21話 それぞれの冬休み

 エドアルドが帰国してから、ユーリは何となく元気がなかった。ほぼ週末を社交に潰されて、休日のない日々を過ごした肉体的な疲れと、揺れ動いた気持ちと、ポカンと隙間があいたような寂寥感に悩まされる。




 エドアルドだけでなく、ハロルド、ユリアン、ジェラルドと仲良くなっていたので、社交は御免だけど、寮で賑やかに騒いでいた彼等を懐かしく思い出す。




 エドアルドからは分厚い手紙が届き、ユーリはこれはラブレターというものなのではとドキドキする。ただ、どう返事を書いたら良いものか、悩みながら書いている最中に、次の手紙が届くのには閉口した。








 そうこうするうちに冬休みとなり、ユーリはフランツとフォン・フォレストに行くことにした。




「ユージーンも一緒に行かない? 指導の竜騎士をはずれたのだから、気楽になったでしょ」




 エドアルドが帰国したので、ユーリは国務省での見習い実習に戻っていた。ユージーンもユーリの指導の竜騎士を外れてヤレヤレと溜め息をつく。




 フォン・フォレスト行きの誘いを、他に予定が有ると断られたユーリとフランツは、そうなんだとスルーする。一気にでも飛べるけど、メアリーも乗せているから、途中で一度休憩をとって、懐かしいフォン・フォレストへとユーリは帰った。




「ユーリの言うとおり、凄い大きな館だね」




 フランツは新館の後ろに建つ旧館に驚きの声をあげる。




「あんなの管理できないわ。フランツ、旧館には暖房は無いわよ。暖炉はあるけど、煙突の掃除なんてしてないから火はおこせないわ。読みたい本を見つけたら、新館の図書室で読みなさいね」




 ユーリはお祖母様に礼儀正しく挨拶をしたフランツを、早速、旧館の図書室に案内する。旧館は締め切ってるので、昼間でも暗く燭台を持って歩く。




「何だか道に迷いそうだね」




「この行き方が、一番簡単なのよ。覚えてね」




 毎回フランツを旧館の図書室まで送るのは勘弁して欲しい。




「ここが旧館の図書室よ。寒いわ、フランツ、早く読む本を見つけて」




 あまり読書に興味のないユーリには、本好きを宝の在処に案内したら、どうなってしまうのか想像していなかった。




 フランツは、旧館の本の所蔵数にまず圧倒された。全てが発禁本ではなく、今も伝わっている名作や古典もあったが、初版本なのに驚きの声をあげる。




「初版本じゃないか! これはユングフラウの大学の教授が見たら、よだれをたらすぞ。えっ、ここら辺のは知らない本だ!」




 フランツは旧帝国の古典にも詳しく、読破はしてないのもあったが、大概のものは知っていたので、発禁本を見つけて興奮する。何冊も手にとってパラパラと斜め読みしているフランツに呆れながら、締め切っていたので空気が澱んでいるわと、ユーリは窓を開けて風を通したりして過ごす。




「ねぇ、フランツ、寒いから新館に帰りましょう。興味がある本を、持って帰ったら良いのよ」




 夕暮れになったので、ユーリは窓を閉めながらフランツに声をかけたが、夢中になっているので返事がない。




「フランツ、お祖母様は食事の時間にだけは厳しいの。8時にはまだ余裕があるけど、長旅の埃もあるし、お風呂に入って着替えたいわ」




 公爵家で生まれ育ったフランツは礼儀作法が身についていたので、旧館の埃まみれのままで夕食の席につくことはできないと、渋々、宝の山から離れた。もちろん、数十冊の本を新館の図書室へと持ち帰る。




「ここの図書室の蔵書も凄いね。ユーリも少し読書をした方が良いよ」


 


 本の虫のフランツに忠告されて、ユーリは確かに教養不足だわと頷く。




「旧館の埃で、気持ち悪いわ。フランツも部屋でお風呂に入った方が良いわよ」




 確かに蜘蛛の巣や、埃だらけの旧館から、清潔に管理が行き届いている新館に帰ると気になったので、二人は部屋でお風呂を使い新しい服に着替える。フランツは図書室に籠もり、夕食まで読書三昧で過ごす。




 夕食は同居しているターナー夫妻と一緒に、賑やかな会話がはずむ楽しい時間になった。魚は苦手意識があったフランツも、冬の海でとれた身のしまった魚料理には舌鼓をうつ。




「ユーリがフォン・フォレストに帰りたがる筈だね。


魚料理が絶品だもの。とても美味しかったです」




 モガーナも、明るいフランツがユーリと冬休みを過ごしてくれるのを歓迎していた。エドアルドが帰国してから、ユーリがこれで良かったのかと悩んでぐずぐず考えているのに気づいていたからだ。




「旧館の図書室は寒いから、風邪をひかないように気をつけて下さいね」




 フランツがユーリと違って本好きと見抜いたモガーナは、優しく注意をする。ユングフラウに滞在中に何度もマリアンヌとお茶会をしたり、会っていたモガーナは、冬休みにフランツに風邪でもひかしたら大変だと気にしたのだ。




「読書三昧は宜しいけど、朝食は7時ですよ。遅れないで下さいね」




 本の虫のフランツが夜中に読書しようと、子どもではないのだから勝手だと思ったが、フォン・フォレストにいる限りは自分のルールに従って貰うつもりだ。フランツは、ユーリから放任主義のお祖母様が食事と睡眠にだけは厳しいと聞いていたので、遅れませんよと断言したが、しばしばユーリに本から引き離される結果になった。




「明日は天気が良さそうだから、イリスを海水浴に連れて行くわ。フランツも本ばかり読んでいては、身体に悪いわ。凄く海岸は寒いけど、焚き火をするからルースと一緒にこない?」




 イリスだけ海水浴したりしたら、ルースが大騒ぎするのは確実なので、フランツは本から離れるのを了承する。風は冷たくてきついが、良い天気なのでユーリ達は竜を海水浴に連れ出す。




「冷たく無いのかな~」




 海岸で焚き火に流木を投げ込みながら、フランツは心配そうにイリスとはしゃぐルースを眺める。




「大丈夫よ、イリスは真冬でも平気だわ。でも、私達は寒いわね」


 


 焚き火があっても、海からの冷たい風に身を震わせているユーリをフランツは抱き寄せて風下におくと、風から守ってやる。紳士として躾られて育ったフランツの何気ない仕草に、ユーリはエドアルドも優しくエスコートしてくれていたのを思い出して涙が溢れてきた。




「ユーリ、どうしたの?」




 突然泣き出したユーリに、フランツは狼狽える。




「フランツが優しいから、エドアルド様を思い出したの。いつも、風下に私をおいて寒さから守って下さっていたわ」




 フランツはユーリがこれほどエドアルドに惹かれていたとは知らなかったので、驚いてしまった。




「皇太子妃にはなりたくないし、もっと相応しい礼儀正しい令嬢がなるべきだと思うから、エドアルド様のことは考えないようにしていたけど……これで良かったのよね!」


 


 泣きながらも皇太子妃になりたくないのだから仕方ないのと、言い切るユーリにフランツは言葉に詰まってしまう。イルバニア王国の臣下としては、ユーリにグレゴリウスと結婚して貰いたいし、学友としても幼い頃からの純愛に絆されていた。しかし、ユーリの身内として考えると、皇太子妃にするのは気の毒にも感じる。




 家族が望むアンリと結婚した方がユーリは気楽にのびのびと生きていけるのではと、フランツも内心では感じていた。恋愛音痴のユーリもエドアルドの積極的なアプローチと、カザリア王国大使館で一緒に過ごした日々で、かなり惹かれていたのだと、ぎりぎりセーフで帰国してくれたのを改めて安堵したフランツだった。








 ユングフラウでは、グレゴリウスがユーリとフォン・フォレストで冬休みを過ごしているフランツを羨ましく思っていた。マリー・ルイーズ妃は元気のないグレゴリウスを心配していたが、ユーリが居ないからだとわかっている。




 普段なら側に付き添っているジークフリートが不在なので良いアドバイスも貰えず、ぐずぐずと冬休みを過ごすグレゴリウスを見かねた国王は、サザーランド公爵と狩りに行かせたりと気晴らしをさせる。




 


 ニューパロマでユーリからの返事を読んだエドアルドは、これは気候の挨拶と変わりないのではと溜め息をついた。ユーリが手紙に書いてきたのは、フォン・フォレストでフランツが読書三昧していることや、イリスとルースとで海水浴をしたとかで、冬至祭にハインリッヒ卿を招待した話だった。




「エドアルド様、ユーリ嬢から手紙が来たのですね」




 帰国して以来、ぐずぐずのエドアルドに困っているハロルド達は、やっと返事が来たので喜んでいるだろうと考えた。ハロルド達にチラッと視線をあげると、恋心の欠片も感じられない手紙を、何度目か読み返しに戻る。




「何が書いてあったのですか」




 ジェラルドは落ち込んでいるエドアルドの様子に、グレゴリウスとか、アンリ卿とかと会ってるとか書いてあったのかと心配する。




「フランツがフォン・フォレストで読書三昧しているみたいだ。全く私のことは書いてない……」




 ハロルドもジェラルドも、旧帝国の発禁本かぁと羨ましく思ったが、恨めしそうな目で見上げているエドアルドに気づいた。




「ユーリ嬢はテレてらっしゃるのですよ。それに熱烈なラブレターを書くタイプじゃないでしょう」




 ハロルドの慰めに、エドアルドも確かにユーリはラブレターを書くようなロマンチストでは無いなと読み直す。




「う~ん、イリスとルースと海水浴に行ったか書いてある所で、マルスも一緒なら良かったのにと書いてある。これは私も一緒だと良かったのにと同じだよなぁ」




「そうかなぁ、ユーリ嬢は竜が……」




 余計なことを言い出したユリアンの口を、ジェラルドは塞いだ。




「当たり前です、マルスはエドアルド様の騎竜なのですから。ユーリ嬢は直接的な表現は恥ずかしがる、奥ゆかしい方なのですよ」




 聞いてたユリアンも、ハロルドのユーリが奥ゆかしい方という表現には問題があると感じたが、エドアルドはそうだなと浮上する。




「ユーリは直接的な愛の言葉を書くようなタイプじゃない。でも、これって寂しく感じているってことだよな~」




 確かにユーリはエドアルドの優しさを懐かしく感じていたので間違いではなかったが、ハロルド達は浮上したのは嬉しいけれど、今日は一日中この話かもと溜め息をつく。








 国王が愚図っているグレゴリウスのお守りはどこに行ったのだと溜め息をついてる頃、ジークフリートとユージーンはお互いに気まずく顔を背けていた。


 


 ジークフリートとユージーンは交尾を済ませて満足そうな、パリスとアトスを少し恨めしそうに眺める。




 二頭が発情期になっているのに気づいて、人気のない夏の離宮があるストレーゼンで交尾飛行をさせたのだ。




 ジークフリートは竜との絆のせいで性欲を刺激されて困惑したが、パリスの子竜を見れるのは嬉しく感じていた。




 ユージーンは竜の交尾が絆の竜騎士に影響を与えるとは知っていたが、ドドッと疲れてしまって早くユングフラウに帰りたいと思う。




『アトス、帰るぞ』




 イチャイチャしているアトスを促して、ユージーンはユングフラウに飛び立った。




 満足そうなパリスを少し恨めしそうに眺めて、ジークフリートはいつ頃に卵を生むのかと質問する。




『卵は次の満月に生むよ』




 少し気恥ずかしい思いをしたが、パリスの幸福感がジークフリートにも影響してきた。




『子竜が早くみたいな』




『私も早く会いたいよ』




 ゆっくりと休息をとらしてから、ユングフラウのフォン・キャシディ家の竜舎にパリスを連れて帰った。




 屋敷に帰ると国王からの呼び出しがあったと執事から報告されたが、今夜はパリスについてやりたかったのでスルーする。

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