6話 竜がいる世界

『竜がいる世界!』


 ユーリは夏至祭の夜、熱をだした。


 竜を見て興奮していた人々も、夕ご飯までには家に帰りたいとピクニックを片付けた。ウィリー達も赤ん坊がいるからと早めに家路についた。


 朝のうきうきとした感じはなく、ウィリーもローラも無口だった。二人は、竜と、それに騎乗していた竜騎士に動揺していた。自分たちが捨てて来た世界を垣間見て、今の幸せな生活が脅かされるような気がしたのだ。


 ユーリも変だと感じていたが、普通の人間は狼と話したりしないし、植物や風とも話さない。


『お帰り』ポーチからのっそりと立ち上がったシルバーに『ただいま』と留守番のお礼を言ってたウィリーは、ローラの叫び声に驚いた。


「ユーリ? ユーリ!……熱がある!」


 町からの帰り道で、眠ってしまったユーリをベットに寝かしつけたローラは、ぐったりとした様子の我が子の額に額をつけ熱があるのに気がついた。


「こんな幼い赤ちゃんを、人ごみに連れて行ったからだわ」


 ぐったりと横たわるユーリに、自責の念で、胸の締め付けられる。


 ウィリーも動揺し、医者を呼んで来ると馬車を走らせたが、町には常勤の医者がいないのを途中で気づき、髪をかきむしった。そこに、夏至祭から帰るアマリア達が通りかかった。


「お医者さんはどこに居ますか? ユーリが熱をだして! お医者さんはどこに!」


 血相を変えて質問してくるウィリーを無視して、よっこらしょ! と馬車に乗り込んで来たアマリアは、ユーリの様子を見てくるよと旦那を家に帰した。


「ユーリが熱なんです! お医者さんを呼んで来ないと!」


 アマリアに家に連れて行っておくれと言われたウィリーは、医者を呼びに行かなければと抵抗した。


「ほら、さっさと家に帰んな! ローラは一人なんだろ。心細くて泣いてるかもしれないよ」


 医者を呼んで来るにも時間がかかる。その間、ローラを一人きりにしておくよりは、何人もの子どもを育て上げたアマリアがそばに居てくれた方が安心だと、ウィリーは猛スピードで帰宅した。


「ああ、これは知恵熱だね! 心配いらないよ。赤ちゃんは熱を出すもんさ。水分補給をしっかりさせて、汗をかいたら下着を変えてやりな。朝にはケロリとしてるさ」


 それでも心配だから医者を呼んで来るというウィリーを止めた。


「隣町にしか医者は居ないし、今から呼びに行っても真夜中を過ぎるよ。朝になっても熱が引かなかった時に、呼びに行けば良いんだよ」


 アマリアの指示で、湯冷ましを飲ませると、少し熱も下がった。そろそろ新米パパママも落ち着いた頃だろうと、迎えに来た旦那の馬車に乗り込みながら、朝になれば熱はひいてるさとアマリアは帰って行った。


 アマリアの言う通り、朝にはユーリの熱はひいていた。ローラとウィリーは、赤ん坊の熱にうろたえ、何も出来なかった自分たちを反省した。


 過去の事に動揺していなければ、もっと早くユーリの異常に気づけたのではと思ったローラは、もう二度と捨てて来た場所の事は考えないと心に決めた。ウィリーも、もっとどっしりと構えて家族を守らなければと心に誓った。


「お熱ひいたわね~。良かったでちゅね」


 額を離して熱が引いたのを確認したローラは、ほっとしてユーリに微笑みかける。


 ユーリは竜を見て此処が地球ではないと悟った。


 竜がいる世界! ショックを受けたが、こうして微笑みかけてくれる愛情深い両親がいるなら、地球でなかろうと、竜がいようと、どうでも良いような気がした。



 有里は幼い時に両親を交通事故で亡くし、祖母に育てられた。祖母は優しい人だったが、やはり親のいない寂しさを感じながら育った。


 狼と話せるパパと、植物と話せるママ。少し変わってるが、愛情深い両親に育てられ、農家の娘として成長するのは有里の『田舎でスローライフ』という望み通りかもしれない。


 まぁ、竜は余計だけど……皆の反応からしてめったに見る物じゃ無いみたいだし関係ないと、ユーリは勝手に納得した。


 関係ないと切り捨てられた竜。確かに、この田舎で竜を見る事は数年に一度あるかないかで、普通の人々と竜が関わる事は無い。でも、ユーリの家族は普通では無いという事実を無視していた。

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