第四話 伊賀忍者対雑賀党『暗闘秘話』2

天正5(1577)年3月中旬 京都鞍馬由岐神社

伊賀の源氏丸



 雑賀党の生き残り、雑賀孫市とその一党が伊賀者の大将、疾風兄様の暗殺に向かって来ると聞き、伊賀の忍びが暗殺など許せば永劫の恥となる、絶対に返り討ちにするとおいらは誓った。 

 近江で戦の最中、母を亡くしたおいらは、餓死寸前のところを行商人姿の伊賀者に拾われて、伊賀藤林砦に来た。

 暖かい衣服と旨い飯をたらふく食べさせてくれて、藤林のご一家はおいらや他の孤児達を分け隔てなく、藤林家の家族だと言って育ててくれた。

 学問を教わり大人になったら、好きな仕事をすればいいとも言われた。

 楽しく愛情豊かに育ててもらった。お袋様にはつらい時や悲しい時に何度も抱きしめてもらった。

 そして成人を迎えた時、おいらは綺羅姉様達を護る忍びに成りたいと思った。

 佐助兄に言ったら『人の情けを捨てなけばならぬ。源氏丸は優しいから、それはもの凄く辛いものだぞ。』と言われたが、おいらの決心は変わらなかった。


 その日から、厳しい修行の日々が始まった。何度も熊野のお山で山籠りをし、身体を鍛え、体術や剣術、手裏剣や忍び道具の使い方、忍法の技と自分を護る独自の忍術の開発の日々を過ごした。

 そして4年、あとから加わった者も含め、藤林の孤児から30人の者が忍びとなった。

 藤林家の皆が『伊賀新選組』と名付けてくれた。おいら達が初陣で東国へ出る時、お袋様や綺羅姉は『絶対に死んではなりませぬ、恥でも無様でも逃げて来なさい』と言って、涙を流してくれた。



 ここ由岐神社で俺の持ち場は、正面の山門と参道だ。まともな軍勢であれば、正攻法で一番攻め寄せる経路であるが、忍びの者は選ばぬところ。 

 もしここを選ぶとすれば、裏の裏をかくような凄腕の忍びだろう。

 しかし予想に反して、やはりやって来た。山伏姿の男が一人、鉄砲を持っているようには見えないが、雑賀党であれば隠し持っているだろう。

 ごく普通に参道を歩いて向かって来るのでこちらも出向いて対峙する。

 おいらは白装束の神官姿で、参道を降りて来たかのように、山伏の前へ現れる。


「こんな夜更けに、参詣でございますか。」


「御祭神様にも詣でまするが、此方に居られる役行者殿にご縁がありましてな。

 お礼を申しに参ったのですよ。じゃまだてはなりませぬ、命が惜しくば立ち去りなされ。」


 堂々と暗殺者であることを名乗りやがった。相当の実力と自信があると見える。


「ほう、大した自信ですね。しからば、この伊賀の源氏丸を倒して通られよ。」


『ズダーン』突然、修験者から鉄砲が放たれる。着物の袖口に短筒を隠していたようだ。

 だが、それより早く、源氏丸の身体ば大きく跳躍し、修験者を飛び越えながら、無数の吹き針を放っていた。修験者は袖で顔を庇いながら、咄嗟に脇へ転がり難を逃れる。

 さらに、修験者が転がり体制を戻した時には、その位置を飛び越えながら、吹針を放っていた。

 堪らず修験者は他の隠し持っていた短筒を2度放つが、着地すると同時にあらぬ方向れへ跳躍する源氏丸に翻弄された。

 5〜6度、吹針の攻撃を交した修験者は、林の中に見を隠したが、源氏丸の姿を見失っていた。


 修験者の男は、火打石式の短筒3丁を隠し持っており、相手の油断に乗じて倒すのを得意技としていた。

 素早く弾込めを済ますと、今度は、なり振り構わず参道を駆け上がった。

 源氏丸に追わせることを選んだのだ。修験者の男は、息継ぎもせず200mも一気に駆け抜けて参道の終り近くに来ると、ようやく止まり脇道へ身を潜めた。


 しかし、それ以上動くことは叶わなかった。 

 先程の源氏丸が放った無数の吹針には、麻酔薬が塗られており、吹針を浴びた手足には感覚が無くなっていたのだ。

 修験者の男は、音もなく近づいた源氏丸に手裏剣を打ち込まれ、止めに首を撥ねられて息絶えた。


【 源氏丸が見せた超人的な跳躍の秘密は、俺が未来から持ち込んだ軽量合金製のジャンピングホッパーを隠し持っていたからだ。

 1基しかないが、圧搾空気をバネとして、優に5mは跳躍できる。孤児達に遊具として遊ばせたら、源氏丸が一番バランス感覚が良く、自在に乗りこなしたので源氏丸に与えたのだ。

 また、吹針は源氏丸が吹矢を改良したもので2cm程の針に受羽があり、直径1cmの吹筒に30本もの吹針が2段重ねに入っている。】




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天正5(1577)年3月中旬 京都左京区郊外

雑賀孫市



 すっかり夜が明けた。昨夜、雑賀の小頭3名を偵察に出したが、いずれも戻らぬ。

 由岐神社の麓で見張らせた者の報せでは、微かに数回、数発の銃声が聞こえたと言うが多勢が動いた形跡はないと言う。

 小頭達は忍びの技にも長けた手練であり、相手は伊賀の忍びでも余程の手練に討たれたのであろう。


 やむを得ぬ、人数を小出しにしては伊賀の忍び相手では分が悪い。こうなれば力攻めをするしかない。

 残る配下は9名、雑賀本来の鉄砲隊で一気に片を付ける。




 昨夜の襲撃の経過の報告を受けた俺ハヤテは、闘った三人の無事にホッとしたが、次は総戦力で来ると確信した。

 多勢で鉄砲戦を挑んで来るとすれば、西の貴船に向かう山道からに違いない。西側の森に鳴子や罠を仕掛け、全員に6連発ライフル銃を持たせて、本堂の左右に塹壕の陣地を設けた。

 また、境内の西側にある社務所は、特別古くも伝統ある建築でもなく防衛の邪魔になるので、焼失させた。後で本殿の修復と併せて再建することにした。

 境内に入る前には待ち伏せの狙撃をする。




 2日後、日が昇るとともに我ら雑賀一党は由岐神社の西側を通る貴船神社へ向かう山道から森に入り、二人ずつの4組で交互に進軍する隊列で由岐神社を目指した。

 由岐神社の境内が近くなった頃、先頭に出た一人が罠の弓で肩をやられ、全員に緊張が走る。

 幸い罠に掛かった者の傷は深くなく、戦いに支障はなかったが、その場所から先には無数の罠が仕掛けられていると思わねばならなかった。

 罠を警戒しながら、また少し進むと一人が鳴子の仕掛けに掛かり、それと同時に銃撃を受け倒された。即死である。息を潜めて敵の位置を探るが物音一つせず、森に潜む者を見つけることは出来なかった。四半刻が過ぎ、再び進軍を開始した。奴らにも鉄砲があることは承知していたが、一発で仕留める腕があるとは思わなかった。


 警戒していたが、次の犠牲者が出る。交互に先へ進む二人がまた狙撃されたのだ。二人とも倒された。銃声は三発、倒された二人のうち一人は即死ではなく、即座に応戦して鉄砲を放ったが直後に撃たれ倒された。

 我らも敵を視認し応戦したが逃げられた。敵は二人だったようだが、銃撃は三発。敵にも2連装の銃があるのであろか。


 三人倒されたが、由岐神社の境内に辿り着けた。物陰に隠れながら中の様子を探り本殿に接近する。その移動の最中に本殿の左右の位置から、銃撃を受けた。

 少し土盛りされた場所に潜んでいたようだ。 

 猛烈な銃撃を受け、二人が倒された。いったい何人が潜んでいるのだ。こちらも応戦し、激しい銃撃戦となった。

 左右とも敵の銃撃が弱まったことから、こちらの攻撃も効果があったと見える。


 しかし、尚も一斉に本殿に入ろうと駆け寄った時、目の前に火柱が上がって周囲を火が走り、我らを立ちすくませた。

 そして、本殿から現れた何人もの者達の凄まじい連発の銃撃を受け、儂は意識を絶たれた。




 銃撃が治まると硝煙が静かに晴れて行く。

 倒した者の数を確認し才蔵が戻って来た。


「森で倒した者も含め、残り10人全て倒してございます。」


「こちらの被害は?」 


 その俺の問に、佐助が答える。


「地蔵丸が肩を、狐丸が足をやられましたが命に別状はありません。下柘植大猿殿が手当てをしております。」


「そうか、皆よくやってくれた。襲って来た雑賀党の者達も、意地を見せ向後の未練なく果てたことであろう。」


「疾風様、伊賀者の忍びの技が優りましたな。皆、よくぞ生き残りました。」


「才蔵、お前達が新選組を鍛えてくれたおかげだ。ありがとう。」




 後日、この闘いのことが由岐神社の宮司殿から漏れてしまい、あっと言う間に尾ひれのついた噂が都中に広まって、俺は、帝を始めとする宮中や仙洞御所の上皇達、及びもっとも厄介な伊賀屋敷の面々に、しこたまお叱りを受ける日々を過ごすこととなった。


 信長殿には『儂にはあれだけ謀反に備えよと言うて置きながら、自身の身を危険に晒すとは何事ぞっ。そなたを失った後の混乱が分らぬのかっ、戯けめっ。』とお叱りを受け。

 母上には『親孝行など程遠い心配を掛けるとは、疾風は母を悲しませて平気なのですか。』と泣きつかれ。

 台与には『二児の子らを父無し子にするおつもりでしたか。』と桃と尊丸諸とも抱きついて一刻も離してくれなかった。

 仕方なく、俺は三人に抱きつかれたままでその日の夕餉を取ったが、台与が尊丸に負けじと『あ〜ん』をして俺から食べさせて貰うように甘えられたのには参った。


 えっ、三姉妹はなんでもなかったのかって。

 そんなわきゃないよっ。三人で取り決めたのか、四六時中交代で金魚の糞みたいに、俺にくっついて来る。

 護衛のつもりらしいが、俺にしたら妹達の方が心配なのだけど。


 一方それに比べて、俺に従った12名の者達は、伊賀の英雄に祭り上げられている。   

 『由岐の伊賀12人衆』とか呼ばれているらしい。俺がお叱りを受けているってのに、確かに彼らは頑張ってくるたが、この差は、なんだろうって思ってしまう。



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