第45話 答えなき自問自答
「報告は以上だ」
「……分かった。少し、一人にしてくれ。詳しい話し合いはクロが回復してからにしよう。メリセアン商会のマスター、ケンジには俺から話を通しておく」
ベルデイレから帰ってきた俺達は、ガドルへ報告を済ませた後、彼の決定に従いクロの怪我が治るまでしばらく休むことになった。
クロの魔法のこと、アルカのこと、そしてクロの親父さんのこと。
今回ばかりはガドルも動揺を隠せていなかった。
そりゃあそうだろ、ガドルとムストはガキの頃からの付き合いだと初対面の時言っていた。
ガドルにとっての唯一の親友。
誰だって、親友や家族を操り人形にされたら怒るだろう。
「って、今から怒ってても仕方ねぇな……」
思考を切りかけ、ポケットからメモを取り出す。
クロの怪我は一日休んだおかげで動ける程度にはマシになった。
ケンジのツテで手に入れた薬の効果もあるのだろう。
しかし、それでもまだ全快とはいかず薬草を買うためにおつかいをしている。
この世界に来て、約二週間。
死にかけたり、変な組織に絡まれたり、不死になったり、相棒が死にかけたり、相棒の親父さんが操り人形になっていたり、濃密すぎる日々だった。
文字通り、命が幾つあっても足りない日常。
これもイールの野望の内なんだろうか……。そう思うとまた腹が立ってきた。
「あいつ、いつかぶん殴ってやる……」
****
クロから頼まれた薬草も、あと一つ。
けれど、厄介なことにこのあと一つがどの店にも売っていなかった。
二時間くらい探したが、本当にどこにもない。
もう諦めて良いか?
「あら、奇遇ね」
「んあ……?」
帰ってクロに謝るか~とか思っていると、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、珍しく私服姿のマリーが少し笑っていた。
面倒くさげな彼女しか見た事がなかったせいか、ほんの一瞬別人なのかと思ってしまう。
そんな俺の視線に気づいたのか、マリーは肩を竦める。
「そんな顔をされるなんて、乙女として悲しいわ」
「いや、悪い。ここで会うとは思ってなくてな……」
「それは私もよ。どう、折角だからお茶でもしない? 貴方とは一度話してみたいと思ってたのよ」
「悪いな、これからクロに謝りに帰るところだよ。頼まれてた薬草が買えなかったんでな」
「そう、それなら力になれるかもしれないわ。どんな薬草なの?」
持っていたメモを見せると、マリーは直ぐに合点がいったのか「この薬草ならギルドにあるわ。あの子の為なら譲ってあげる」とギルド職員の顔で言う。
なるほど、それはありがたい。
けれど、だ……。
「金、足りるか……?」
「あら、あの子のことでお金を取る真似なんてしないわよ。けど、そうね……代わりと言っては何だけど、少しお喋りに付き合って頂戴ね」
「あぁ、わかった。ありがとな」
「いいのよ」
****
ギルドの奥は、意外なことにかなり綺麗に整えられていた。
机の上には無駄なものが一切置いておらず、仕事で使うであろう小道具も用途に応じて分別されている。
表が酒場なせいなのだろうが、もっと雑然としているかと思っていた。
「ふふっ、此処に入った人達はみんな貴方と同じ顔をするわね。まぁ、普段目にするのが昼間から酒を飲んで大騒ぎをするだけの飲んだくれ共だから仕方ないわ」
「……さっきから思ってたが、俺の心でも読んでるのか?」
「そんな便利な魔法があるのなら、ぜひ習得したいわね。貴方、普段は無表情だけど感情豊かなのね」
つまりは顔に出ていると、そういう訳だ。
マリーはポットを火にかけながら、近くの棚から茶葉とカップを取り出す。
あまり長居をするつもりはない。が、お喋りに付き合う約束だ、付き合おう。
手頃な椅子に座って、ぼうっと辺りを観察する。
もしかしたら少し緊張しているのかもしれない。
五分か、十分くらい経ったころ、目の間には紅茶とお茶請けのケーキが並べられた。
「はい、あまり上等なお茶じゃあないけれど」
「良いよ。味の違いなんて分からねぇから」
「安い男ね」
「ほっとけ」
入れてくれた紅茶に口をつけても、やはり種類までは分からない。
ふと、目線を上げるとマリーと目が合う。
いつものように頬杖を突いているマリーは、しかし珍しく笑っていた。
そういえば、今日はワイシャツと黒いスカートではなくカットソーにパンツとラフな格好だ。
「今日は休みなのか?」
「えぇ、同僚に仕事を押し付けてね」
「同僚に仕事を押し付けてんじゃねぇ」
だからすれ違った職員さんの目が据わってたのか。
面倒くさがりなのは分かっていたが、ここまで開き直られるといっそ清々しい。
まぁ、ギルド職員同士の事情なんて俺には関係ないことだ。後で怒られるのはマリーな訳だし、余計なことは言わないでおこう。
お互いに紅茶を一口飲む。
けれど、そこからマリーの雰囲気が一気に変わった。
「ねぇ、聞いても良いかしら」
「……何をだ?」
不思議と辺りの温度が低くなった気がした。
さっきまでの冗談を言い合っていた空気が既に無く、まるで尋問をするかのような口調に和らいだ緊張が再び張り詰める。
「どうして貴方は無傷で帰ってこられたの?」
射殺す様な目が俺を貫く。
喉元に刃物を当てられているんじゃないかとさえ思ってしまう。
どうして、と。ベルデイレの事を言っているんだろう。
「あぁ、別に責めてる訳じゃないわ、ただ怒ってるだけよ。そりゃあクロだって人間だもの、仕事でミスもするし怪我もするわ。でもね、あの子は冒険者の中でもベテランの部類よ。滅多なことじゃあ寝込むほどの怪我はしないわ。もう一度言うわね、どうして大した実力もない貴方が無傷でノコノコと帰ってこられたのかしら?」
普段の気だるげなマリーからは想像もできない程、怒気に満ちた声。
あまりの空気の変わりように、思考が一瞬止まる。
だが、そんな頭でも返答を誤ればただでは済まないことだけは理解ができた。
ゴクリ、と喉が鳴った。
「……」
少し考える。
結論は直ぐに出た。
隠すのは得策じゃない。
「……実は俺、不死なんだ」
「へぇ、その戯言を私はどうやって信じれば良いのかしらね」
証明しろ、とそういうことだろう。
俺はケーキと一緒に添えられていたフォークを手に取り、掌に突き刺す。
鈍い痛みと共に傷口からは少量の血が溢れようとしていた。けれど、それも一瞬のこと。
血はすぐさま傷口の中に戻り、傷口は何事もなかったように消え失せた。
「……な?」
「なるほど。魔法も使った形跡も無いし、実際に見たのだから信じるしかないわね。でも、それなら猶更どうしてあの子を守ってあげなかったの?」
「……っ」
「目を逸らさないで、答えなさい」
「いや、お前の言う通りさ。俺には大した力もねぇ、そのせいであいつを守れなかった。言い訳するつもりはねぇよ」
「力? 勘違いしないで頂戴、貴方に足りなかったのは力じゃなくて覚悟よ。あの子を本当に守りたかったなら、他の全てを見捨ててでもあの子を守るべきだったのよ」
「っ、それは!」
「貴方、駅に居た一般人を巻き込まないためにアルカ・ハイマーの要求を呑んだのよね。えぇ、その心意気はあっぱれよ。でもね、貴方はいつから正義の味方になったのかしら?」
「っ、!」
「昔、知り合いに貴方みたいな人も居たわ。正義感が強くて、誰よりも魔法の才能に溢れて、誰からも慕われていた」
先ほどまでの怒りは冷めたのか、マリーは落ち着いた口調で続けた。
けれど、その表情はどこか寂し気だ。
「私を含めて、みんなの憧れの的だったわ。誰にも倒せなかった魔物を倒し、誰にも真似できない魔法を使って、誰よりも多くの人を救ったわ。英雄と呼ばれたこともあった。でもね、そんな人でさえ最後は呆気なかった。魔法の流れ弾から市民を庇って、死んだのよ」
「……クロの、親父さんか」
「あぁ、知ってたのね」
「ガドルから聞いた。それに、死体とはいえ実際に会ったからな」
「そう、そうだったわね……」
温くなった紅茶を飲み干し、マリーは立ち上がる。
お喋りはもう終わりらしい。
俺も紅茶を飲み干してから立ち上がる。
ケーキは……まぁ、職員の人にでも食べてもらうか。
「これが探してた薬草よ」
「あぁ、助かる」
「最後に一つ、いいかしら」
「……あぁ」
「自分が本当に守りたいものが何なのか、よく考えなさい。力なんて、幾らあっても足りないんだから……」
それだけ言うと、マリーは何処かへ行ってしまった。
本当に守りたいもの、か。
随分と難しい問いだ。
俺はもう、二回もあいつを守れなかったのに……。
俺はあいつの、クロの隣に居て良いんだろうか。
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