第四章 天を飲み込む蛇

第44話 神に祈るは己の願い

 淡い日の光が部屋に差し込む。

 生きとし生けるものの命を育む光に照らされた部屋は、白く一切の穢れがない。

 静謐に満ち満ちた部屋には一体の神像が目を閉じて、この世の安寧を祈っている。

 そして、その足元では一人の男が神に祈りを捧げていた。

 名前はアレク・ハイマー。

 黒い祭服に身を包み、白い長髪を後ろで束ねている彼は王都・アーベントの隅にある教会の神父だ。

 その男の後ろで、ドサッと何か倒れるような音が聞こえた。


「アルカ、神の御前だ。無様な姿を晒すな」


 アレクは閉じていた金色の瞳を開くと、後ろも振り向かずそう言った。

 あまりの言い草にアルカの口から笑いが漏れる。


「ハハッ、酷いなぁ神父様。ボロボロで死にかけの人間を心配してくれても良いじゃないか」

「戦闘をするように指示をした覚えはない。お前にはクロ・カトレアをもてなすように頼んでいた筈だ。何故そうなった?」

「いやぁ、僕なりにもてなそうとしたら気に入ってもらえなかったみたいで……」


 疲れ気味に笑うアルカの返答に、神父はため息をついて漸く振り返った。

 倒れている彼を見て一瞬、その顔が張り詰める。


「……その腕はどうした?」

「あぁ、これ? 凄いでしょ、彼女の連れにやられたんだ。魔力で覆っていたからこの程度で済んだけど、覆っていなかったら全身粉々になっていたかもしれないや」

「……ふむ」


 アレクはアルカの近くでしゃがむと、崩れかけている彼の右腕を興味深げに眺める。

 肘から先が砕けている腕は、少し触れただけでパリッと小さな破片を落とす。

 それを見て、アレクは直ぐに治癒魔法をかけた。

 けれど、崩れた腕は完全には治らない。

 アレクの顔が曇った。


「……意外だね、あんたがそんな顔するなんて」

「言葉を慎め、。父親が息子を気に掛けるのは当たり前だ」


 腕以外の怪我も直しながらも、アレクの顔は依然曇ったまま。


「当たり前、か。そうだね、当たり前だ。スラムの日陰で盗みに失敗して、実の親に殺されかけたクソガキはもう居ない。あんたと出会って僕は一度死んだ。あんたから貰った命だ、あんたの願いの為に使うよ」

「あぁ、だが今は休め。私達には幾らでも時間がある」

「それはそれとして、一応報告しておくよ。彼女の魔法だけど、あんたの期待には沿えないと思うよ。なにせ、自分の怪我も治せない不良品だ」

「……何か勘違いしていないか、アルカ」


 神父の言葉にアルカの顔に疑問が浮かぶ。

 さて、自分は何か勘違いしていただろうか。

 クロ・カトレアの再生魔法を覚醒させ、その魔力を奪うことで不老不死という御伽噺おとぎばなしを現実にするのではなかっただろうか。

 だが、その思考は外れていたようでアレクは小さくため息をついた。


「お前は昔から人の話を聞かないな。別に自分の傷を治せないことなど問題にもならん。彼女に治してもらうのは人ではない——神だ」


 静かに、呟きながら神像を見上げるアレクの顔は、まさに神へと許しを請う神父のそれだった。

 だが、アルカは知っている。

 この男は神に祈っているのではない。

 この男が信じているのはいつだって力だ。

 だからこそ、神父の身でありながら自ら神と同等の力を得ようとしているのだ。


「いつの世も、人間が最後に信じられるのは力のみ。ハハッ、そりゃあ神様に嫌われる人間も居るわけだ……」

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