15 マルスの不満

「そろそろ、昼からの会議が終わる時間になりました。皇太子殿下達やユーリ嬢に、イリスへの質問会は知られたくありません」


 やっと、イリスへの質問会は解散になった。


 ジークフリートやユージーンは、グレゴリウス達がニューパロマ観光を終える前に、昼からも普通の会議があったように取り繕いたかったので、急いで王宮に帰る。


 大使と外務次官は、ユーリの生む絆の竜騎士の王子様や王女様の妄想に疲れてしまい大使館に残った。


「グレゴリウス皇太子殿下には、昼からは事務方だけの退屈な会議だったとお伝えして下さい。いずれ、この件はお話ししなければいけないでしょうが、できれば帰国してからにしたいですね」


 クレスト大使は外交官として、つい絆の竜騎士の王女がどれほどの外交上の有利なカードかと考える。そして縁談を結ぶ相手国に、どんな条件を飲ませるか夢想する。


『カザリア王国には、関税の撤廃を飲ませたいなぁ……』


 大使はふと我に返り、自分が妄想に振り回されて疲れていたのに苦笑した。同じく妄想中のマッカートニー外務次官を、お茶に誘って、妄想の爆走を止めた。




 二人の老練な外交官が、自分達が妄想を巡らしたのを苦笑しながら、お茶をしていた頃、王宮のイルバニア王国の控え室ではジークフリートとユージーンが精神的ダメージを引きずりながら、イルバニア王国側からの条約の草稿のチェックをしていた。


 そこに、賑やかな笑い声と共にエドアルド、グレゴリウス、ユーリ、フランツがニューパロマ観光から帰ってきた。


 同じ年頃の4人が楽しい半日を過ごしたのは明らかで、ジークフリートやユージーンは少し気持ちが明るくなる。


「エドアルド皇太子、ニューパロマの街を案内して下さり、ありがとうございます。パロマ大学のサンドイッチは生涯忘れません」


「グレゴリウス皇太子はよく食べられましたね。初めてあのサンドイッチを口にした学生は、退学を真剣に考えるのですよ」


 エドアルドはお邪魔虫だと思ったグレゴリウスやフランツにも丁寧な態度でニューパロマの街を案内した。


 グレゴリウスに丁重にお礼を言われて、それに返事を返したところまでは、帝王学を幼い頃から叩き込まれた皇太子として相応しい態度だった。


「エドアルド皇太子殿下、今日は案内して頂き、ありがとうございます」


 ユーリが感謝を口にした途端、エドアルドはグレゴリウスやフランツが目に入らなくなる。


「ユーリ嬢、エドアルドとお呼び下さい。今度はユーリ嬢を素敵なレストランにお連れしたいですね」


 ちゃっかり手を取ってキスしているエドアルドに、フランツは割り込むように礼を言う。


「エドアルド皇太子殿下、本日はパロマ大学を案内して頂き、ありがとうございます」


 フランツに「どういたしまして」と返事は返すが、ユーリの手は離さない。


『エドアルドと呼べだなんて、図々しい! 私なんか、何年もグレゴリウスと呼んで欲しいと頼んでいるんだぞ』


「エドアルド皇太子、ユーリの手を離して下さい。 困っているでしょう」


「ご迷惑ですか?」と尋ねるが、ユーリは困惑して答えられない。


 友好的だった二人の皇太子が、ユーリを挟んで火花を散らしかける。


「エドアルド皇太子殿下、ご案内ありがとうございました。ユーリ嬢、面白かったですか? そろそろ大使館へ帰りましょう」


 ジークフリートは二人の皇太子の間に割って入り、ユーリを優雅にエスコートして去る。


 エドアルドとグレゴリウスは優雅なジークフリートに見とれていたが、ぎこちなく挨拶するとお互いの帰る場所へ向かう。


『なんだか、ジークフリート卿には一生勝てない気がする……』


 馬車の中で無口なジークフリートの横顔を、グレゴリウスは少し羨ましく眺めた。




『ちぇっ! イルバニア王国一の色男にユーリ嬢をさらわれたよ。 あんな風に優雅な髪型にしたいなぁ』


 控え室から退出したエドアルドは、自分の騎竜のマルスに会いに竜舎に向かう。


『マルス、元気にしてるかい? 今日はユーリ嬢にニューパロマの街を案内したんだ。とても、楽しかったよ』 


 エドアルドはマルスから返事が無いのを訝しんだ。


『マルス、聞いてる?』


 巨大な竜が拗ねる様子は他人が見れば怖ろしいが、絆の竜騎士にしてみれば愛する騎竜にそっぽを向かれるのは心乱されるもので、エドアルドはめったにないマルスの態度に困る。


『何を拗ねてるの? 今日は、ユーリ嬢をニューパロマの街やパロマ大学を案内したけど、街中の移動は竜だと着地場所探すの大変だから、馬車で行ったのが気に入らないのか?』


『嘘つき! ユートスや、ロレンス、ベリーズはイリスと話に行ったんだよ。他の竜達はユーリと会ったのに、私だけ仲間外れ。私がユーリ大好きなの知ってるくせに、なんで私だけユーリと会えなかったの?』


 マルスの思いがけない非難にエドアルドは、一瞬なにがどうなっているのか混乱したが、ユーリが自分と一緒にいたのは事実で、ユートス達とは会っていないのもはっきりしている。


『マルス、ユーリ嬢はユートス達と会ってないよ。私達はニューパロマの観光をしていたんだからね。ねぇ、ユートスは正確にはどう言ったの?』


 マルスは他の竜達がユーリと会ってないなら、別にエドアルドがユーリとニューパロマの観光をしようと平気だ。


『ごめんね、嘘つきだなんて言って。ユートスが、ロレンスとベリーズと一緒にイリスと話しをしたと言ったから、ユーリに会ったと勘違いしたんだ』


 ロレンス、ユートス、ベリーズだけでイリスと話すわけがない。父上とその相談役のジュリアーニ卿、マゼラン卿という面々がイリスと話したのだとエドアルドは気づいた。


『ユートスは何を話したか言ってなかったか?』


 竜は竜同士は嫉妬するが、他の竜がユーリと会ってなかったと知って興味をなくしたマルスは、知らないと関心なさげに答える。


 エドアルドはマゼラン卿が昼から急にニューパロマ観光に案内したらと提案してきたのは、イリスと話す間ユーリをイルバニア王国大使館から確実に遠ざけたかったからだと考えた。




「マゼラン卿! イリスと何を話されたのですか?」


 顔を見るなり、勢い込んで質問してきたエドアルドがイリスへの質問会を知ったのに気づき、拙いなとマゼラン卿は舌打ちした。


 こうなっては事実を知るまで後には引かないだろうと溜め息をつく。


「エドアルド皇太子、ニューパロマ観光は如何でしたか? グレゴリウス皇太子殿下やユーリ嬢やフランツ卿は楽しまれましたか?」


 一応、エドアルドの好きなユーリネタで誤魔化そうとしたが、流石に無理だった。


「マゼラン卿! 父上や、ジュリアーニ卿、そして貴方が、わざわざイルバニア王国大使館に騎竜と出向いて、イリスと何を話されたのですか? いいです、しらを切るおつもりなら、父上にお聞きします」


 凄い剣幕のエドアルドが国王陛下に怒鳴り込むのは、教育係として避けたかったので、マゼラン卿はイリスとの会話をソフトに変換して教えた。


「イルバニア王国側から、ユーリ嬢との縁談は、同盟締結とは別に考えて欲しいとの提案がありました。その理由として、ユーリ嬢がまだ精神的に幼く、結婚適齢期になっていないとイリスが宣言しているとの事でしたから、こちらからも質問して確認したのです」


 エドアルドはソフトに変換された内容でも顔を赤らめてしまったが、ハッキリと聞きたい事もあった。


「ユーリ嬢が幼くて結婚適齢期でなくても、婚約とかはできるのではないか」


 恋する青年の恥ずかしげに聞く質問に、答える方まで居心地の悪さを感じたが、鉄仮面の異名を持つマゼラン卿は顔色一つ変えずに、ハッキリと答える。


「イリスはユーリ嬢が好きな相手との結婚以外は認めないと宣言しました。ですから、ユーリ嬢がもう少し精神的に大人になり、恋をした相手となら結婚を認めるということです。あと、子供は沢山生んで欲しいとも言ってましたから、彼女が好きな相手となら愛しあうのを邪魔しないそうですよ」


 明日の会議の準備を邪魔されたくなかったマゼラン卿は、エドアルドが赤面して、これ以上の質問が出来ない程度のあからさまな話をして追い払う。


 ただ、ユーリが生む子どもが絆の竜騎士であるという情報は、エドアルドの純粋な恋心を汚すような気がして伝えなかった。


 マゼラン卿は少ししかユーリを見ていないが、彼女は絆の竜騎士であるからとか、政略的な理由で口説かれても落ちないだろうと感じた。


 でも、エドアルドの純粋な好意には弱いだろうと思ったのだ。


 グレゴリウスという強力なライバルがいるが、エドアルドには有利な点があると教育係のマゼラン卿は満足そうに考える。 


『まずは年齢が有利だ。グレゴリウス皇太子は15才で、少年期から青年期になったばかりだ。背は高いが、ひょろりとした印象だ。それに対して、エドアルド皇太子は17才で、青年期から大人にと成熟している』


 15才と17才の2才の差は大きいと、マゼラン卿は自分が成長を見守っているエドアルドに有利だと考えた。


『お気の毒だが、グレゴリウス皇太子はアルフォンス国王の孫であり、一世代抜けているので早く結婚して世継ぎをもうける緊急な必要にかられる。まだ精神的に幼いとイリスに宣言されたユーリ嬢を口説くのに、数年しかない時間が許されていないのは不利な立場だ』


 ただ、ユーリが一月でカザリア王国から帰国してしまうのは、エドアルドにとって非常に不利であるのは明白だ。


 なので、マゼラン卿は何か対抗策を練り、イルバニア王国側に飲み込ませなくてはいけなかったので、恋する青年のお相手をする暇がなかった。


 マゼラン卿に体よく追っ払われたエドアルドは、イリスの言った愛し合って子供を沢山作るという言葉にカッと全身が熱くなるほどの欲望を刺激された。


 それと共にユーリに対して恥ずかしさと、傷ついたのではと心配で、ぐちゃぐちゃの精神状態に陥り、眠れない夜を過ごすことになる。

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