23話 ヒースヒルの結婚式

 ハンナの結婚式の前日、フォン・アリスト家の屋敷でキャシーが来るのを苛々とユーリとローズとマリーは待っていた。


「朝一番で、来ると言ったのに。マダム・ルシアンにも許可を貰ったのに、遅いわ」


 ローズは、キャシーが先輩のお針子に気を使っているのだと思った。


「ユーリ、キャシーは修行中ですもの、休暇を貰えただけで、めっけものよ」


 内気なローズに言われると、そうかもねとユーリは苛々するのを止めて、来るまで待ちましょうと椅子に座る。


「おはよう、ユーリ、そろそろ行く?」


 付き添いのフランツが、フォン・アリスト家のサロンに来たので、事情を説明しているうちにキャシーが到着した。

  

「ごめんね、遅くなって! 下宿の掃除当番だったの。代わって貰っても良かったんだけど、忙しい時期に2日休みを取るから、言い出しにくかったの」

    

「良いのよ、さっきフランツが来たところだし」 


 2頭の竜で行くなら、少し窮屈な4人で乗らなくても良いので、フランツは顔見知りのローズと、マリーを乗せてくれることになっていた。




 竜が苦手なキャシーが一緒だが、明日の結婚式の料理を手伝ってあげたいと、一度だけの休憩でお昼までに着いた。

          

「ハンナ、結婚おめでとう! あらあら、大変な事になっているわね。こちらが私の従兄のフランツ。結婚式に飛び入り参加だけど、大丈夫かしら?」

   

 ウォルター家の周りには白いテントが立てられたり、料理も家の中だけでは足りないと、石窯が何個も作られていたし、料理ストーブも何個も据えられている。


 ユングフラウの貴公子のフランツに全員が驚く。


「ハンナ嬢、ご結婚おめでとうございます。突然の列席を許して頂き感謝いたします」


 貴公子の登場に呆然としていたハンナは、フランツに手にキスされて真っ赤になる。フランツは結婚のお祝いにと、ワイン一樽と、シャンパンを数ケース持ってきていた。


「まぁ、こんなに! ありがとうございます」


 ハンナはフランツのお祝いの品にお礼を言ったが、どこにこの貴公子を泊めようかと悩む。

    

「ハンナ、フランツはカーディモの管理者の屋敷に泊まるのよ」


 ユーリの言葉で、ハンナは大きく息を吐く。


「良かったわ! ビリーとマックも帰省しているから、男の子の部屋は満杯なのよ」


 何から手伝おうかと言うユーリに、従兄を泊まる場所に案内したらとハンナは注意する。ヒースヒルで見るフランツは公爵家の子息そのもので、周りのテントを立てているハリーやビリー達とは別世界の住人に見えたが、本人は気楽に上着を脱ぐとテントの設営を手伝いだす。

   

「フランツなら大丈夫よ。気取らない性格だし、夜になる前に泊まる場所に案内するわ」


 フランツは、公爵家の人達からユーリの側を極力離れないように厳命を受けていた。ユーリもキャシーやローズやマリーと一緒に料理と格闘しだす。


「後は、煮込んだり、焼いたりするだけだわ。

 皆が手伝ってくれたから、夕方までかからないわ。

 遅くなったけど、お昼を食べてね」


 立てられたテントの中には、テーブルが何列も並べられていた。結婚式の披露宴まで汚さないようにテーブルクロスはかかっていない木のテーブルで、ユーリ達は竃の大鍋にかかっていた煮込み料理を食べる。


「フランツ疲れてない?」


 慣れないテントを設営したり、集会所からテーブルや椅子を運ぶのを手伝っていたフランツを気遣う。


「いや、色々と面白いよ。それにユーリの小さい頃の話を、ビリー達から聞いたしね。 皆、シルバーを犬だとは思ってなかったよ。狼だとバレていたみたいだね」


 ハハハと笑うフランツに、まぁ子牛ほどもあるシルバーを、犬と言い切ったパパもバレているとは思っていたかもと苦笑する。





 慌ただしい昼食を片づけると、ユーリは少し時間を貰って、フランツと両親の墓参りに行く。小さなお墓に、フランツは少し驚いたが、綺麗な小さな白いバラに覆われて管理が行き届いたので、ユーリが大切にしているのだと気づく。


 フランツは老公爵と公爵から、ロザリモンドが育てていたバラを持たされていたので墓前に備えたが、大輪のピンクのバラより、小さな白いバラの方がこのお墓には相応しく感じる。


「ユーリが育ったヒースヒルに、一度来たかったんだ」


 美味しい空気を深呼吸して、ユングフラウを嫌うユーリの気持ちが少し理解できた。

 

 ついでに育った家も見たいなと言うフランツを、ユーリは案内する。


「すごく、小さな家だね」


「まぁ、これでもハンナ達は増築したのよ。そうね、小さな家だわね」


 ユーリはママやパパが生まれ育った屋敷からみると、本当に小さな家だと思ったが、暖かな愛情に満ちていたと話す。


 フランツは、この小さな家でユーリが生まれ育ったのだと感慨に耽る。

 



 ウエディングケーキが焼き上がり綺麗にデコレーションされると、後は明日にしましょうと、ベティは女の子達に道具を片づけさせたり、ビリー達にテーブルをキチンと並び替えたりさせる。


 明日の朝はテーブルに花を飾ったり、テーブルクロスを掛けたり、氷を取りに行く予定だ。


「結婚式って、こんなにも用意が要るんだね」


 フランツはビリーやマック達と色々と手伝って、少し疲れていた。


「私も、こんなに大変だとは知らなかったわ。でも、ベティ叔母さんとハンナは一週間前から準備を始めていたのよ」




 二人は夕食を食べると、カーディモの管理者の屋敷に向かう。


 ユングフラウからマウリッツ公爵家の子息が泊まりに来るから便宜をはかるようにと指示されていた管理者は、巡回の竜騎士が泊まる離れを用意してくれた。


「ヘェ~、こういう所に巡回の竜騎士は泊まるんだね。何となくお忍びで調べてるイメージがあるから、野宿してるのかと思った」


「竜舎もあるから、ルースも一緒に泊まれるわね。

もっとも、この季節だから外でも平気だけどね」


 ユーリも巡回の竜騎士の宿舎には興味が合ったので、部屋を見て回る。


 フランツはここなら明日の結婚式で夜中に帰ってこようと、気を使わなくて良いと安心する。今日、結婚式の支度を手伝いながら、ビリー達に田舎の結婚式の情報を聞き出していたので、かなり夜中まで飲んだり、踊ったりするのだと驚いていた。

      

 それにビリーやマックは、ユングフラウで竜舎で働いているから、アリスト卿を神様みたいに尊敬しているので、ユーリの事も少し心配していたのだ。


「ユーリって子どもの頃も黙っていたらお人形さんみたいに可愛かったけど、えらい別嬪さんになったなぁ。アリスト卿のお孫さんだし、あんな別嬪さんはヒースヒルには居ないから、心配だなぁ~」


 見習い竜騎士のユーリが間違えを起こすとは思わないがと前置きをして、披露宴で盛り上がって牛小屋や森にしけこむカップルが多いと、ビリーやマックはキャシーにも気をつけようと話していた。


 そんな心配をしながらも、ビリーとマックがハリーから近所の女の子達の噂話を聞き出して、盛り上がっているのを見たフランツは、キャシーに気を付けるどころか彼等が森に消えそうだと感じる。

    

 明日はユーリがキャシー達とベットに入るまで気が抜けないなと溜め息をつきながら、早めにベッドに入ったフランツだった。

 



 一方のユーリはお風呂に入ったりした後で、ハンナの部屋でキャシーと三人で、明日は結婚式なんだから早く寝なきゃと言いつつ夜遅くまで話す。


 最後はベティ叔母さんに怒られて、ベッドに入るやいなや寝てしまった。

 



 結婚式当日は、北のヒースヒルには少し秋風が吹き始め、雲一つない良い天気だった。


 ユーリとキャシーはテーブルクロスを広げて花を飾ったり、氷室から取ってきた氷を樽に入れてシャンパンを冷やしたりと朝から大忙しだ。


 軽い昼食を取ると、いよいよ花嫁の着付けにかかる。


「ハンナ、素敵だわ! とても、綺麗な花嫁さんだわ!」


 いつもはお淑やかとは縁のないハンナだったが、ウエディングドレスを着た姿は綺麗な花嫁さんだ。


「少し化粧もしましょうね」


 キャシーは2ヶ月足らずのユングフラウ生活でかなり垢抜けて、髪の結い方や化粧も上手くなっている。


「キャシーは手先が器用ね。ウエディングドレスもとても素敵だわ」


 ユーリはキャシーがハンナにメイクするのを感心して見る。


「ユーリ次は貴女の髪を結うから、さっさと着替えてね」


 ハンナの花嫁支度を夢中で見ていたユーリは、まだブライズメイドのドレスに着替えてなかった。


 慌てて着替えるのをハンナとキャシーは、このドタバタさが無ければ貴族の令嬢らしいのにと、少し残念に思いながらも、こんなユーリだから付き合っていけるのかもと思う。


 付き添いのフランツがマウリッツ公爵家の子息であることは、お針子のキャシーも別荘で世話になったローズとマリーもよく知っていたし、その身分の高い貴公子がユーリを保護する為にここに来たのもわかっている。


 ローズとマリーは、国王がユーリを大切にしているのも知っている。直接お言葉をかけられた時のことを、ユーリがフランツとお墓参りに行ってる間に話していた。


「国王陛下は、ユーリの大伯父様なんだって。ユーリのママは、国王陛下の姪だったそうよ。直接、ユーリが無茶をして疲れないようにしてくれと、お言葉を貰ったの」


 ヒースヒルで国王と話した者は居なかったから、ローズとマリーは質問責めにあった。マリーは国王が頼もしくて、お優しそうな方だったと話す。


「王妃様はユーリの後見人なんだって。すごく優しそうな方だけど、しっかりなさってて、素敵な王妃様だったわ」


 無口なローズは、お子様を二人亡くされた王妃の気丈な姿に感銘を受けていた。

 

 ユーリのアイスクリームの屋台に、国王夫妻が来られたことや、皇太子殿下が毎日付き添われたことを話すと、キャ~ッと歓声が女の子達から上がった。  


「で、どうなの? ユーリは皇太子殿下と恋をしてるの?」


 ハンナとキャシーに問い詰められたが、ローズとマリーは顔を見合せて首を振った。


「ユーリはパーラーの開店に夢中で、皇太子殿下どころじゃ無いみたい。私もローズも、すごく助かっているけど、ユーリはもう少し落ち着かなきゃ。あれこれ忙し過ぎて恋とかしてる暇が無いみたいよ」

 

 ブライズメイドの薄いブルーのドレスに着替えたユーリの姿は、可憐な令嬢そのもので、ハンナとキャシーは残念な性格が勿体ないなと思う。


 昨夜のガールズトークでも、全く恋心のないユーリに呆れてしまった。 


「皆、支度はできた? まぁ、ハンナ、とても綺麗だわ……」

 

 ベティ叔母さんは、娘の晴れ姿に目を潤ませる。


「ママ、結婚式に涙は不吉よ」


 キャシーに怒られて涙をこらえたベティだが、忙しすぎて娘を嫁に出すのだと、今まで感慨に耽る暇が無かったのだ。


「おーい、結婚式に遅れるぞ」


 外から馬車の準備をして待ちくたびれているビリーの声がかかると、ベールを下ろしたりブーケを持ったりしてハンナ達は結婚式が行われる町の集会所へ向かう。


 集会所の中もリボンと花で飾られている。


 ブライズメイドのユーリとキャシーが入場したあとで、ウェディングソングが演奏される中、花嫁のハンナと花嫁の父のジョンが入場する。


 花婿のダンが綺麗な花嫁姿のハンナに驚きうっとりとしている様子が、ユーリには微笑ましく思える。


 結婚式はシンプルに何事も問題なく終わった。


 フランツはこれからが大変なんだよな~と、気を引き締める。

 



 披露宴にはテントにいっぱいの客が来て、テーブルに所狭しと並べられたご馳走を食べる。

 

 ユーリとキャシーは花嫁と花婿がキチンと食べているか、花婿に友達が酒を飲まし過ぎないかをチェックしたり、招待客の接待と忙しくする。


「フランツ、食べている?」


 ユーリは暇を見つけて、フランツの席の隣に滑り込んで座る。


「ユーリこそ食べて無いんじゃない? 僕はもう食べきれない程だよ」


 フランツは、バタバタしているユーリに冷たいジュースを渡す。


「私達はちゃんと食べてるわ。 そろそろウェディングケーキを切る頃ね。ケーキを食べたら、夕方からダンスが始まるわ。ざっと食器を下げなきゃ」


 ジュースを一気に飲み干すと、ユーリはキャシーや他の女の子達と、食べ終わった皿を集めて回る。


 招待客達はお腹いっぱいにご馳走を詰め込んでいたが、ウェディングケーキが配られるとそれも平らげた。


 花嫁のハンナと花婿のダンが、ウェディングダンスを始めると、あちらこちらからカップル達もダンスに参加しだす。


 ベティと近所の主婦達は残ったご馳走を一つテーブルに纏めて置き、皿やフォークなども勝手に取って食べれるようにする。


 お酒は元々準備してあったのと、フランツが持ってきた上等なワインとシャンパンがあるので足りなくなる心配は無い。


「さぁ、あなた達もダンスを楽しみなさい」


 手伝ってくれていた女の子達にベティはお礼を言って、折角の披露宴を楽しむように勧める。


 カップルで参加してない独身の男の人達は、披露宴を手伝っている女の子達を品定めしていたので、解放されると次々にダンスに誘ってくる。


 ユーリはフランツが知らない人の間で困っているのではと心配したが、雰囲気を読むのにたけているので、村の若者達と打ち解けて楽しんでいる。

     

 フランツも若者達と一緒にダンスに参加して、ユングフラウの貴公子に何人かの女の子達はぼぉっとなる。


 ユーリもダンスの誘いが多くて、昔の悪ガキが立派な若者に成長しているのに驚きながら踊る。


 披露宴もかなり盛り上がり、深夜になる頃には、お酒を飲み過ぎてテーブルに突っ伏して寝る者も出だす。

 

 そろそろお開きにしようかと、キャシー達は考える。

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