5話 秋晴れの日のデート?

「ユーリ様、ちょうど良かったわ。私達、これから郊外までピクニックに行くの。紅葉が綺麗だし、エドアルド皇太子殿下に誘われたの。でも、一人女の子が足りないから困っていたのよ」




 ユーリは日曜なので週給を渡しにパーラーに来ていたが、ミッシェルにピクニックに誘われてちょっと躊躇する。


  


「エドアルド皇太子殿下とピクニックなの?」




 後見人が認めれば、令嬢が若い子息と出かけるのも有りだけど、ユーリとしてはエドアルドと出かけるのは気が進まない。嫌いではないし、好意は持っているからこそ皇太子妃になりたくないユーリとしては、必要以上に接する機会を減らしたいと思っていた。




「ユーリ様、ピクニックでは組んでキノコ採りや、木の実を集めたりするの。エミリー様が突然に欠席されたから、困っているのよ」




「ねえ、楽しいわよ」




 ミッシェルと、マーガレット、エリザベスとは舞踏会で知り合ったし、狩りで狩猟屋敷に泊まってからは親しくしていた。




「お一人だけになると、ゲームもできないわ。一緒に行きましょうよ」




 仲良くなった令嬢方に誘われると、ユーリは弱かった。




「今夜は夕食会なの、早めに帰らなくてはいけないわ。それで良かったら」




 令嬢方も同じ夕食会に招かれていたので、早めに帰ると聞かされて、ユーリは安心してピクニックに行くことにする。




「令嬢方は上手く、ユーリ嬢を誘い出してくれるかな?」




 レーデルル大使夫人から、令嬢方に任した方がよいと忠告されていたので、エドアルド達はパーラーの外で待っていた。ハロルドは心配そうにパーラーを眺めていたが、パッと顔に笑みを浮かべた。




「上手く誘えたみたいですよ」




 令嬢方とユーリがパーラーから一緒に出てくるのを見て、それぞれがエスコートして馬車に乗り込む。エドアルドは、勿論ユーリをエスコートした。仲良くなったミッシェルと話し上手なハロルドが一緒だったので、秋晴れの郊外までの馬車の中は賑やかな笑い声に満ちる。




「やはり、ユングフラウは暖かいですね。ニューパロマでは、こんなに長い間は紅葉を楽しめませんよ。すぐに北風で、落ちてしまいます」




 ケストナー大使の知り合いの貴族の別荘に着いた一行は、森の近くの草原で、ピクニックを始める。




「エドアルド皇太子殿下、ホームシックになられたのですか?」


 


 ユーリにからかわれてエドアルドは少しと答えて、慰めて下さいと肩を抱き寄せる。もう! と押し返される様子を、令嬢方はキャッキャと冷やかして笑う。




「ユングフラウでも、少し郊外にくれば空気も美味しいわね~」




 ピクニックのサンドイッチや、果物をつまみんでいたユーリは、深呼吸して、行儀悪く敷物の上に仰向けに寝転がった。




「空がきれいだわ」




「そうですね、青い空に吸い込まれそうですね」




 横に寝転がったエドアルドの顔が近いのに驚いて、頬を染めてユーリは座り直す。




 令嬢方はそれぞれカップルになって、果物を食べさせあったりと少しいちゃついていたが、寝転がったユーリを見て、大胆ねと思っていた。頬を染めて座り直した様子に、エドアルドを誘惑しようとしたのではないと気づいて、却って驚いてしまう。


 


 花の都のユングフラウ娘の令嬢方は、子どもの頃からお洒落と恋愛に興味を持って育つ。貴族の令嬢はより良い条件の殿方をゲットするのが一番の目標なので、さり気ない誘惑の仕方や、お淑やかなに見せながらも隙を作って殿方からのアプローチを誘導する方法の研究には気合いが入っている。




 勿論、結婚までは最後まで許す気はなく、その点では貞操観念は固い。








 食後は、カップルでゲームを楽しんだ。何個かゲームをした後、ハロルドが目隠し鬼をしようと提案した。




「目隠し鬼ごっこ? 子どもの遊びだわ」




 ユーリは目隠し鬼ごっこをしようとハロルドが言いらわ出したのがわからない様子だ。でも、令嬢方はキャ~と恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな悲鳴をあげた。言い出した理由がわからない様子だ


 


「いや~ん! 鬼ごっこだなんて」




 少しも嫌そうに見えないミッシェルに、ユーリは、何なの? と尋ねる。




「だって殿方に捕まったら、キスしなきゃいけないのよ」


 


 他の令嬢方も恥ずかしそうな素振りだが、全く嫌がっていないのにユーリは驚いた。




「絶対に、捕まらないようにしよう!」




 遠くに走って逃げれば良いと簡単に考えていたユーリは、目隠した鬼以外の男の人が邪魔をするとは知らなかった。最初に目隠し鬼になったのはユリアンで、キャ~と逃げるマーガレットを簡単に捕まえた。




「マーガレット嬢、キスして下さい」




 甘いマスクのユリアンに請われて、マーガレットは頬にキスをした。ユーリは、頬のキスならと安心する。




 捕まったマーガレットが次の目隠し鬼で、フラフラと手を前にして逃げる男の人を追いかけたが、本気で逃げているわけではないので、エドアルドが捕まった。




 エドアルドは、マーガレットの手をとってキスをした。




「エドアルド様、間違えないでユーリ嬢を捕まえれますか?」




 ハロルドの冷やかしに、絶対に間違えない! と宣言して目隠したエドアルドから逃げようとしたユーリは、ジェラルドに邪魔されて、がっちりと捕まってしまった。




「ユーリ嬢、キスして下さい!」




 エドアルドに抱きしめられたまま、キスを請われたユーリは真っ赤になってしまう。 




「キス、キス、キス!」


 


 ハロルド達と、令嬢方にもはやしたてられて、ユーリはエドアルドの頬にキスをした。




「今度は、ユーリ嬢が目隠し鬼ですよ」




 嬉しそうなエドアルドに目隠しされたユーリは、できたら令嬢を捕まえたいなと思ったが、ハロルドを捕まえてしまった。




「私は口にキスでも良いのですが、エドアルド様に殺されそうなので、手にしておきます」


 


 一通り目隠し鬼が回ったし、キャ~キャ~騒いだ令嬢方が喉が乾いただろうと、休憩して、シャンパンや、ジュースで喉を潤す。




 ユーリは、ハロルドとミッシェル、ユリアンとマーガレット、ジェラルドとエリザベスが、仲良く寄り添って座っているのに驚いた。




「いつの間に?」




 恋愛音痴のユーリを、エドアルドは笑ってしまう。




「年頃の令嬢と一緒なのだから、当然でしょう。彼らはお互いに夢中みたいですから、少し森でも歩きませんか?」




 シャンパンを飲ませ合ったり、チョコボンボンを口に入れたりと、いちゃついている皆から逃げたくなったユーリは、ウカウカと誘いに乗ってしまう。




 秋の森には、ドングリや栗が落ちていた。




「エドアルド皇太子殿下、この栗は拾っても良いのかしら?」


 


「ケストナー大使の知り合いの別荘だから大丈夫ですよ。でも、イガがありますよ」




 せっかく二人きりになったのに、ユーリは栗拾いに夢中だと、エドアルドは溜め息をつく。




「しまったわ! パーラーに行くだけのつもりだったから、ナイフも持ってないわ。エドアルド皇太子殿下、何かナイフか短剣をお持ちじゃないですか」




 短剣を渡すと、ユーリが木に登りだしたのにエドアルドは驚く。




「危ないですよ」




 令嬢が木登りするのに驚いて、礼儀として少し離れて見ていたが、ユーリは木の上で巻きついた蔦を切り取ると下に落とす。


 


 バサッと木から飛び降りたユーリに驚いているの間に、蔦でバスケットを編み上げる。




「木の下の方の蔦は固いのよ。水に浸けておけば籠を編めるけど、今すぐバスケットが必要なんですもの」




 ユーリが編み上げたバスケットにイガから外した栗を入れるのを手伝いながら、ロマンチックな展開にはほど遠いなと、笑いがこみ上げてきたエドアルドだ。




 色とりどりの落ち葉の絨毯の上に座って栗拾いしていたユーリが、パッと立ち上がり少し離れた木立の根元を掘りだす。




「何をされているのですか?」




 真剣に土をアチコチ掘っている様子を不思議に思う。




「こんな木立の下にはトリュフがよく生えているのよ、あったわ!」


 


 嬉しそうにトリュフを何個か掘り出すと、大事そうにハンカチに包む。




「ほら、良い香りでしょう。マウリッツのお祖父様は、トリュフがお好きなの。良いお土産ができたわ」




 嬉しそうにエドアルドに近づいたユーリは、ハンカチを広げて黒い塊のトリュフを持ち上げる。無邪気に自分を見上げるユーリを見て、エドアルドは愛しさがこみ上げてきた。




「ユーリ嬢、愛してます」


 


 エドアルドはユーリを引き寄せてキスをした。




「エドアルド皇太子殿下、大嫌い!」




 頬をピシャリと平手打ちすると、ユーリは怒って森から走り去った。




 エドアルドは頬を撫でながら、ユーリが忘れていった栗の入ったバスケットと、トリュフを包んだハンカチを眺める。 




「あちゃ~、また平手打ちされましたか」




 森からユーリがぷんぷん怒ってピクニックしている場所に帰って来たので、ハロルドが様子を見に来たのだ。その場に散らばっているバスケットや、ハンカチを拾い集めて、エドアルドに渡した。




「ユーリ嬢は、カンカンですよ。少しは他の令嬢方を、見習って下さると良いのですけどね。恋の都らしくない恋愛音痴ぶりですものね」


 


 ぼんやりしているエドアルドを促してピクニック場所に帰ったが、ユーリは謝りながら差し出したバスケットをソッポを向いて受け取ると、もう帰ると言い出した。




「そうですね、もうそろそろ帰りましょう。夕食会の準備も有りますし、ワイルド・ベリーでお茶したいもの。クレープが有名なのに、まだ食べたことないの」




「私も食べたことないの、流行に遅れているわ」




 ユーリがエドアルドと森で揉めたのは、頬の手形で全員が気づいていた。




「ユーリ様、帰りは女の子だけで馬車に乗りましょうよ」




 このまま別れるのは気まずいと、ミッシェルに説得されて男女別々ならと承諾する。








「ユーリ嬢は、手強いですね」




 男ばかりの馬車は愛想が無いなと、全員で溜め息をつく。




「恋の都らしくなさすぎますよ」




 エドアルドのぼんやりした様子を心配して、話しかけるものの反応は無い。




「どうされたのですか? しっかりして下さい!」




 心配したジェラルドが、エドアルドの肩を掴んで揺さぶる。




「ああ、うるさいなぁ。ユーリ嬢の唇の感触を思い出していたのに。唇は柔らかくて、驚いた緑の目が真ん丸で可愛かったな~」


 


 色ぼけのエドアルドに呆れて、他のメンバーはそれぞれの令嬢達との恋の駆け引きについて話しだした。








 令嬢方の馬車の中で、ユーリは質問責めにあっていた。


 


「森で、エドアルド皇太子殿下と何があったの? 頬が赤かったけど、平手打ちしたの?」




「なんで平手打ちしたの?」




 これなら男女別々でない方が良かったかもと、ユーリは令嬢方の興味津々な瞳に見つめられて真っ赤になる。




「エドアルド皇太子殿下に、押し倒されたの?」




 少し心配そうにミッシェルに聞かれて、驚いて否定する。




「まさか! キスされたのよ」




 キャ~と嬌声があがり、どんなキスと聞かれ、ユーリは反対に聞き返す。




「どんなって、どういう意味なの?」


  


 マーガレットからあれこれキスの種類を聞かされて、ユーリは真っ赤になって沈没してしまう。




「もしかして、ただ触れるだけのキスなの? それなのにエドアルド皇太子殿下を平手打ちしたの?」




 エリザベスから、お子様ねぇと驚かれた。




「もう少し勉強が必要だわ」




 ミッシェルからユングフラウ娘のレクチャーを受けたユーリは、カルチャーショックでクラクラとしてしまう。




「私はハロルド様に今夜は送って貰う約束なの、お洒落しなくちゃ」




 自慢げに話すミッシェルに、マーガレットもユリアン様と帰るわと自慢仕返す。




「私はジェラルド様に迎えに来て頂くのよ。少し早めに来て下さるから、馬車でセントラルガーデンに寄って行こうと思ってるの」




 エリザベス嬢の大胆発言に驚いて、気をつけてねと口々に注意するのを、ユーリはポカンと見ている。




「ユーリ様は、本当にお子様なのね。演技かと思ってましたわ。無邪気な振りをして、二人の皇太子殿下を手玉にとっている小悪魔かと、尊敬してましたのに」




 令嬢方にこれから教育してあげるわと言われて、ブルンブルンと首を振るユーリだった。








 パーラーに着くと、他の令嬢方に恋愛ゲームを邪魔しないでねと、エドアルドとカップルにならされたユーリだ。


   


 二人でクレープを食べながら、お淑やかな令嬢方の強かさに驚いて、エドアルドからキスされて怒っていたことをすっかり忘れてしまった。


 

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