22話 チャリティーコンサート

 マリアンヌが、侍女達を総動員してユーリを飾り立てた結果は素晴らしかった。


「社交界デビュー前のライラですもの、髪は下ろしていた方があうでしょ?」


 レースの白いドレスに、髪の毛をロールにして下ろして、白いバラの冠を飾ったユーリは、本当に愛らしかった。


「ユーリは白いバラ姫のようだ!」


 老公爵はユーリのドレス姿にめろめろだ。ユージーンとフランツも、薄化粧したユーリが凄く綺麗なのに驚いたが、こんな姿とあの歌声を披露したら、独身貴族が門前に求婚の列をなすぞと困ってしまう。


「夜なのに大勢の人出ね。でも、篝火があって明るいのね、もっと暗いと思っていたわ」


 初めて来た夜の野外劇場は、席がかなり埋まっていたが、主催者のロックフォード侯爵は、親戚のマウリッツ公爵家の為に席をあけていた。ユーリは老公爵と公爵夫妻に挟まれて座っていたが、辺りから熱い視線を送られているのにも気づかず、これほどの人の前で歌うのかとドキドキする。


 客席のどよめきに振り返ったユーリは、国王夫妻と皇太子とサザーランド公爵夫妻が、ロックフォード侯爵に席に案内されるのを見て慌てて立つ。席が隣りになったので、王族方々と、公爵家の人々は礼儀正しく挨拶を交わす。


 ユージーンとフランツは、ユーリの後ろの席に座っていたが、ジークフリートが隣に滑り込む。屋台では毎日会っていたが、こうしてじっくりと話す暇は無かったので、ユージーンはジークフリートと会えたのが嬉しかった。

 

「今夜のユーリ嬢はライラそのものですね。フランツ卿と合唱されるのですか? 国王夫妻はユーリ嬢の歌が聞きたいと、チャリティーコンサートに出席されたのですよ。離宮にいらしてる間は、社交もしないで寛がれるのが恒例みたいなのにね」


 フランツはジークフリートといると、ニューパロマでの大使館での生活を思い出す。


「ユーリが一人で歌う方が聞きごたえがあるのですが、大勢の前で歌うのは緊張するからと僕が引っ張り出されたのです。あのユーリが人見知りだなんて、信じられないけど、緊張しないと良いな」

  

 ジークフリートも度胸がありそうなのに、意外と知らない人には構えてしまうユーリを知っていたので、思いがけない程の観衆に出演を後悔しているのではと気になる。


 何度かストレーゼンで夏休みを過ごしたことのあるジークフリートだが、野外劇場のイベントが満席になったことが無いのにと、ユーリが出演することと、国王夫妻が臨席なさることが噂になったのだろうと思う。


 ユーリは立太子式以来はカザリア王国に特使随行していたし、秋の本格的な社交界シーズンまでパーティーに出席してなかったので、アイスクリーム屋台まで露出が少なかったのにと、ストレーゼンの独身貴族達に顔が売れてしまったのが厄介に思われた。


「こんばんは、ユーリ嬢。今宵はフランツ卿とライラの一幕の楽曲を歌って下さると聞きましたが、本当にライラそのものですね」

     

 主催者のロックフォード侯爵家の人々は、あちこちに座っている出演者に挨拶をしたり、出る順番と2つ前には舞台の袖に来てほしいとかのお願いをしてまわっていた。

 

「まあ、割と後なのですね。さっさと歌ってしまった方が楽だったかも」


 手書きのプログラムを見て、30組位の出演者の中で14番目辺りなので、ユーリは溜め息をついた。


「始めの辺は、お子様方の発表会みたいなものなのですよ。小さなお子様方が、お眠になってはいけませんからね。ユーリ嬢はお若いから早めの出番ですよ」

 

 アンリ卿の説明で、ストレーゼンの避暑地の子どもが発表会をするようなチャリティーコンサートなら、楽しめるかもとユーリは少し緊張が解ける。

    

「まぁ、子ども達も出演するのですね。楽しみですわ」


 アンリは可愛らしいユーリ嬢と何時までも話していたかったが、他の出演者にも段取りを説明して回る。


「お祖父様、プログラムをご覧になる? 少し緊張していましたが、子ども達も出演すると聞いて、気が楽になりましたわ」


 老公爵はユーリなら大丈夫だよと手を握ったが、少し緊張して冷たいのに驚いた。


 国王と王妃は爵位を息子に譲ってからは社交の場に出てこなかったレオポルドが、ユーリ可愛さにチャリティーコンサートに来たので、久し振りだと挨拶を交わしたが、ユーリの手を握ってあれこれ世話を焼いている姿に心底驚く。


「レオポルド卿は、ユーリをべたべたに甘やかしているではないか」


 アルフォンスは妹のキャサリンの嫁ぎ先のレオポルドを若い頃から知っていたので、冷たく見える容貌の割に情が深いのはわかっていたが、孫娘にこれほど甘いのに呆れてしまった。




 チャリティーコンサートは小さな子供から始まった。


 各々の家族達からや観客から、愛らしい姿に拍手がわいたが、少しづつ年齢が上がると、若い令嬢や子息達のピアノやバイオリンや歌と、出演するぐらいだから上手な演目が続いてきた。


「ユーリ、そろそろ舞台の袖に行こうか」

 

 フランツが呼びに来たので、ユーリは席を立って舞台袖に着いたが、何度も昼に屋台で来ていた野外劇場が、夜で雰囲気も変わり、初めて着た場所に思えてドキドキしてきた。


「ユーリ、このコンサートは戦傷者のチャリティーのためなんだから」


 ユージーンはユーリが緊張しかけているのに気づいた。


「そうだね、それに僕達はお子様方のチョコッと後なだけだし。皆も、お子様の発表会の延長みたいに聞いてくれるよ」


 フランツの気楽な忠告に、ユーリはチャリティーの目的を思い出して、大きく深呼吸する。

 

 ユージーンの演奏で、フランツとユーリは、ライラの一幕の楽曲を合唱した。舞台に立ったユーリの愛らしい姿に子息達はぼおっとなったが、フランツと歌い出すと感嘆の溜め息がもれた。


 社交界にデビュー前のライラと、馬鹿な恋をしないように忠告するリチャードは、ユーリとフランツに嵌まり役だった。コミカルな掛け合いの歌に、聴衆は夢中になる。


 二人が歌い終わると拍手喝采が鳴り止まず、やれやれと舞台からユーリ達が降りても拍手は鳴り止まなかった。

 

 主催者のロックフォード侯爵はこれほどユーリの歌が素晴らしいとは思わず、前の方の出演にしたのを後悔したが、鳴り止まない拍手とアンコールの声に、ユーリにアンコールを依頼する。困っているユーリは、このままでは次の演目に移れないからと説得されて、フランツに救いを求めたが、聞きたがってるのは君の歌だよと送り出される。


「カボチャが並んでると思えば良いんだ。所々に、大根や、ニンジンが混ざってるかな? ユーリ『夏の夕暮れ』を歌えば良いよ」


 ユージーンに笑わされて、曲も決めて貰うと、ユーリは覚悟を決めてアンコールに応える。


 ユーリが一人で歌い出すと、客席はシーンと静まり返った。『夏の夕暮れ』は過ぎゆく夏と青春を掛け合わせた少し切ない曲で、年配の方々は自分達の青春を思い出して、涙を浮かべている人も多かった。若い人達は青春真っ盛りにいるにもかかわらず、夏休みも残り少くなった感傷的な思いにとらわれて、令嬢方はハンカチで涙を押さえた。


 盛大な拍手に優雅にドレスを摘まんで挨拶をして、ユーリはやっと席に戻る。

     

「ユーリがあれほど歌が上手いとは知らなかった」

 

 国王も若い頃を思い出して、胸に込み上げる思いがあったので、涙を堪えるのに苦労したが、王妃やメルローズはハンカチで目元を押さえている。


「ユーリの歌は何度聞いても、聞き飽きませんね」


 グレゴリウスの言葉に、王妃とメルローズから苦情がきた。


「グラゴリウス、何故もっと早く言わないの。ユーリに離宮で歌をいっぱい歌って欲しかったわ。もう、エリザベート王妃はユーリの歌を1ヶ月も楽しんだというのに」


 それは自分のせいではないと、グレゴリウスは考えたが、お祖母様と叔母様には逆らわない。


 チャリティーコンサートは、ユーリのアンコール以外にも、何人かの優れた出演者にもアンコールがかかり、アンリのバイオリンと、ユージーンのピアノの合奏はプロ顔負けの腕前で、盛り上がって終わった。


 夕暮れ時から始まったチャリティーコンサートが終わった頃には、夏の夜もふけていた。


 主催者のロックフォード侯爵に挨拶をすると王族の方々は引き上げたが、グレゴリウスはユーリにとても素晴らしい歌だったよと声を掛けに来た。


 ユーリ達も寄付を済ませると老公爵もいるので、ロックフォード侯爵家の別荘でのパーティーは辞退して帰宅する。


「疲れたわ」


 軽い軽食のみだったので、何時もより遅い時間の軽めの夕食を食べながら、ユーリは疲れきっていた。 


「当たり前だよ、朝から離宮に挨拶に行って、昼食を一緒に食べて帰ってくると思ったら、女官に皇太子殿下と、ジークフリート卿とユングフラウに竜で行ったと聞いて驚いたもの。夕方ぎりぎりに帰宅して、着替えてチャリティーコンサートだもの。少し体力を考えて動く事を考えなきゃ、見習い期間を過ごせないよ」


 フランツの言葉に全員が同意した。


「ええ、そうね、あれこれ後先考えずに動いてしまうのは止めなきゃ。叔父様、家令のハモンドさんにお礼を言っておいて下さい。寮の手配をキチンと終えて下さってたのですもの。寮母のダルドリー夫人も、早速引っ越して下さるといわれましたから、ローズとマリーも寮で暮らせますわ。パーラーは経営だけで、ローズとマリーに任せるつもりですの、彼女達の方がしっかりしてるんですもの」


 パーラーを友達に任せると聞いて、公爵は少し安心する。


 ユーリがこれから勤める国務省はエリート意識の強い官僚が多く、貴族の子息だからといって容赦もしない厳しさは有名だった。ましてや竜騎士だからと特別扱いはされないだろうと案じていたからだ。 


 息子達が勤務先に選んだ外務省は、貴族の子息達や竜騎士も多かったし、やはり官僚としての能力のみでなく、社交能力や社会的な地位のネットワークが必要な部署で、ユージーンやフランツにはマウリッツ公爵家の後ろ盾が付いているので心配はしていない。


 ロックフォード侯爵家のアンリが国務省に勤務したのは、チャリティー好きの家庭に育った影響から厚生関係の志望だと思われがちであったが、侯爵はアンリの頭脳明晰さがエリート官僚に挑戦させたのだと感じる。


 ユージーンやフランツは、アンリの優しさばかりに気を取られているが、ユングフラウ大学で首席を取るには、勉強のみでなく他の学生を押さえる政治力も必要なのだと大学OBの公爵は知っている。第一、何代も侯爵家を支えるのに優しい気の良さだけでは無理なのを、若い息子達はまだ知らないのだ。公爵は教育していかなければいけないことが沢山あると溜め息をつく。

  

「パーラーはいつ開店する予定なんだ?」


 ユージーンは寮に寮母も準備出来たのなら、夏が終わる前に開店した方が良いだろうと思う。


「今週末のハンナの結婚式が終わったら、開店するつもりよ。ローズとマリーも結婚式にヒースヒルにキャシーと一緒に帰る予定なの。ブライズメイドは初めてだから楽しみなの。四人だけど女の子だけだし、イリスは楽勝だと言ってるわ」


 皆が少し不安そうな顔をするので、四人乗せて飛ぶのを心配しているのかとユーリは勘違いする。


「イリスなら女の子を四人ぐらい乗せて飛んでも大丈夫なのはわかっているよ。 ユーリがブライズメイドするとは知らなかったから、心配しているのさ」

 

 ユーリはフランツの言葉の意味が理解できない。


「何故、ブライズメイドをするから心配なの?」


 ブライズメイドがどれほど独身の男に魅力的に見えるか、ユーリは知らないのだと焦る。


「ユーリ、ブライズメイドは花嫁の付き添いとして、夜遅くまで結婚式の披露宴会場に残るでしょ。独身の殿方には口説きやすいのよ。華やかな結婚式にロマンチックな気持ちになっているし、朝から花嫁の世話を、いえ前日の夜からずっと興奮状態だから、よく間違えがおきやすいの」

      

 老公爵や公爵は領地の農民の結婚式に行った覚えはないが、深夜まで踊ったり歌ったりと賑やかなのは知っていたので、ブライズメイドとして後見人や、付き添いもないユーリが参加するのが心配でたまらない。


「結婚式に参列して、披露宴は帰ったらどうか?」


 老公爵の言葉にユーリは嫌よと抗う。


「そんなの無理ですわ。第一、披露宴会場はハンナの家の庭ですもの。それにブライズメイドなのよ。新居に落ち着くまで面倒みなきゃ駄目なの。お祖父様、ハンナには子どもの頃に一緒に学校に連れて行って貰ったり、意地悪な女の子から庇って貰ったのよ。お願い、そんなこと仰らないで」


 禁止されてもブライズメイドはするとユーリは考えていたが、優しくしてくれた公爵家の反対はつらく感じる。


「仕方がないな、フランツ、お前がユーリの付き添いとして、結婚式に列席しなさい。ユーリ、一人ぐらい列席者が増えでも困らないのだろう。お前一人でブライズメイドをさせるのは心配だから、せめてフランツの付き添いぐらいは譲歩してくれないか?」

    

 ユージーンでは少し威圧感が有りすぎるだろうと、同じ年頃の従兄弟の付き添いなら許容範囲内だと公爵はフランツに決めた。

 

 老公爵も公爵夫人も、フランツが付き添うならと、渋々ブライズメイドを承認する。フランツは親の命令では拒否は出来ないし、田舎の結婚式も面白そうだと引き受ける。


「フランツ一人ぐらい増えても大丈夫よ。村中の人を招待するのですもの。あっ、でもベッドは無いかも……親戚とかも押し掛けるし、私はキャシーと一緒にベッドを使うつもりだけど、フランツはハリーとベン……そうだビリーとマックも帰省するから4人で2つのベッドしか無いのに……床で寝る?」


 夏だから床で寝ても構わないが、話を聞いているだけで、むさ苦しい男5人の雑魚寝は勘弁してほしい気持ちになったフランツだ。


「いや、泊まる場所は確保しよう。ヒースヒルは国王陛下の直轄地だから、管理者が居るだろう」


 公爵の言葉に隣町のカーディモに管理者の屋敷があるとユーリは答えた。


「カーディモの管理者にフランツを泊めるように手配しておく」

 

 公爵家の人達はユーリもフランツと一緒に管理者の屋敷に泊まってくれたら良いのにと、無理だとわかっているから提案はしなかったが本音では思う。


「チェッ、ユージーンは楽したね」


 フランツは寝室に帰りながらユージーンに愚痴ったが、夏休み明けにエドアルドの社交相手の件や、ユーリの指導の竜騎士の続投とかが待っているのだと思い出して、反撃にあう前に部屋に駆け込む。


 その後もユーリはストレーゼンと、ユングフラウを往復して、パーラーの準備をした。寮母のダルドリー夫人が引っ越したので、ローズとマリーを寮に連れて行く。


 新しく4人の女の子達を雇うと、一緒にやってねと開店準備はなるべくローズとマリーに任せる事にしたのだが、やはり顔をだしては棚を拭いたり、食器を洗ったりてして、ローズとマリーに止めらた。


 ダルドリー夫人とも何度か話をしたりしてすっかり仲良くなったが、軍人の妻だった夫人は竜騎士の重要性を熟知していたので、パーラーに時間を取りすぎないようにと忠告された。


 ただ、王妃から離宮に呼び出しが掛かるのがユーリにとってはストレーゼンでの困った事だ。しかし、離宮で歌を歌ったりもしたが、せっかくの夏休みですものと王妃様は長時間の拘束はされず、グレゴリウス、ジークフリート、ユージーン、フランツといった特使一行の懐かしいメンバーで、遠乗りしたり、湖でボート遊びをしたりして過ごすように気を配ばる。

    

「ユーリは、まだグレゴリウスの恋心を受け入れる準備は出来ていませんわ。仲の良い友達として、一緒に過ごさせた方がよいのです。ユージーン卿とフランツは、結婚相手になりませんから好都合ですわ」


 アルフォンスは楽しそうではあるが、秋にはエドアルドが遊学するのにと少し焦っていたが、テレーズに一蹴される。


「まだまだユーリが恋をするのは先ですわ。あの娘は、もう少しロマンチックな要素を身に付けなくてはねぇ。見た目はロザリモンド姫にそっくりなのに。落ち着きが無かったというスザンナ様だって押し掛け婚をされたぐらいだから、少しはロマンチックな要素をお持ちだったのにねぇ。どうすれば、ユーリの恋愛音痴がなおるのかしら?」


 王妃の溜め息に国王も溜め息をつく。


 ユーリのストレーゼンでの騒がしい日々はこうして過ぎていった。

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