12話 ユーリの魔法教室
ジークフリートは、結界の張り方の練習を渋々許可した。ユーリが決意していたので、拒否しても他でするだろうし、監視の目を光らせて置ける所で練習をさせたかったからだ。
「ハロルド様、ユリアン様、ジェラルド様、これは最高機密なのです。貴方達を信頼してますが、知る人が少ない方が良いの。それに……もしかしたら、エドアルド様は発熱されるかも知れないし、全員が発熱したらお祖母様にバレるわ」
エドアルドは、パロマ大学でターシュの真名で呼び出された残像に捕らえられて発熱したのを思い出した。ユーリは自分の竜心石をエドアルドに持たす。
『イリス、マルスに結界の張り方を教えてあげて』
一度ユーリは国王に結界の張り方を教えたことがあったので、竜同士の方が理解し易いと知っていた。
『マルス、結界の張り方がわかった?』
『う~ん、なんとなくだけどね』
頼りない返事だけど、練習あるのみだとユーリはエドアルドにフォン・キャシディの屋敷に結界を張るようにマルスに命じてくださいと指示する。
『マルス、結界を屋敷に張ってくれ』
エドアルドは、手に持った竜心石が少し輝きを増した気がした。
『結界を張ったよ、張れたのかなぁ?』
マルスの頼りない言葉にエドアルドも結界を張っている実感も持てなかったので、ユーリにこれで良いのかと質問する。
『イリス、結界は張れてる?』
『うん、張れてるよ』
「エドアルド様、ちゃんと結界は張れてますわ。実感が無いのなら、小さな空間の結界を張って、ハロルド様達に協力して貰いましょう」
ユーリは竜舎に行き、ハロルド達に少し後で竜舎に入ってみてと言って、エドアルドにマルスに竜舎に結界を張らせた。ハロルド達は竜舎に入ろうとしたが、扉はピクともしなかった。
「彼らは、入って来れないみたいですね」
エドアルドは驚いてしまったが、マルスがもう無理と結界を解くと、力任せに扉を押していたハロルド達が竜舎に転がり込んだ。
「あれが結界なんですね!」
興奮しているハロルド達に、もっとやって下さいとせがまれたが、ユーリは初日はここまでと練習を打ち切った。
「無理をしない方が良いわ、熱が出たら大変ですもの」
「熱が出てもユーリが看病してくれるなら、かまいませんよ」
ジークフリートは油断も隙もないと呆れて、お茶にしましょうと屋敷にユーリをエスコートする。後ろからついて行きながら、エドアルドはジークフリートの本拠地でユーリを口説き落とすのは難しいとジェラルドに愚痴る。
エドアルドは練習で魔力を使ったから、お茶のケーキを3個も食べた。
「ユーリがたくさん食べるのは、魔力を使っているからですね」
自分の食欲にエドアルドは驚いた。
「さぁ、どうでしょう。意地汚いだけかもしれませんわ。でも、エドアルド様はたくさん食べてね」
そう言うとユーリは優雅にエドアルドのカップにお茶を注いで、ケーキをもう1つお皿に取りわける。
「帰国されたら、国王陛下のロレンスにマルスから結界の張り方を教えさせて下さい。でも、結界を張るのに慣れたら、もう一つレベルアップしますわね。竜心石の真名の使い方を教えますが、これこそ熱が出そうだわ、大丈夫かしら」
心配そうに自分を見つめるユーリを眺めているだけで、エドアルドはドキドキしてくるのだ。おいおい、私の屋敷で勝手に盛り上がらないでくれと、ジークフリートは内心で突っ込み、グレゴリウスの指導の竜騎士として見過ごせないと思う。
明日も屋敷で練習させて下さいと頼むユーリに、ジークフリートは愛想よく許可を与える。
フォン・フォレストに帰ると、竜舎から屋敷に向かいながら、ユーリは言い訳を考えていた。
「連日、フォン・キャシディの屋敷にジークフリート卿のお見舞いなんて変よね~」
ユーリが頭を絞っているので、ユリアンは良いアイデアを思いつく。
「ジークフリート卿はかなり回復していて、私達はダンスを教えて貰うことになったというのはどうでしょう」
「ユリアン、珍しく冴えてるじゃないか!」
「前からジークフリート卿にはダンスを習いたいと、ユリアンはうるさかったからなぁ」
学友達のふざけあいに、ユーリは爆笑する。笑いながら館に帰ってきたユーリに、モガーナはホッと安堵する。
夕食の席でユーリはアレックスを館に招いたことと、エドアルド達がジークフリートにダンスのレッスンをつけて貰う件を話した。
「まぁ、無礼な変わり者のアレックス様に会えるのですね。ビクター夫妻と、どちらが変人なのかしら、楽しみですわ」
アレックスに何の用かしらとモガーナは疑っていたし、ジークフリートの屋敷で何をしているやらと溜め息をつく。
ユーリはお祖母様を誤魔化しているつもりだったが、バレバレじゃないかとエドアルド達は冷や汗が流れる。
「ユーリ嬢は、少し鈍感ですねぇ」
夕食後、サロンでユーリの歌やジェラルドのピアノを楽しんで各自部屋に引き上げた。
エドアルドが結界の練習で熱を出すのではと心配して部屋に訪ねてみたが、大丈夫そうでハロルドは安心したが、モガーナ様にバレてるなと話し合う。
「ユーリは正直なんだよ」
ハロルドの鈍感という失礼な言葉を、キッチリ訂正したエドアルドだ。
翌日も、朝からは旧館の図書室に案内し、昼からはフォン・キャシディの屋敷に向かった。
『アラミスとルースが来てるよ』
ユーリは、グレゴリウスとフランツがジークフリートをお見舞いに来たのだと思った。
「グレゴリウス皇太子殿下と、フランツがジークフリート卿のお見舞いに来ているわ。今日は、結界を張る練習は無理かしらね」
エドアルド達はそんなわけないだろと、内心で毒づく。
「まぁ、ジークフリート卿はグレゴリウス皇太子殿下の指導の竜騎士なんだから、仕方ありませんよ」
せっかくユーリを口説き落とそうと思って来たのに、邪魔なライバルの乱入に怒りを隠せないエドアルドをハロルド達は宥める。
「フランツはともかく、グレゴリウス皇太子殿下はフォン・フォレストに泊まらないでしょうから、機嫌をなおして下さい。モガーナ様は、結婚の許可を出さなかった国王陛下を恨んでるそうですから」
ユーリは、イリスに騎竜訓練か、他の人や荷物を運ぶ時以外は鞍を置かないので、エドアルド達は鞍を緩めてやりながら話し合ってから屋敷に向かう。
「お久しぶりです。わざわざニューパロマからジークフリート卿のお見舞いですか」
とっとと国に帰れ! と毒づきながらも、にこやかにグレゴリウスはエドアルド達に挨拶する。
「グレゴリウス皇太子殿下も、お見舞いにいらしたとは知りませんでした。ジークフリート卿はお元気になられて喜んでいたのです」
ジークフリートは回復してるのだから用事は済んだだろう! とこちらもにこやかな会話を続けながら、とっととユングフラウで恋愛ゲームでもして令嬢に捕まれば良いのにと毒づく。
ジークフリートは自分でグレゴリウスを呼んだにもかかわらず、もう少し穏便にして貰えませんかねと、言葉はにこやかでも内心が透けて見えてますよと注意したくなる。
フランツもハロルド達も、にこやかに再会の挨拶を交わしながら、この状態は疲れるなと内心で溜め息をつく。ユーリは鈍感なので、グレゴリウスとフランツにジークフリートの傷が治って良かったわと話す。
「グレゴリウス皇太子殿下は、いつまでフォン・キャシディに滞在されるのですか」
ひぇ~直球で聞いてるよ~と、全員がユーリの鈍感さに呆れてしまう。グレゴリウスはエドアルドが帰国するまで滞在するとは答えられず、ウッと詰まる。
「グレゴリウス皇太子殿下とフランツは、ユージーン卿が忙しいので、ここで外交のノウハウをハインリッヒから講義を受けるのですよ。叔父はローラン王国に詳しいですからね」
ユーリはローラン王国と聞くだけで顔をしかめたので、ジークフリートはしまったと感じたが、なるほどと単純に騙されてくれた。
「ハインリッヒ様はゲオルク王の即位の時の内乱から、マルクス王弟殿下を亡命させたのですものね。お祖母様が、あの時にゲオルク皇太子を殺しておけば良かったのにと怒っていらしたわ。でも、その時に瀕死の怪我をされて竜騎士を引退されたのでしょ。キリエはハインリッヒ様の命を救う為に魔力をほとんど使い果たしたと聞いたわ。だから、灰色になったのね……ゲオルク王も髪は白髪だったし、カサンドラも白くなっていたわ。魔力をカサンドラから引き出し過ぎているのね!」
ユーリはゲオクル王に対する怒りがこみ上げてくる。
『ユーリ!』
親竜のキリエと寛いでいたイリスがユーリの怒りに反応したので、必死で自分の感情をセーブしようとする。
『イリス、大丈夫よ。キリエと話していてね』
はぁ~ッと、大きな溜め息をユーリはついた。
「まだ、感情がコントロールできないの。当分、ユングフラウには帰れそうに無いわ。このままでは、竜騎士にはなれないかもしれないわ」
落ち込むユーリを、エドアルドとグレゴリウスが慰める。
「う~ん、グレゴリウス皇太子殿下が来られたのも、丁度タイミングが良いのかもしれないわ。今、エドアルド様に結界の張り方を教えているところなの。グレゴリウス皇太子殿下も、一緒に習いますか? あっ、でもハインリッヒ様に外交の講義を受けに来られたのよね。グレゴリウス皇太子殿下はいつでも教えられるから、後でも良いわね」
ジークフリートとグレゴリウスは、二回も教えるのは手間でしょうから、一緒に教えて貰えると嬉しいとすかさず答える。エドアルドは邪魔なグレゴリウスを睨んだが、ユーリは二度手間にならなくて助かったわと、鈍感さを発揮する。
ハロルド達は、こりゃ今夜は愚痴大会かなとトホホな気分だ。
その日はグレゴリウスに結界の張り方を教えて、次にエドアルドに結界の張り方の復習をさせる。
「エドアルド様は結界の張り方は、わかったみたいですね。後は練習あるのみですわ。グレゴリウス皇太子殿下も結界を張れたし、明日はステップアップしたいけど……熱が出たら困るわ。お祖母様にバレると、叱られそうですもの。本当は、お祖母様に直接習った方が良いのかも……」
二人ともユーリに習った方がわかりやすいよと、口を揃えて言う。
「そうかもね、フランツが予科生に教えるより、私に教えて貰いたがるのと一緒ね。優等生のフランツには、どこがわからないのか理解出来ないのよ」予科生がフランツより私に教えてもらいたがるのと
グレゴリウスもエドアルドも、予科生がユーリに勉強を教えて貰いたがるのも、自分達と同じ下心からだと察して頬を染める。
ハロルドは父がいたら、フォン・フォレストの魔女殿から直接の御指南を受ける機会を無くしたと怒るかもと考えた。
しかし、美貌のモガーナ様より習うより、可愛いユーリにちゃんと集中して! と怒られたり、よく出来たわ! と手を握って褒められたり、疲れてませんか? と心配されながら習う方が百倍楽しいだろうと思う。
エドアルドもグレゴリウスも、自分に集中して教えてくれているユーリに応えようと真面目に習っていたが、相手を教えている時は嫉妬でめらめらと心を焦がすのだ。
ジークフリートは、ユーリは罪つくりな小悪魔だと内心で呟く。
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