第19話 どちらかと言えば探偵寄り
メリセアンに着いた時には陽が落ちかけていた。
昼間に賑わっていた大通りも人通りが少なくなり、往来する人々は家に帰るか仲間や友人と夜の街に向けて徒党を組んでいた。
そんな街灯に照らされた路地をクロと肩を並べて歩く。
目的地なんて決まっていないが、自然と街を歩く流れになってしまったのでこうなっている。
「何食べます?」
「んー、なんでもいいよ」
確かに腹は減っているが、それよりも疲労の方が勝っているので腹が満たされればなんでも良い。
だが、それではクロは納得してくれないらしくムッと頬を小さく膨らませた。
「もう、そういうのが一番困るんですよ? タケルさんはもっと欲深くなったほうが良いです」
「わかったわかった。じゃあ——」
「おう、お二人さん今帰りか~!」
もう適当に店を決めてしまおうかと思っていたら、通りの奥の方からケンジが手を振っていた。
丁度良いと言えば丁度良いタイミングだった。
この際だ、ケンジに店を聞いてみるか。
「その様子じゃあ楽勝だったみたいだな」
「あぁ、うちの相棒は優秀なんでな」
「羨ましいねぇ。なぁ、嬢ちゃん美味い話があるんだが聞いてみる気ねぇ?」
「間に合ってます」
「かぁ~手厳しい」
「早速人の相棒を口説くな」
クロが居なきゃ俺は何もできないんだ。……自分で言ってて悲しくなるな。
そんな軽口を叩きあいながら、増えた仕事の分ケンジが飯を奢ってくれることになった。
なんでも安くて美味い店を知っているらしく、節約したい俺たちとしてもありがたい。
そこまでは良かったが、連れてこられたのがメリセアンの住民御用達の酒場だった。
「なんで酒場……」
「んあ、嫌だったか?」
「いや、俺はともかくクロがな……」
つい横に居るクロを見る。
成人していると本人は言っていても、俺からすれば十六の子供だ。
酒場に連れて入るのは気が引ける。
「私もここでいいですよ。慣れてますし」
「……そうか」
「折れるの早いな~」
「ほっとけ」
本人が良いと言ってるなら、もう気にしない。
冒険者に必要なのは神経の図太さだと今日学んだばかりだ。
中に入ると、酒場特有の酒と料理の匂いがむわっと来た。
黄色い照明に照らされた木造の店内はそれなりに広く、客もそれに見合う位それなりに居た。
ケンジがあらかじめ予約をしていたのか、混んでいる割にはさっさと座れた。
店の奥にある隅の席に座る。
「取り敢えずこれとこれとこれと——」
「私はこれとこれを——」
メニューを見るや、ケンジとクロが次々と注文していく。
その速度に若干引くが俺も腹は減っているので肉料理を注文した。
十分もすれば机の上は料理と酒で埋め尽くされていた。
一体何人前頼んだのか見当もつかないが、とりあえず二人ともが途轍もない勢いで料理を平らげていく。
いまいち酒場の空気に馴染めず置いてけぼりをくらった俺は、仕方なく頼んだ肉料理をちまちまと食べることにした。
「…………」
「タケルさん、食べてます?」
「食ってるよ、お前らが早いんだ」
「……はい」
ちょこちょこ料理をつまんでいると、クロが俺の口元に料理を運んできた。
突然の事に思わず手が止まり、料理とクロを交互に見てしまう。
「……何だよ」
「これ、美味しいですよ?」
「いや、そういう事を聞いているのではなく」
「もっと食べないと体が持ちませんよ。だから食べてください」
「いや、自分で取るって」
「いいから、食べてください」
「……分かったよ」
このままじゃずっと押し問答の繰り返しになりそうなので、諦めて口元まで運ばれた料理を食べた。
クロの言う通り料理は美味かったが、いかんせんちょっと脂っこい。
「どうですか?」
「美味い」
「そうですか」
それだけ言うと、クロはまた机一杯に並んだ料理を食べ始めた。
ホント、この小さい体のどこに入ってるんだ。
ふと、向かいの席に座っているケンジと目が合った。
「…………本当にカップルとかじゃないんだよな?」
「あぁ、強いて言うならビジネスパートナーだ」
「え~俺の前だってのにイチャついてくれちゃって……。あーあー独り身の目には毒だわ」
「うるせぇ、黙って食え」
「まぁまぁ、照れるなよ。意地悪でもう一つ依頼したくなっちまうだろ」
「ギルドを通してからにしてくれ」
なにせ、今の俺は疲れている。
今日一日で重い荷物を背負って街中を歩き回り、広い森を魔物に追われながら駆け周ったり、それはそれは疲れている。
今日はもうこれ以上仕事の話をしたくない。
「でさ、もう一つ依頼したいんだけどもさ」
「話聞けや」
「まぁまぁ、話だけでも聞いてくれよ。実は最近、メリセアン近郊で人が行方不明になる事件が多発してるんだよ」
酒を片手にケンジは勝手に語り始めた。
全部聞き流してやろうと思ったが、律義なことに俺の耳はしっかりとケンジの話を拾ってしまった。
我ながら損な性格をしていると思う。
「ただの行方不明ならまだいいが、こいつはちょっと妙でな。魔力を持った人間だけが行方不明になってんだよ」
「魔力を持った人間?」
「あぁ。冒険者や商人、一般人を問わず魔力を持ってる人間だけが行方不明って訳だ」
「……それって誘拐なんじゃねぇのか?」
「俺もそう思って調査班を向かわせたんだけどな? 結局、分かったことは行方不明になった場所が全員一緒ってことだけだった。ただ、アンタが言うように誘拐で間違いないと思うぜ。あの場所はそうそう迷子になりやすい訳でもねぇからな」
「その場所ってのは?」
「今日アンタたちが魔物を討伐した森だよ」
「はぁ!?」
あまりの事に思わず大声が出た。
俺の声に周りの客達の視線が一気に俺たちに集まる。
それがとても気まずくなって、声のボリュームを下げた。
「……まさか、今回の依頼って」
「いや、そういう腹積もりで依頼したわけじゃねぇよ。今回は偶々あの場所に魔物の群れが湧いただけだ」
「ならいいけど……」
「けど。魔物が居なくなったとはいえ、こう行方不明者が増えてちゃあ安心して商売もできない。それでだ、あんた達にはこの行方不明者の捜索を依頼したいんだ。勿論、こちらに用意できるものは最大限用意するし、報酬についてだって色を付ける」
ケンジは話を打ち切ると手に持っていた酒を一気に煽った。
「……どうするクロ」
ケンジに聞こえない様に耳打ちするとクロは食べる手を一度止めた。
「幾つか聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
「あぁ、構わねぇよ」
「まず、最初の行方不明者が出た時期は何時ですか?」
「一週間くらい前だな。部下の友人の家族が行方不明になってな。そいつの頼みで森を調査したけど未だに見つかってない」
「行方不明になった場所は本当に森だけなんですか?」
「今のところはな。三日前に三人目の行方不明者が出たが全員、あの森に行く用事があった奴らばっかだ。一応森を抜けた先にある村の人間にも話を聞いたが、そこの住人も一人居なくなってた」
「……村の住人は他に何も知らないのか?」
「あぁ。そこで依頼を受けてた冒険者も居なくなってんで、ついでに調査もしたけど手掛かりらしいものは無かったな」
「では最後。今日、森で合成獣を見かけました。何か心当たりはありますか?」
「合成獣? いや、そんな報告は受けてねぇな」
「そうですか……」
ケンジの答えにクロは難しい顔をした。
話を聞く限りじゃあ、三人の行方不明者が居て、そいつら全員が森で居なくなっている。
目撃者も無し。
ついでに合成獣(多分、あの見た目が変だった獣の事だろう)も居ると。
冒険者というより探偵向きな仕事だな。
それに、簡単な人探しで済む話でもなさそうだ。
暫く考えた後、クロは俺の方を見てきた。
多分、返事をどうするか考えてるんだろう。
「お前に任せるよ」
「いいんですか?」
「あぁ。それに、俺だってここまで話を聞いて無視できるほど残忍でもねぇよ」
「分かりました」
「話は決まったかい?」
「えぇ、受けましょう」
「よし、交渉成立だな」
カンッ、とジョッキがぶつかる小気味よい音と共に俺達は新たな仕事を請け負った。
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