2話 初めての飛行訓練

初めての騎竜訓練の朝、食堂で朝食を少し残すべきか悩みながらユーリは食べていた。

      

「おはよう、ユーリ」

   

「おはよう、ユーリ、えっ? 朝食たべてるの? 今日は騎竜訓練なんだよ」


 フランツは先輩の見習い竜騎士達に色々と聞いて回り、今朝はお茶だけにしておこうと考えていた。


 グレゴリウスもフランツと同じく、お茶とパンを一切れにしようと思っていた。見習い竜騎士の騎竜訓練がどの程度かは知らないが、ジークフリートに鍛えられた時は吐きそうになったからだ。


 二人のトレイにお茶やパンのみなのにユーリは慌てる。


「え~? 朝食を控え目って、それだけってことなの。控え目に食べて良い意味じゃ無いの」


 ユーリはこれ以上は食べないでおこうとフォークを置いたが、フランツは3分の2は食べてるなと心配する。


「騎竜訓練は竜騎士隊でするんだよね~。ユーリはお祖父様から何か聞いてない? どんな事をするとかさぁ」


 ユーリはお祖父様が教えてくれるわけが無いわと、唇を尖らせる。


「指導の竜騎士がシュミット卿だということも教えてくれなかったのよ。騎竜訓練の内容なんか教えてくれるはずないわ。ああ、お祖父様が騎竜訓練場に現れませんように」


 グレゴリウスもフランツも、冷血の金庫番のシュミット卿の噂は聞いていたのでユーリに同情する。


「シュミット卿って、凄く怖いって噂だけど大丈夫?」


 グレゴリウスはユーリがユージーンに怒鳴られているのは何度となく目撃したが、基本的に愛情を持っているので気にならなかったが、見知らぬ相手にユーリが怒鳴られるのは我慢できないと思う。


「ユージーンとは別のタイプだわ。怒鳴ったり説教とかは、しそうに無いわね。そんな無駄なエネルギーを使う気が無いみたい。でも、アンリ卿から面白いことを聞いたのよ。シュミット卿は愛妻弁当を持参されているの! 凄い愛妻家で帰宅時間が遅くなる時は、奥様に連絡を欠かさないんですって!」


 グレゴリウスもフランツもシュミット卿が愛妻家なのは安心だと思ったが、ユーリがこの情報をアンリから聞いたのには引っ掛かりを感じる。


「そろそろ行きましょう。イリスに鞍を付けないといけないし。一人で乗るのに、鞍が必要なのかしら?」


 二人はユーリが鞍も無しにイリスに乗っているのを前から注意したかったので、ここぞとばかりに言い立てながら竜舎に向かった。




 竜騎士隊の騎竜訓練場にはユーリの願望は叶わず、竜騎士隊長のマキシウスの姿が見えた。


「げっ、ジークフリート卿にアリスト卿だ」


 グレゴリウスらしからぬ言葉に、ジークフリートにかなり厳しくしごかれたなと、フランツとユーリは思った。


 少しユーリは朝食を食べたのを後悔し始める。


 先輩の見習い竜騎士達はテキパキと竜騎士隊のメンバーからベルトと命綱を貰って着用している。

    

「皇太子殿下、フランツ、ユーリは、騎竜訓練は初めてだな。今から先輩の見習い竜騎士達の基本のフォーメンション飛行が行われるから、見学しておきなさい。そうだな君達の騎竜訓練はミューゼル卿にお願いしよう」

   

 竜騎士隊長のアリスト卿に指名されたミューゼル卿は、軍人らしい厳つい印象の竜騎士で、三人は指導お願いしますと頭を下げながらも、もう少し優しげな人が良かったと内心で愚痴る。


 先輩の見習い竜騎士達が次々に飛び立って、きちんとした隊列を崩さないまま飛行するのを、ユーリ達は呆然と見ていたが、マキシウスの指示で隊形を変化させると何頭かの竜が隊列を崩して、その中の2頭が接触する。


「危ない!」


 思わずユーリは声を上げたが、1頭は自力で態勢を持ち直し、もう1頭には救援の竜が駆けつけた。接触でバランスを崩した見習い竜騎士は、命綱のお陰で竜から落ちることは無かったが、鞍からずり落ちて必死に竜にしがみついている。


「空中で竜の接触は危ないね! 命綱が必要なわけだね」


 救援の竜騎士は手慣れた様子で、乱暴に見習い竜騎士を鞍に戻す。バサバサと竜達が舞い降りるのを見ていたが、グレゴリウスはユーリの制服姿を心配する。


「ユーリ、スカートは駄目ではないかな?」


 ユーリはこれはスカートっぽいけど違うのよと、スカートを両側に引っ張って股で二つに分かれているのと教える。ジークフリートは、ユージーンがいたら止めてくれるのにと頬を赤らめたが、マキシウスが怒鳴りつけた。


「ユーリ、はしたないぞ!」


 竜騎士隊長の怒声にその場の全員がビクついたが、怒られたユーリは平然とスカートっぽく見えるズボンを撫でつける。グレゴリウスとフランツは、ユーリが怒鳴られ慣れているのに呆れる。


 隊列を崩した2人の見習い竜騎士は、指導の教官から大目玉を食らった。


 ミューゼル卿から三人は命綱とベルトを渡されて、鞍への付け方を教えて貰う。


「初日から無茶な事はさせないから安心しなさい。先ずは隊列を組んで飛ぶ練習からだ」


 見た目の厳つさと違いミューゼル卿は、黒板で隊列を書いて説明したりと懇切丁寧な指導だ。


『命綱なんか要らないのに。ユーリを落としたりしないのに』


 イリスがぶつぶつ文句を言うのを無視して、ユーリは教えられた通りに鞍に命綱をつける。


『イリス、君がユーリを落とさなくても、他の竜と接触するかも知れないじゃないか』


 ミューゼル卿から小言を貰ったイリスは納得できないと思っていたが、ラモスに叱られて黙った。


『イリス、ユーリは初めての騎竜訓練なんだよ。ユーリが安心して訓練を受ける為の命綱なんだ』


 ユーリ達三人が竜で飛び立って基本の隊列の飛行の練習をするのを、マキシウスはジークフリートと眺める。


「皇太子殿下はかなり君にしごかれたみたいだな。隊列の間隔の取り方が上手い。フランツはルースにきちんと指示を出すのに慣れないといけないな」


 ジークフリートは竜騎士隊長のアリスト卿が孫娘の騎竜訓練が心配でわざわざ見学に来たくせに、ユーリについてのコメントを控えているのに苦笑する。


「ユーリ嬢は騎竜訓練が初めてとは思えない出来ですね」


 ジークフリートの誉め言葉で、マキシウスは苦い気持ちを思い出す。


「イリスはウィリアムと騎竜訓練を修了したからな。彼奴は騎竜訓練が得意だった」


 駆け落ちをしなければ、あの戦闘の時にイリスに騎竜していたら、戦死しなかったのではないか? 何度となくはまった後悔の渦に巻き込まれそうになったマキシウスは、基本の隊列をこなしている新米の見習い竜騎士達に集中して、気分を切り換える。


 ジークフリートは、アリスト卿が亡きウィリアムを思い出しているのを察した。


「初めてにしては上手く飛べていた。次は人数を増やして飛ぶ訓練に入るぞ。初心者の君達を見習い竜騎士と飛ばすのは不安だから、ジークフリート卿に協力して貰おう。5頭編成で基本の隊列飛行を行うが、途中から右旋回を入れる。先頭の私が旋回に入ったら隊列を崩さないように、順次旋回に入るように。焦って接触しないようにしなさい」


 一度目の隊列飛行は上手く飛べていたが、旋回はぐだぐだで接触はしないものの隊列とは呼べない間延びのした隊形になった。


 残りの午前中は他の見習い竜騎士の騎竜訓練を見て過ごす。


「簡単そうに見えるけど、僕たちは右旋回も出来なかったんだね」


 夏休み明けで初っ端は接触があった先輩達も、指導の竜騎士に叱られて気合いが入った。その上、竜騎士隊長の見学に張り切ったのか、きちんと隊列を崩す事なくやり遂げる。


 ミューゼル卿はユーリ達に見習い竜騎士達の騎竜訓練を解説する。


「戦場では空中を征した方が有利になるのは習っただろう。フォーメーションを組んで、相手の竜騎士を自国の軍勢の上から遠ざけるのが最低限の任務だ。次に相手の軍勢の上に侵入して、矢や槍をおみまいするのだ」


 戦略としては習っていたが、実際に騎竜訓練をしてみて、フォーメーションを組む前の隊列飛行すら出来ないと溜め息をつく。


 一度、失敗したユーリ達は簡単そうに見えて難しいのを実感したので、ミューゼル卿の解説に真剣に耳を傾ける。

     

「ミューゼル卿は良い教官ですね。一度失敗させてから見本を見せて、どこが悪かったかのか理解させようとしてます」


 国王は、グレゴリウスとユーリの騎竜訓練を心配して、自分に付き合うようにと命じられたが、竜騎士隊長のアリスト卿が万事上手く取り仕切って良い教官を付けたのに安心した。


「昼からは一人づつ右旋回をやって、上手く出来るまでやってもらうぞ! 私とジークフリート卿の間で飛行して、隊列を崩さずに右旋回出来るまで今日の訓練は終わらないからな」


 厳つい印象だが理論的な教官なのかなと安心していた三人は、結局厳しいと気付いて溜め息をつく。


「ユーリ、昼食は食べない方が良いよ」

   

 グレゴリウスは夏休みにジークフリートに旋回の練習を出来るまでやらされて、吐きそうになったのを思い出して忠告する。


 三人はドヨドヨで竜騎士隊の食堂に案内された。


 竜騎士隊長、ジークフリート、ミューゼル卿と同じテーブルに座らされた三人は、昼からの訓練を考えて昼食をつつくのみだったが、アリスト卿に叱られる。


「竜騎士たるもの、食べれる時に食べないといけない! 戦場で過酷な風景を見ても、食べないと戦力にはならないぞ。ましてや騎竜訓練如きで食欲を無くすとは、嘆かわしい」


 アリスト卿の喝に昼食を残そうとしていた見習い竜騎士達は、急いでかき込んだので、昼からの騎竜訓練で何人かは吐き気と戦うことになった。


「いつまで食べているんだ! さっさと騎竜訓練を始めるぞ」


 ミューゼル卿はグレゴリウス達に初日から、ゲーゲーされるのは御免だったので、さっさと昼食を切り上げさせる。 


 後で、三人はミューゼル卿に感謝する事になった。


 グレゴリウスは夏休みにジークフリートにしごかれた成果で、数回でタイミングを掴み、ミューゼル卿が旋回を始めるのに合わせる事が出来るようになった。


 ユーリは初めはタイミングが掴めず苦戦したが、ミューゼル卿とジークフリートがベテランなだけに接触とかは有り得なかったし、イリスが慣れているからどうにか出来るようになった。


 やはり、フランツは苦戦する。グレゴリウスとユーリは絆の竜騎士なので、自分の意志を明確に騎竜にタイムロスなく伝えられるが、フランツはルースに旋回のタイミングを教えるのが、少し遅れてしまうのだった。


 ミューゼル卿を先頭にして、フランツ、ジークフリートで三人での編成だったから、接触はパリスが避けるから無かったものの、これがグレゴリウスやユーリとだったら何度となく接触していただろう。


 マキシウスは下からフランツがどんどん自信を無くしていくのが解り、ミューゼル卿のターセルに一旦中止するように伝える。


『イリス、フランツと飛んでくれないか? 旋回のタイミングをフランツに教えてやってくれ。ルース、フランツにイリスが旋回のタイミングを教えるから、少し休憩しなさい』

   

 竜達は竜騎士隊長のマキシウスの命令には従うので、フランツはイリスに乗って旋回の練習をする。


『ここで旋回を始めるんだ!』


 イリスはフランツの命令より、数秒早く旋回を始める。


 ミューゼル卿のターセルの旋回に合わせて、綺麗な三頭の旋回を下から見ていたユーリは、イリスがパパと騎竜訓練を修了していたのだと気づく。


「イリスには騎竜訓練は必要無いのね。後は、私がキチンと隊列飛行と、タイミングを覚えるだけなんだわ。そのタイミングが掴み難いんだけど、イリスはわかっているのよね?」

   

 ユーリはぶつぶつと呟きながら、フランツが何回かイリスにタイミングを教えて貰っているのを見る。


『イリス、ありがとう! 旋回のタイミングがわかった気がするよ』


 フランツはイリスにお礼を言う。


「フランツ、後はそのタイミングを忘れないように、ルースに指示を出すだけだ」

   

 ミューゼル卿はルースにフランツを乗せると、タイミングを忘れないうちに身体に染み込ませる。どうにか新米の三人を含めて5頭で旋回飛行が出来るようになった頃には夕方になっていて、ユーリ達はへとへとだった。


「皇太子殿下、ユーリ、フランツ、このタイミングを忘れないように」


 ミューゼル卿の言葉で、初日の騎竜訓練は終わった。




 寮でまだ胃がおさまらない感じで食欲が沸かないまま夕食についたユーリ達は、先輩達に励まされる。


「初日であれだけできたら上等だよ」


「接触しなかったから、マシさ」


 少しづつ食べ始めると、朝食も昼食もあまり食べていなかった身体は、エネルギー源を求めていた。


「やはりイリスは優秀な竜だね、旋回のタイミングを教えて貰ったよ」


 フランツはユーリにイリスを貸して貰ったお礼を言う。


「そうなのよね、イリスはパパと騎竜訓練を修了しているんだもの。私には騎竜訓練が必要だけど、イリスには必要無いのよね~フランツの飛行を見て少しわかったの。私は飛行編隊と隊列飛行の変形をキチンと把握して、イリスに伝えるだけで良いのよ。後は、イリスを信じて任せれば良いんだわ」


 ユーリの言葉を、グレゴリウスとフランツは考えて、自分達も同じだと気づく。


「アラミスはイリス程は騎竜訓練は受けてないけど、私よりは上手いはずだよね。そうか、変形をキチンと把握して、ちゃんと伝えたら良いんだ」


 フランツも、ルースの方がベテランだとわかったのでなる程と頷いた。


「要するに竜を信じる事と、キチンと伝える事が大切なんだね。言うのは簡単だけど、難しいな~」


 見習い竜騎士の雛三人組は、先輩達がやっていた複雑なフォーメーションをするまでには練習がどれだけ必要か溜め息をついた。


「それに今日はミューゼル卿と、ジークフリート卿が一緒だったから、接触とか無かったけど、下手同士だと接触が多くなりそうだよね~先に謝っておくよ」


 フランツの謝罪に、グレゴリウスとユーリも謝罪合戦を始めたが、それを見ていた先輩の見習い竜騎士達は、新米を含めた騎竜訓練を想像して溜め息をつく。


「やはり、ユーリは竜騎士隊長の孫だけあるね。貴婦人乗りで、騎竜訓練なんて信じられないよ」

   

「騎竜訓練の初日で、吐かなかった三人は偉いさ」


「それにしても、ジークフリート卿の騎竜は見事だったよね。外交官にしておくの惜しいよね~」


 新米見習い竜騎士達に追い越されないように頑張らなければと、先輩達は密かに決意する。

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