4話 ユーリの魔力

 皇太孫とフランツを外につまみ出した外務相に、メンバーは驚いた。部屋の中には極秘情報を扱えるメンバーだけになったのを確認してから、外務相はユーリに重大な質問を投げかけた。


「ユーリ・フォン・フォレスト嬢、貴女はロザリモンド姫から緑の魔力を受け継がれたのですね」


 ユーリは外務相がグレゴリウスとフランツを強引に廊下に放り出したのに驚いており、質問されて初めて手に持っているバラが咲き誇っているのに気がついて、あちゃ~と内心で毒づいた。


「はい、でも大したことはできないのです。両親や祖母に言わないように約束させられたので……」


 ユーリの言葉に、国王陛下と外務相は頭を抱えた。


「国王陛下、私の大失態です。目の前にバラに埋もれそうな王宮を見ながら、真実を突き止められなかったなんて。私は、盲目でした! 辞任いたします」


 落ち込む外務相を、国王は慰める。


「そちは、ロザリモンドとあまり面識が無かったのだから、仕方がない。私こそ最初にユーリに会った時に、ロザリモンドに生き写しだと思ったのにもかかわらず、竜騎士の素質にばかり目が眩んで、ユングフラウの変化に気づかなかった」


 二人の深刻な落ち込み方に、ユーリは呆然とする。状況を把握していないユーリにジークフリートは、緑の魔力はイルバニア王家に稀に現れる能力で、とても貴重な物なのだと諭す。


「確かに、母の菜園やハーブ園や果樹園はいつも美味しい作物が採れましたわ」


 そんな問題じゃない! と心の中で突っ込んで、ジークフリートは他に出来る事は無いのですかと質問する。


「他ですか? フォン・フォレストのお祖母様に色々と教わったけど、私は下手で余り上達しなかったのです」


 目の前の緑の魔力持ちを見過ごして、他国の皇太子にくれてやろうとしていたショックに落ち込んでいた外務相は、フォン・フォレストの魔女の手ほどきを受けたと聞いてシャキ~ンとする。


「ユーリ嬢、貴女は今は外務省の一員です。貴女にどのような能力があるか、外務相として把握しなければなりません。下手でも、何でも、出来る事を教えて頂けませんか?」


 外務相に言い寄られて困惑しているユーリに、国王は優しく話しかけた。


「ユーリ、ご両親やお祖母様の教えに背くのでは無いのは理解出来るだろう。自分の持つ能力をむやみに吹聴するのは危険な事だが、ここにいるメンバーは信頼に足る者ばかりだ。君が出来る事を、下手でも良いから教えてくれないか」


 国王陛下の言葉に、部屋にいる外務相、ジークフリート、ユージーンを見渡して、確かに自分の能力を告げても吹聴するような人はいないと頷いた。


「祖母は、私が母から緑と風の魔力を受け継いだと言われました。風は余り自信ないけど、すみません。弓の試験の時に使いました。だって、武術は苦手で落第するのが怖かったから。インチキ使ったから、見習い竜騎士不合格ですか」


 ユーリの思いがけない告白に、ユージーンは成績表を捲って、確かに悪い成績が並ぶ武術の欄に弓だけスペシャリストの印を発見した。他のメンバーも弓だけ飛び抜けた評価であるのを眺め、武術指導のリンダーマンは気づいていたのか疑問に思った。 


「風を操る力も貴女の実力ですよ。それで不合格なんてなりませんから、安心しなさい。他には出来る事ありませんか?」


 後で、リンダーマンがユーリの能力に気づいているのかチェックしなければと、外務相は考える。アッ、東南諸島連合王国からもしつこくユーリへの求婚があったのは、風の魔力を知っているからではと疑った。東南諸島連合王国は海洋国家で、竜はいるものの、船を操る風の魔力を持っているほうが重視されるお国柄で、貿易をしきっていた。何故、竜騎士のユーリに求婚するのか不審に思っていたのだ。


「後は、本当に下手なので言うのも恥ずかしいです」


 フォン・フォレストのお祖母様みたいに自在に魔力を扱えないので、ユーリは本当に恥かしくて言いよどむ。ジークフリートは優しく諭した。


「君にとっては取るに足らない事でも、緊迫した外交の場面では役立つ事もあるかもしれないだろ。私達が、その魔力を把握してなければ、宝の持ち腐れだよ。ユーリ、教えてくれないかな」


 ジークフリートの女性を口説く、ソフトな口調に一同は感心した。ユーリはジークフリートに取るに足らない魔力でも良いと言われて安心して、呼び寄せ、念写、結界を習ったと小さな声で自信なさげに答える。


 外務相は何故今まで秘密にしていたのか! と怒鳴りたいのを、必死で我慢する。ユーリを怯えさせては黙ってしまうと、ジークフリートに質問は任せる事にする。


 外務相は緑の魔力の証拠に、ヒースヒル、フォン・フォレスト、ユングフラウのここ十年の農家の納税額の推移を調べるようにメモを書く。 


「呼び寄せとは何ですか? もしかして、シルバーという大きな狼を、その魔力で海岸に呼んだのかい」


 ジークフリートは夏休みにフォン・フォレストの海岸で、竜達と共に海水浴に興じ、竜に網を投げさせて大漁になった時のことを思い出した。ユーリがシルバーは魚が大好物なのにと呟いたと思ったら、巨大な狼が現れて魚をいっぱい食べるのに驚いたのだ。 


「ええ、シルバーとは相性が良いから、呼び寄せは成功率高いわ。でも、他の動物は余り言葉が通じないから。竜達とは言葉が通じるから、もちろん呼び寄せられるわ。でも、竜騎士なら全員出来るから別に言う程の事じゃないですし」


 ジークフリートは頭がクラクラするのを我慢した。ジークフリートは絆の竜のパリスとは会話出来るし、近くならば呼び寄せる事も可能だ。しかし、他の竜とは少しの会話は可能だが、呼び寄せられるとは思ってもみない話だった。竜騎士隊長のアリスト卿は、全竜と会話できるとの伝説があるが、本当かも知れないと思った。


 ジークフリートが考え込んでしまったので、指導の竜騎士のユージーンが代わりに質問する。


「あとできるのは念写だったかな? もしかして、お祖父様の枕元にある君の両親の精密画は君が念写で作った物かい? 前に置いてあった鏡によく似ている額縁だし、普通の精密画とは全然比べ物にならない生きているみたいだから、どうやって描いたのか不思議だと思っていたんだ」


 ユージーンはユーリの両親の精密画が念写で作られた物ではと質問した。


「ええ、そうなの。お祖父様は母が幸せだったのかそれは心配なさっていたから、二人が幸せに暮らしていた姿を念写して差し上げたの。お祖父様はやはり父のことはまだ怒ってらっしゃったから、母だけの方が良かったかもしれないけど、二人で幸せそうな姿しか思い浮かばなかったの」


 のん気なユーリの言葉に突っ込み所満載で、どこからせめていけば良いのかユージーンが悩んでいると、外務相から助け船がきた。 

 

「ユーリ嬢、貴女の姿絵をカザリア王国に送りたいのです。勿論、縁談は断って良いのですが、同盟を結ぶのに始めからあちらの要求をむげにも出来ませんしね。形だけ! あくまでも形だけですが、貴女の姿絵を送る必要があるのです。論より証拠ではありませんが、不明にも私は念写というものを見たことがありませんので、見せて頂けませんでしょうか?」


 あからさまに風向きの変わった外務相にジークフリートとユージーンは呆れたが、緑の魔力を持つユーリを外国に嫁がせる訳にはいかないと頷く。


 ユーリは部屋に飾ってあった豪華な鏡を使うのを躊躇したが、かまわない! との全員の命令に従って、ジークフリートに私を思い浮かべて下さいと頼む。


 胸から下げていた竜心石を手に持って、鏡に自分の姿を念写した。鏡にはイリスに守護されるように立つユーリが乙女チックに念写され、ユーリは自分がとても可憐なお姫様のように描かれているのに動揺した。


「これは失敗ですわ! 私はこんなに可憐でも、お淑やかでもありませんわ。こんなのカザリア王国に送ったら、詐欺だと思われますわ」


 恥ずかしがるユーリの外見はまさしく絵姿通りだが、確かにジークフリートの思い描くユーリは数段美しいようにも思えた。


「これは素晴らしい能力ですな。この精密画は、芸術作品としても鑑賞にたえる出来です。だが、このままカザリア王国に送るのは無理ですね。向こうに念写を知っている者がいたら困りますので、これを元に絵師に絵を書かせましょう」


 失敗作だと恥ずかしがるユーリから、強引に念写された鏡を取り上げて、大事そうに抱え込む。


「ユーリ嬢、下手だなんて謙遜はよして下さい。後は、結界でしたかな? どういうものか、説明して頂けますか」


 自分の大失態にショックを受けて、余裕をなくしていた外務相は、見事に立て直して、ユーリに親切な好々爺のごとく接する。ジークフリートとユージーンは、外務相のしぶとさに舌を巻いて眺めていた。


「お褒め頂いて恐縮なのですが、本当に私は下手くそで、祖母にちょっとしたインチキを教わったのです。念写も、結界も、私は苦手で何度教わっても上手くできなくて、祖母から貰った竜心石とイリスの魔力を使ってやっと出来るようになっただけです」 


 竜心石! ユーリの言葉に首から下げているペンダントに皆の視線が集中する。


「ユーリ嬢、竜心石ですと! そのペンダントは竜心石なんですか?」


 国王の指輪も竜心石だが、暗く沈み込んだ奥にチロチロと青い炎が見えるだけで、ユーリのペンダントは青く輝いていて皆はブルーダイヤモンドだと思っていた。


 ユーリは首からペンダントを外すと、国王の手に渡す。アルフォンスは青く輝く石のなかに青い炎が燃え盛っているのを見て、竜心石だと確信した。


「これは、どこで手に入れたのですか?」


 外務相は国王が竜心石だと確信した時点で、護るべき国の宝が一つ増えたのを心のメモに書き込む。


「私が生まれた年の冬至祭のプレゼントで貰ったと、両親から聞きました。祖母がお守りとして贈ってくれたのだと教えて貰い、肌身離さないようにと言われたのです」


 この世界に数個しかない竜心石が、地方貴族の手にあった衝撃に国王と外務相は耐えた。


「お祖母様はどのようにして、竜心石を手に入れたと仰っていましたか? 先祖伝来の宝物だとか」


「いえ、祖母は偶然フォン・フォレストの森で見つけたのだと言っていました。何だか気に障る物が在るから、森に分け入ってみたら、竜心石があったそうです。祖母は言いにくいのですが、竜があまり好きでは無いのです。なので竜心石を持っていたくなかったので、衣装櫃に放り込んで忘れていたそうです。でも、私が生まれたと聞いた時、何故か思い出して贈ってくれたのです。祖母は竜心石が私を竜騎士に導いたのではと疑っていますわ」 


 その場にいる全員が、世界に数個しかない例えようがない貴重な宝物が、衣装櫃に放り込まれていたと聞いて気絶しそうだった。


「ユーリは竜心石を使って念写や結界を張ると言ったが、結界を此処で張って見てくれないか?」


 アルフォンスはユーリの輝く竜心石と自分のくすんだ竜心石の差を知りたくて、熱心に頼みこむ。


「王宮は、国王陛下のテリトリーで私が結界を張れるかわかりませんが、やってみますね」


 熱心な国王の要望に応えて、ユーリは返された竜心石を手に持つと、イリスに手助けを頼んで部屋に結界を張る。国王は竜心石がチリチリとしたように感じ、一瞬、部屋を取り巻く緑の網をチラッと感じた。


「ユーリ、緑の網が君の結界なのか」


 興奮気味の国王陛下に、ユーリはやはり失敗したとがっくりした。


「王宮は国王陛下の竜心石の結界が既に在るから、私のは上手く張れませんでした。ほんの数秒しか結界を保てません。国王陛下が緑の網に見えたのは、結界が破れる瞬間ですわ。国王陛下なら、竜心石とギャランスを使って強力な結界を王宮に張りなおす事がおできになると思います」


 国王陛下は指輪の竜心石が輝きを増したのに気がついた。


「ユーリ、私に竜心石の使い方を教えてくれないか」


 ユーリは国王陛下の言葉に、下手くそなのにと恐縮したが、熱意に負けて使い方の指導を約束した。


 外務相は罰で廊下に立たしていた二人を失念していたのに気づいて、扉を開けると罰を与える。


「礼服を着替えて、リンダーマン師に二時間の特訓をしてもらいたまえ」


 二人を追い払った。


「ユーリ嬢、国王陛下への指導はまた日を改めてお願いします。今日はもうお終いにしましょう。貴女は見事に礼装に着がえたご褒美に、明日の講義は休んでかまいません。明日の夜に使いをだしますから、竜に乗らず密かに王宮に来て下さい」

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