19話 酔っぱらったユーリ

 フランツに寄りかかっていたユーリが急に立ち上がって叫ぶ。


『イリス~駄目~! 窓ガラスを割らないで~』


 突然、立ち上がって叫ぶユーリに、竜騎士達は過保護のイリスが心配して、飛んできたのだと気づいた。


 全員が窓ガラスがビリビリと衝撃波で揺れる音に驚く。


『ユーリ! どうしたの?』


 イリスの悲痛な叫び声に竜騎士達は耳をふさいだが、ユーリは急に立ち上がったので、酔いが回ってフランツに抱きかかえられた状態で返事どころではない。


『イリス、ユーリは大丈夫だ。きついお酒を飲んで、酔っぱらっただけだよ』


 ぐだぐだのユーリに代わって、グレゴリウスがイリスを安心させる。


『グレゴリウス、ユーリは酔っぱらってるの? 意識が朦朧として、話ができないから心配したんだ。何か毒でも飲まされたのかと思った。  ユーリの側にはグレゴリウスもフランツもいるんだね? ちゃんと介抱してよ』


 口うるさい母親みたいなイリスに竜騎士全員が呆れたが、エドアルドはイリスがグレゴリウスやフランツほど自分を信頼していないのに気づいて、少し傷つく。


「ほら、ユーリ、イリスが心配しているよ」


 グレゴリウスの言葉を聞いても、まだ心配そうにイリスが大教室の窓越しに覗き込んでいるのをフランツは教える。


 ユーリは『大丈夫~』と酔っぱっらった口調で返事する。


『ユーリ、完全に酔っぱってる』


 窓越しに姿を確認し、酔っぱらい口調ではあるが返事を貰ったイリスはやっと安心して、芝生で寛ぐ。


「ユーリ嬢、こんなにお酒に弱いとは知りませんでした。申し訳ありません。アレックス君、君も謝りたまえ」


 ライシャワー教授に叱責されて、アレックスも謝ったが、心ここに非ずの謝り方で、メンバー全員が不快に思った。


「ユーリ嬢、貴女は『鷹主』の正しい文字をどこで習ったのですか? 他にも真名をご存知ではないのですか? やはり、貴女は魔王国シンの末裔なのですか?

 だから、真名を知ってるのでしょう」


 アレックスは自分の疑問をユーリに聞いてるうちに、どんどんと興奮して勝手な憶測までぶつけてくる。


 ライシャワー教授も紳士的な態度をかなぐり捨てて、ユーリに前々から感じていた疑問をぶつける。


「フォン・フォレスト一族は魔王国シンの末裔だから、その魔力を後世に伝える為に反乱を起こしても一族は滅亡をまぬがれたのですか? 」


 グレゴリウスとフランツは、アレックスと教授の非礼に抗議の声をあげたが、エドアルドは自分もユーリに会う前は同じ疑問を抱いていたので、うっと詰まってしまった。


 しかし、教授も助手も、酔っぱらいのユーリにケンカをふっかけるような真似をしてはいけなかったのだ。


「フォン・フォレストの反乱? 魔王国シン? そんなの知らないわよ。私はまだ15年しか生きてないのよ。そ~んな、お~お昔の事なんて知るわけないでしょうが。それより、中途半端な知識でぇ、あ~んな文字、使っちゃダメ~」


 パロマ大学の教授に向かって中途半端な知識とは、侮辱にもほどがあるが、実際に間違った文字を書いたライシャワー教授は真っ赤になって恥いる。


「ユーリ嬢、私に真名を教えて下さい」


 教授は酔っぱらったユーリに教えをこうたが「そんなの、知らないわよ」と完全否定されてしまった。


 間違った文字を書き換えて、ターシュの真名で幻を呼び出したユーリの白々しい否定は、エドアルドですら受け入れ難い。


「ライシャワー教授は、ターシュを見たのでしょ。ターシュの子孫はカザリアにいるわよ。私なんかに構ってないで、捕まえにいったら? 多分、王家とターシュは何らかの絆があるのね~。赤ちゃんの皇子を逆臣から救ったぐらいですもの。え~と、皇子? 旧帝国時代? カザリア王家とは関係ないのかな~? それにエドアルド皇太子殿下を運ぶのはターシュには無理ね~重すぎるわ」


 酔っぱらったユーリ嬢の脈略のない話でも真剣に教授と助手は聞き込む。


「ユーリ嬢、ユーリ嬢! 真名を誰から教わったのですか」


 かなりぐだぐだのユーリから、少しでも貴重な情報を聞き出そうと、教授は必死で呼びかける。


「真名なんて知らない。あれは象意文字よ……物の意味……玉だなんて、酷い間違えだわ。主は、鷹の王の意味なの……前世の記憶だわ…‥漢字に似てる……」


「ユーリ嬢、ユーリ嬢! 象意文字? それは真名ではないのですか? 鷹の王! まさしくターシュに相応しい名前ですが、玉も意味があるのですか? ちょっと、寝ないで下さい。まだお聞きしたいことがいっぱいあるのです。前世の記憶とは、魔王国シンの記憶ですか? ユーリ嬢、起きて下さい」


 教授はうとうとしだしたユーリを揺さぶって起こそうとしたが、フランツとグレゴリウスに止められた。


「教授、寝ているユーリに手を触れないで下さい」


 そう言ったものの、スヤスヤとフランツももたれかかって寝てしまったユーリに困ったグレゴリウスだ。


『イリス、ユーリが寝てしまったけど、大使館まで連れて帰ってくれる?』


 駄目もとで頼んでみたが『意識がないのに無理だよ』と断られる。


「フランツ、ユーリを馬車で大使館に連れて帰れる?」


 フランツは顔を赤らめて瞬時に首を振る。


「そんな真似できるのユージーンだけだよ。僕はまだ修行中ですから、遠慮しときます」


 エドアルドも学友達も無防備に寝てしまったユーリの扱いに困る。


「私が馬車まで運びましょうか? ユーリ嬢はそんなに重たそうにも思えません」


 全くの朴念仁アレックスの提案は、全員からどこの馬の骨かもわからない男にユーリを任せられないと拒否される。


「アレックス君は王家の血を引く名門の出ですからご安心下さい。クレメンス侯爵家の嫡男なんです。まぁ、研究に入れあげて廃嫡寸前ですけど、信頼はおけますよ」


 カザリア王国のメンバーはヨレヨレのシャツや伸び放題のもじゃもじゃの髪のアレックスが、クレメンス侯爵家の嫡男と聞いて驚く。


 クレメンス侯爵は先々代の私生児なので、国王陛下の従兄弟にあたるアレックスのあんまりな格好にウンザリする。


「ユーリ嬢の重たさの問題ではないのだ。未婚の寝ている令嬢を寝室まで運び……」


 エドアルドは想像しただけで真っ赤になって撃沈する。


「まだ、ユーリ嬢は15才でしょ。子どもじゃないですか」


「その子どもにウォッカを飲ませたのは誰だ!」


 全員から突っ込まれたが「年齢はその時はしりませんでした」としゃあしゃあと答える。


「それより、ユーリ嬢にはお聞きしたいことが沢山あるのです。酔っぱらいなら、そこの水挿しに残っている水を、掛ければ起きるのではないでしょうか? 夏ですから、風邪もひかないでしょうし、皆さんも困っている件も解消できるでしょう」


 駄目に決まってるだろう! と教授も含めて全員から怒鳴られて、腑に落ちない様子のアレックスに呆れていると、うるささにユーリの目が覚めた。


「う~ん……うるさい、え~、ここは……何処? フランツ、グレゴリウス皇太子殿下、エドアルド皇太子殿下。ここはパロマ大学よね。私、寝てたの? 頭が痛いわ」


 自分の驚いた声ですら、頭に響いてる様子のユーリに二日酔いの経験者は同情する。


『ユーリ、起きた?』


 イリスの呼び声も、頭に響くのか眉をしかめるユーリだ。


『窓ガラス、無事だったのね。良かったわ、また弁償しなくちゃいけないとこだったわ。もうお小遣いは使い果たしちゃったんだもん』


 竜騎士達は何だか頓珍漢な会話に苦笑したが、ライシャワー教授とアレックスは目覚めたユーリに質問したい事が山ほどある。


「ユーリ嬢、真名を教えて下さい。何処で、その知識を手に入れられたのでしょう?」


 ユーリは「頭痛がするわ」と酔っぱらって何を口走ったのか、ぼんやりした記憶を探る。


「ライシャワー教授、酔って失礼な事を申し上げたような…‥記憶が曖昧ですが、お詫びしますわ。頭痛がしますので、失礼します」


 かなりヤバイ事も酔って喋ったようだと、必死な教授と助手に詰め寄られて、ユーリは砂糖菓子しか食べませんのと言う令嬢風を装って白をきったが、マッド研究者には効き目がない。


 ユーリに夢中のエドアルドですら、白々しいと思う演技の下手さに、フランツとグレゴリウスは溜め息をつく。


「私は真名は本当に知らないわ。でも、よく似た文字の記憶があるの。教授、真名は魔力を持っているわ。魔力に捕らわれてしまったら危険だと感じますの、本当に気を付けて下さいね」


 教授はユーリがこれ以上は口を割らないと感じたので、問い詰めるのを止めて雑談から洩れる情報を少しでも収集する作戦に切り換える。


「ご忠告感謝します。少し、疲れましたな~。ユーリ嬢、酔わせたお詫びにお茶でも奢らせて下さい。少し、休憩されて帰られた方が良いですよ」


 お茶に誘われて「いえ、結構ですわ」と断ったが、「やはり、お怒りなんですね~」と年寄りの教授に悄然とされるとユーリは弱かった。


 フランツとグレゴリウスは、しまった! とユーリの気の良さに舌打ちしたい気分だったが、象牙の塔の住人とはいえ、パロマ大学での権力争いを勝ち残ったライシャワー教授に教授専用食堂へと導かれる。

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