第三章 核心と片鱗
第32話 冒険者が冒険に行くとは限らない
王都に戻った俺達は、活気に満ちた雰囲気を感じつつギルドに向かっていた。
メリセアンから王都に戻るまでに立ち込めていた雲は次第に晴れ、僅かながらに雲が残るほどの空は依然として平凡だ。
けれどおそらく、こういう平凡を平和と呼ぶのだろう。
なんて、詩人的なことを思いつつ俺達はギルドに立ち寄り、ガドルの部屋を訪れていた。
初対面の時から変わることのない、ファーをあしらった青のジャケットにオールバックの銀髪は今でも厳つい印象を覚える。
けれどその反面、話してみれば人当たりが良いのだから反応に困る。
メリセアン商会と比べると簡素な部屋は、しかしガドルの纏う雰囲気で妙な安心感があった。
「ただいま戻りました、マスター」
「おぉ、その様子じゃあ無事に終わったみたいだな。お前さんは初仕事だったな、どうだった?」
「思った以上に大変だったよ。残業はもう沢山だ」
「ハッハッハ! それについちゃあ同感だ。それで、わざわざ俺のところに来たのには何か理由があるんだろ?」
話が早くて助かる。
俺達はメリセアンであったことをありのままに話した。
合成獣のこと、ウロボロスのこと、ケイネスのこと、ケンジのこと、取り敢えずクロの身に関わることを中心に報告する。
俺達の話を一通り聞くと、ガドルは表情を曇らせた。
「話は分かった。俺の方でもウロボロスについては調べちゃいるが、有力な情報は入手できてない。王都の次はメリセアンか……。それもお前たちが行く場所に奴らが居るときた」
「……監視されてる、なんて考えたくねぇな」
「だとしても、現時点じゃあ監視している奴を絞り込むまでには至らないな。手持ちの情報があまりにも少ない」
難しい表情のまま、ガドルは考え込む。
「……お前たち、しばらく休め。その間に俺の方でも情報を集めてみる。さっき言っていたメリセアン商会のマスターとも連携を取る」
「……分かりました。すいません、マスター」
「なに、クロが謝ることじゃねぇ。保護者として当然のことだ」
ご苦労だったな、の一言を最後に俺達はガドルの部屋を後にした。
取り敢えず、また急な空き時間ができてしまい俺とクロは顔を見合わせる。
「しばらく休め、か」
「今は仕方ないですよ。下手に動いても危ないですし」
「まぁ、そうだな。とはいえ、どうやって時間を潰すか……」
「それなら、私と魔法の特訓をしましょう」
「特訓?」
「任せてください、一週間で基礎を叩きこんであげますから!」
「いや、まだするとは一言も……」
言い終わる前に、クロは駆け足でギルドの階段を下りていく。
去り際に見えた彼女の表情はやる気に満ちていて、きっと俺の言葉なんてどこ吹く風だろう。
休みだろうが、仕事だろうが、あいつに振り回されている気がする。
でも、それを心のどこかで楽しんでいる自分がいるのだから救えない。
ほんの少しだけ笑みが混じった嘆息を零しながら、俺はクロを追いかけた。
****
「ほら、足が止まってますよ!」
「っ、く!」
的確に顔面に繰り出された右の回し蹴りをどうにか左腕で受け流す。
あの後、早速魔法の特訓をすることになった俺は近くの森で絶賛クロに虐められていた。
いや、言い方が悪いな。
絶賛体術の特訓中だ。
魔法の特訓の筈だったのに、「魔法を扱うためにもそれなりに体力も必要ですよ」という主張の下、こうなってしまった。
「んの、やろっ!」
続けざまに飛んでくる後ろ回し蹴り。
それを咄嗟に体を逸らして躱す。
一瞬できた隙に拳を握り、クロへと間合いを詰める。
振りぬけば間違いなく当たる間合い。
けれど、寸でのところで止めてしまった。
いくら特訓とはいえ、女の子を殴るのに気が引けてしまったのだ。
数秒の間、自ら産んでしまった間抜けで致命的な隙。
あぁ、終わったな……。
そう思うと同時に顎を思い切り蹴り上げられた。
今日も、空が青い。
****
顎の痛みが少し引き始めた頃、俺は草むらで寝転がっていた。
運動後の火照った体を乾いた風が撫でて、少し気持ちがいい。
特訓は一度中断して、今は休憩中だ。
隣に居るクロも自前のタオルで汗を拭っていた。
「すいません、思い切り蹴っちゃって……」
「あぁ、結構効いた。まぁ、特訓中に隙を見せた俺にも非があるしお互い様だろ」
「……何で手を止めたんですか?」
「あぁ? なんとなく気が引けたからだよ」
「そういう優しさはいざという時に仇になりますよ。もし私に化ける魔物とかが出てきたらどうするんですか」
「その時は……どうにかするよ、多分」
「もう……」
呆れたようなため息を零すクロ。
こればっかりは性分なので仕方がない。
もしもクロの言うような魔物が出てきたらその時に考えよう。
そんなことより、今は魔法の事だ。
「それで、この後は何するんだ?」
「まずは魔力を操ることから始めましょう。これができないことには何も始まりませんから」
「わかった」
「体術に関しては思ったより動けてますよ。しばらくは魔力操作と並行して私と組み手をしましょう」
「おう」
返事をしながら体を起こす。
体術、というより俺の場合は喧嘩慣れしてるだけなんだけどな。
ガキの頃から不二とは数え切れないくらい喧嘩をしてきた。
殆どが下らない内容から発展した殴り合いだったが、今では良い思い出だ。
って、今は良いか。
「でも、もう少しだけ休憩してからにしましょうか」
「随分とのんびりした特訓だな」
「まさか、今だけですよ」
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