4話 メーリングは鬼門?
ユーリはフォン・フォレストから帰ってから、100万ダカットを払うべきかどうか悩んでいた。
『監禁されたり、ユージーンを人質にして結婚式を強要されたり、危うく強姦されそうになったのだから払う必要ないのよ。でも、嫌いな相手に借金があると、勝手に言われているだけなんだけど……気分が落ち着かないのわ』
イリスに愚痴を言っても仕方ないのは、ユーリもわかっている。しかし、ユージーン、ジークフリート、マウリッツ公爵、お祖母様……話した人全員から、そんなの無視すれば良いと言われても、心の棘が抜けないのだ。
自分が馬鹿げた事を気にしているのは重々承知していたが、大嫌いなローラン王国から借金の督促をされている状態が我慢できない。
『メーリングかぁ、前に行った時も道に迷って酔っ払いに絡まれたりしたのよね。誰かと一緒に行かないといけないのはわかるけど、反対してる人ばかりだし……』
ユーリは誰に一緒に付いて行って貰うか悩む。
『グレゴリウスがいいんじゃない』
アラミスからユーリの結婚相手にとプッシュされているし、子どもの頃から見てきたグレゴリウスをイリスも少し応援したい気持ちを持つ。
勿論、ユーリが好きになった相手としか結婚を認めない気持ちに変わりはなかったが、毎日のようにアラミスに言い続けられてチャンスを与えるぐらい良いと思う。
『駄目よ、絶対に反対するに決まってるじゃない。変な事を言わないでよ。う~ん、誰か良い人いないかしら……』
知り合いの顔を順々に思い浮かべて見ても、宝石類でも、竜心石でも売るのを反対しそうな人ばかりだ。
『仕方ないわ、昼に行ける週末まで待って、侍女を連れて行きましょう』
ジークフリートは、ユージーンからユーリが宝石類を売って100万ダカットを払うつもりだと聞いて頭を痛めた。
「う~ん、困りましたね。ユーリ嬢に何度言い聞かせても、本人が気になって仕方ないみたいですね」
ユージーンは、父上がユングフラウの宝石店に手を回したと伝えた。
「宝石は売値はしれてますからね。ユーリがそこまで気になって仕方ないなら、50万クローネを与えてやろうと思っているのでしょうが、間違っていると思う……ただ、ユーリはユングフラウの宝石店を既に回って、売値の低さにガッカリした後だったみたいなのです。これで100万ダカットを払うなんて、馬鹿な考えを諦めてくれれば良いのですが」
ユージーンはユーリの性格なら、何らかの方法を考え出すだろうと懸念する。
「イリスを監視しますよ。ユーリ嬢が何か計画して行動するなら、イリスも一緒の可能性が高いですからね。寮ではアラミスが監視するでしょうから、フォン・アリスト家の監視は引き受けます。マウリッツ公爵家はお任せします」
二人はユーリから目を離さない事を話し合った。
グレゴリウスはフランツから、ユーリがバロア城の賠償金について悩んでいると聞かされて、恥ずべき要求をしてきたローラン王国に怒る。
「何だかユーリが変なのは、そのせいなのかな」
リューデンハイムの寮で食事の時も、そそくさと食べ終えると席を立ってしまうユーリの態度に、グレゴリウスは悩まされていたのだ。フランツは、ユーリがグレゴリウスを意識し始めているとのジークフリートから聞いていたが、これは何か企んでいるのを自分達に知られたくないからなのではと思う。
「一度、ユーリと話してみるよ」
グレゴリウスはユーリと話し合って、バロア城の賠償金など払う必要がない事を説得するつもりだ。ユーリの予定を把握しているグレゴリウスは、声楽のレッスン後をつかまえて話し合おうと、パウエル師の屋敷で出てくるのを待った。
「ここで待ち伏せするしか無いのかな……」
待っている間、グレゴリウスは何回か寮で話し合おうとしたが、女子寮にそそくさと行かれてしまい果たせなかったのだから仕方ないと考える。
「グレゴリウス皇太子殿下、ここで何をなさっているのですか」
ユーリはパウエル師のレッスンを終えて、屋敷の外にまたせていた馬車に侍女と乗ろうとして、グレゴリウスに気がつき驚いた。
「少し話があるんだ。一緒にフォン・アリスト家に行ってもいいかな」
グレゴリウスはサロンでユーリと二人っきりで、バロア城の賠償金を支払う馬鹿馬鹿しさについて説得する。
「そんなのわかっているの。でも、100万ダカットで繋がっているみたいで、気持ちが悪いのよ」
ユーリがどれほどローラン王国を嫌っているかはグレゴリウスも知っていたが、100万ダカットのせいで繋がりを感じている嫌悪感が生理的なものだと気づいた。
「ユーリ、バロア城の賠償金であって、ルドルフ皇太子との結婚解消の賠償金では無いんだよ。第一、結婚など無効なのだから、あんなの誰も認めたりしないさ」
ユーリの肩をつかんで顔を見つめながら、グレゴリウスは真剣に話す。
「グレゴリウス皇太子殿下……」
間近で金褐色の瞳に見つめられて、ユーリは頬を染める。
「君をあんな奴に渡したりするもんか」
グレゴリウスはユーリを抱きしめてキスをしながら、頭の一部で、なる程ジークフリートが言っていたキスしても良いというムードとはこういうことだったのだと変な感心をする。
だが、そんな考えは一瞬だけで、愛しいユーリを抱きしめて、平手打ちもされないでキスに夢中になっていく。
「ユーリ、愛している」
甘い言葉にうっとりしていたユーリだったが、次の瞬間グレゴリウスを押しのけた。
「結婚して欲しい」
その一言で我に返ったユーリは、自分がグレゴリウスとのキスに夢中になっていたのに驚いた。
「皇太子殿下、私は皇太子妃になんか向いてません。何回も、そう言ったはずです」
しまった、先を急ぎ過ぎて、折角いいムードだったのにしくじったとグレゴリウスは後悔する。
結局、マキシウスが帰宅してきて、ユーリの説得も、キスの続きもできないままグレゴリウスは屋敷を後にした。
やるせない気持ちのグレゴリウスは、ジークフリートの屋敷に恋の悩み相談に訪れ、恋人とのデートをドタキャンさせることになった。ジークフリートは、性急なプロポーズで台無しにしたのに溜め息をつく。
「皇太子殿下、プロポーズするのに指輪も用意してないのでしょう。何も作戦もたてずに、勢いでする遣り方もありますが、玉砕する確率が高いですよ」
グレゴリウスは指輪かぁと、ジークフリートの急ぎ過ぎだという忠告はスルーして、ぼぁんとしてしまう。
ジークフリートは、恋するグレゴリウスに何を言っても無駄だと肩をすくめる。ユーリがまだ賠償金を気にしているのを確認したので、グレゴリウスにも馬鹿な真似をしないように見張るように指示した。
マキシウスはそそくさと寮に逃げ帰ったユーリが、サロンでグレゴリウスと何を話していたのか聞きそびれた。しかし、二人の様子に何だか今までとは違うものを感じ、複雑な思いに捕らわれる。
「声楽のレッスンはこんなに遅くまであったの?」
屋敷にいるとお祖父様に質問されるのが気まずくて寮に帰ったものの、夕食を食べていたユーリはフランツの言葉に喉に詰まりそうになった。
「大丈夫? そんなに慌てて食べたら駄目だよ」
咳き込んで真っ赤になったユーリを心配したフランツだが、グレゴリウスもまだ帰って来ていないし、何かあったなと確信する。
ユーリが女子寮に逃げるように帰った後に、グレゴリウスがぼぁんとしたまま寮に帰ってきた。
「フランツ、ユーリはどんな指輪が好きかなぁ」
「ユーリは、宝石にあまり興味を持ってませんよ。って、指輪って……まさか婚約指輪ですか!」
フランツの大声を、グレゴリウスは口を手で押さえて止める。
「ジークフリート卿にプロポーズするなら、指輪を用意するものだろうと言われたのだ」
ポッと頬を赤らめて小声で打ち分け話をするグレゴリウスを、フランツは驚きと不審の目で見る。
「いつの間に、ユーリとそんな仲になったのですか? それにジークフリート卿がそんな忠告を本当にしたのですか?」
グレゴリウスは、ジークフリートの言葉をフランツに告げる。
「皇太子殿下、それは指輪を用意しろという意味でなく、性急なプロポーズは玉砕するだけだと止めているのではないですか? 実際に、ユーリに断られたのでしょ」
自分が知らない間に急展開があったのかと驚いたが、少しは進展したみたいたがプロポーズは勇み足にフランツは思えた。だが、恋するグレゴリウスに忠告は耳に入ってない様子だなと、溜め息をつく。
ユーリは、部屋で自分の揺れ動く気持ちをもてあましていた。
「グレゴリウスとキスするなんて……」
プロポーズされる前の、うっとりとしていた時間を思い出し、混乱しまくる。
週末になり、アリスト家で過ごしていたユーリは、メーリング行きを決行する。宝石類を持ち運ぶので、馬車に侍女と護衛を伴って、メーリングに向かう。
ジークフリートやグレゴリウスはイリスを騎竜に見張らせていたので、ユーリの行動に気づくのに遅れた。
「馬車だと、2時間以上もかかるのね」
ユーリはイリスとメーリングに来たことしか無かったので、馬車に乗っての長時間の小旅行に疲れた。予め宝石を輸出入している商店をユングフラウで聞いて、御者に伝えてあったから迷うことなく着く。
「素晴らしい品ばかりです。本当に手放されるのですか?」
店主は持ち込まれた宝石類を鑑定し始めた。ユーリは自分が馬鹿な意地を張っていると気づいていたが、どうしても心に刺さった棘が抜きたかった。
しかし、メーリングの宝石店でも、買い取り価格は思わしくなかった。
「やはり、そのくらいにしかならないのですね」
ユングフラウよりは高値だが、50万クローネには及ばずガッカリしたユーリは竜心石を手放す決心をする。
「これは、幾らぐらいの値打ちなのでしょう」
店主は胸から下げていた大粒のブルーダイヤに見えたネックレスを手渡されて、腰を抜かしそうになった。
「これは……竜心石! まさか、この手に持つことがあるとは考えたこともありませんでした」
店主はルーペで竜心石を眺めて、石の中で燃える青い炎に見とれる。
「これは……家では扱えませんよ。お嬢様、このような貴重な物を手放してはいけません。世界に数個しかない宝物ではないですか」
店主はこんな貴重な物に値段などつけれないし、自分には全財産を叩いても買い取れないと辞退する。
「100万ダカット必要なのです」
ユーリの申し出にも、店主は首を横に振った。こんな貴重な宝物を買い取っても、売ったりして首が飛んでしまっては、意味がないと竜心石をユーリに返す。
「これはお祖母様から誕生の祝いに頂いた守り石で、私の個人的な財産なのです。それにお祖母様からは、好きにすれば良いと許可を頂いてますわ。だから、首が飛ぶなんて事は有り得ませんわ」
「お祖母様……ユーリ・フォン・フォレスト嬢……フォン・フォレストの魔女と呼ばれる方のお孫様なのですね。無理です! 私には妻も子供達もいます。どうか、お引き取り下さい!」
訪問の予約と高額の取引になるので、名前を聞いてはいたが、古い噂を竜心石などという魔力を秘めた石から思い出して店主は怯えた。
「だから、お祖母様は売るなり、捨てるなり、好きにすれば良いと言ってるのよ」
こんな貴重な宝物を捨てても良いと言うような魔女とは拘わりたくないと、店主は余計に怖くなる。
「そうだ! 東南諸島の商人が珍しい石を高額で買い取ると噂を聞きました。そちらの方なら、フォン・フォレストの魔女の呪いも平気でしょうから、紹介状をお書きしますよ」
ユーリはお祖母様は呪ったりしないわと抗議したが、紹介状は受け取る。
「あら、アスラン様だわ。ふ~ん、羽振りが良さそうだから、100万ダカットを払ってくれるかも」
店主は竜心石の値打ちは100万ダカットどころではありませんよと良心的な忠告はしたが、ユーリが店から出て行くと厄介払いできたと安堵する。
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