16 竜舎に立て篭もり

 エドアルドが気づいたイリスへの質問会に、ユーリが気づかないわけがない。


 イルバニア王国大使館は大騒動の夜を迎えることになった。


 エドアルドにニューパロマの街を案内して貰って機嫌良く大使館に帰ったユーリは、いつものようにイリスに会いに行って質問会の件を知ってしまう。


『グレゴリウス! ユーリが凄く怒っている』


 サロンで夕食まで寛いでいた竜騎士達は、自分の絆の竜やパートナーの竜の悲鳴に耳を塞ぐ。


 ユージーンとジークフリートは、ユーリがイリスへの質問会を知ったのだと、竜舎に急ぎながら自分達の竜に様子を尋ねるが、怒られた竜達はパニックになっている。


『ジークフリート、ユーリ嬢が凄く凄く怒っている! 私にも怒っている』


 パリスの悲鳴にジークフリートは胸が張り裂けそうになる。


「なんで、ユーリはこんなに怒っているのですか?」


 竜舎に急ぎながら、事情を知らないグレゴリウスとフランツは質問したが、誰からも答えは貰えない。


 竜騎士達は竜舎に着き、中に入ろうと竜が出入りする大きな扉を開けようとしたが、ピシャと閉まったままビクともしない。


 ジークフリートとユージーンは、ユーリが結界を張ったのだと気づき、自分の竜達に中の様子を聞こうとする。


『パリス、ユーリ嬢はどうしてる?』


『アトス! アトス!』


 二人の呼びかけにも竜達の返答はない。


「皇太子殿下、アラミスにユーリがどうしてるか聞いて下さい」


 竜舎の扉をあけようとしていたグレゴリウスに騎竜のアラミスとの接触を頼んだが、結界に阻まれていて困難だ。


『アラミス! アラミス! ユーリはどうしてる?

 何を怒っているんだ?』


 何度かの呼びかけに、微かなアラミスからの返答が返る。


『ユーリ……怒ッテイル………泣イテイル………誰ニモ、会イタクナイ』


「アラミスは、ユーリが怒っていて、泣いていると言っています。何があったのですか! ユーリは誰にも会いたくないと言ってる」


 グレゴリウスの言葉にジークフリートは打ちのめされる。


 ユージーンは竜舎の扉を力任せに叩いてユーリに呼びかけた。


「ユーリ! ユーリ! 結界を解いてくれ! 謝るから、お願いだ」


 突然、扉の側にいたメンバーは、バーンと外に弾き飛ばされた。


 何が何だか、わけのわからないグレゴリウスとフランツと、慌てて駆けつけてきた大使と外務次官は、自分達が何に弾き飛ばされたかもわからず唖然とした。


 ジークフリートとユージーンは、ユーリが誰とも会いたくない! と結界を張り、自分達を排除したのだと気づく。


「どうなっているんです? ハッキリ答えて下さい!

 何故、ユーリはこんなに怒って、泣いているのですか? それに、これは何ですか? 私達を弾き飛ばしたのは」


 グレゴリウスの怒りの籠もった詰問に、ユージーンが答える。


「イリスに質問会が開かれたのを、ユーリが知ったのでしょう。ユーリがまだ結婚適齢期ではない事と、本人が望まない結婚を許さないとイリスはカザリア王国の人達に宣言しました。彼女の個人的な情報を知られたのに、傷ついて怒っているのです」


 事情を知らなかったグレゴリウスとフランツは、話を聞いてユーリが怒るのも当然だと思った。


「なんで、そんなことを! ユーリが傷つくのに決まってる! カザリア王国の人達に、ユーリのそんな個人的な情報を教えなくても良いじゃないか」


 日頃は温厚なグレゴリウスの激しい怒りに、その場にいたメンバーは打ちのめされた。


 しかし、このままユーリをほっておくわけにはいかないと、ユージーンは自分が言い出した事なので扉へと向かったが、前より激しく弾き飛ばされた。


『ユーリは誰とも会いたくないと言ってる。凄く怒って、泣いてるから、ここへ近づかないでくれ! あっちへ、行ってくれ!』


 イリスの怒鳴り声に耳を押さえた竜騎士達は、大使と外務次官にユーリが誰とも会いたくないと言っている事と、イリスがよそに行けと怒鳴っている事を伝える。


「今は刺激しないで、そっとしといた方が良いでしょう。ユーリ嬢が落ち着かれたら、許して頂けるまで謝りましょう」


 衝撃を受けている竜騎士二人と怒りもあらわなグレゴリウスを促して、大使は竜舎から離れた方がよいと判断する。




 サロンに帰ると、グレゴリウスは説明を求めた。


「なんで、あんな残酷な仕打ちができたのです。ユーリが怒ったのも無理ないです。アラミスはユーリが泣いていると言ってました。どんなに傷ついているか!」


 グレゴリウスの激しい叱責に、指導の竜騎士のジークフリートが反論する。


「しなければならないから、イリスへの質問会を開いただけです。傷つけてしまったユーリ嬢には、何度でも許して頂けるまで謝りますが、国益の為にしたことですから、皇太子殿下に叱られる理由はありません」


 いつもは穏やかなジークフリートの厳しい口調に、グレゴリウスは驚いたが、まだ怒りは納まらなかった。


「ユーリの個人的な情報をカザリア王国の人達に知らせるのが、国益なんですか。そんなの訳がわかりません!」


 ジークフリートはグレゴリウスの駄々に付き合う気持ちの余裕はなかったので、手厳しく叱咤する。


「グレゴリウス皇太子殿下、貴方はカザリア王国に特使として何をされにきたのですか」


 指導の竜騎士の厳しい質問に、ふてくされて答えた。


「そんなの、わかり切ってるじゃないか。カザリア王国との同盟締結のためさ」


 反抗的な口調に眉をしかめて、全く質問会の意味を理解しようとしていないグレゴリウスを怒鳴りつける。


「このままでは同盟締結どころか、二国間にわだかまりを残しかねないから、イリスへの質問会を開き、ユーリ嬢との縁談を同盟締結と切り離したのが、何故わからないのですか! 一番、エドアルド皇太子殿下の気持ちが理解出来るのは、貴方ではありませんか」


 エドアルドの気持ちが理解できると言われて、グレゴリウスはムッとする。


「国益の為に見ず知らずの絆の女性竜騎士との縁談を受け入れ、期待以上の容姿に好意を抱き、ユーリ嬢の自由さに憧れ、皇太子妃に興味のない彼女を手に入れたいと恋に落ちる! エドアルド皇太子殿下がカザリア王国滞在中にユーリ嬢にプロポーズしたら、どうなるとお思いですか?」


 厳しい口調で詰問され、グレゴリウスは怒りを納めて考え出す。


「私がエドアルド皇太子殿下なら、もちろん国益の為の縁談を受け入れるだろう。そして、現れたユーリに恋したら、自分の幸運にのぼせ上がって、イルバニア王国に帰って、ライバルの側に居させる前にプロポーズするかもしれない。今なら、イルバニア王国は同盟締結の為の政略結婚に同意するだろうと考えるかも。

でも、ユーリは絶対、政略結婚はしないよ!」


 グレゴリウスは自分の言葉で、イリスへの質問会が何故必要だったのかわかりかけた。


「そうですね、もし、貴方が王女様でカザリア王国との同盟締結の為だと言われたら、エドアルド皇太子殿下との結婚に同意しますか?」


 自分が女性だったら? 気持ちの悪い発想だったが、グレゴリウスは自分が王女だったら、国益の為に結婚に同意するだろうと思って頷く。


「皇太子殿下は王族としてお育ちになりましたから、国益の為に政略結婚を受け入れる覚悟をお持ちですし、エドアルド皇太子殿下も同じだと思います。しかし、ユーリ嬢は庶民として生まれ、絆の竜騎士として令嬢の鳥籠からも自由に育ちましたから、決して政略結婚に同意しないでしょう。同意されると思いこんでプロポーズされたエドアルド皇太子殿下は、ユーリ嬢からキッパリ断られたら、どう考えると思いますか?」


「それは……イルバニア王国がエドアルド皇太子とユーリの結婚を望んでないと思う……ユーリが国益の為の政略結婚を断るなんて思いもつかない。イルバニア王国が最初から縁談を断るつとりだと思い、同盟締結どころか悪感情が残るかも……あっ! だから、イリスに政略結婚はさせないと宣言させたんだ。そして、ユーリがまだ精神的に幼くて結婚する気持ちがないと言わせたんだね」


 イリスへの質問会に出席したメンバーは、自分で答えを出したグレゴリウスに、良くできましたと苦笑する。


 全面的に納得した訳ではないが、グレゴリウスが怒りを納めて、イリスへの質問会の意味を悟ってくれたので、少しサロンの雰囲気も改善された。


 まだ、ユーリの怒りは静まってないのがわかるだけに重苦しく感じる。


「ところで、竜舎から弾き飛ばされたのはなんでなんでしょう? 空気中に透明な膜があるみたいで、つついても跳ね返されるなんて聞いたことないんですけど」


 やっと場が少し落ち着いたのにと、フランツの質問にジークフリートとユージーンはドッと疲れてしまう。


 ユージーンはあの修羅場で結界をつついていたのかと、弟のフランツの図太さに呆れた。


 大使と外務次官はユーリの緑の魔力は知らされていたが、国王が王宮に短時間なら結界を張れるのは国防的な最高機密なので、ユーリの結界を張る能力は秘密になっていた。


 二人はユーリには自分達に知らされていない能力があったのだと察して口を噤んでいたのに、脳天気なのか、脳天気を演じてなのかフランツがした質問に、内心では何あれ? と興味がムクムクとわいていた。


「そうだった、忘れてたよ。竜舎から弾き飛ばされたんだ。それに、アラミスとも話せないし、何なんだ?」


 そのまま忘れたらいいのにと心の中で突っ込んで、貧乏籤の指導の竜騎士は、メンバーに機密なので他言はしないと約束させて、ユーリが結界を張れると簡単に説明した。


 質問がでたが、ジークフリートも詳しくは知らないので本当に知らないと突っぱねる。




 夕食はセリーナもイリスへの質問会を聞き、ユーリに同情して普段のもてなし上手も陰を潜め重苦しいものになった。


 折角ユングフラウから連れてきた料理長が腕を振るったご馳走も、ユーリの怒りと悲しみを思うと喉を通らず、空いている席が重たくのしかかる。


 結界に気づかれたら大騒ぎになるので、召使いに竜舎に近づかないよう厳命を下していた。


 夕食をフランツが運んで行ったが、結界に跳ね返されてしまった。




『グレゴリウス! 良かった、やっと話せるね! ユーリは、私達を許してくれたよ。グレゴリウスは何も知らなかったから。でも、当分誰とも会いたくないんだって』


 自分が許されたと明るい口調のアラミスの身勝手さに苦笑しながらも、ユーリが竜達をいつまでも怒っていられる訳がないと思った。


『アラミス、ユーリは今どうしてるんだ? 君と僕は許してくれたって言ったけど、他の人は?』


 グレゴリウスがアラミスに尋ねている間に、ルースも『自分達は怒られてないよ』と気楽そうな口調でフランツに話しかけてきた。


『ジークフリート、やっと話せますね。凄くユーリ嬢に叱られました。でも、ユーリ嬢は私とアトスは許してくださいました。当分、誰とも会いたくないと言われてます。彼女を傷つけてしまうなんて……』


 ジークフリートとユージーンは同じような内容を竜達から受け取り、顔を見合わせる。


 グレゴリウスとフランツは自分達は竜共々許されたが、パリスとアトスを許したとは聞いたが、ジークフリートとユージーンはどうなるのだろうと心配する。


『グレゴリウス、フランツ、ジークフリート、ユージーン、ユーリは寝ている。結界は解いたから、自分達の竜に会いに来たらいい。ただし、ユーリを起こさないで欲しい。泣き疲れて、やっと寝たのだから』


 イリスの疲れた声に、竜騎士達はかなりこっぴどくユーリに叱られたのだろうと気の毒に感じる。


 ともかく自分達の竜に会って状況を把握したいと、竜騎士達は竜舎に急ぐ。




 竜舎に着くと、さっきはビクともしなかった大きな扉はすんなりと開き、それぞれ自分の竜のもとに向かう。


 アラミスとルースはユーリが凄く傷ついているから、竜達は許してくれたけど、当分会いたくないと言ってると気の毒そうに絆やパートナーの竜騎士に伝えた。


 パリスとアトスはかなり落ち込んだ様子で、竜達はイリスも含めて全竜許されたが、質問会に出席したメンバーをまだ怒っていると悄げた様子で伝えた。


『イリス、すまないね。君もユーリにひどく叱られたみたいだね。君は悪くないと、ユーリに言っておくよ。ユーリが私と話したらだけど。ユーリが起きたら、傷つけて悪かった、謝っていたと伝えてくれないか』


 ユージーンの言葉をイリスは力無く拒否する。


『良いんだ、ユージーンもユーリの為だと思ってした事だから。でも、伝言はしないよ。ユーリに直接言わなきゃ駄目だよ。ユージーンが謝れば、ユーリは許してくれるよ。ユーリは、優しくて気が良いから、強気の相手には強く出れるけど、謝る相手にいつまでも怒ってられないから』


 イリスの言葉にユージーンは『そうだね。直接、許して貰えるまで謝るよ』と答えた。


 ユーリが人の気配で寝返りをうったので、イリスは起きるといけないから、出て行って欲しいと告げる。


『イリス、夏とはいえ夜は肌寒いので、ユーリ嬢をベッドに運んだ方が良いのではありませんか?』


 ジークフリートの言葉に『ユーリに風邪なんかひかせないよ』と、翼でユーリをすっぽりと覆い隠す。


 竜舎を出ても、ユングフラウと違い日中は暑いけど夜風を冷たく感じたジークフリートは、イリスが付いているとはいえ心配で立ち去りがたい様子だ。


「ジークフリート卿、大丈夫ですよ。ユーリはよくリューデンハイムでも、竜舎で寝て罰掃除させられてましたから。冬でもへっちゃらだったから、大丈夫」


 フランツの言葉にグレゴリウスも同意する。


「さぁ、ジークフリート卿、ユーリはイリスが風邪などひかせませんよ。明日も会議なのですから、寝ましょう」


 グレゴリウスもユーリの頬が涙で汚れていたのに心を痛めていたが、自分達が竜舎の周りにいる気配で起きたら可哀相だと思う。


 人の心に敏感なジークフリートは、フランツとグレゴリウスが自分の為に言ってくれたのを感謝して部屋に戻った。


 この夜、イルバニア王国大使館で熟睡出来たのは、事情を知らない召使い達とユーリだけだったかもしれない。


 自信を持って作った夕食がほとんど手付かずで下げられた料理長は、最初は何か自分の落ち度ではと不安に思ったが、下げられ皿のソースを舐めて自信を回復し、何事か食欲をなくす事態があったのだろと、心地よく眠った。

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