11話 エドアルドの恋

 結界を張って熱を出したユーリは、フォン・フォレストに強制退去させられた。


    


「お前が精神的にしっかりしないと、イリスに影響を及ぼすのだ。フォン・フォレストで、モガーナが大丈夫だと言うまで休みなさい」




 マキシウスはユーリを一人で帰すのを心配していたが、ジークフリートも負傷の休養をフォン・キャシディで過ごすと聞いて、付き添いをお願いした。




「ジークフリート卿は怪我をされているのに、付き添いだなんて」




 ユーリは逆だわと抗議したが、ジークフリートは右手以外の怪我は治っていますからと、マキシウスとサッサと話を進める。




 国務省も忙しい時期なのにと渋るユーリだったが、外務省のガラス代を立て替えて貰っている引け目から、抵抗も弱腰だ。ミシンの販売は順調なのだが、ユーリは全てを女性の職業訓練所に投資していたので、お小遣い生活だったのだ。




 ジークフリートと途中で休憩を取って、フォン・フォレストに着くと、マキシウスから事情を聞いて心配していたモガーナがユーリがイリスから降りるや否や抱きしめた。




「ユーリ、大変な目にあいましたね」




 ユーリは意地を張って、何でも無い振りをしていたが、プチンと糸が切れたようにお祖母様の胸で泣き出した。ジークフリートは泣いているユーリに却って安心して、モガーナに任せておけば大丈夫だとフォン・キャシディに帰って行った。




 ユーリは泣きながらお祖母様に、バロア城での結婚式や、塔での恐怖を話した。モガーナは激怒して、ゲオルク王とルドルフ皇太子とヘーゲルにフォン・フォレストの呪いをかけてやると言ったが、ユーリはそれは駄目よと止める。




「あんな奴らの為に、お祖母様の魂を汚して貰いたくないわ。人を呪えば穴二つと言いますもの」




 孫娘に諭されるなんてとモガーナは笑ったが、ユーリが自分で復讐しようと考えているのではと心配する。




 フォン・フォレストにビクター夫妻がいるのではと心配していたが、流石に新学期が始まって暫くたつと大学からサッサと授業を始めないとクビにするぞと通達が届き、渋々ユングフラウに帰っていた。




 ユーリはターナー夫人になったエミリアや、お祖母様と静かな時を過ごした。




 男性恐怖症気味だと聞いて遠慮するダニエルにユーリは大丈夫だと言ったので、食事の時だけは一緒に過ごした。しかし、ターナー夫妻は、孫と祖母だけにした方がよいだろうと、食べ終わると自分達が住んでいる棟に帰っていく。




「このまま過ごせば良いのよ。貴女の望みは、田舎でのスローライフなのでしょう。庭に鶏でも牛でも飼えば良いし、菜園や果樹園を作れば良いわ」


 


 モガーナは春にはローラン王国と今年は絶対に戦争になるだろうと考えていたので、フォン・フォレストにユーリを留めておきたかった。 








 ユーリは初冬のフォン・フォレストの海で、イリスが海水浴をするのを眺めながら、石を海に投げては考える。




「確かにお祖母様の言われる通りに、フォン・フォレストでのんびりと暮らすのは、私の理想のスローライフに近いのだわ。領地の管理はターナー夫妻がしてくれるし、庭で菜園の世話をしたり、旧館の図書室の片付けをしても良いしね」




 その道を選ぶと、ゲオルク王の南下の野心を止めるのに命をかける人達を見捨てることになると首を横に振る。




「ゲオルク王なんて大嫌い!」




 石を海に投げ込んで、大声で叫ぶと、イリスが誰か来ると告げた。




 モガーナは、ユーリがローラン王国に連れ去られないように警戒態勢を強化して、結界も強化していた。




『マルス、コリン、カイト、キャズだ。ああ~、結界に引っかかっているよ』




 モガーナはイリスの侵入を許したトラウマから、見知らぬ竜には特に厳しくしていたのだ。




『イリス、お祖母様に結界を緩めて貰わなくては……』


 


『大丈夫だよ、通して貰えたみたいだ』




 イリスの言う通りで、海の向こうから四頭の竜がこちらに飛んでくるのが見えた。




『いらっしゃい』




『イリス、久しぶり』




 イリスの歓迎の言葉に、カザリア王国の竜達も空中にいる時から挨拶を交わす。




 エドアルドはフォン・フォレストの領地に入る時に空気が重くなって、マルスが進めなくなったのに焦ったが、スッと軽くなり前に進めたのをハロルド達と不思議だと話し合う。




 しかし、海岸に一人ポツンと立つユーリを見ると、そんな詮索はどうでも良くなった。




 ニューパロマにもグレゴリウスとユーリが卑劣なローラン王国の策略に嵌まった情報が入り、エドアルドは激怒したし、ルドルフと結婚式を挙げさせられたと聞いて飛んでいこうとするのを、ユーリが体調を崩しているので少し時間を置いて行ったほうが良いと止められたのだ。 




 マルスから飛び降りると、挨拶もすっとばしてユーリを抱きしめた。




「ありゃりゃ、これはフォン・フォレストの魔女様の怒りを買わなければ良いけどね~」




 ハロルド達はイリスと海水浴したいと騒ぐ竜達の鞍を外してやり、ついでにジタバタしているマルスのも外してやる。




 竜達が海水浴を楽しんでいるのを眺めて、エドアルドとユーリが抱き合っているのを見ないようにと気をつかう学友達だ。




「あのままニューパロマから帰さなければ良かったと、何回も後悔しました」




 エドアルドはユーリを抱き締めて、二度と離さないとキスをする。ユーリは熱烈なアプローチに押されていたが、キスされた瞬間にバロア城の夜の恐怖がフラッシュバックして、エドアルドを押しのける。




 イリスも機嫌良くカザリア王国の竜達と海水浴を楽しんでいたが、過敏に反応してユーリとエドアルドの元に飛び降りた。




『ユーリにさわるな!』怒って空に火を噴くイリスに、全員が驚いた。




『イリス! 止めて』エドアルドから離れると、ユーリはイリスの元に走り、バロア城のことを思い出しただけなのと宥める。




 エドアルドは愛しさのあまり、性急な行動でユーリの傷を開いたのを反省して悄げて謝る。




「すみませんでした、あまりに身勝手でした」




 イリスもユーリがエドアルドとのキスが嫌だったのではなく、バロア城を思い出しただけだとパニックになったのを謝る。




『ごめん、火を噴いたりして、エドアルドに怒ったんじゃ無いんだ。ゲオルクとルドルフに、怒ってるんだ!』




 ユーリはイリスに海水浴を楽しみなさいと、他の竜達のもとに帰した。




「イリスが火を噴くだなんて、すみませんでした。まだユングフラウには、帰れそうに無いわね。私が精神的に安定しないと、また外務省の窓ガラスを割ることになるわ。ハロルド様、ユリアン様、ジェラルド様も、遠くからいらして下さったのに驚かれたでしょう、ごめんなさいね」




 ユーリが謝るのをエドアルドは制して、私が悪かったのですと謝りなおす。




「そうそう、エドアルド様がユーリ嬢を驚かすから、イリスも驚いたのですよ」




「竜が火を噴くのを初めて見たよ! え~と何て名前だったかな、初代の皇帝の騎竜は火を噴いたとか、伝説じゃなかったんだねぇ。カイトも火を噴くかなぁ」




 ユリアンの呑気な感想に、全員からツッコミが入る。




「テレシウス帝だろう! よくパロマ大学に入れたな」




「カイトが火を噴くか考える前に、絆が結べるか心配した方が良いよ」




「その前に、卒業出来るかなぁ?」




 あれこれ言われて膨れているユリアンを見て、ユーリもエドアルドも気まずい雰囲気を忘れて笑う。




 竜達が海水浴を堪能して海岸でひと休みしそうになっているので、慌ててユーリは止めて、フォン・フォレストの館に招待する。エドアルド達は結界に引っかかった時を思い出したが、寒い海岸にいつまでも居られないと招待を受けた。




「エドアルド皇太子殿下、ジェラルド卿、ハロルド卿、ユリアン卿、ようこそいらっしゃいました。海岸は寒かったでしょう」




 モガーナに愛想よく迎え入れられて、暖かなサロンでお茶を楽しむ。




 エドアルド達はどこかの宿を探すつもりだったが、モガーナに部屋を用意してあると聞いて驚いた。あれほど皇太子妃にしたくないと監視の厳しかったモガーナに、泊めて貰えるとは思ってなかったのだ。




 モガーナは鬱々と過ごすユーリを見かねていたし、男性恐怖症を治してくれるなら、誰でも良い気分だった。




 部屋は完璧に整えられていた。エドアルド達はモガーナが自分達が来るのをいつ知ったのだろうと不思議に思いながら、ユーリが食事の時間ときちんとした身なりには厳しいと言っていたので、風呂に浸かって寒い中の長旅の疲れを癒やした。




 夕食前に、廊下に飾ってある肖像画を眺めて、確かにフォン・フォレスト一族は美男美女揃いだと話しながら歩く。




「この方が曾祖父のロレンツォ様、凄い美男子でしょう。それで、曾祖母のスザンナ様は一目惚れして、館に押し掛け婚しちゃったの」




 スザンナはとても美人で、押し掛け婚などしなくても引く手あまただっただろうと思ったが、ロレンツォの美貌は桁違いだなど感嘆する。




「スザンナ様はフォン・キャシディの出なの。だから、お祖母様とハインリッヒ様は従兄弟なの。キャシディ家も美男美女揃いなのよ」




 ユングフラウで会ったハインリッヒも年をとっても往年のダンディー振りを感じたし、なにせイルバニア王国一の色男ジークフリートを輩出した家なのだと皆で笑いながら納得する。




「エドアルド様は、明日は帰国されるのですか?」




 エドアルドは、ユーリを口説き落とすまで帰国するつもりはなかった。




「いえ、ゆっくりと旅をしようかと思っています。フォン・フォレストにも、モガーナ様がお許しして下さるなら何日でも滞在しますよ」


 


「アレックス様を館にお呼びしようかと思っているのですが、私一人だと手に負えないようで悩んでいるのです。数日滞在して下さるなら、助かりますわ」




「アレックス様、なんであんな変人を呼ぶのですか!」




 全員からのブーイングにユーリは困ったが、一緒に考えて欲しいことがあるのを笑って誤魔化す。




「前に旧帝国の発禁本があると言ったのを覚えていらして、何度となく来たいと手紙を貰っていたけど、お祖母様とアレックス様を二人っきりにするのは危険ですもの。私は当分ユングフラウに帰れそうにないから、ちょうど良いかなと思ったの」


 


 何だか胡散臭いなと、エドアルドすら思う。




 ユーリは計画を打ち明けたいと思ったが、お祖母様は反対するかなと躊躇った。でも、フォン・フォレストでお祖母様に秘密なんて無理だと考える。




「え~と、明日はジークフリート卿を、お見舞いに行きませんか?」




 何故、ジークフリートのお見舞いを急に持ち出したのか、エドアルド達は不審に感じたが、遊学中に世話になったし承諾する。




「お見舞いに行くのは良いですけどね、何か考えていますね」




 やっぱりバレてるわねと、つくづく外交官には向いてないなと溜め息をついて、秘密ですとエドアルドにウィンクする。エドアルドはユーリのウィンクにくらくらで、理由の詮索もアレックスのこともぶっ飛んでしまったが、他のメンバーは何を考えているのだろうと疑う。




 夕食は取れたての魚や、新鮮な野菜に、美味しい肉料理と、美味しいデザートを堪能した。




「とても美味しい料理ばかりでした。突然、訪問したのに、こんなに歓待してくださって」




 モガーナは、礼儀正しい青年達とユーリが楽しそうに会話したり、食事も進んでいる様子を見てホッとしていた。あの大食漢のユーリが食欲のないのを見るのは辛かったのだ。




 夕食後はサロンで寛いだが、エドアルドはユーリと二人きりになれないなと溜め息をつく。








 翌朝、朝食を食べながらユーリはエドアルド様達をジークフリートの見舞いに連れて行くとお祖母様に告げた。




「ジークフリート卿のお見舞いは、良い考えてですわ」




 何を考えているのやらとモガーナは、当分は好きにさせようと思った。








「ジークフリート卿、右手は大丈夫ですか」




 サロンで寛いでいたジークフリートは、ユーリのみならずエドアルド一行の見舞いに驚いた。




「ジークフリート卿、負傷されたと聞いて心配してましたが、お元気そうで安心しました」




 エドアルドは丁寧にお見舞いの言葉を言い、ジークフリートも感謝の言葉を交わしたが、お互い何で? と疑問を持っていた。




 ハロルド、ジェラルド、ユリアンも、礼儀正しいお見舞いの言葉を交わしながら、ユーリは何故ここに来たのか不思議に思う。




「ジークフリート卿、少し治療をしますわ」




 ジークフリートはユーリが魔力を使って発熱したのを聞いていたので、遠慮しますと断る。




「少し実験に、付き合って頂きたいの」




 ロシュフォード卿と見つけた新しい治療法で回復も早かったので、また別のを思いついたのかとジークフリートは考えていたが、ユーリが竜心石を取り出すのに驚いて止める。




「ユーリ嬢、それは駄目ですよ。また発熱でもしたら、モガーナ様に殺されます」




 モガーナに怒られるのも怖かったが、カザリア王国の人達の前でユーリの魔力を使わせたくなかった。




「私はこの前から真名について考えていたのです。そして治療の真名を見つけたつもりです。試してみたいのです」




 ユーリは朧気になった前世の漢字をあれこれ書いて見ては、治療に役立つ『癒』を探り当てた。




 渋っているジークフリートの右手を持つと、治療を始める。ユーリは『癒』と頭の中に思い浮かべると、竜心石は輝きを増して、ジークフリートの腕を治すことに集中する。




「どうですか? 少しは痛みが取れましたか」




 ユーリが心配そうに自分を眺めているが、ジークフリートは驚き過ぎて直ぐには応えられなかった。失礼と上着を脱ぐと、シャツの袖を捲り上げて、巻いてあった包帯をほどいた。




「傷が消えている! 痛みもありません。ユーリ嬢、ありがたいですが、大丈夫なのですか」




 ジークフリートの右腕の傷はまだ当分痛むだろうと、休暇を取ってフォン・キャシディに帰ったぐらい酷かったのだ。その傷が白い線が微かに残る程度で消えてしまったのにジークフリートは驚いたし、何故カザリア王国の人達の前で魔力を見せたのか不審に思う。




 エドアルド達はユーリが魔力を持っているのは知っていたが、使うのを見るのは初めてで驚きを隠せない。




「ジークフリート卿は、私がこれからする事に反対かも知れませんわ。でも、フォン・フォレストはお祖母様のテリトリーで、特に今は警戒態勢が厳しくて、その中で結界の練習はできないのでフォン・キャシディの領地をお借りしたいの」




 外交官のジークフリートは、ユーリの口を手で押さえたくなった。エドアルド達はフォン・フォレストに入る時に感じた不思議な感覚を思い出して、モガーナが結界を張っていたのだと知った。




 自分達は通して貰えたが、ユーリに害をなそうとする者は結界に捕らわれて身動きが出来なくなるのだろうと、改めてフォン・フォレストの魔女の怖ろしさを実感した。




「何故、エドアルド皇太子殿下達に、結界の張り方を教えるのですか?」




 拒否すれば他の土地でするだけだと、溜め息をついて質問する。こんな報告をしたら降格ものなのだから、せめて理由を説明して欲しかった。




「ゲオルク王は、竜心石で結界を張るのが上手いの。多分、他の魔力も使えると思うわ。それに戦争中に自軍に結界を張ることが出来たら、矢も通さないわ。カザリア王国にも、魔法の結界が必要だと思ったの」




 エドアルドは結界を自分が張れる物がどうかはわからなかったが、習えるのなら是非ともお願いしたいと考えた。しかし、フォン・フォレストにユーリに会いにきた目的とは、だんだんと遠くなっていってるのではと溜め息をつく。

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