11話 プロポーズと速攻のお断り

 ロックフォード侯爵領の風車見学を終えて、ユーリ達は人気の無い海岸を目指す。


『ここで良いよ』


 ユングフラウから直ぐ南のメーリング港には船舶が多く停泊していたので、海岸沿いに南へ飛んだイリスは、人気が無い海岸を見つけるや否や海にダイブする。


『イリス!』


 竜ごと海にダイブしたユーリに、マキシウスは驚いた。


『パリス、海岸に降りなさい。乗ったままダイブは御免だ』


 マキシウスもラモスや、他の竜達を海岸に着地させる。


「ユーリは大丈夫でしょうか?」


 グレゴリウスはアラミスから飛び降りると、心配そうに海を眺める。


「ユーリ嬢なら慣れてますよ。ほら、イリスとこちらに来ますよ」


 他の竜達が海へと向かうのと入れ違いに、イリスがずぶ濡れのユーリに叱られながら海岸へと飛び降りる。


『酷いわ、びしょびしょよ! よそ行きのドレスが台無しだわ』


 ぷんぷん叱りながらイリスから飛び降りると、ずぶ濡れのドレスを絞り始める。


『着替えがあるじゃないか?』


 イリスにはよそ行きのドレスと、海水浴用の古着との区別はできないのねと、ユーリは怒っても無駄だと諦める。皮袋を下ろすと海水浴に行って良いと許可する。


「お前は、あんな危険なダイブをしているのか!」

   

 怒鳴りつけるお祖父様を制して、着替えたいわとユーリは訴える。


「お祖父様、説教は後にして。コルセットが濡れて締め付けられているの、息が苦しいわ。古着を持って来ているから、着替えたいの、手伝ってくださる?」

 

 ユーリの言葉に、全員が赤面した。女性の下着の話など、紳士としては口にするのも憚るタブーだったからだ。


 マキシウスも困惑したが、他のメンバーには孫娘の下着姿は見せれないので、渋々と松並木に向かう。


 少し経つと顔を赤らめてマキシウスが出てきて、全員に孫娘の非常識を詫びた。


「少し濡れてるわ、でも、ずぶ濡れよりはマシね」


 スッキリした様子で濡れた髪の毛を搾りながらユーリが松並木から出て来るのを待ち構えて、マキシウスが雷を落としたのは、全員が無理もないと頷く。


「竜ごと海へダイブだなんて、危険な行為はしてはいけない。それに、年頃の令嬢としての慎みを身につけなさい。身内とはいえ、男性の前で下着姿など」


 プルプル怒りに震えるお祖父様に、下着姿ったって、コルセットの紐を解いて貰っただけじゃないとプンプン怒るユーリに全員が叱りつける。


「みんな、口うるさいわ。男の子に生まれれば良かったわ」


「男の子なら、とっくに鞭で叩いてる!」


 マキシウスの怒鳴り声に、しゃあしゃあとユーリは言い返す。


「男の子なら、コルセットなんか着なくても良いじゃない。お祖父様に紐を解いて貰わなくても、簡単に着替えれるわ」


 ジークフリートとユージーンは、年頃の令嬢が紳士方の前でコルセットなどと口にするのは慎みに欠けると赤面する。グレゴリウスとフランツは、ユーリの下着姿を想像して撃沈してしまった。


 マキシウスは、ああ言えばこう言うユーリに手を焼いて、モガーナの到着を待って躾けなおして貰おうと考える。濡れたコルセット脱いだユーリに、上着を着せ掛けたマキシウスは、海水浴に興じている竜達が呑気そうで良いなと溜め息をつく。


「アトスは大きくなったわね。竜は絆を結ぶと成熟するって、こういう意味もあるのね」


 確かにユージーンと絆を結んでアトスは一回り成長していた。マキシウスは久しぶりに子竜が誕生するかもと微笑む。


「お祖父様、イリスの子竜が早く見たいわ。でも、イリスは私が結婚するまで待つと言うの。そんなに駄目な物なのかしら? 部屋に籠もってるとかで、やり過ごせないのかしら?」


 せっかく良い気分で子竜を想像していたマキシウスは、孫娘の質問に困惑する。騎竜の交尾は激しいもので、絆の竜騎士にも性的な衝動をもたらすからだ。


「未婚の令嬢が体験する物ではない。イリスもそれを承知しているから、お前が結婚するまで待つと言っているのだろう!」


 お祖父に叱られて、ユーリは結婚かぁ~と溜め息をつく。


「でも、ジークフリート卿もユージーンも結婚してないのに……」


 どうしてもイリスの子竜を早く見たいと、ぶつぶつ呟いているのは全員に聞こえていたが、絶対に説明したくないので無視する。


「じゃあ、結婚すれば良いのね。困ったわ~まだ、結婚はしたくないのに……20才までに子どもを2人は産みたいし……え~っ、そろそろタイムリミットなの? 母親の無い子どもは可哀想よね……でも、お祖母様が育てて下さるわ。問題は、相手よね」


 ぶつぶつとユーリは不毛な考えを巡らす。万が一、自分が19才で死ねば、騎竜のイリスも死ぬのだから、せめて子竜だけでも残させてあげたかった。


 不毛な思いに捕らわれていたユーリは、自分には厳しいが愛情を持ってくれているお祖父様に、二度も逆縁の不幸を味わせるのかも知れないと思うと申し訳なくて、抱きついて泣き出した。


「お祖父様、ごめんなさい。これからは言い付けを守る良い孫になるわ。 お祖父様が結婚しろと言う相手と、結婚するわ」


 全員が突然の宣言に驚いてしまう。家長の決めた相手と結婚するのは、貴族の令嬢としては当然の事ではあるが、まさかユーリがそんな事を口にするとは思ってもみなかったのだ。


「何を言い出すやら! お前が私の選んだ相手と結婚するわけが無い。イリスも、お前が好きな相手との結婚しか認めないさ」


 エドアルドの件で、やけっぱちになっているのかと全員が困惑したが、グレゴリウスとフランツは不安を感じる。


「好きな相手がいないから、お祖父様に決めて貰おうと思ったのに……誰と結婚しても同じ気がしてきたわ。恋愛体質じゃ無いんだわ。仕方ないわ、アレックス様と結婚しようかしら?」


 全員から「絶対、駄目だ!」と怒鳴られる。


「なんで、男の人は怒るのかしら? お祖母様は笑って、楽しそうねと言われたのに?」


「モガーナが? アレックスで良いと言ったのか?」


 マキシウスはモガーナが非常識であるとは知っていたが、アレックス・フォン・クレメンスみたいな変人を孫娘の結婚相手として受け入れるとは信じられなかった。


「ええ、無礼な変人の同居人は楽しそうねと仰ったわ。第二図書室でつれば、絶対ゲット出来ましてよと、アドバイス下さったわ。だってアレックス様はグラマーな女の人が好みだから、気乗りしなさそうなんですもの。旧帝国時代の発禁書物が集められてるとアレックス様を誘惑したら、好みとかは忘れられると仰ったけど、それは卑怯な手に思えるの。まるで金持ちの年寄りが、金で若い女の子を結婚相手に買うのと同じように感じるのよ」 


 グレゴリウスは、ユーリの非常識さに怒りを覚えた。


「アレックスなんかと結婚するぐらいなら、私と結婚すれば良いじゃないか! ずっと好きなのに酷いじゃないか!」


 ジークフリートはしまったと思ったが、グレゴリウスが怒るのも当然だと溜め息をつく。

 

「皇太子殿下と結婚できるわけないわ。私が皇太子妃になれないのはわかってるでしょ。それに、あと数年しか生きられないのに、皇太子妃なんかなっても意味ないわ」


 ハッと口を押さえたユーリは、全員の視線を集めているのに、どう誤魔化そうと狼狽える。 

    

「美人薄命と言うでしょ? お祖母様のキャサリン王女も、ママも、若くして亡くなってるから……占って貰ったの。そしたら、占い師に20才まで生きられないと言われたの。馬鹿馬鹿しいのはわかっているわ。でも、気味が悪いの」


 グレゴリウスは前から感じていた不安感は、そんな馬鹿げた物だったのかと不審に思う。


「そんな馬鹿げた事を信じて、あれこれ急いでいるの? そんなの気にしないで良いのに。人間がいつ死ぬかなんて、誰にもわからないさ。それより、私とのことを真剣に考えて欲しいな」


 怒った勢いでプロポーズしたものの、あっさり断られたグレゴリウスだったが、引き下がるつもりは無かった。


「もう、目を覚まして! どこをどう見て、皇太子妃にしようと思うのよ。冷静に考えれば解る筈よ、むいてないの!」


 全力のお断りに、全員がひぇ~と、同情したが、グレゴリウスの粘り強さを知らなかった。


「目を覚ますのはユーリの方だよ。アレックスと結婚するだなんて、考えてみれば無理なのはわかるだろ。

愛されてない相手と結婚しても、幸せにはなれないよ。私はユーリを愛してる! 迷惑がられても仕方ないんだ。ユーリが他の相手と恋をして、結婚するなら諦めるけど、それまでは諦めないよ」 

 

 真っ直ぐなグレゴリウスの言葉に、ユーリも勘違いじゃないと気づいて真っ赤になる。


「皇太子殿下……そんな……困りますわ」

 

 これ以上の求婚は却ってユーリを困らせるだけだと、ジークフリートはグレゴリウスを止める。


「今すぐは返事はいらないよ! もっと大人になって、結婚したいと思った時に、考えてくれたら良いよ」


 グレゴリウスはユーリが断る前に、返事の保留を宣言して、バッと上着を脱ぐと海に駆け込んだ。


「勝手にプロポーズして、勝手に返事を受け付けないと言うなんて。こんなの身勝手過ぎるわ!」


 ユーリもグレゴリウスを追いかけて海に駆け込んで行くのを、フランツも馬鹿馬鹿しくてやってられないと、水を掛け合っている二人に参戦する。 


「若いですね~」


 三人がずぶ濡れで水を掛け合うのを、ジークフリートは呆れて見ていたが、ユージーンが上着を脱ぎ捨てて海に走って行ったのに驚いてしまう。


「君も参戦したまえ! まだまだ若僧だぞ。ほら、皇太子殿下が海に沈められたぞ」


 勝手なプロポーズに迷惑千万のユーリに投げ飛ばされたグレゴリウスは、海にボチャンと頭から落ちた。


「やれやれ、指導の竜騎士は令嬢に海に投げ飛ばされた皇太子殿下の救出までしないといけないのでしょうかね?」


 自分にグレゴリウス指導の竜騎士などという厄介な役目を押し付けたマキシウスにチクリと嫌みを言って、優雅に上着を脱ぎ捨てて馬鹿騒ぎに参加していった。


『マキシウス、ユーリをグレゴリウスと結婚させて下さい』


 竜騎士達の馬鹿騒ぎに呆れた竜達は、海岸に上がってきた。


 アラミスはユーリがマキシウスの言う相手と結婚するという言葉を聞いていたので、グレゴリウスの為に頼む。


『アラミス、ユーリは好きな相手としか結婚させない。まだユーリは誰にも恋してないよ。私の子竜を見たいとか、19才で死ぬとか、馬鹿げたことを考えてあんな事を言っただけだ。マキシウス、心配しなくて良いよ。ユーリは図太く100才まで生きるよ。凄く魔力が強いし、丈夫だもの』


 令嬢に図太いとか、100才まで生きるとか、丈夫だとかの表現は不似合いだが、ユーリの言動に不安を感じていたマキシウスはイリスの言葉に安堵する。


『アラミス、私はユーリに好きな相手と結婚させるよ。グレゴリウス皇太子殿下を好きになったら、それで仕方ないさ。皇太子妃なんか似合わないと思うがな』


 アラミスはマキシウスの返事は不満だったが、イリスに睨まれると黙る。我が儘大王のイリスを、イルバニア王国の竜で諫められるのはラモスだけだったからだ。国王陛下の騎竜のギャランスですら、若いイリスには甘いのだ。


『ユーリがグレゴリウスを好きになれば良いんだね』


 グレゴリウスは思いもよらない竜達の援護を受ける事になる。

 

 アラミスは絆の竜騎士を求める竜達を纏めて、ユーリとグレゴリウスを結婚させる会を密かに設立する。と言っても、実際のところ活動らしい活動は無かったが、ユーリはやたらに竜達にグレゴリウスは良い夫になるよと勧められるようになる。

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