44話 タレーラン伯爵家の舞踏会 積極的なアプローチ

 邪魔なユーリが休憩している間に、グレゴリウスにアプローチしようとエミリーは考えた。




「お母様、グレゴリウス皇太子殿下とパドトロワを踊りたいわ。 でも、パドトロワは自信が無いの、教えて下さるかしら?」




  タレーラン伯爵夫人は、娘の願いを指導の竜騎士のジークフリートに叶えてくれるように頼んだ。




「エミリーは、グレゴリウス皇太子殿下とパドトロワを踊ってみたいと思ってますけど、まだ練習不足ですの。でも、皇太子殿下はパドトロワがお得意ですわね。この前のエドアルド皇太子殿下の歓迎の舞踏会で、見事に踊ってらしたわ。 是非、あの娘と踊って頂けませんか?」




 今夜の主役のエミリーの願いを無碍に断り難くジークフリートは、グレゴリウスにエミリーと踊るように指示する。




 ジークフリートは混雑したフロアでまだ慣れていない人も多いのに、パドトロワを踊るのを懸念していた。案の定、アチコチでバランスを崩したカップルが他のカップルにぶつかって大混乱に陥る。




「ああ、大丈夫ですか?」




 グレゴリウスも他のカップルにぶつかられて、エミリーを落としそうになった。




「ええ、すみません。私がダンスに慣れてなくて……」




  グレゴリウスはクラリと寄りかかるエミリーに驚いて、身体を支える。




「伯爵夫人の所に、お連れしましょう」




 寄りかかるエミリーを母親の元に帰そうとしたグレゴリウスは、大丈夫ですと断られる。




「母に、心配をかけたくありませんわ。 舞踏会で、気をつかわせてしまいましたもの。 少し風に当たれば、スッキリしますわ」




 令嬢を一人でテラスに行かせるわけにはいかないので、グレゴリウスはエミリーをテラスにエスコートする。




「おやおや、ジークフリート卿がタレーラン伯爵夫人に捕まっている間に、グレゴリウス皇太子がエミリー嬢とテラスに行かれたぞ」


    


 ラッセル卿はマゼラン卿に面白そうに話しかけたが、ああそうですかと興味無さそうにスルーされてしまう。




「グレゴリウス皇太子が、誰とテラスに行こうと興味はありませんね。それより、エドアルド皇太子殿下をユーリ嬢と踊らせてあげないと。 この舞踏会にエスコートされたのはエドアルド皇太子殿下なのだから。ユーリ嬢は休憩中なのだな……」




  マウリッツ公爵夫人と休憩からフロアに帰った瞬間を捕まえるようにと、エドアルドに指示する。上手くユーリをダンスに誘うのに成功したエドアルドにホッとしたマゼラン卿だったが、曲が終わっても公爵夫人のもとにエスコートせずに、連続で踊り出したのにコラコラと突っ込みたくなる。




「ありゃりゃ! エドアルド様が御無体な事をしてますよ。2曲連続で踊るなんて、マナー違反ですよね」




 ハロルド達は、エドアルドがこんなマナー違反をするのを見た事が無かったので驚いた。




「グレゴリウス皇太子がエミリー嬢とテラスに行かれている間は、ユーリ嬢を独占するつもりかもね! 皇太子殿下が踊ってられるのに、割り込みをかける無礼な人はいないだろうし。前半はアンリ卿やシャルル大尉とよく踊ってたから、かなり嫉妬されてたみたいだからなぁ」




 ハロルドの意見に問題が起こらなければ良いがと、ジェラルドは案じる。




「今夜のユーリ嬢のドレス姿は危険だな!  いつもより露出も多いし、ユーリ嬢がリボンをかけたプレゼントのようで、変な妄想をしてしまうよ。エドアルド様が離したく無くなるのは理解できるけど、イルバニア王国側が黙ってないぞ」


 


「エドアルド皇太子? 2曲続けて踊っていいのですか? 他の令嬢達と踊らなくていいの」




 社交界のルールに疎いユーリでも、連続で踊るのはマナー違反ではと思う。




「あらかたの令嬢とは踊りましたよ。それに、ユーリ嬢にはお返事を頂きたいですしね」




 ユーリは愛していると告白されたのを、舞踏会の雰囲気で言われただけと思おうとしていたので、再度その話になって困ってしまう。




「エドアルド皇太子、お返事とは?」




 エドアルドとしてはダンスしながらではなく、テラスか庭で二人きりで口説きたかったが、エミリーに先に取られてしまっていた。




「私は、貴女を愛しています。政略結婚の相手だからではありませんよ」




 少し引き寄せて耳元で囁かれて、ユーリは真っ赤になる。




「エドアルド皇太子殿下、困りますわ。私は皇太子妃にむいてません。お淑やかな令嬢達が皇太子妃になりたいと思ってらっしゃるのだから、そちらを選ばれた方がいいわ」




 キッパリ断られて、エドアルドも一瞬ズキンときたが、引き下がる気持ちにはならない。




「ユーリ嬢は、私がお嫌いですか?」




 エドアルドは、ユーリが自分に好意を持っているのは自信があった。




「いえ、嫌いじゃありませんわ。ただ、皇太子妃にはなれないの。礼儀もなってないし、なりたくないんだもの」




 エドアルドは、後半は無視する。




「良かった! 嫌われてないなら、愛してもらえるように努力します。私が皇太子なのは変えられないし、皇太子妃になるのを躊躇われるのもわかりますが、愛している相手と結婚したいと思う私の気持ちまで否定しないで下さい」




 ユーリは、困り果てて真っ赤になる。


    


「私には、恋とか愛とかよくわからないの。恋愛に向いてないのかもしれませんわ。だから、エドアルド皇太子殿下が努力されても、無駄かもしれませんわ」




 無駄と言われて、流石に少したじろいだ。




「まだ恋を知らない貴女は、残酷なことを仰いますね。でも、初恋もまだなのですね! 私と初恋に落ちるかもしれませんね」




 どう言っても引き下がるつもりの無さそうなエドアルドに、ユーリは押されっぱなしだ。








 一方のグレゴリウスも、テラスでエミリーに誘惑されて困り果てていた。




「グレゴリウス皇太子殿下」




 テラスでシャンパンを飲みながら、趣味とか聞かれて話していたが、段々とエミリーとの距離が狭まってきているのに、グレゴリウスは困惑する。




「そろそろ、広間に帰りましょう。伯爵夫人が、心配なさっているかもしれませんよ」




 エスコートして広間に帰ろうとするが、なかなか思うようにはいかなかった。




「今夜は私の夢の舞踏会ですわ。幼い時からの夢だった、グレゴリウス皇太子殿下と踊れたなんて……でも、広間は混みあってて人とぶつかられてしまうから、ちゃんと踊れなくて残念でしたわ」 




 憧れの目で見つめられて、ちゃんと踊りたいと涙ぐまれたグレゴリウスは、エミリー嬢の求めでテラスで踊るはめになる。




「皇太子殿下……」




 広間からの音楽で踊っていると、エミリーがしなだれかかってきた。とっさに抱き止めたが、積極的な誘惑をどう失礼の無いように断って、後見人に返却できるのか困り果てる。




「エミリー嬢?」




 グレゴリウスが誘い水にのってこないのに、内心で毒づきながらも一時撤退を決めたエミリーだ。 




「皇太子殿下、少し酔ってしまったみたいですの、恥ずかしいですわ」




 しおらしく謝るエミリーに、先ほどから後見人のもとに返したいと思っていたグレゴリウスはホッとして、エスコートしていった。




「エミリー嬢に、テラスに連れ込まれましたか?」




 やっと解放されてヤレヤレと溜め息をついていると、ジークフリートにからかわれた。




「なかなか伯爵夫人のもとに帰ってくれなくて困ったよ」




 差し出されたシャンパンを受け取ったグレゴリウスは、ユーリがエドアルドと踊っているのに気づいた。




「何だか様子が変だな?」




 ジークフリートは連続でダンスしているエドアルドにイラついていたが、揉め事は困るのでグレゴリウスには知らせたくなかった。




「ユーリは口説かれて、困っているのではないか?」




「そうですね! 曲が変わりますから、ダンスを直接に申し込みに行かれたらどうですか?」




 後見人の公爵夫人を通さずにダンスを申し込めとのアドバイスに怪訝な顔をしたが、いそいそとユーリのもとに駆けつけて、エドアルドから奪い取って踊り出す。




「良かった! 4曲連続は避けたかったんだ! 僕が邪魔しに行こうかと思っていた」




 フランツは、エドアルドがユーリを独占しているのを心配していたので、グレゴリウスと踊り出してホッとした。




「ジークフリート卿、エミリー嬢はかなり積極的ですね。エドアルド皇太子もユーリを口説いていたし、明日は気をつけませんと」




 明日のカザリア王国の大使館での舞踏会を考えると、頭が痛くなるジークフリートとユージーンだった。


 


「明日はモガーナ様が付き添いだから、エドアルド皇太子も行儀良くされるでしょう」




 ジークフリートは、グレゴリウスにも行儀良く振る舞って貰いたいと願った。モガーナ様に、教育不行き届きを叱られるのは御免だ。




 ユーリ達は夜中前にタレーラン伯爵家から帰った。




 控え室で休憩も取りにくいので、早々に帰る招待客が多かったのだ。




 少しロックフォード侯爵家の屋敷でお茶を飲むと、夜遅いので直ぐに帰宅したが、ユーリとアンリが明日の午前中に会う時間を決めたりしているのを両方の家族は満足そうに眺める。

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