第29話 咎
「さぁ、反撃開始だ」
クロはナイフを構え、俺は拳を握る。
予備の弾倉は貰っているが、不慣れなリロードをしている暇は無い。
まぁ、元々扱い慣れてない武器だ。無くてもあまり変わらないだろ。
問題はいくらクロの調子が戻ったとはいえ、数的不利な状況は何も変わっていないことだ。
でも、ここまで来て逃げる訳にはいかないし、何よりそれをする理由もない。
だってそうだろ? あいつは俺の同類で俺はあいつの同類だ。
だったら——俺があいつを倒す。
「……私は、負ける訳にはいかない。失敗する訳にはいかないのだ。もう一度、友と——テリーと逢うために!」
自分に言い聞かせるように叫ぶケイネスは懐から小さな瓶を取り出す。
薄暗い洞穴の中、中身までは分からない。
けれどそれを確認する暇もなく、ケイネスはそれを一息に飲み干した。
瞬間、ケイネスが纏っていた雰囲気が変わった。
気のせいか、辺りの気温が下がった気がする。
「何を——」
言い切る前に、辺りの死骸たちが吠え始める。
最初は二十匹程度だった死骸たちの遠吠えは、瞬く間に数が増えていく。
三十匹……四十匹……それ以上。
「冗談じゃねぇぞ……」
まだ操れたのかよ……ッ!
そんな愚痴を溢しているうちに死骸の数は遂に五十匹を超えた。
これは、いくらなんでも……。
口の中に溜まった唾を飲み込む。
「……どうする」
「はは、逃げられるなら逃げたい気分ですね……」
乾いた笑いを零しながらクロはそんなことを言った。
チラッと横目で見ればクロの額からも一滴の汗が流れていた。
けれど、それを拭う暇すらも今のこいつには無いようだ。
俺だって前言撤回して逃げ出したい気分だ。
「それはきついんじゃなかったのか?」
「冗談ですよ。死骸の群れは私がやります。タケルさん、まだ銃持ってますか?」
「持ってるけど、弾は入ってねぇぞ」
「構いませんよ、私が持ってますから。ついでに渡してる弾倉もください」
できるだけ死骸の群れから目を離さずにクロに銃と弾倉を渡す。
受け取ると同時に慣れた手付きでリロードする。
一呼吸をする間にクロの両手には二丁の銃が握られていた。
「ナイフ要ります?」
「いや、要らねぇ。犬っころの相手くらい素手で十分だ。俺の事より自分の心配をしろよ」
「それこそ大丈夫ですよ。操り人形の相手くらい余裕です」
「そりゃあ頼もしい」
軽口が終わると同時に狼の遠吠えが洞穴中に響いた。
戦いの銅鑼にも似たそれは最後の戦いの合図となり、死骸の群衆が襲い掛かってくる。
距離は十メートルもない。あれが俺達の所に来るまで五秒と掛からないだろう。
五十匹の死骸の群れと二人の冒険者。
まったく、ただの人探しが気づけばホラー映画によくある展開になってしまった。
まるで安物のゾンビ映画みたいだ。
いや、最近の映画はもっと出来が良いか。
「タケルさん!」
クロの声に思考を打ち切る。
飛び掛かってきた一匹の死骸を避けながら狼へ向けて走り出す。
途中、何度も死骸の爪や牙が体を掠めた。
だが、それを無視して群れの統率者に迫る。
「無駄だ、君ではその子に勝つことはできない!」
「勝つ必要はねぇよ!」
俺の役目はこの狼を抑えることだ。
その間にクロが死骸の群れを片付けるさ。
そうすれば、今度こそお前の仕掛けも底を尽きるだろ?
「シッ……!」
間合いに入ると同時に当たりもしない拳を振るう。
元々銃弾を躱せるくらいの身体能力があるんだ。俺がどんなに頑張ったところでこの狼に触れることすらできない。
つまり、カウンターを狙うしかない。
だが、狼もさっき俺に捕まったことを覚えているらしく、拳を躱してもそれ以上踏み込んでくることはなかった。
「ちっ、やりづれぇな……」
でも結果的にはこれでも良いか。
クロの方へ行かせなければ十分だろ。
後ろで聞こえる銃声は依然として止まない。
クロの事も気がかりだが、一瞬でも目を離せばギリギリのところで保っている均衡が崩れてしまう。
せっかくクロが踏ん張ってくれているんだ。かっこ悪い所は見せられない。
……いや、それはもう遅いか。
「っ、と!」
飛び掛かってくる狼を寸でのところで躱す。
ほんの少しだけ余裕ができたおかげか、こいつの動きにも慣れてきた。
後はどうにか隙を作ることができれば一撃入れられる筈だ。
クソ、変な意地を張らずにナイフ借りておくんだった……。
内心愚痴っているとふいに背中に軽い衝撃を感じた。
「……クロか?」
「えぇ、そっちは大丈夫ですか?」
「決め手に欠けてる」
「……私の腰のバッグに閃光弾があります」
「貰っとく」
ほんと、準備が良い。当分は足を向けて寝られないな。
短い会話を終わらせ、感覚だけを頼りに手探りでクロのバッグから閃光弾を取り出す。
さて、今まで散々後手に回ってきたんだ。
そろそろこっちの番だ。
「喰らってろ」
ピンを抜き、狼の眼前に閃光弾を投げる。
俺は両手で目を覆った。
カンッと小さな金属音が聞こえた直後、真っ暗な洞穴は白く染め上げられた。
「ぬ、ぐあああああっ!?」
閃光を直に喰らったらしくケイネスと狼の苦悶の声が聞こえる。
やっとまともに隙を見せたな。
光が収まると同時に狼に向けて走り出す。
首に手をまわして、体を倒して、跨る。
両手で顎と喉を押さえ、限界まで握力を込めた。
流石に握りつぶすとまではいかなかったが、それでも狼は大人しくなった。
「上手くいきましたね」
「あぁ、そっちも片付いたのか?」
「当然です」
頬に付いた返り血を拭いながらクロはケイネスと狼へ銃を向ける。
「さぁ、今度こそ終わりです」
「ぐっ、うぅ……」
未だに視力が戻らないのか、ケイネスは目に手を当てながら俯いていた。
けれど、見えないながらに状況は薄々察したのだろう。先ほどまであった戦意のようなものは削げ落ちている。
ふと、血と硝煙の臭いが鼻につく。
チラッと後ろを見ると、死骸の群れが所狭しに転がっていた。
今まで喧嘩なら散々やってきた。けれど、この場所はもう喧嘩で済むような場所じゃない。
ここは命のやり取りをする場所だ。
そんなことを今更ながら思い知らされた。
「私の……敗北か……」
「えぇ、そして私達の勝ちです」
クロの静かな勝利宣言と共にケイネスは小さく咳き込んだ。
かなり無理をしたせいか、口から血が出ている。
おそらく喉を傷めたのだろう。
「諦めてください。そうすれば命までは摂りません」
「ふふ……ここまで来てまだそんなことを言うのか」
「私達の仕事は行方不明者の捜索とその犯人の調査です。貴方を殺すことは含まれていません」
「甘いな。有無を言わずに引き金を引いておけばここで決着はついていただろうに」
「なにを——」
「非情になりきれない。それが君達の敗因だ……」
途端、俺の下に居た狼が暴れ始めた。
力の限り身を捩り、顎を押さえていた俺の手を外れ左腕に噛みついた。
「ぐ、うぅ!?」
肉が裂け、骨が折れる音と共に全身を駆け巡る痛みに一瞬抑える力を緩めてしまった。
あっという間に俺と狼の上下は入れ替わる。
だが、クロもそれを見逃さず狼を撃った。
放たれた銃弾は今度こそ狼の胴体に当たり、鮮血が宙に舞った。
「ちっ……」
つい舌打ちをしてしまう。
噛み砕かれた左腕は既に治っている。
けれど、そんなことよりもあっさりと狼に抜けられたことの方がダメージがデカかった。
あぁ、まったく。また面倒なことになった。
「頭を狙ったんですけど……。咄嗟に頭を逸らして胴体で受けましたね」
「はは、化け物が……」
賢い奴だなと思ってはいたが、まさかそこまでと思わなかった。
狼は血を流しつつも相変わらずケイネスを護る様に俺達を睨んでいる。
いい加減、諦めてほしいもんだ。
けれど、細やかな願いは届くことなくケイネスは懐から何かを取り出す。
白く輝くその物体は、血生臭いこの場所には似合わないくらい暖かく鼓動していた。
「すまないテリー。君を生き返らせると約束したのに……」
哀願に近い呟き。
薄っすら湿った声で紡がれた言葉の後、ケイネスは白い輝きを狼に喰わせた。
輝きを喰らった狼は何か決心したような目つきでケイネスを見つめる。
「だから、一緒に逝こう」
ケイネスは涙を流しながら、しかし確かな笑みを浮かべて——狼に喰われた。
ブジュっと肉が潰れる音が洞穴に木霊する。
あまりの光景に呼吸すら忘れてそれを見ていた。
聞く機会など殆ど無いであろう人が喰われる音。
肉を喰らい、血を啜り、骨すらも噛み砕く。
赤黒い血で顔を染めながら狼は喰らい続ける。
ケイネス・ゼーラと呼ばれた男を、その存在ごと取り込むように。
ゴクリ……と飲み込む音が聞こえた。
「さア、敗者復活を始メようカ……?」
体中を赤黒く染めた化け物は不出来な笑顔で人間のようにそう言った。
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