18話 バツ一なの?

 ユーリは治療の手伝いをヘルメスに申し込んだが、つれなく却下される。




「もう、戦争は山場を越えたよ。ユーリはユングフラウに運ばれた軽傷者や、回復期の負傷者の手当てを手伝ってくれ。こちらに治療の技の優れた医師を連れて来ているから、ユングフラウが人手不足なのだ」




 マキシウスはバロア城の増強と、新たな国境線にしようと、山とバロア城と海までの長城を築き上げようとしていた。竜達に木材を運ばせたり、兵士達にも石を積ませたりとハリンソン元帥と一緒に大忙しで寝る暇を惜しんでいたので、ユーリの面倒を見ていられないと、ユングフラウへ帰るようにと命じる。






「どうやらゲオルク王は、退位するみたいですよ。カザリア王国も此方がバロア城を取ったのに勢いづいて、鉱山を取り戻そうと本腰を入れましたから、戦争は間もなく終わるでしょう。それまでにバロア城の防衛を強化しなくてはいけませんし、この戦争のどさくさに乗じてコンスタンス姫を救出できれば良いのですがね。とにかく、ユーリ嬢にはユングフラウで休養を取って頂きたいです」




 ジークフリートにも言い聞かされて、ユーリは抗議しようとしたが、グレゴリウスを見張っている暇は無いのですと、作戦前夜の竜舎での出来事を暗に非難されて真っ赤になって俯く。




「ユーリ嬢、皇太子妃になられるのですから、もう少し慎みを身につけて下さらないと。皇太子殿下にも言い聞かせますが、結婚前にお腹が大きくなるなんて真似は許しませんよ」




 ドヒャ~と、ユーリが撃沈する様子を見て、ジークフリートは未だたいして関係が進んでないのを察して安堵する。それと同時にグレゴリウスに女性を世話するべきなのかと悩み、これも皇太子の指導の竜騎士の仕事なのかと溜め息をつく。




 ユーリはグレゴリウスと別れのキスをすると、渋々ユングフラウに帰った。北の砦では竜を矢で射たユーリを、ドラゴンスレイヤーと英雄視する兵士達が多く、カサンドラの死を悼んでいる本人の耳に入れたくないと、竜騎士達は思っていたのでホッとする。








 ユングフラウに帰ったユーリは、怒れるモガーナに大説教をくらった。




「貴女という娘は! ゲオルク王と対決したと聞いて、私は心臓が止まりそうになりましたよ。老い先短い私を……」




 モガーナはユーリを抱きしめると、二度とこんな事をしないと約束させる。




「ユーリ、貴女なんだか臭いわ。お風呂に入って無いのね。戦争なんて、不潔で野蛮なものですわね。直ぐにお風呂に入りなさい」




 ユーリは熱が下がった時にメアリーに拭いて貰ったのにとぶつぶつ言ったが、お湯に浸かると疲れが解け出すような気持ちになる。風呂からあがると、ユーリはベッドで爆睡した。




 モガーナは食事も取らずに寝てしまったユーリに布団を掛けてやりながら、無事に帰ってくれた幸運に感謝する。




 それと同時にユーリにゲオルク王と対決させたマキシウスに悪態の限りを尽くし、バロア城の強化に忙しくしていた竜騎士隊長はゾクゾクと悪寒を感じて、夏風邪でもひいたのかと早めにベッドに入った。








 ジークフリートの情報通り、竜騎士でないと王位に就けない旧帝国の掟を引き継いでいるローラン王国では、騎竜を亡くしたゲオルクは退位することになり、ルドルフ王が即位した。




 ルドルフ王は、イルバニア王国との終戦協議を申し出て、両国の外交官達は自国が少しでも有利なようにと激論を交わしたが、ローラン王国の国民は餓えに苦しんでいたので、和平交渉を焦っているのが見え見えだった。




 ローラン王国は穀物の輸入再開と引き換えに、バロア城までの領地をイルバニア王国に譲渡する。




「あと、ユーリ・フォン・フォレストを、ルドルフ王は正式に離婚すると宣言なさいました。我が国の国王陛下と皇太子殿下に矢を放ったのですから、重罪人ですので当然です。二度とローラン王国に足を踏み入れないようにと、警告しておいて下さい」




 無礼な言葉にイルバニア王国の外交官達は、元々、結婚など無効だったし、戦争中なのに重罪人とはちゃんちゃら可笑しいと激怒した振りをしたが、ルドルフ王になって両国の関係が少しは改善するかもと考える。




 しかし、ルドルフ王の指には竜心石の指輪は嵌まっていないとの情報が流れると、未だにゲオルク王が影で糸を引いているのだと溜め息をついた。




 ジークフリートやユージーンは、ルドルフ王がコンスタンス妃を人質に捕られて傀儡にされているのが残念に思われてならなかった。ゲオルクがカサンドラの死から立ち直る間は、両国の関係が改善されそうな空気が有ったと考えると、あの千載一遇のチャンスを逃したのを歯軋りしたくなる。








 ユーリは国王から、ルドルフ王からの離婚宣言を聞き呆れ果てる。ユーリは国王の前では、そうですかと言葉少なく引き下がったが、グレゴリウスには愚痴りまくる。




「何となくホッとしたけど、腹も立ってきたわ。何で彼方から離婚宣言なんてされなければいけないのかしら。こっちがお断りよ! えぇ~っ、もしかして私はバツ一なの……なんだか凄く気分が悪いわ……」




 グレゴリウスも無礼なローラン王国の離婚宣言には腹が立ったが、これでユーリと何の障害も無く結婚できると喜ぶ。




「元々、結婚なんて無効なんだから、気にしなくていいよ。それより、早く結婚したいな。戦争も終わったし、ローラン王国も離婚宣言したのだから、直ぐにでも結婚式をあげようよ」




 グレゴリウスは、ジークフリートから厳しく叱られたのと、欲望を抑えられないなら世慣れた貴婦人を世話すると言われて断った立場から、ユーリと早く結婚したいと切望する。




「戦争で亡くなった方々もいるのに、結婚式なんてあげれないわ。それに、未だ仕事のことも話し合っていないし。竜騎士になってから、結婚したいわ」




 グレゴリウスはユーリが冷たいと拗ねる。




「ユーリは私ほど愛していないんだ。私は9才の時から、ずっと愛しているから結婚したくて仕方が無いのに……」




 グレゴリウスに愛情不足だと責められて、ユーリは困る。




「そんなぁ、グレゴリウス様……確かに愛情表現が下手かも知れないけど、こんなに愛しているのに……」




「ユーリ、二人で王妃様に結婚式を早く挙げれるように頼みに行こうよ」




「え~、頼みに行くの? それよりは結婚式が何時なのか聞きに行くのが先じゃない? 私たちはそれすら知らないのよ」




「それは、そうだけど……やはり、ユーリは冷たいよ……」




 付き添いの女官達は、若い婚約者達の痴話喧嘩にやれやれと溜め息をつく。二人は王妃の所へ結婚式はいつになるのか尋ねに行くことにして、女官達の隙をついては庭の小径を急に曲がって、キスをしたりしながら王宮へ帰る。




「あなた達の結婚式ですか? 未だ公式には決まっていませんね。でも、皇太子が18才になる前に結婚式を挙げる事は有りませんし、見習い竜騎士のうちはないでしょうね」




 グレゴリウスは、王妃の言葉に悲鳴をあげそうになる。




「お祖母様、見習い竜騎士の結婚を禁じる規則はないとジークフリート卿も言ってましたよ。竜騎士になるまで結婚できないだなんて……」




 落ち込むグレゴリウスを慰めていたユーリも、王妃の言葉にひぇ~と叫び出しそうになる。




「グレゴリウス、何を言っているのです。婚約後2、3年してから結婚式を挙げるのは、常識ではありませんか。それにユーリには皇太子妃教育を受けて貰わなくては! 行儀作法の一からやり直さなくてはね」




 ユーリが顔色を変えて、逃げ出そうとするのをグレゴリウスは引き止める。




「ユーリ、何処へ行くつもりなの」




 グレゴリウスに手をつかまれて逃げ出せなくなったユーリは、一応の抗議を王妃に試みる。




「王妃様、私は見習い竜騎士の実習も有りますし、声楽や、武術のレッスンも有りますから、皇太子妃教育は受ける時間が有りませんわ……」




 王妃の眉が言っているうちから上がってゆくので、ユーリは段々と小声になっていったが、言うべき事は言い尽くす。




「マキシウス卿に、武術レッスンと騎竜訓練は外して貰いました。その時間は皇太子妃教育に当てなさい。皇太子妃が政治に口出しするのは御法度ですが、ユーリは竜騎士として、福祉や教育の部門での仕事は続けても良いと国王陛下も了承されました。皇太子も国務省での見習い実習を始めなくてはいけませんし、一緒に頑張って竜騎士を目指しなさい」




 グレゴリウスは国務省でユーリと一緒に見習い実習をするのは嬉しく思ったが、ジークフリートが指導の竜騎士から外れるのかとガッカリした。




「ジークフリート卿は貴方の指導の竜騎士を外れませんよ。これからは外国からの訪問者の接待を貴方に任せますので、卿には皇太子としての振る舞いを引き続き指導していただきます。国務省ではユーリと共にシュミット卿が指導の竜騎士になりますが、皇太子として総てを統括するために国務相に付いて実習することになるでしょう」




 グレゴリウスは一気に皇太子としての職務が増えていくようで驚いたが、少しずつ慣れていくしかないと覚悟を決める。王妃は皇太子としては立派なグレゴリウスの態度に満足したが、ユーリにメロメロで結婚式を早く挙げたいと再度頼み出したのには厳しく窘める。




 若い婚約者達が間違いを犯さないように、女官達に監視を強化させなくてはと、王妃は溜め息を付いて二人を下がらせた。




 グレゴリウスは結婚式があと2年も先かもと溜め息をつき、ユーリは仕事が制限されるのに不満を持ったし、皇太子妃教育に恐れをなした。鬱々とした二人が庭を散歩しながら愚痴を言い合っているのを、アルフォンスとマリー・ルイーズは苦笑しながら眺める。




「テレーズ、二人に冬に竜騎士に叙すると伝えなかったのか? 戦争で多大な貢献をしたので、グレゴリウスとユーリとフランツは竜騎士に昇格すると決まっているのに。まぁ、結婚式は来年の秋までお預けだから、少しは落ち着かせないといけないかな……おや、女官達を撒いて、何処かへ逃げ出したみたいだな……」




 二人で愚痴り合っていたと思いきや、竜を呼び出して王宮から逃げ出したのをアルフォンスは呑気に笑ったが、テレーズとマリー・ルイーズはこんなユーリに皇太子妃教育するなんて無理ですと訴える。




「そうだなぁ、竜と逃げ出されては、手に余るかも知れぬな。ジークフリート卿に呼び戻させるさ。卿なら、適当に息抜きさせながらも、結婚までユーリに手出しはさせないだろうからな」




 未だ、ゲオルクがルドルフ王を影から操っているにせよ、求心力に翳りを見せているのは確実だ。イルバニア王国とカザリア王国は共同で、人質のコンスタンス妃を救出してルドルフ王には、自主性を取り戻して貰いたいと願う。




 隣国との戦争がルドルフ王が実権を手に入れたら本当の終結を得るのではないかと、アルフォンスは深い溜め息をついた。長い治世をそろそろ終える時がきたと、次世代への期待を胸に秘める。




「それにしても、ユーリに皇太子妃教育を誰が付けるのか決まってなかったな……」




 国王の言葉に、王妃とマリー・ルイーズはお互い責任の押し付け合いを始めて、ユーリとグレゴリウスどころではなくなった。アルフォンスはご婦人方の話し合いに口を挟むような愚かな真似はせずに、ジークフリート卿を呼び出してグレゴリウスとユーリを探し出すように命じる。




「卿には苦労をかけるが、皇太子が結婚するまで面倒をみてやってくれ」




 冬には竜騎士に叙されるのにとジークフリートは辞退したが、ウィリアムからユーリを託されたと聞いたぞと説得される。




『何で私がこんな目に……』




 パリスに愚痴りながら、イリスとアラミスの行方を追うジークフリートだ。








 二人はヒースヒルのウィリアムとロザリモンドの墓に婚約の報告をしに来ていた。グレゴリウスは墓前に跪いてユーリを幸せにすると誓う。




「グレゴリウス様と一緒に生涯をともにするわ」




 ユーリも墓前に誓いをたてたが、やはり涙が溢れてしまいグレゴリウスの胸で泣いてしまう。二人が墓前にもかかわらず、気持ちが盛り上がってキスをしていると、ジークフリートがカンカンになって空から舞い降りる。




「こんな遠くに行くときは、許可を取ってからにして下さい」




 グレゴリウスとユーリは最初は何処か公園にでも行こうかと竜を呼び出して飛び立ったが、両親の墓前に許可を貰いに行こうと言い出して、許可など思いもつかず実行してしまったのだ。




「すまない、心配をかけるつもりはなかったのだ」




 グレゴリウスとユーリは、ジークフリートに平謝りする。




 しかし、ユーリは戦争も終わったしパーラーを再開しても良いわよねと、三頭もいるのだからと氷室から氷を山ほど竜達に載せてユングフラウへと帰った。ジークフリートは皇太子の面倒はみれても、ユーリの面倒はみきれないと、帰ったら即刻に国王へ訴えに行く。




「なかなかユーリの皇太子妃への道は厳しいなぁ……」




 呑気な感想を述べる国王を恨めしく眺めながら、ジークフリートはユーリよりも指導者の苦労を考えて欲しいと怒鳴りそうになるのを抑える。 


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