6話 フランツの悩み

「ユーリ、近頃なんだか変だね?」




 フランツは騎竜訓練の後、リューデンハイムの竜舎の前に降り立ったユーリを捕まえた。グレゴリウスにキスされて避けてるのはわかるが、エドアルドも避けてる様子に、何かあったのではと疑っていたのだ。




 ユーリは、フランツがグレゴリウスのみならず、エドアルドを避けている理由を聞きたがっているのに気づいた。




「変って、何が? それより、何だか竜舎の様子がおかしいわ」




 ユーリは、今はフランツと話す気持ちではない。それに先に騎竜訓練の終わったハロルド達が、竜舎の前で竜達と待っていたのだ。




「どうかされたのですか?」




 フランツは外務省の見習い竜騎士として、カザリア王国からの御遊学中の接待と面倒をみるのが仕事なので、トラブルかと竜舎の入り口に急ぐ。




「まだ竜舎の掃除が終わってないんだ。予科生に止められたんだよ。今日は収穫祭だから大使館に帰るけど、一旦は寮に行くから竜を置いて置こうかなと思ったんだけどね」




 今夜は平日だけど収穫祭の晩餐会が王宮で催されるので、早めに騎竜訓練が終了した。それで見習い竜騎士が早く帰ってきて、掃除していた予科生達は慌てたのだ。




『まだ、そちらの寝藁が変えてない。なんで、そんなに時間ばかりかかるんだ。手際よくしなさい』




 懐かしいアンドレ校長のカーズの口うるさい声に、ユーリは笑いだす。


 


『カーズ、この秋に入学したばかりの予科生なのよ、大目にみてあげて』




『最初が肝心なんだ。ユーリみたいに、罰掃除ばかりしないように教育しないと』




『カーズ、酷いわ~』




 ユーリは焦っている予科生の、下手くそな藁の取り替え方を見てられなくなった。




「ああ、鋤を貸して」




 予科生から鋤を取り上げると、ユーリは手早く寝藁を交換していく。




「ユーリ! 予科生を甘やかしてはいけない。彼らの為にならないよ」




 フランツが止めるのを無視して、サッサと竜舎掃除を終える。




 ハロルド達はリューデンハイムの問題なので、ユーリとフランツが揉めているのを傍観する。




「どうかしたの?」




 竜舎の前で待っているハロルド達と竜達に、少し遅れて帰ってきたグレゴリウスと、エドアルドが声をかけた。




「竜舎の掃除がまだだったから、待っていたんだ。そしたらユーリ嬢が予科生を手伝いだして……」




 竜舎から予科生が出ると同時に、ユーリとフランツはケンカしだした。いつも仲の良い二人のケンカに、グレゴリウスは驚いて止めにはいる。




「ユーリ、フランツ、どうしたんだ? 竜舎の掃除でケンカだなんておかしいぞ」




 ツンとしているユーリに、フランツは前から予科生を甘やかし過ぎなんだ! と怒鳴りつける。




『ユーリ、竜舎の掃除は予科生の仕事だ。見習い竜騎士が指導をするのは良いが、手伝うのは間違いだ』 




 カーズにまで叱られて、ユーリは膨れっ面になった。




『慣れない予科生のうちは、手伝ってもいいと思うわ。勉強だって同じよ』




 竜ともケンカしだしたユーリを、イリスが止める。




『ユーリ、カーズの言うとおりだよ。手伝うのは間違っている。カーズとフランツに謝ったら』


 


 イリスにまで間違いだと言われて、ユーリはショックを受けた。




『カーズ、フランツ、悪かったわ』




 全く反省していない様子で、カーズとフランツに謝ると、外泊するわと言い捨ててイリスと飛びたった。ユーリが飛び去った後で、フランツはエドアルドにユーリと何かあったのか質問したかったが、グッとこらえた。




 ユーリが日曜から様子が変なのは、絶対にエドアルドが怪しいと思っていた。




「フランツ、少し寄りたい所があるんだ。付き合ってくれないか」




 これから収穫祭だというのにグレゴリウスに誘われて、フランツはパーラーに寄った。ルースでセントラルガーデンに舞い降りたフランツは、アラミスから降りたグレゴリウスに疑問をぶつける。




「ユーリは収穫祭の為に着替えるから、パーラーには来ませんよ。それにパーラーは4時で閉店です」




 グレゴリウスも、ユーリの様子が変なのに気づいていた。それに身に覚えのあるグレゴリウスは、日曜にユーリが週給をパーラーに持って行った時に、何かエドアルドが仕掛けたのだと考えた。




「ローズとマリーに、聞きたいことがあるんだ。フランツは二人と知り合いだから、一緒に来て貰ったんだ」




 フランツは、グレゴリウスが先々週の日曜にジークフリートとパーラーに来た顛末を思い出して、なるほどと思った。




「皇太子殿下、フランツ様、どうされたのですか?」


  


 4時をまわっているのに何人かの客が残っていたが、従業員達はのんびりと片付けをしていた。




「閉店じゃないの」




 人に憚る話なので、フランツは小声でマリーに聞いた。




「4時でクローズですけど、店内の片付けとかあるから5時まではいつもこんな感じですよ。何かお話しがあるなら、隣の改装中の店舗なら散らかってますが人はいません」




 散らかっていても構わないと、ローズも呼んで来て貰う。改装中の店舗は、あちらこちらに木材が積んである。




「こんな所にすみません」




 皇太子を散らかった改装中の店舗に案内するなんてと、少し怒りながらローズは従業員の休憩用の椅子を勧める。




「先週の日曜に、ユーリはここへ来たよね。何か変わったことがなかった?」




 ローズとマリーは、顔を見合って躊躇う。フランツは、グレゴリウスと同じ作戦をエドアルドも実行したのだとわかった。




「エドアルド皇太子殿下が、ユーリを誘いに来たんだね。ユーリはうかうかと付いて行ったんだ」




 迂闊に付いて行ったユーリに腹を立てたフランツに、マリーは違うのと説明する。




「令嬢方がピクニックに誘いに来たのよ。ユーリは迷っていたけど、一人足りないとか言われて仕方なかったの。帰りにパーラーに皆で寄ったけど、ユーリの様子は変だったの」




 グレゴリウスとフランツは、何があったのか想像できた。




「ユーリは恋愛ゲームできるタイプじゃないんです。フランツ様、気をつけてあげて下さい」




 出掛けにおとなしいローズが勇気を出してフランツに頼んできたのに、フランツは大丈夫と安心させてパーラーを後にした。








「これは、レーデルル大使夫人の作戦ですね。令嬢の友達を欲しがっているユーリに付け込むなんて! ユーリも迂闊すぎる」




 憤懣をぶつけるフランツだったが、グレゴリウスもパーラーにいるユーリを送り狼したのだと気づく。グレゴリウスも、バツが悪そうに頬を染めた。




「でも、それだけなのかな? 何だかユーリの様子が変なのは。私達を完璧に避けているのは、それだけなんだろうか? ユーリはキスされて怒っても、忘れっぽいというか、ボ~ッとしてるから、いつの間にかもとの態度に戻るんだけど」




 グレゴリウスの疑問に、フランツはこたえた。




「いくらユーリが抜けていても、2週連続で引っかかったら怒りますよ。皇太子殿下達にも、引っかかった自分にも、腹を立てているのでしょう」




 王宮での収穫祭があるので、二人はそれぞれ着替えに帰る。




「フランツ、ユーリとケンカしたのか? ユーリがイリスから離れないんだ」




 ルースと屋敷に帰ったら、竜舎の前でユージーンが困っていた。




「ケンカというか、意見の相違だよ。ユーリが予科生を甘やかすから、注意したんだ。というか、ユーリの態度が変な理由がわかったよ。日曜に、パーラーに令嬢方がピクニックに誘いに来たんだ。エドアルド皇太子殿下達とピクニックにいって、まあ避けたくなるような事があったんだろうね。今週は、二人にツンケンしているよ」




 ユージーンは、エドアルドとピクニックに行くなんてと呆れ果てる。




「警戒心が無さすぎる。それにしても、令嬢方に話を聞きたいな。どなたが誘いに来たのか知ってるか」




「さぁ? ローズとマリーは、令嬢方の名前は知らないから。でも、ユーリが付いて行ったんだから、最近仲良くしているミッシェル嬢、マーガレット嬢、エリザベス嬢、辺りじゃないかな。エミリー嬢が、欠席って設定なんじゃない? それはそうと、なんでエミリー嬢も同じグループなのかな? 母上もタレーラン伯爵夫人が苦手なのに付き合っているし、不思議だよね~」




 ユージーンも、令嬢方の付き合いは謎だった。




「タレーラン伯爵夫人は、確かサザーランド公爵家の遠縁だったはずだ。だから母上は結婚前から付き合いがあるのではないかな。ユーリがエミリー嬢と仲が良いとは思えないが、初めからミッシェル嬢達のグループだから一緒なんだろう」


 


 二人が話していると、マリアンヌが呼びに行かせたユージーンが帰って来ないのに、業を煮やして直接ユーリを屋敷へと引き立てていった。




「叔母様、収穫祭はパスしたいわ」


 


 ユーリは愚図っていたが、王宮での晩餐会をパスなどマリアンヌはさせるつもりは全くない。




「ある意味、母上は最強だよね。モガーナ様ならパスさせそうだもの」




 一月モガーナ様のユーリに接する様子を見て、その放任主義に呆れた二人だ。




「モガーナ様がガードするのは、皇太子殿下達だけだからな。エドアルド皇太子殿下のみにして頂ければ良いのだが」




 アンリや、シャルルには、ノーガードなモガーナ様のやり方に、冷や冷やする場面を何回か感じているユージーンと溜め息をつく。




「収穫祭で、ミッシェル嬢達にピクニックの様子を聞いてみるよ」




 フランツをユージーンは止める。




「お前が聞いても、彼女達は口を割らないぞ。後見人の母親の目の届かない所で、恋愛ゲームなどしてるなど口が裂けても言うもんか。こういうのは、ジークフリート卿に任せた方がいい、適材適所さ」




 フランツは、ユージーンが令嬢達の恋愛ゲームに気づいているのに驚いた。




「ユージーン、よく知ってるね。もしかして、恋愛ゲームしていたとか?」




 結婚前のお遊びとして、令嬢達は後見人の目を盗んでちょっぴり危険な恋愛ゲームをする傾向がある。花の都のお洒落なユングフラウ娘は、恋愛にも積極的なのだ。




 なかには遊びでは済まされない抜き差しならない状況に嵌まる馬鹿な令嬢もいたし、世慣れないデビュタントを落とすのを自慢する放蕩貴族もいた。




 見習い竜騎士はちょうど恋愛ゲームにぴったりで、モテモテなのだ。本気の恋愛になっても将来性はバッチリだし、竜騎士になるまで結婚する気がないので気楽に付き合える。


 


 フランツは質問を無視して屋敷に帰ったユージーンが、恋愛ゲームなんて浮ついたことをしていたのか疑問だったが、絆の竜騎士になった時にアトスが子竜を持てると聞いたのを思い出す。




「少なくとも一人は恋人がいたわけだよな。せっかく見習い竜騎士になれたのに、ユーリの監視ばかりで全く恋愛出来てないよ~ジークフリート卿なんて、皇太子殿下の指導の竜騎士しながらでも、プライベートは充実してるみたいなのに……ユーリが結婚するまでこの調子だと、彼女いない歴が更新されちゃうよ~」




 フランツは屋敷に向かいながら、まだ結婚とかは考えてもいないけど、恋人ぐらいは欲しいなと溜め息をつく。

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