11話 立太子式の舞踏会 ファーストダンス
舞踏会の準備は整い、王族方は招待客を迎えた。
ユーリは皇太子殿下と最後に入場すると決まっていたので、控え室でキャシーと話して少し気持ちの整理もできた。
「ユーリ嬢、そろそろお時間です」
女官に呼びに来られて、招待客と舞踏会の入口で挨拶していたグレゴリウスのもとに案内されたユーリは、また少し緊張してきた。
ほぼ全員の招待客が会場の中に入ったので、今夜の主役の皇太子殿下とユーリが二人揃って入場し、正面の国王陛下と王妃様にご挨拶して、ファーストダンスという手順になっていた。
「皇太子殿下、立太子式おめでとうございます」
グレゴリウスは立太子式を無事に終えた安堵感に包まれていたが、ユーリのこの前の礼装訓練のロマンチックなドレスとはまた違った、美しく上品で素晴らしく似合っているドレス姿に心臓が高鳴った。
「ユーリ、とても綺麗だね」
グレゴリウスの言葉に「ええ、とても素敵なドレスでしょ」と頓珍漢な答を返すユーリに、周りで会話を耳にした女官や侍従は吹き出したいのを我慢するのに苦労する。
グレゴリウスは全く自分の賛辞に気づかないユーリに、鈍感! と内心で毒づいたが、惚れた欲目で、その鈍感な所も愛しく思う。
「皇太子殿下も、見習い竜騎士の礼装がよくお似合いですわ。私もやはり見習い竜騎士の礼装でくれば良かったかも」
ユーリのとんでもない言葉にグレゴリウスが呆れた時に、二人の入場を告げる侍従長の声が響く。
「ユーリ・フォン・フォレスト嬢! イルバニア王国、グレゴリウス皇太子殿下!」
ユーリは差し出された腕に手を置いて、二人で舞踏会の会場に足を踏み入れる。
会場の全員の視線が一斉にこちらを向いたのにユーリが一瞬たじろいだのを感じたグレゴリウスは、微笑みかけて「こんなに砂糖菓子がいっぱいだと、虫歯になりそうだな」と小声で話しかける。
ユーリはぷっと吹き出しそうになったのをぐっとこらえる。
グレゴリウスにエスコートされて、会場の一番奥の国王陛下と王妃様の前まで進んだ。
国王陛下と王妃様と元皇太子妃は、皇太子殿下とユーリがとてもお似合いのカップルに成長したのを微笑ましく見守っていた。
「グレゴリウスのご立派な様子。貴女もこれで安心したでしょう」
王妃は亡き皇太子の妃のマリー・ルイーズに労いの言葉をかけた。
「ええ、亡き皇太子殿下も安心なされたと思います。それに、ユーリとファーストダンスを踊れるので、グレゴリウスはとても幸せそうですわ」
マリー・ルイーズはグレゴリウスから、ユーリが特使随行に選ばれたのは、カザリア王国の皇太子から縁談を申し込まれているからだと落ち込んだ様子で話していたのを気にしていた。
グレゴリウスは国王と王妃に立太子式と舞踏会のお礼を申し上げ、国王から舞踏会の開始のお言葉があった。
ユーリは上手く踊れるだろうかと心配していたが、孟特訓の成果と、グレゴリウスのリードのお陰で優雅に舞踏会のファーストダンスを飾った。
他のデビュタントの令嬢方もファーストダンスのお相手はあらかじめ決まっていたので、舞踏会の会場は白い花が咲いたように華やかだ。
「良かったわ、緊張してダンスのステップを忘れそうだったの」
ユーリはグレゴリウスに笑いながら話しかける。
「君が忘れても、ちゃんとリードするよ」
グレゴリウスは自分の腕の中にいるユーリがなんて優雅で綺麗なんだろうと感動して、このまま音楽が終わらなければ良いのにと願う。
グレゴリウスとユーリは他のデビュタントの令嬢方に紛れても目立っていた。
一曲目はデビューする人達だけときまっていたので、会場の周りで見ていた他の招待客は二人に注目する。そして、皇太子殿下がユーリ嬢に恋されているという噂は本当だろうか? と囁きあった。
その中には、外務相と歓談していた外国からの賓客達もいて、ユーリに結婚を申し込んでいる国の外交官達は、二人の息の合ったダンスに心を悩ませた。
しかし、ユーリの美しさに縁談を纏める意欲に燃える者もいた。
皇太子殿下は見習い竜騎士の紺に金のモールがついた礼装がとてもよく似合っていて、白いデビュタントのドレス姿のユーリがクルクルとダンスで回転すると、まるで白い花を抱いているようで、とても華やかなカップルだった。
グレゴリウスのずっとユーリと踊っていたいという願いも虚しく音楽が終わり、次のお相手とのダンスが始まる。ユーリも次のダンスはフランツと踊ると決まっていて、よく知った従兄とのダンスなので緊張もせずに楽しむ。
「ユーリ、とても綺麗だよ。前のドレス姿も可愛いかったけど、僕は今夜のドレスを着た君の方が、より美しく思えるよ」
フランツの言葉にユーリは、馬子にも衣装よと笑い返した。
一般の招待客が白いデビュタントの令嬢方に混じって踊り始めた二曲目を踊り終えたユーリは、フランツに少し休憩したいと願って、マウリッツ公爵夫人の元へと案内して貰う。
舞踏会の会場のコーナーにはダンスをしない貴婦人方が、自分の令嬢達や、他の人達のダンスを見ながらくつろげるように、数脚の椅子が所々に 配置されいた。
身分の高いマウリッツ公爵夫人はお友達の貴婦人方と椅子を確保して、扇子で口元を隠して、デビューされた令嬢方のドレスやダンスのお相手について話していた。
「まあ、ユーリ! とても素敵だわ! 皇太子殿下とのファーストダンスも見事でしたわ。さあ、よく見せてちょうだい」
フランツに自分とユーリに飲み物を取って来るように命じ、横に座るように促す。
「ユーリ、君は姉上に生き写しだね」
ご婦人方の後ろに立っていたマウリッツ公爵は、ユーリのドレス姿に亡き姉のロザリモンド姫を思い出した。
「叔父様、母はもっとお淑やかで綺麗でしたわ。私はどうもガサツでいけませんわ」
農家の主婦の格好をしていても、ママは可憐で綺麗だったとユーリは思い出して、少し目が潤んだ。
「まあ、貴方! ユーリのデビューの日に泣かすなんて」
少し薄化粧をしていたので、涙は禁物だと公爵夫人にハンカチで零れかけた涙を拭いて貰い、フランツにレモネードを貰ったユーリは落ち着きを取り戻す。
「貴女をダンスに誘いたい殿方がこちらを睨んでますわ。これ以上、貴女を独占していたら、社交界から追放されそうですわね。ユージーン、ユーリをダンスフロアーに返してあげて」
ユーリとしては、知らない男性とダンスするのは勘弁して欲しい気持ちなので、このまま座っていたかったが、叔母様に逆らえないのでユージーンとダンスを始めた。
「ユージーン、このダンスが終わったら、帰っても良いかしら? 私はどうも社交界とは相性が悪いみたいだわ」
ユージーンはユーリをリードして踊りながら、内心でなんで宝の持ち腐れのような容姿にユーリを生んだのかと、会ったことのない伯母のロザリモンド姫に文句を言う。
「今夜は国王陛下のご主催の舞踏会なのだから、陛下が退出されるまで招待客が帰るのは礼儀に反するぞ。第一、私のダンスの後で君が帰ったら、他の男性陣に恨まれてしまう」
「知らない人と踊りたくないわ、だって余りダンスが得意じゃないもの。足とか踏んだら失礼でしょ」
ユーリが全く社交界について無知なのに、指導の竜騎士として頭が痛くなった。
「知らない相手と、知り合うのが社交界の目的じゃないか。ダンスの練習のかいがあって下手じゃないから自信を持て」
傍目からは、優雅な貴公子のユージーンと可憐なお姫様のダンスにうつっていたが、辛辣な指導の竜騎士と見習い竜騎士のロマンチックさの欠片もないダンスだ。
ユージーンとのダンスが終わると、上司の外務相、国王陛下、叔父のマウリッツ公爵、祖父のマキシウスといったユーリと踊りたい独身男性を退けるように、割り込めない身内や、身分の高い相手と次々に踊った。
ユーリの緑の魔力を知った外務相と国務相が、そこらの独身男性と恋に墜ちては大変な損失だと、身内の男性にユーリと踊るように仕向けたのだが、かえって人目をひいた。
「ジークフリート卿、貴方もユーリ嬢とダンスしてきなさい」
上司の外務相に言われ、ユーリとダンスを踊ったが、ジークフリートは他の男性から凄く厳しい視線を感じた。
「なんだか、身内とばかり踊ってるみたいだわ、デビューしたてだから知り合いがいないからかしら?」
相変わらず自分の容姿に無頓着なユーリに溜め息をついて、これ以上身内の男性はいないだろうとダンスが終わったら申し込もうと待機している独身男性を素早くチェックして、ユーリを誰に託すべきか思案していた。
ユーリの次のダンスのお相手は、メルローズ王女の結婚相手のサザーランド公爵でウィリアムの従兄だ。
ジークフリートはこれではユーリが舞踏会を楽しめないのではと心配していたが、本人は見知らぬ相手と踊らずにすんで安心していた。
皇太子殿下は次々と決められた令嬢方とダンスをソツなくこなしていたが、ユーリが誰とダンスするのか心配で、きっちりチェックしていた。
ユーリが身内の男性とばかり踊っているのに最初は安心していたが、そのうち外務相のカザリア王国の皇太子妃にさせる為の画策ではと思い、暗澹たる気持ちになった。
「サザーランド公爵、少し踊りつかれましたの。王妃様にお断りして、控え室で休憩しても良いでしょうか?」
何曲も身内の男性と踊って疲れたユーリは、王妃に挨拶して帰りたい気分だったが、ユージーンに国王が退出されるまでは帰宅できないと言われていたので、せめて控え室で休みたかった。
サザーランド公爵はユーリのことを余り知らず、華奢で可憐な姫君だと勘違いしていたので、疲れたと聞いて心配した。ダンスが終わるとユーリをエスコートして王妃の前にいく。
「ユーリ、今夜はとても綺麗ですわね。そのドレスの素敵なこと」
近くでドレスを見た王妃は、極小の真珠が地模様のように縫い付けられているのに気づいて感嘆する。
「ユーリ、次のダンスのお相手はどなたですの?」
王妃もユーリのダンスの相手が身内の男性が多いとは感じていたが、まだ決まってないと白紙のダンス欄を示した舞踏会カードを見て、今まで全員身内だけだと気づいて驚きを隠せなかった。
「まあ、私は後見人失格ですわ。貴女ときたら、身内か年配の方としか踊って無いじゃないですか。これでは折角のデビューが台無しですわ」
ユーリとしては見知らぬ相手と踊るのは少し気恥ずかしいし、慣れない華やかな会場とダンスに疲れていたので、王妃様の後見人としての働きは要らぬお世話だ。
「王妃様、私少し踊りつかれましたので……」
控え室で休んでいたいと言おうとしたユーリを制して、王妃はユーリに熱い視線を送っている独身貴族達を手招きする。
「これで、デビューに相応しい舞踏会カードになりましたわ。ユーリ、さぁ楽しんでいらっしゃい」
ユーリの空欄だらけの舞踏会カードはあっという間に独身貴族達で埋まった。
「王妃様、こんなに踊ったら、疲れてしまいますわ」
ユーリは慣れないダンスに既に疲れていたので、ぎっしり書かれた名前の相手とダンスするのかと思っただけでウンザリする。
「ユーリ、疲れたらダンスを休んで殿方に飲み物を取って来て貰えば良いのよ。あっ、でも庭に二人きりで行ってはいけませんよ。私や、マウリッツ公爵夫人の目の届く場所で休憩しなさいね。さぁ、曲が始まるわ」
王妃様に背中を押されるようにして、ユーリは紹介されたお相手とダンスを始めた。
ユーリがダンスを始めたのを満足そうに眺めていると、国王陛下が王妃にグレゴリウスが気の毒だとボヤく。
「あら、陛下、お言葉ですが、今夜はユーリの社交界デビューでもあるのですよ。身内や年配の殿方とばかり踊っても、楽しく無いでしょう。それに、今夜のパーティーでデビューした令嬢方の中で一番美しいのはユーリなのに、踊らさないよう画策なさるなんて! 出席している独身貴族に恨まれますわよ」
王妃は国王陛下には言わなかったが、ユーリはあまりにも乙女心がなさすぎると心配していた。いくらグレゴリウスが恋しても伝わらないのは、ユーリの恋愛音痴が酷すぎるからではと疑っていたのだ。
ユーリが少し乙女心を持つように、王妃は信頼できる家系の見た目も好感を持てる独身貴族をダンスのお相手に選んだ。
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