぐらいあるかな? ユーリ、どの位になるの?」




 ユーリは毛玉みたいだったのにと溜め息をつく。




「シルバーは子牛ぐらい大きかったわ。子どもの頃は、森で疲れたら乗せて帰ってくれたもの。秋には猟に連れて行かなきゃいけないかな?」




 グレゴリウスとフランツは、まだ猟は早いと二人で話し合う。




「ルナ達にも、リューデンハイムの寮は良い影響を与えたみたいだな」




 グレゴリウスは王宮で暮らすなら人に馴れないといけないと思っていたので、ルナとソリスが新入生達の匂いを覚えて遊んでいる様子に安心する。




「そうか、リューデンハイムを卒業したら、子狼達も寮から出て行くんだね。予科生達には動物との会話の練習になるから、良い影響を与えるのに残念だなぁ」




 ユーリは昼間は寮で遊ばしていても良いと提案する。




「それより、本当に冬に竜騎士に叙されるのかしら。フランツは18才だけど、私とグレゴリウス様は17才なのよ。依怙贔屓だと思われたら嫌だわ」




 フランツはユーリがローラン王国との戦争でどれほどの武勲をたてたのか自覚が無いのに苦笑したが、カサンドラの件はタブーなので触れない。




「参戦したら、竜騎士に叙されるのが慣例なのさ」




 グレゴリウスは、フランツがユーリの武勲に付いて触れずに、慣例だとスルーしたのに同意する。




「私達の先輩の見習い竜騎士達だって、早く竜騎士に叙されたじゃないか。それにフランツはもう直ぐ19才だし、私達も18才だよ。ユージーン卿も、19才で竜騎士に叙された筈だよ」




 ユーリは、まぁ、ユージーンは優等生だからねと笑う。




「リューデンハイムを卒業したら、フランツは外務省なのよね。私は国務省で、福祉課を希望しているけど……」




 リューデンハイムを卒業したら、皇太子妃教育も本格的になるし、結婚の準備も忙しくなるのだろうとユーリは溜め息をつく。




「ユーリ、溜め息だなんて」




 グレゴリウスの苦情に、フランツはユーリの弁護にまわる。




「皇太子殿下、ユーリが溜め息をつきたくなるのは無理ありませんよ。母が熱狂的に、準備していますから」




 戦争が終わり、少し落ち着きを取り戻したのを見計らって、婚約パーティーや結婚式の日取りが公表されると、マリアンヌはドレス作りに熱狂的に取り組みだした。




「あんなにドレスが要るのかしら……仮縫いだけでクタクタになるの」




 グレゴリウスは、ユーリの社交嫌いを思い出して、皇太子妃なのだからドレスは必要だよと諭す。




「これからは外国の要人の接待も任されるから、ユーリも私の婚約者として晩餐会や、パーティーに出席しないといけないしね」


 


 この一年はローラン王国との戦争で大きなパーティーは開かれてなかったが、秋の社交シーズンが始まるのだとユーリは溜め息をつく。




「週末は婚約パーティーと結婚式がいっぱいなのよね。知り合いの令嬢方の婚約や結婚だから断れないし……それに私を招待したら、皇太子殿下が来られるのが目当てなのかも。グレゴリウス様は、付き合わなくても良いのよ」




 グレゴリウスは、絶対にユーリを一人でパーティーに行かせるつもりはなかった。国務省で、アンリとユーリが普通に話しているだけでも嫉妬してしまうのだ。




「婚約者なんだから、パーティーは一緒に行くのがマナーだよ。それと、私の許可なく他の男と踊ってはいけないんだよ」




 フランツはグレゴリウスの嫉妬深さに呆れたが、ユーリは元々知らない相手とのダンスは嫌いだったので喜ぶ。




「あっ、そうなんだ! ふ~ん、じゃあパーティーも楽が出来るわね。ちょっとグレゴリウス様とダンスして、椅子に座っていれば良いのよね」




 グレゴリウスとフランツは、それは違うだろうとユーリの誤解を焦って訂正する。




「ユーリはグレゴリウス様が許可した相手とダンスしたり、普通の社交もしなくてはいけないよ。グレゴリウス様も何人かとダンスされるだろうし……もう、何年も社交界に出てるのに!」




「外国の要人達ともダンスしたり、会話を楽しんだりしないと駄目だよ。私が言ったのは、君にアプローチしそうな相手とはダンスしては駄目だという意味なんだ」




 ユーリは婚約したのにアプローチなんかされないわよと、意味を全く理解してない様子でグレゴリウスとフランツは溜め息をつく。




「貴族の中には婚約どころか、結婚している貴婦人とアバンチュールを楽しむのが流行っているから。特に皇太子妃との危険な火遊びをしようなんて、馬鹿なことを考える奴もいるかもしれないじゃないか」




 ユーリはふ~んと聞いていたが、ふと反対も有り得るのに気づく。




「それって、婚約している皇太子殿下とアバンチュールを楽しむ貴婦人もいるって事じゃない? なのに何故、私だけにうるさく言うの?」




 フランツは雲行きが怪しくなって来たので逃げ出そうとしたが、グレゴリウスに腕をつかまれてしまう。二人でしどろもどろで、ユーリはそういう方面に疎いから注意しただけだと言い訳をする。




「まぁ、確かに恋愛方面は疎いわね。それにしても婚約したのに、他の人と火遊びなんかしないぐらいは、信じて欲しいわ。そんなの考えた事も無かったのに……」


 


 プンとふくれるユーリとラブモードになりそうなグレゴリウスにフランツは呆れて、席を立ったが今度は引き止められなかった。寮なのでキスとかはしないが、ふくれるユーリを甘い言葉で宥めているグレゴリウスとのデレデレの会話は、独り身のフランツには辛くて気になる令嬢をデートに誘い出そうと決心する。  

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