第18話 初仕事には残業が付き物

 穏やかな木漏れ日、小鳥のさえずる声、そして獣の唸り声。


「死ぬ、本当に死ぬッ!」


 枯れ枝を踏み砕きながら森の中を走り抜ける。

 後ろをチラリと見れば、涎を垂らしながら俺を追ってくる犬のような魔物が三匹目に入った。

 犬、とは言っても前足やら尻尾やらに別の動物の部位が見える。

 だが、考えるのは後だ。今、少しでも足を止めたら奴らからは逃げられない。


「クッソ、なかなか上手くいかねぇな!」


 本当ならとっくに仕事を終えて街に戻っている筈なのだが、突如として発生したイレギュラーによってその予定は崩れ去った。

 魔法も使えなければまともに使える武器もない。

 そんな俺が討伐の仕事で役に立てる筈もなく、討伐はクロがその後始末を俺がすることになっていた。

 報告にあった魔物はクロが全て討伐して、その証である魔物の一部をナイフで剝いでいると突然後ろから唸り声が聞こえた。

 背中から嫌な汗が流れるのを感じながら振り向けば、報告に無かった三匹の魔物に襲われたのだ。

 クロから借りた銃を撃ってはみたが、日本産まれ日本育ちの俺がまともに当てられる訳もなくこうして森の中を全力疾走している訳だ。


「タケルさん、閃光弾を!」

「あ、あぁ!」


 掠れた返事の代わりに、渡されていた閃光弾のピンを抜いて地面に転がす。

 数秒後、破裂音と共に俺の後ろで目が眩むほどの閃光が犬の目を焼いた。

 情けない声と共に木にぶつかった魔物をクロが逃すはずもなく、三発の弾丸が犬の命を刈り取った。


「がっは、はぁ、げほっ、おぇ……」

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫に、見える、のか?」


 吐きそうになりながら木にもたれ掛る。

 うげ、本当に気持ち悪い……。


「にしてもゼロかぁ……」


 持ってきていた水を飲みながら口をついた愚痴に、クロが苦笑いを零す。

 ケンジの言っていた通り、魔物は複数の群れで行動していてその数は全部で二十を超えていた。

 実のところ一匹くらいはいけるんじゃないかと思っていたが、蓋を開けてみればゼロ匹。

 俺がしていたことと言えばこのだだっ広い森を全力疾走していただけ。

 つまりクロに全部任せっきりで終わってしまった。

 なんだか泣けてくる。


「は、初めてなら仕方ないですよ。ほら早く帰りましょ」

「……そうだな」


 持ってきた水を飲み干して仕事の後始末に取り掛かる。

 木々に覆われた森は日陰が多く、日中でも比較的涼しい。

けれど、汗で張り付いたワイシャツの不快感を拭うには些(いささ)か物足りない。

 もう少し、服装に気を使った方が良いのだろう。


「……他に魔物が居ないか辺りを見てきますね」

「ん、あぁ、頼んだ」


 隣に居たクロは銃の残弾を確認した後、森の中へと消えていった。

 警戒するに越したことはないと思うが、その時のクロの横顔はまるで本当に魔物が居ると確信している様な、険しい顔つきをしていた。

 なんとなく過る嫌な予感に背筋が小さく震える。

 このまま何事もなく終わってくれと俺は切に願った。


****


 タケルさんに後始末を任せた後、私は彼から距離を取る様に森の中を進みました。

 さっき討伐した魔物の群れ、最後に出てきたあの三匹は『合成獣』と呼ばれる魔物です。

 合成獣、キメラとも呼ばれるアレは複数の魔物の遺伝子を掛け合わせて造られる人造の魔物でその多くは製造者の手で管理されます。

 偶に管理しきれなかった合成獣が野生化することはありますが、基本的に野生で見かけることはありません。

 つまり、あの合成獣は故意的に放たれた可能性が高いのです。

 それも製造者は私達を監視できるところに陣取っている筈です。


「……出てきたらどうですか?」


 豊かな緑の中に、私の声が消えていきます。

 実は仕事中、ずっと誰かの視線を感じていました。

 最初は気のせいかと思いましたけど、違います。

 現に今だってその視線を感じますからね。

 タケルさんの方に行っていないとなると目的は私でしょうか……。

 気配を感じるほうへ銃を向けると、気配は直ぐに私から遠ざかりました。

 争う意思はないようです。


「、…………」


 気配が完全に消えるのを待って銃をしまいます。

 少し、考えてしまいます。

 気配の主の目的が私だとすれば、それは多分——


 ——パキ……ッ。


「ッ……!」


 僅かに聞こえた小枝を踏み砕く音。

 それに反応して、咄嗟に銃を抜きます。


「待った待った、俺だって」

「……タケルさんでしたか」


 定めた照準の先では、タケルさんが両手を上げていました。

 直ぐに銃を下ろすと、彼はそのままゆっくり近づいてきます。

 木陰に紛れている彼の表情は、驚きと心配が入り混じっていて、私は直ぐに銃を下ろしました。

 いや、本当にすみません……。


「悪い、そんなに驚くとは思わなくてな……」

「い、いえ、私こそごめんなさい」

「何かあったのか?」

「何でもないですよ。多分気のせいです」

「……本当か?」

「本当ですよ、こんなことで嘘ついたって仕方ないじゃないですか」

「……それもそうだな。帰ろうぜ」

「はい」


 とりあえず、頼まれた仕事は片付きました。

 後は明日にでもケンジさんに報告を済ませれば依頼も完了です。

 何事も無ければ、ですが。

 疲れた~と愚痴を零す私より大きな背中を追いかけながら、ちょっとだけ悩んでしまいます。

 私は彼と出会って良かったのだろうか、と。

 少し、不安です。

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