18話 アイスクリーム屋台は赤字?

 ユングフラウのパーラーまで大きな容器を取りに行くのに、ユージーンがついてきた。 

 

「大丈夫なのに」


 ユーリは文句を言ったが、ユージーンはそもそも夕方に竜で飛行すべきでないと叱りつけた。



 夕食後、ユーリはアイスクリームの売り上げと寄付金を帳簿につけながら、溜め息をつく。


「どうしたのだ? 屋台は大盛況だったそうじゃないか?」


 老公爵はユーリが考え込んでいるのを心配する。


「あれだけ売って30クローネなんだもの。材料費と、人件費を払ったら本来なら赤字だわ。カレンとヘザーを貸して下さったし、侍従達もだもの。やはり値段設定が甘かったのかしら?」


 皆で意見を言い合ったり、ユーリがポスターを書くのを眺めたりと、ストレーゼンの夜は過ぎていった。




 ユーリは朝早く氷を取りに行ったり、屋台の初日で気を使ったし、ユングフラウ往復したので、サロンでうとうととしてしまう。


「ユーリや、ここで寝てはいけませんよ」


 パーラーのアイスクリームにフルーツを盛り合わせて1クローネで売ったらと、フランツが言ってるのに返事がないと思ったら、ユーリは寝てしまっていた。


「あどけない寝顔だわね、まだ15才なのだわ。こうして疲れきって寝ているのを見ると、まだまだ子どもだと思うわね」


 今夜も素敵なドレス姿だったが、ぐっすりと寝てしまったユーリは、お子様に見えて皇太子妃には向いてないと思う。


「疲れきったのだろう、起こすのは可哀想だ。ユージーン、ユーリをベッドに運んでやれ」


 老公爵の命令でユージーンがユーリをベッドに運ぶのを、シャルロットはこれほど血が濃くなければと複雑な思いで見る。




 次の日の屋台は、初日よりも大盛況だったが、整理券のお陰でお客もピアノを聞きながら待っていたので、混乱は起きなかった。


「やはり男の人は2つ食べる人も多いわね。今日はチョコミントだから特にかしら?」


「ユーリ、僕もチョコミントが食べたいよ。整理券、取ってきていい?」


 フランツが整理券を取りに行っている数分の隙に、ユーリは寄付をする子息達に囲まれてしまう。

 

 フランツはユーリが子息達に、真面目にチャリティーの主旨を説明しているのをかき分けて側に行き着いたが、数人の知り合いに紹介を求められる。渋々フランツは、知り合いをユーリに紹介する。


「まぁ、皆様はフランツの幼なじみなのですか?」


 気の良いユーリが、自分の知り合いに愛想を振りまくのを、フランツは下心を知っているので複雑な気持ちで見る。


「ユーリ嬢、アイスクリームの屋台は大成功ですね」


 パァッと令嬢方の視線を引き連れて、ジークフリートがグレゴリウスと共に登場する。


「ユーリ、今日はチョコミントなんだね。整理券取って来なきゃ」


 皇太子殿下に整理券を取りに行かせられないと、フランツは自分の整理券を渡し、ジークフリートがいるなら大丈夫と、二人分の整理券を取りに行く。ユーリを取り巻いていた子息達は、皇太子とイルバニア王国一の色男の登場で、すごすごと散っていく。


「ジークフリート卿も、ストレーゼンで夏休みを過ごされるのですか? フォン・キャシディに帰省されていると思ってました」

    

 ユーリの屋台に子息達が群がっているのを、サザーランド公爵では武門の家系だけに捌きかねると、国王は緊急にジークフリートを呼び出したのだ。


「領地で休んでいましたが、カザリア王国との同盟の細かい条件の確認の為に、ユングフラウに呼び出されていたのです。用件がすんだので国王陛下に報告に参りましたら、労われて離宮で休暇を過ごすようにと招待されたのです」


 グレゴリウスはほぼ半分以上嘘のジークフリートの答弁に呆れかえったが、ユーリを取り巻いていた子息達がサァ~と引いていったのに満足する。サザーランド公爵と自分では、ユーリの代わりに主旨の説明をするとか、目の前で口説くのは阻止できても、これほどの威力は発揮できない。


 子息達の代わりに、わらわらと令嬢方や貴婦人方が、ユーリというかジークフリートとグレゴリウスがを取り囲む結果になったが、優雅な雰囲気に一変する。


 初日は遠慮したマウリッツ公爵夫妻が屋台に来た時には、屋台の周りには令嬢方の華やかな雰囲気が満ちていた。


「まぁ、華やかだと思ったら、ジークフリート卿がいらしてるのね」


 リュミエールは、国王が子息達からユーリを守るには、皇太子とサザーランド公爵では力不足を感じて、ジークフリートを呼び出したのだと気づく。


「叔父様、叔母様、いらして下さったのね。整理券をお取りしてて良かったわ」


 公爵は知り合いにも出資を頼んで案内してきていた。


「ユーリ、こちらは私の従兄弟のロックフォード候爵ですよ。彼は子息のアンリ・フォン・ロックフォードです。ユージーン達のハトコになりますね」


 ロザリモンドを出産してキャサリン王女が亡くなって、老公爵は女の赤ちゃんを一緒に育ててくれる気だての良い、リリアナ・フォン・ロックフォードと再婚したのだ。


 グレゴリウスとジークフリートは、血が繋がらないハトコとも、嬉しそうに親しく挨拶しているユーリを心配そうに眺める。


「まぁ、アンリ様は国務省にお勤めなんですか? 私も夏休みが終わったら、国務省で見習い実習なんです。宜しくお願いします」


 マウリッツ公爵夫妻とロックフォード侯爵親子は、礼儀正しく皇太子殿下と、ジークフリート卿にも挨拶した。


『マウリッツ公爵夫妻は、ユーリの婿候補にアンリを推すつもりなんだ! 鈍感なユーリが気づいて無いのが救いだけど……チェッ! 国務省の先輩かぁ』


 表面上は和やかに話しながら、チョコミントアイスクリームを食べていたが、内心では絶対にユーリを渡さないとグレゴリウスはアンリを見る。


 ユーリは、アンリが国務省のどの部署で働いているのかとか、色々と質問したり、パーラーの主旨を説明したりと親密そうで、ジークフリート卿に目で注意されなければ嫉妬を露わにするところだった。


「まぁ、ロックフォード侯爵も、アンリ様も出資していただけるなんて。ありがとうございます」


 グレゴリウスは見習い竜騎士だからと出資を断られたのを思い出して、苛立ちを感じたが、ぐっと押さえて、ユーリに良かったねと声をかける。


「ええ嬉しいわ、パーラーについてもう少し考え直さなきゃいけないかもと、悩んでいたから出資者が増えるのは大歓迎なの」


「なんで? アイスクリーム屋台は大盛況だし、これならパーラーも大成功だろ?」


 ユーリは材料費と人件費を払うと赤字スレスレなのと、昨日の結果を愚痴る。


「馬鹿馬鹿しい! 侍女達と、侍従達の人件費なんて計上するからだよ。ローズとマリーだけなら黒字だろ? それに今日は倍のアイスクリームが売れるから、黒字じゃないか」

     

「う~ん、そうだけど、冬場のクレープは余所の店で真似されそうだから、夏のアイスクリームでもう少し儲けたかったの」


 まだまだ考え直さなきゃと、眉を顰めているのをアンリは、可愛いなと思う。話題の女性竜騎士であるユーリ・フォン・フォレストのことは、ハトコのユージーンや、フランツから聞いてはいたが、直接会うのは初めてだ。


「経理面なら相談に乗りますよ。財務担当ですから」


 アンリの言葉に、ユーリは満面の笑みを浮かべる。


「まぁ、ありがとうございます。計算はできても経営は初めてで、何がなにやら? 出資金を減らさないで、パーラーを継続させたいの。人件費は削りたくないし、材料の質も落としたくないし、困り果ててたの」


 アンリは計画書と帳簿をチェックしてみようと約束してくれた。ロックフォード侯爵とマウリッツ公爵は、アンリとユーリが仲良く話しているのを満足そうに眺める。




 屋台の二日目も大成功で、400個のアイスクリームも3時には売り切れた。


 ユーリもこれなら黒字だわと上機嫌になる。


 離宮に帰りながらアンリに嫉妬しているグレゴリウスを、ジークフリートはやれやれと眺める。


『休暇中に国王陛下に呼び出されたのは仕方ないが、皇太子殿下の嫉妬まで面倒見切れないな……それにしても、マウリッツ公爵家がユーリを皇太子妃にしたくないと、これほどあからさまな態度を取るとは……外務省の官僚として国王陛下の臣下でもあるユージーン卿は、公爵家との板挟みだな』


 ジークフリートはアンリと仲良さそうだったと愚痴るグレゴリウスを慰める。


「ユーリ嬢はアンリ卿のことを計理士としてしか見てませんよ。今はパーラーを成功させることに夢中ですから、恋どころじゃなさそうですね。皇太子殿下はユーリ嬢の屋台や、パーラーの準備に協力して、感謝して貰った方が得策ですよ。出資者や寄付者にも、愛想よくしたら、ユーリ嬢はきっとお世辞の百倍喜びますよ」

 

 グレゴリウスは自分でも理性ではわかっていた事だが、ジークフリートに優しく諭されると嫉妬心が収まってくる。


「ジークフリート卿、休暇中なのにすまない。あまりにも沢山の子息達が、ユーリを狙っているから焦ってしまって。私が馬鹿な真似をしないように、国王陛下が呼び寄せたのだろう?」


 ジークフリート卿は、優しいので嘘をつく。


「さぁ、ユングフラウは暑いので、休暇中に仕事をしていた私を気の毒に思われたのでしょう」


 見えすぎた嘘だったが、グレゴリウスは気が楽になった。


 

 ユージーンとフランツは、国王が休暇中のジークフリートを呼び出してくれたので、ユーリのお守りも楽になったのに気づく。


「やはりジークフリート卿がいると、子息達は側に寄って来にくいみたいですね。代わりに令嬢や、貴婦人方が寄ってきますけどね。今日の寄付金は、ご婦人方からのも多かったと思いますよ」

      

 フランツの言葉にユージーンも同意したが、アンリをユーリに紹介した父上の思惑が重く感じる。リリアナ祖母様は優しくて控え目な貴婦人だったし、その実家のロックフォード侯爵家の人達も性質が善い。


『母上もロックフォード侯爵夫人と仲が良かったから、一押しはアンリなのか』


 ユージーンが上の空なので、フランツは従兄のアンリを心配しているのかなと考えた。


『アンリは確かユージーンと同じ年ぐらいだよな……』


「僕はアンリ卿のこと余り知らないんだ。何度かは一緒に遊んで貰った記憶はあるけど、年が違うから。ユージーンは年も近いから知ってるんじゃない?」


「アンリはロックフォード侯爵家の嫡男らしい優しくて、性格の善い青年だよ。あの一族は少し優しいのと、チャリティーに熱心なのが欠点ぐらいで、非の打ち所がないよ。アンリは確かユングフラウ大学を首席で卒業して、国務省に勤務しているはずだ。ああ、父上はユーリが国務省で見習い実習するのを心配して、優しいアンリにお守りをさせるつもりだ」


 ついでにユーリと親密になってくれれば万々歳なのだろうと、二人とも公爵家の思惑に気づいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る