13話 立太子式の舞踏会 疲れたわ

 ユーリは控え室から舞踏会の会場に戻ると、王妃の前に出向いた。


「ユーリ、姿が見えないから心配していましたのよ」


 まさかユーリが知り合ったばかりの殿方と庭に行っては無いだろうとは思ったが、数曲の間ユーリが見あたらなかったので心配になり、女官に控え室を探しに行かしたのだ。


「すみません、少し控え室で休んでいました。初めての舞踏会で疲れてしまって」


 華奢なユーリが疲れたと言うと、王妃はまさかシャンパンで酔って寝ていたとは思いもよらず信じこんだ。


「あら、まぁ、若いのに疲れただなんて駄目ね。舞踏会は夜中まで続くのよ、休憩しながら踊りなさいね」


 まだ踊るのかとユーリは溜め息をついたが、皇太子殿下にダンスの途中で割り込まれたシャルルに誘われ、断りきれずダンスすることになる。 


「私はユーリ嬢のお祖父様のアリスト卿を尊敬しているのです。とても優れた竜騎士隊長ですし、厳しい上司ですが、公正なお方です」


 ユーリはシャルル・フォン・マルセイ大尉が竜騎士の礼服を着ているのを今ごろ気づいた。


「シャルル様の竜は?」


 絆の竜騎士と騎竜は殆ど知っていたが、パートナーの竜の名前はまだ知らないのも多いので、どの竜だろうと訊ねる。


「貴女も立派な竜バカですね。サイラスとずっとパートナーを組んでいます」


 シャルルは竜騎士の名前より、竜の名前を先に覚える竜バカぶりを笑いながらユーリに教える。


「サイラス、王宮の竜舎で時々会うわ、とても素直な良い竜だわ」


 自分の竜を誉められて嬉しく思わない竜騎士はいないので、シャルルはユーリが大好きになった。


「貴女の騎竜はイリスですね。イリスは私が見習い竜騎士の時に一度乗ったことがありますが、その頃は不幸そうで心配していたのです。今のイリスはとても幸せそうで、見ているだけで嬉しくなりますね」


 イリスが多分すごく態度悪かっただろうと、ユーリは恥ずかしくなって謝った。


「シャルル卿、すみません。イリスは父と絆を結べなかった時から、ずっと拗ねてたみたいで、感じが悪かったのでは無いかしら。あの子は、どうも我が儘でごめんなさいね」


 ユーリがイリスを我が子のように愛しているのに気づいて、シャルルは絆の竜騎士になれなかった時の心の痛みを思い出す。


「竜は竜騎士に似るのだとしたら、イリスが我が儘なのは私のせいなのかしら?」


 ユーリは前から竜と竜騎士が似た性格の者同士、絆を結んだり、パートナーになっているのを不思議に感じていた。


「え、竜が竜騎士に似る? 初めてききました。どういう意味でしょうか」


 ダンスをしながらの会話にしては、内容が複雑でユーリはどう説明しようかと躊躇っているうちに、曲が終わってしまった。


「ユーリ嬢、少し話をしませんか? 竜と竜騎士が似るというのは興味深いですし、休憩して飲み物でも飲みましょう」


 先ほどまで控え室で休憩していたが、見知らぬ相手にお世辞言われながらのダンスにウンザリしていたので、シャルルの誘いを承諾した。


 シャルルに会場のコーナーにある椅子にエスコートされて、シャンパンを差し出されたユーリは、さっき酔って寝たので受け取るのを躊躇した。


「失礼、シャンパンはお嫌いでしたか? 他の飲み物を取ってきます」  


 飲み物を取りに行こうとするのを制して、さっきまで控え室で休憩していたから必要ないと正直に言った。 


「私はどうも社交界とは相性が良くないみたいですわ。舞踏会が終わるまで、こうして椅子に座っていれたら楽なのに。控え室にいれたら、もっと良いけど……」 


 今夜の舞踏会の華であるユーリの言葉に、厳格で曲がった事や軽薄な振る舞いが嫌いなアリスト卿のお孫さんらしいと、見た目と全く違う内面に気づいて、軍人のシャルルは親近感を持った。


「竜と竜騎士が似るというのは、絆の竜騎士だけですか?  パートナーの竜と竜騎士はどうなのでしょうか」


「さぁ、私も全ての竜が竜騎士に似てるかはわかりませんけど、知り合いの竜騎士と竜がおかしい程言い回しとかが似ていたので。パリスとジークフリート卿、キリエとハインリッヒ卿、とてもフェミニストでお世辞が上手なの」


 シャルルは引退したハインリッヒとキリエはあまり知らなかったが、ジークフリートとパリスを思い浮かべながら話を聞く。


「ラモスとお祖父様は、厳しくて、でも公正ですわ。ギャランスと国王陛下、アラミスと皇太子殿下は、気配りできて温和です。あっ、パートナーでもアトスとユージーンは、生真面目で融通が利かないけど優しい……あらっ? ユージーンも優しいのかな? 優しいと言うには無理があるかも知れないけど、心配性で小言が多いのは私がしっかりしてないからかしら」


 シャルルはユーリの竜と竜騎士の似た性格の評価に笑いながら、自分の知ってる竜騎士と竜を思い出した。


「そうですね、確かに賑やかな竜騎士の竜は賑やかですし、無口な竜騎士の竜は寡黙ですね。今まで考えもつかなかったけど、竜が竜騎士に似るのか、それとも竜が似た性格の竜騎士を選ぶのか?」


「私もどちらかわからないんです。リューデンハイムのアンドレ校長のカーズはとても口うるさくて、竜舎の罰掃除の時に、隅まで寝藁を敷けとかチェックが厳しくて困りましたわ。でも、竜が元々そんなに口うるさいなんて考えられないでしょ。長年アンドレ校長とパートナーを組んでるうちに、似たのではないかと思ったの」 


 竜にチェックされながらの罰掃除しているユーリの姿を想像して、王宮の舞踏会なのに笑ってしまう。


 二人が楽しそうに会話しているのをチェックしていた人達は、気の良いマウリッツ公爵夫人以外、少しはらはらする。


 特に、ユーリの緑の魔力を知ってる外務相と国務相は、シャルル・フォン・マルセイ大尉のような一軍人とユーリが引っ付いたりしたら、国家の損失ではないかと身勝手な考えで、部下に邪魔に入らせようと画策する。


 外務相はジークフリートに目で二人の邪魔をするように合図したが、やっと話せる相手を見つけて楽しそうにしているユーリが気の毒で、気づかなかった振りをして、秋波をおくってきている貴婦人をダンスに誘い出した。


 ユージーンはジークフリートの態度に業を煮やした外務相に直接命令を受けた。遠目にも笑いながら楽しそうに会話している二人の邪魔をするのは嫌だったが、仕方なく近づいていく。


 だが、ユージーンにとってラッキーな事に、ユーリとダンスしたいと思っている独身貴族はいっぱいいる。歓談中に失礼ですが次の曲をご一緒にと、ダンスに連れ出されてしまった。


 シャルルは自分達に近づいて来ていたユージーンに気づいており、マウリッツ公爵夫人に言われて邪魔しに来たのだと誤解した。


「ユージーン卿は、ユーリ嬢の従兄でしたね。マウリッツ公爵夫人はユーリ嬢の後見人なのですか? ユーリ嬢と会うには、マウリッツ公爵夫人の許可を得ないといけないのでしょうか」


 社交界にデビューした令嬢とデートしたり、次のパーティーに誘ったりするには、普通は母親の許可を取るのだが、ユーリが母のロザリモンド姫を亡くしているのは周知なので、誰が後見人か知るのは次のステップに進む許可を得る為に必要だった。


「母は、ユーリの父親の従姉ですし、義理の叔母になりますけど、後見人ではありませんよ。ユーリの後見人は、祖母のモガーナ・フォン・フォレスト様ですし、ユングフラウの後見人代理は王妃様です」


 ユージーンは軍人のシャルル・フォン・マルセイ大尉については余り知らなかったが、確か海軍提督の息子だったと記憶の中から引っ張り出した。


 シャルルはユージーンに後見人は王妃様だと聞いて、皇太子殿下がユーリに夢中なのはダンスに割り込みされて承知していたから、ハードルが高いのにいやでもきづかされたが、諦める気持ちには微塵もならない。


 ユーリは次から次へと王妃様の許可を得た独身貴族と踊り続け、国王と王妃が舞踏会から退出なさる頃には、本当に踊り疲れた。


 若い独身貴族やデビューした令嬢方にとっては、国王や王妃や年寄りの貴族達がいなくなってからが、舞踏会の本番なのだが、ユーリは祖父のマキシウスと早々に舞踏会場を後にした。



『ユーリ、もう帰っちゃうのか……』


 グレゴリウスはまだノルマが残っており、デビューした令嬢とのダンスを続けていたが、ユーリが帰ったのを寂しく思う気持ちと、他の独身貴族と踊る姿を見なくてよい安堵感で複雑だ。


「お祖父様、シャルル・フォン・マルセイ大尉という人をご存じですか? とても感じのよい方でしたわ、お祖父様を尊敬していると仰ってましたわ」


 王宮からの帰宅途中、馬車の中でユーリは今夜踊った中で唯一印象に残っていたシャルルについて質問した。


 シャルル・フォン・マルセイ大尉は、海軍一族の中で竜騎士になった変わり者で、マキシウスの部下でもあったので良く知っていたが、有能で野心的な軍人だった。


「彼は私の部下だ」


 年頃の美しい娘を持つ父親の心情で、マキシウスはユーリに近づく男全てに警戒態勢を取ってしまう。当分シャルルはユーリをデートに誘うどころでは無いほどの激務を命令される羽目になった。


 こうして、ユーリの社交界デビューの立太子式の舞踏会は終わった。


 グレゴリウスは夜中過ぎまでデビューした令嬢とのダンスをこなし、リストが終わったのでヤレヤレと安心した所を、デビュー二年目の令嬢方に捕まり、結局明け方近くの舞踏会がお開きになるまで踊り続けた。


 ジークフリートや、ユージーンや、フランツも早々に舞踏会場を後にしたユーリを羨ましく思いながら、皇太子殿下が退出されるまではと付き合って、舞踏会のお開きまで残っていた。


「さすがに疲れましたね」


 ジークフリートは指導の竜騎士として、皇太子殿下を最後まで見守っていたので、いつもの舞踏会よりも気を使い、疲れ果てた。


「無事、立太子式とデビューの舞踏会が終わって良かった。これで、カザリア王国との同盟に集中できます」


 ユージーンの仕事熱心さに、ジークフリートは呆れながらも、軽く睡眠を取ったらカザリア王国との同盟について条件を練り込む秘密会議に出席しなくてはと気持ちを切り替えた。 

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