15話 おもちゃ箱みたい
子息達が自分を得ようとしているなんて考えたこともないユーリは、湖までの遠乗りを楽しんでマウリッツ公爵家の別荘に元気いっぱいで帰ってきた。
「叔母様、遅くなってすみません。サザーランド公爵に誘われて、湖まで遠乗りに行って来たの。凄く綺麗な湖ね! 昼間なら、ボート遊びや、釣りが出来そう」
マリアンヌは弟がユーリを湖まで遠乗りに誘うなんてと疑問に思ったが、夕食の着替えに上がらせる。
「叔父様は、皇太子殿下の付き添いだったのですよ。
多分、メルローズ王女に頼まれたのでしょう」
ユージーンは母上が疑問を感じているのを解消して、さっさと着替えに部屋に向かったが、フランツは捕まってしまい根掘り葉掘り質問される。
「困ったわ、弟に言って聞かせなくては。ユーリが皇太子妃に向かないのは、あの子にもわかる筈なのに」
年の離れた弟とはいえサザーランド公爵家を継いでいるし、メルローズ王女の夫なのにと、公爵はマリアンヌが失礼なことを言わないようにと注意を与える。
「大丈夫ですわ、母からやんわりと言い聞かせて頂きますから、明日にでも別荘に行って来ますわ。あっ、そうだわ! 母もユーリが可愛くて仕方ないの。夕食に招待しても良いかしら? 弟は今夜は離宮でしょうから、一人で寂しいはずですわ」
おい、おいと、言ってるうちに、サザーランド老公爵夫人を招待する事を決めてしまう。
「こんな急な招待など、お母様は困られるのではないか?」
心配する公爵にマリアンヌは、別荘だし気取らない夕食ですものと、取り合わない。
「母は、ユージーンやフランツとも長いこと会ってませんもの。それに、ユーリの歌を聞かせてあげたいわ。とても素晴らしいですものね。そうだわ! ユーリに新しいドレスを着せましょう」
うきうきとユーリの部屋に向かう奥方を、このロマンチック趣味が無ければ完璧なのだがと、リュミエールは少し困った目で眺める。
「あれっ、母上は?」
嫌な報告はフランツに任せて、さっさと部屋で着替えてきたユージーンに、サザーランドの老公爵夫人を招いた事と、ユーリに新しいドレスを着せに行ったと溜め息混じりに伝える。
「サザーランドのお祖母様? ああ、公爵夫妻は離宮でしょうから、ご招待したのですね。サザーランド公爵に、ユーリの件で中立を保つようにお祖母様に頼むつもりですかね」
まだユージーンはご婦人方のネットワークの怖さを知らないなと、公爵は苦笑したが、ユーリの件では立場が微妙なので教えてやるつもりは無い。サザーランド老公爵夫人がユーリを皇太子妃にする気がないと一言漏らせば、マウリッツ公爵家と二大公爵家が、ユーリの婿を捜しているのが野火より早く広まるだろう。
ユーリが折角着替えたドレスを着替えなおしたり、マリアンヌに言われて侍女が髪形をあれこれ変えたりしているうちに、シャルロットも到着し夕食の時間になる。
マリアンヌの好みではあるが、マダム・ルシアンの新路線を反映した薄いピンクの柔らかな絹シフォン・ドレスは、ユーリによく似合っている。
「お母様、いらっしゃい。ユーリのドレスだけど薄いピンクでも良いわよね、別荘ですもの」
「まぁ、とても可愛いわ。髪に編み込んだピンクのリボンが素敵だわ。マリアンヌ、ユーリを1日貸して下さらない? 色々と着せたいドレスがあるのよ」
ひぇ~と、ユーリがお断りしたいなと思っていると、老公爵が礼儀正しくはあるがきっぱりと断ってくれた。フォン・フォレストや、フォン・アリストとユーリを分かち合うのは仕方ないが、大叔母にまで貸し出すつもりは無かった。
シャルロットを招いての夕食は、楽しく過ぎた。シェフはユーリのお土産のトリュフで手の込んだソースをかけたローストビーフを料理し、全員が絶賛する。
「まぁ、この時期にトリュフ? 素晴らしい香りだわ。マリアンヌ、少し贅沢過ぎるわよ」
母親らしく娘が散財しているのではと注意するのを、くすくすと笑う。
「お母様、このトリュフはユーリが森で採ってきてくれたのよ。この時期のトリュフを日常的に食べたりしてませんわ」
老公爵夫人が驚くのを、全員で微笑んで見る。
デザートはユーリの作ったアイスクリームに、季節の果物を盛り付けた目にも愛らしい一品だ。
「まぁ、これは? 初めて頂きますわ」
ユージーンはユーリがアイスクリームを作って、盛り付けをシェフに指示したのだとお祖母様に説明する。
「こういう食べ方もあるんだね。ユーリがパーラーで出すのも、こんな風なの?」
フランツは果物とアイスクリームがとても相性が良いと褒め称える。
「これは25ペニーでは無理ね。パーラーのはチョコレートソースをかけたり、ナッツの刻んだのや、ワッフルを添えるつもりなの。イチゴのアイスクリームにイチゴソースもいいかしら?」
皆で美味しそうな組合せを言い合う。
「とても楽しいわ。でも、アイスクリームは冬場はあまり売れないのでは? パーラーの中は暖かくするでしょうけど、やはり冬場は冷たい物より、暖かい物が食べたいわよね」
出資者らしいマリアンヌの言葉に、バタバタとユーリは部屋から大きな箱をサロンに持って降りてくる。
「冬場は他のデザートを考えているの。あと、ホットチョコレートと、紅茶、コーヒーをクレープと出すつもりなのよ。叔母様には、パーラーで使うティーセットを選んで頂きたいわ。何個か見本を作って貰ったけど、どれを発注するか迷っているの。シャルロット大叔母様も、手伝ってくださる?」
甘え上手のユーリに、シャルロットもマリアンヌも、次々に箱から出てくる可愛いティーセットにあれこれ感想を言う。
「もう少し華奢なティーセットの方が好みですけど、パーラーですものねぇ。店の内装は白と、アイスブルーでしょ? 制服もアイスブルーだし、揃えた方が良いかしら?」
マリアンヌの推薦は、アイスブルーのストライプだ。
「全てがアイスブルーなのは、冬場なのに寒々しいわ。私はピンク地に白い水玉が差し色になって良いと思うわ」
シャルロットの言葉にユーリも頷く。
「私もその2つで悩んでいるの。紺色の小花柄も捨てがたいし、スプーンの柄は一番可愛いし、そろそろ発注しないといけないのに迷ってしまって。ユージーンやフランツは、どう思う? 令嬢やご婦人だけでなく、紳士方もパーラーには来て頂きたいわ」
ユージーンやフランツは、ピンク地のカップは遠慮したいと言ったので、シャルロットも殿方の事は考えてなかったわと、アイスブルーのストライプになった。
「あとはクレープだけど、これはアイスクリームと違って、すぐ真似されちゃうわね。小麦粉と卵だけですもの、アイデア料を貰いたいわ。叔父様、アイスクリームの容器と、クレープの焼き器の特許って取れるかしら? 無駄かもしれないけど、しないよりマシかも」
ユーリはクレープの試食もしなくてはねと、絵だけではわかり難そうなので実際に食べて貰おうと思う。
「ユーリは玩具箱みたいね、アイデアが山ほどあるのね」
シャルロットの言葉に全員が笑ったが、ユーリは少し考え込む。
「アイデアは山ほどあるけど、今回の件でまだまだ子どもなんだと実感したわ。実行力が全然伴ってないし、人を使うのも下手だし、やはり甘やかされてるのね。他にもしたい事が山積みなんだけど、叔父様に相談しても良いかしら? 何個かは特許も取る予定なの。上手くいけばイルバニア王国の経済をかなり発展させれそうなんだけど、女の子の意見なんか聞いてくれるかしら?」
ユーリのアイデアを思い付く能力は、ユージーンやフランツはよく知っていたから何を考えているのかと思う。
「私で良ければ何時でも相談に乗ろう。特許の申請も、家の弁護士に任せたら良い。イルバニア王国の経済を発展させるとは、何なんだろうな?」
「一つはもうフォン・フォレストで実際に作って貰ってるの。フォン・フォレストの冬場は、雨が少なくて水車の順番争いが絶えないの。でも海風はきついから、水車の代わりに、風を利用した風車をつくったら便利だと思ったのよ。イルバニア王国は、農業が主管産業でしょ? 小麦を挽いたり、油を搾ったり、ワイン作りにも活用出来そうなの」
老公爵、公爵は、領地の管理の経験があったから、領民達が水車の利用で揉めることを知っていたので、大きな川がない領地では、風が利用できたら便利だと直ぐに理解する。
「ユーリ、風車の特許で大金持ちになるぞ」
お祖父様の言葉に、ユーリは少し困ったように黙る。ユージーンはユーリがケチだけど、贅沢に興味が無いのは知っていたから、風車の特許で何か企んでいると気づく。
「何を計画してるんだ?」
ありゃ~、ユージーンには気づかれたとユーリは首をすくめる。
「お金はいらないのよ。風車は農民の役に立つから、いっぱい建設されたら嬉しいわ。特許料は国庫に入れるか、無料にしてくれて良いの……その代わりに、女性の職業訓練所を作って欲しいなと思ってるけど、これって無理かしら?」
う~んと、全員が唸る。
「ねぇ、特許料で女性の職業訓練所を作った方が早くない?」
フランツの意見に全員が同意する。
「考えたけど、それは個人の篤志家の活動に過ぎないわ。女性の社会進出は、国がしなきゃ駄目な政策なのよ。この問題に予算を出すのに、慣れて貰わないといけないわ。他の特許でも、少しづつ譲歩して貰うつもりだけど、私は交渉が苦手だし、そもそも出来ることかの判断もつかないの」
何個、特許を取るつもりなんだろうと全員が考える。
「ユーリ、一度ゆっくり時間を取って話しあおう。弁護士にも、相談した方が良さそうだよ。国に特許料金を差し出しても、予算が取れる確証がないと困るしな」
公爵の言葉に、ユーリもそうねと素直に頷く。ユージーンは特許料金もユーリの持参金なら、国一番の花嫁だと溜め息をつく。
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