第16話 異世界でも試験はあるらしい
重い木の扉が開かれると、酒と料理の匂いが溢れてきた。
思い出したくもない飲み会の記憶が蘇る。
目に飛び込んでくる居酒屋の様な風景に、俺の足は自然と帰り道の方向を向いていた。
「ちょっと、どこ行くんですか」
「いや、どうもこういう場所は苦手でな」
「もう。仕事を手伝う約束でしょ! 行きますよ!」
「はーいはい」
どうしても嫌なら、手でも握ってあげましょうか?
なんて悪戯に笑うクロの背中を押すように中を進む。
まぁ、仕事を手伝うと言った手前、帰る訳にはいかないか。
ギルド、つまりは組合と呼ばれることだけあってきちんと仕事をしている人もいた。
掲示板らしきものに貼られているのは仕事の紙なんだろうが、やっぱり読めやしない。
「マリーさん、ちょっと良いですか?」
クロの声に意識を戻される。
気づけば受付らしきところに辿り着いていた。
そこに居たのは、酒の匂いが漂うこの場に何とも似つかない女性だった。
飾り気のないタイトな黒いスカートに、白いワイシャツ。
ウェーブの掛かったボブカットの金髪にどこか退屈気な碧眼。
微かに香る柑橘系の香水の香りが彼女の存在を際立たせていた。
如何にも秘書や事務員と言った見た目をしているが、頬杖をついている辺りそう言った職には向いていない気がする。
女性は俺たちを見ると、頬杖をやめて組んでいた足を解いた。
「あら、クロが人を連れてくるなんて珍しいわね。もしかして彼氏かしら?」
「ち、違いますって、揶揄わないでください」
「ふふ、それで何か用があるんでしょう?」
「はい、この人の冒険者登録をお願いしたいんです」
「おい、俺を抜きに話をどんどん進めないでくれ」
俺の声に女性陣の会話が一度止まる。
「あら、失礼。私はマリー・コードル。このギルドの受付嬢をやってるの、よろしくね」
「灰が……タケル・ハイガミだ。えーっと、訳も分からず連れてこられたんだが……」
「あ、そういえば言ってませんでしたね」
「おい……」
「えへへ、うっかりしてました」
はにかむクロに思わず肩の力が抜ける。
しかし、話を進めない訳にもいかないので今日何度目かもわからない嘆息を零しながら話を戻す。
「んで、結局俺は何をすれば良いんだ?」
「タケルさんには冒険者になる為に試験を受けてもらいます」
「試験?」
「そうね、まず冒険者についてだけど冒険者の主な仕事はギルドが発行した依頼を受けることよ。冒険者になるために特別な資格は必要ないけれど、ギルドが用意した試験を受けてもらう必要があるの。特別な資格が必要ないと言ったけれど人と関わる以上、文字の読めない人や犯罪者なんかを冒険者にさせる訳にもいかないのよ」
「そのための試験だと」
「えぇ、と言っても簡単な読み書きと魔力測定ついでの面接だけだから大丈夫よ。必要な書類もこちらが用意した形式に沿って書いてくれれば問題ないわ」
「待ってくれ全く大丈夫じゃない、主に読み書きが」
「大丈夫ですよ、試験の用意に一日掛かりますからその間に用意しましょう」
「用意しましょうって、一日で覚えられるかぁ!」
相棒が急にとんでもないことを言い出した。
カフェのメニューどころか、露店の商品名すら読めないのに、たった一日で言語一つ覚えろとか、それこそ機械じゃなきゃ無理だろ……。
そんな俺の必死な訴えに対して、クロはきょとんと小首をかしげた。
「名前だけですよ?」
「……それを先に言ってくれ」
大人を揶揄うもんじゃない。
そんな念を込めて、クロにデコピンした。
なんだか、どっと疲れた。
****
翌日、何とか自分の名前を覚えて試験に臨んだ。
試験はギルドの二階にあるギルド長室でギルド長——ガドル・ジルヴァが試験官として立ち会い、行われた。
「ガハハハッ! クロが連れてくるからどんな奴かと思ったが、思った通り普通じゃないな!」
「……そうっすか」
「あぁ、どの魔法属性にも適性が無いなんて滅多にない。そのくせ魔力量だけは一級品ときたもんだ」
「……反応に困りますね」
「そんなに落ち込む必要はないぞ。素質が無い訳じゃなく、ここでは測れない素質があるってことさ。それに滅多にいないってだけで前例は居る。クロだってその一例さ。うむ、合格だ!」
という訳で無事に合格らしい。
結果を知れて、俺もやっと緊張が解けた。
今は陽気に笑っているが、このおっさん黙っているとめちゃくちゃ怖い。
オールバックの銀髪に一睨みで熊を殺せそうな黒い瞳。おまけに右目は眼帯で覆われている。
ファーをあしらった青のジャケットも相まって見た目はかなり厳つい。
ヤクザの元締めをしているとか言われたら普通に信じる。
「これがお前さんの冒険者カードだ。無くしたら再発行までの間、冒険者として活動できなくなるから注意してくれ」
「わかりました」
「まぁ、後の細かい手続きはマリーのとこでやってくれ」
以上!
と言いながら、ガドルは手に持っていた資料を机の隅置いた。
取り敢えず、話はこれで終わりらしい。
ふぅ、疲れた。
「あぁ、ちょっと待ってくれ」
「……何でしょうか」
さっさと出ていきたいので立ち上がると、呼び止められた。
「慣れん敬語は使わんでいい。なに、ちょっとした雑談だ」
「はぁ……」
「クロのこと、どう思う?」
少し考える。
どう思う、ねぇ……。
「……変わった奴だなと。普通、見ず知らずの男をここまで面倒見ないだろ」
「ハッハッハ! お前さんが言うかね。クロから聞いてるぜ、ウロボロスとか言う組織の男二人相手に殴り込んだってな。見ず知らずのガキを其処までして助けそうとするかね?」
「あれはただの恩返しだ。もういいか?」
「ハハッ面白い奴だな。最後に一つだけいいか」
「あぁ」
「あぁ見えて、クロは意外と寂しがりだ。お前さんさえ良ければ傍に居てやってくれ」
「……なんで、ギルドマスターのアンタがそんなに個人を目に掛けるんだ?」
俺の疑問にガドルは一瞬考える素振りをして、あまり大声では言えないんだがな、と窓を見ながら呟いた。
「クロに両親が居ないってのは、知ってるか?」
「……あぁ、本人から聞いた」
「そうか、よほどお前さんを信用してるんだな」
ガドルは小さく笑いを零しながら続ける。
「クロの両親、特に父親とは腐れ縁でな。ガキの頃からの付き合いなんだ。あいつが結婚すると知ったときはそりゃあ驚いたもんさ」
そこに写真があるだろ、とガドルが指した机を見ると確かに写真があった。
ガドルとマリーに挟まれた黒髪の男性。
これが、クロの父親か。
「娘が出来てからはずっと娘の話ばっかでよ、俺もマリーも耳に胼胝ができるほど聞かされた。でも良い奴だったんだ。父親、ムストは魔法の天才って呼ばれててよ。俺が騎士団、あいつが魔導士団の団長をやってたんだ。部下からの信頼は厚かったし、胸を張って自慢できるダチだった」
でもな、死んじまったんだ。
ガドルは悲しそうに目を伏せながらそう言った。
「クロが三つになった年に、カルト教団が暴徒化して王都で暴走した事件があったんだ。奴らには魔法を使える奴らが多くいてな、騎士団と魔導士団が総出で鎮圧に当たったんだ」
「……その時に亡くなったのか」
「あぁ、魔法の流れ弾から市民を庇ってな。最後に娘を頼むなんて言い残して、死んじまった」
「そうだったのか……」
「あぁ、あいつは独りの辛さをよく知ってる。あいつには誰かが一緒に居てやらなきゃいけないとはわかっちゃいるんだが、立場上、手を貸せないことも多い。だから、お前さんにクロの事を頼みたい。それと、例のウロボロスって連中についての調査も頼みたい」
「……言っちゃあなんだが、新参者に任せる事か?」
「クロたっての希望だ。勿論、俺の方でも王都内の調査を進める。お前さんにはクロと一緒に都外の調査に当たってもらいたい。とはいえ、表向きは冒険者だ。基本的にはそっちの仕事を優先してくれ」
「……あぁ、わかった」
短く返事を返し、部屋を出る。
なんだか、色々と大事になっているらしい。
あまりにスケールが大きすぎるから、どこか他人事のように思えてしまう。
でもまぁ、一応は当事者ではあるのだから気にしておかなきゃダメだろうな……。
それはそれとして。
「寂しがりや、ね……」
俺も案外人の事を言えないかもしれない。
ホント、変な共通点ばかりだ。
「お疲れ様です」
部屋を出て直ぐの階段の壁に背中を預けたクロがふっと笑う。
試験の結果を伝えると、頭でも撫でてあげましょうか?
なんて言ってくる。
生憎、子供にそういう事を頼むほど俺は変態じゃない。
「……」
「ど、どうしました?」
「別に~」
「わっぷ!?」
寂しがり、という言葉を思い出してクロの頭を雑に撫でる。
あれだ、少しくらい構ってやらないと寂しくて死んでしまうからな。それの予防だ。
それに今朝から弄られた分のお返しも入っているかもしれない。
「ちょ、あの、ボサボサになるのでやめてください!」
「痛ッ、叩くな叩くな」
玩具にじゃれる猫みたいに手を叩いてくるので早々に手を引っ込める。
所々跳ねた髪を直しながら、少しむくれたクロが階段を下りていく。
「置いていきますよ!」
「はいはい」
なんだ、意外と可愛いところもあるじゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます