17話 アイスクリームの屋台
屋台の初日は、思いもよらない程の人出になった。
かなり早めの昼食を慌ただしく食べると、ユーリはバタバタと離れに走っていく。アイスクリームは既に出来ていたし、ローズとマリーは制服に着替えている。
侍女のカレンとヘザーも、公爵夫人から手伝うように言われていたので、予備の制服を貸して貰って着替えている。
「私もお揃いの制服が着たいわ~凄く可愛いもの。叔母様ったら、禁止されるなんて酷いわ」
カレンとヘザーは、公爵夫人がユーリ様に木綿の制服など着せないのはわかりきっていたので、ブルーの絹のドレスもお似合いですよと誉める。
「お客様がいると良いな。サクラを頼むべきだったかしら?」
呑気なユーリの心配は、野外劇場に近づくと無用のものだったと判明する。
「何か催し物の練習かしら? 何人も野外劇場に集まってるわね」
フランツとユージーンは、12時を回ったばかりなのに屋台が開くのを待っているのだと気づく。
「あれはアイスクリームの屋台を待っているんだよ」
え~っと、驚いたユーリが慌てるのを、ユージーンは制する。
「屋台は1時に開くと看板に書いてあるのだから、焦らなくて良いさ。皆は避暑地でノンビリしてるんだから、30分ぐらい待たしても平気だ」
ユーリ達は侍従達に倉庫から屋台を出させ、アイスクリームやワッフルコーンを、ローズとマリーと侍女達に並べさせたりと、屋台を開く準備を始める。
「ピアノはどうしよう? ユージーン、アイスクリームを食べながら音楽を聞けたら嬉しいよね」
ユージーンはこの客をさばくだけでも、ウンザリなのにピアノを弾く気分では無かったが、無理ならフランツにとユーリが言うのを聞いて気を変える。
「そうだね、ピアノを聞きながらなら、待ち時間も楽しめるしな。フランツ、客の接待を頼んだぞ」
ユージーンが侍従達に倉庫からピアノを運び出させて、舞台の隅にセッティングさせるのを、フランツは逃げたなと睨む。
「ユーリ、準備できたけど?」
マリーに言われて、ユーリはフランツにどうしようと相談する。
「う~ん、まだ1時にはなってないけど、準備が出来たのにお客様を待たす必要もないよね? 屋台を開いたら?」
野外劇場の舞台に立ったユーリは、集まってる人達に短いスピーチをする。
「先のローラン王国との戦争遺児達が安心して働ける場所を作る為のチャリティーです。屋台の売り上げと、寄付金は、ユングフラウにアイスクリームパーラーを作る為に使わせて頂きます。皆様、アイスクリームと、音楽をお楽しみ下さい。そして、一口10クローネの寄付もお願いいたします」
ユーリはドキドキしながら簡単なスピーチを終えると、屋台に一番近くにいた家族連れにアイスクリームを販売し始める。
「アイスクリームとは氷菓なのですね? 子どもに食べさせても、大丈夫かしら?」
6才ぐらいの男の子だったので、ユーリは大丈夫ですよと安心させる。
「おいしい」
男の子はアイスクリームを一口食べると、夢中で食べ始める。
「まぁ、立ったままで、あちらで座って食べなさい。美味しそうね、もう一ついただくわ」
アイスクリームをワッフルコーンに乗せて売るのはローズ達に任せて、ユーリは寄付をしてくれた人にお礼を言ったり、アイスクリームパーラーの場所を聞く人にパンフレットを渡したり、目の回るような忙しさだ。
フランツはユーリに付き添っていたが、侍従達に客を列に誘導するように指示したりと目配りをする。
「ユーリ、アイスクリームは好評みたいだね」
屋台が開くのを待っていた人達にアイスクリームが行き渡ると、少し食べている人達を眺める余裕が出てきた。
「ええ、ユージーンのピアノがやっと聞こえてきたわ。忙し過ぎて耳に入らなかったの。これでは4時までには、売り切れそうだわね」
そうこうするうちに、国王と王妃とグレゴリウスが野外劇場に来た。
「おおユーリ、大盛況ではないか。皆、今日はユーリのチャリティーに協力ありがとう。さぁ、楽にして食べてください。ところでユーリ、私にも一つアイスクリームを売ってくれないか?」
ユーリの指示で、国王夫妻とグレゴリウスにアイスクリームが渡される。
「国王陛下、今日はブルーベリーアイスクリームを作ってみましたの、お口に合うでしょうか?」
王妃は公衆の面前なので木のスプーンで上品に食べたが、国王とグレゴリウスはブルーベリーアイスクリームにかぶりつく。
「ユーリ、ブルーベリーが粒ごと入っているんだね。
毎回、新作アイスクリームを出すつもりなの?」
グレゴリウスはブルーベリーの酸味と、アイスクリームの甘さが絶妙だと絶賛する。少し遅れて到着したサザーランド公爵夫妻も、アイスクリームとブルーベリーの組み合わせに感嘆の声をあげる。
ユーリとお近付きになりたいと思っている子息達も、王族の方々の接待をしているのに割り込める筈もない。
「ユージーン卿のピアノは見事ですわね。アイスクリームも美味しいし、毎日こようかしら? アイスクリームは日替わりなのですか?」
王妃に、バニラと1つは日替わりにする予定だと答える。
女官達もちゃっかりとアイスクリームを食べているのを笑うと、国王夫妻と、メルローズ王女は離宮に戻った。
グレゴリウスとナサニエルは、チャリティーの主旨の説明を手伝うと残る。
ユーリにグレゴリウスとナサニエルが付き添っているので、フランツはちょっと気を抜いていたら、知りあいの子息達に捕まってしまった。
「フランツ、ユーリ嬢に紹介してくれよ。幼なじみじゃないか」
「いつまで屋台を開くの?」
取り囲まれているフランツを気の毒にグレゴリウスは思ったが、ユーリの側から離れるつもりは無かったので、自力で解決して貰う。
「ユーリ、アイスクリームが残り少ないの、列を止めないといけないんじゃない?」
皇太子の側にいるユーリに遠慮がちにマリーは小声で告げる。
「まだ3時にもなってないのに……あと、何人分ぐらいあるの?」
マリーの答えで、列に既に並んでる人達は大丈夫と安堵したが、侍従達が申し訳ありません売り切れですと、列に並ぼうとした人達を止めると少しざわついた。
「申し訳ありません。思いがけない売れ行きで、こちらのミスですわ。このパンフレットを明日持参して頂ければ、列に並ばずにアイスクリームをお渡ししますわ」
ユーリはパンフレットに明日の日付とサインを入れて、苦情を言う客達に配る。
「ユーリ、そこまでしなくても」
グレゴリウスは、ユーリがお客に謝っているのが見ていて辛く感じる。
「フランツに足りないと言われてたのに、準備不足だったわ。パーラーの大きな容器を持って来るべきだったのよ。子ども達をがっかりさせちゃったわ」
苦情を言ったのは子連れの親が多かったので、ユーリは反省する。
『そりゃ、ユーリ目当ての子息達や、お洒落な令嬢達はアイスクリームが食べれなかったと苦情は言わないだろう』
グレゴリウスもフランツはくよくよしているユーリを慰める。
「明日は並ばすにアイスクリームが食べれるんだから良いと思うよ。それにしても、凄い勢いで売れたね」
「明日はどうなるのかしら?もっと人が来るの? それとも初日だから沢山来たのかしら。でも、今日みたいな失敗は出来ないわ。ユングフラウのパーラーまで大きな容器を取りに行って来なきゃ。あれなら200個は出来るから、400個あれば大丈夫よね?」
1時間半で売り切れたのに、400個で足りるかはわからないと思った。
「どうだろう? 男の人は本当は2個ぐらい食べたいと思うよ。僕ならバニラとブルーベリーを食べたいからなぁ~今日の買えなかった客に何枚パンフレット渡したの?」
フランツの意見に悩んでしまう。
「う~ん? パンフレットには人数分を書いて渡したから、30人ぐらいになりそうだわ。子どもを連れた家族が多かったから。きりがないわね……そうだわ! 時間じゃなくて、売り切れたらお終いと看板に書くべきだったんだわ。列に並んで貰うのも考えなきゃ。整理券! そうよ12時半から整理券を出して400になったら売り切れ御免で、次の日の整理券を出せば良いのよ。そうすれば、2個食べたい人は2枚整理券を取って貰えばいいし、列に並ばなくてもピアノを聞きながら待ってられるわ。看板を書き換えなくちゃ」
看板に押しピンで張りつけてあるポスターを裏返すと、馬車から携帯用のペンとインクを取り出して、400個売り切れ次第閉店しますと書く。
あと、整理券を出すことや、値段と、1時から屋台を開くとざっくりと手書きのポスターを書き換えて、貼り付ける。
「夜にもう少しマシなポスターを書くわ。別荘に絵の具はあるかしら?」
フランツはたまに暇つぶしに父上が絵を書くからあるはずだと答える。
「ユーリ、もうピアノは良いだろう? アイスクリームも売り切れたみたいだしな」
ずっとピアノを弾いていたユージーンを忘れていたユーリは、お疲れ様でしたとお礼を言う。
「ユージーン、フランツ、手伝ってくれてありがとう。皇太子殿下、サザーランド公爵、説明をフォローして下さってありがとうございます」
ユーリは屋台を片付けているローズ達や、侍女達、侍従達にもお礼を言う。
「一旦、別荘に帰ってから、ユングフラウに大きな容器を取りに行って来るわ」
「今から行くの? 夕方にならない?」
グレゴリウスは疲れないかと心配したが、慣れているから大丈夫と答える。
「慣れている? ユーリはストレーゼン初めてだと言ってたよね?」
ナサニエルの疑問に笑いながら、夕方や、夜間に飛ぶのに慣れているのと答えた。
「ユーリ、危険じゃないか!」
全員から叱られたが、平気よと素知らぬ顔で馬に乗ると別荘へ急ぐ。
「ユージーン卿、ユーリが夜間飛行しているのをご存知だったのですか?」
ナサニエルは今まで指導の竜騎士だったユージーンに問い詰める。
「いえ、知りませんでした。でも、ヒースヒルや、フォン・フォレストを行き来しているので飛行には慣れているのでしょう。しかし、夜間飛行は止めさせないと危険過ぎます。今日は夕方までには帰れそうですが、私が付き添いますよ」
心配そうなグレゴリウスがユーリに付いて行きそうなのを、ユージーンは制する。
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