第三話 伊賀忍者対雑賀党『暗闘秘話』1
天正5(1577)年2月上旬 但馬国廃寺
雑賀孫市
あの日、儂は一族の里を焼かれ一族と共に安住の地、先祖伝来の故郷十ヶ郷を失った。
全ては儂の責任だ。本願寺の門徒である儂は、過ぐる年に雑賀荘の土橋重隆殿を通じ、警告を受けていたにも拘らず、長島一向一揆に加わり、伊賀の領地である伊勢に攻め入った。
儂の生まれ育った十ヵ郷は、海運で生業を立てその豊かな利で、先進的な武器である鉄砲を手に入れて腕を磨き、その威力を振るうために傭兵として各地へと出向くようになった。
地方の土豪に過ぎなかった儂らだが、次第に武勇を謳われるようになり、戦国を生きる武士の気概が大きくなって行った。
戦に加勢するだけで、直接の敵対者とならないことで、大名から直接領地を攻められることもなかった。
そして我が家は、浄土真宗であり、その総本山である本願寺の法主である顕如様から、直接長島一向一揆への加勢を頼まれ、伊賀との不戦を話したが、伊賀は大名ではなく、孤立した国であり、豊かな産物もあり、他の大名に奪われる前に一向衆のものとしたいものですと言われた。
儂は見誤っていた。長島の一向一揆勢の大勢力をもってすれば、伊勢も簡単に蹂躙できると確信していた。そして、藤林の軍勢さえ倒してしまえば、伊賀は烏合の衆となり報復など成せないと踏んだのだ。
ところが、藤林の旗印を見つけ攻め掛かったところ城の外周を取り巻く、兵が潜む浅堀(塹壕)と鉄のいばら線(鉄条網)で進撃を阻まれ、そうこうしているうちに本陣とした奪った城を兵糧とともに焼かれてしまった。
それでもなお、侵攻しようとする我らの下へ、伊賀の大軍が船で雑賀に攻め入ったとの報が届いた。
外敵への備えとした城兵をもってしても、城ごと葬られたとのこと。
里の領民を護るためにはすぐに駆けつけるしかなく、我らは伊勢攻めから離脱した。
昼夜を問わず駆けつけ、3日後には雑賀に戻ったが、そこは家も畑もなく一面の焼け野原が広がるばかりだった。
火に追われながら逃げ惑った里の者達は、何故こんなことになったのかと、我らを非難した。
無事だった中郷(中川郷)・南郷(三上郷)・宮郷(社家郷)の者達に聞いたのであろう、警告を受けていたにも拘らず、伊賀に攻め入ったことを。
報復しようにも、雑賀荘と十ヶ郷の城と兵は壊滅し、長島一向一揆に加わった我ら千名余が残るばかり。しかも三ヵ郷の400名余はもちろん、雑賀荘と十ヶ郷の300名余も離脱し、俺はどうすることもできずに、残る300名余を率いて、本願寺を頼った。
その本願寺も朝廷から謹慎を命じられ、我らは石山を離れ、足利将軍家がいる大和の筒井城へと移った。しかしそこも安住の地ではなく、間もなく織田三好軍に包囲され、籠城戦もする暇もなく降伏となった。
以降、但馬の山名祐豊などを頼り流浪の日々を送っていたが、伊賀の御曹司藤林疾風が京に戻って来たとの噂を聞き、最後の戦いをすることを決意した。もう俺の下にいる配下は、わずか12名になっていた。
しかし、己の過ちとは言え、故郷の地を踏みにじった藤林疾風だけは生かしておかぬ。
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天正5(1577)年3月中旬 京都鞍馬由岐神社
藤林疾風
明智光秀の謀反の黒幕を探る中で、もう二組の不穏な動きを察知した。
一人は信長公に摂津の代官を任されている荒木村重。どうも旧幕臣の残党が謀反を企み動かそうとしているようである。
もう一人は、謀反ではないが俺に恨みを持ち、命を狙っているという雑賀孫市。
荒木村重の方は、織田信忠殿に監視を任せ、俺は雑賀孫市と対決することにした。
家族や周りの者に被害が及ぶことを避け、俺は新政の構想を練るための山籠りと称してここ鞍馬にある由岐神社に籠もっている。
報せによれば、雑賀孫市は全部で13名とのこと。ならば同数で伊賀者対雑賀衆の雌雄を決っしてやろうと、12名の伊賀者を伴に指名した。
俺の腹心霧隠れ才蔵、猿飛佐助と天狗丸の兄弟、下柘植小猿、大猿の兄弟、伊賀新選組の中からは、七節の小太郎、火走りの虎鉄、伊賀の狐丸、鷹丸、源氏丸、地蔵丸、不知火の比良。
彼らには密かに、雑賀衆の残党との戦だと話し生き残る保障はないと伝えたが、選んでくれて嬉しいと言ってくれた。
彼らは、俺の選んだ最精鋭の伊賀者だ。
由岐神社の宮司殿には、暗殺者を迎え撃つために暫く神社をお借りしたいと話し、密かに我らと入れ替わってもらった。
偽の宮司は才蔵、4人の神官は猿飛兄弟と狐丸、源氏丸。あとの7人は、境内の各所に散って
どこで探り当てたか、由岐神社に入って数日後、雑賀衆の襲撃が始まった。
満月に近い月明りの夜を選んで、三方から境内に忍んできた。境内の西から侵入した男は、風上で火縄の匂いを出さないため、火種を消しゆっくりと近づいてきた。
この男を迎え撃ったのは、七節の小太郎、擬態隠れ身の術で気配を消し、男が近づくのを待った。男が気付かず小太郎の側を通り過ぎると、小太郎が声を掛けた。
「どこへ行く、疾風様には近づけぬぞ。」
すると男は声の出処へ向けて、鉄砲を放った。『ぐぁつ。』声を上げて小太郎が倒されたかのようだった。男の持つ鉄砲は火打石による点火式の鉄砲だったのである。
しかしその後、男は首筋に痒みを感じて手をやると、吹矢の針が刺さっていた。
『なんとっ』そう声を漏らしながら男は崩れ落ちた。
暫くすると、男が銃を放ったのとは、全く別の方向から小太郎が現れ、男に止めを刺した。
『一人。残り12人。』小太郎はそうつぶやくと、静かに又姿を消した。
東の崖や坂を登ってきた男は、火縄の匂いや人の気配がしないか、慎重に確かめながら足を進めていた。中腹の社殿への道へ出ると、わざと道を外れて、道を見下ろす林の中を進んだ。
この男を迎え撃ったのは、不知火の比良。
男は時々前方にぼんやりした小さな光のようなものが揺れ動いていることに気付いた。
男はその場にしゃがみ込むと、早合を取出し、腰を低くしたまま、光を見かけた方へと回り込む。
そして、まだ光が見えるのを確認すると、早合に火を付け投げつけた。
投げられた早合は空中で一瞬に燃え上がり、辺りが一瞬明るくなる。
男は鉄砲を構えて人影を探すが、前方には見当たらない。すると左から二本の手裏剣が飛来した。咄嗟に避け、移動しながら手裏剣の来た方向を警戒するが静まり返って、微風に揺れる草連れの音しかしない。
辺りを警戒して見ると、また遠くに、光が揺らめいているのが見えた。
男はそれが誘いであるとわかるが、無視もできず、先程の位置関係を省みる。奴も移動しているのか、それも音を忍ばせて。
よし、おびき出してやる。男は小枝の中央に糸と火縄を結ぶと離れた若木を回り、すばやく折れ曲がった道筋で、派手に糸を引いた。
『ガサッ。』掛かったか。左手の方がら音がした。そちらに向けて、鉄砲を放つ。思ったとおり手裏剣が飛んできて、黒い影が走り込んでくる。狙い澄まして鉄砲を放つ。外すはずがない。男の鉄砲は2連装の銃だった。
しかし、間を置かず、男の背中には手裏剣が突き刺さった。『ぐぁっ』続いて駆け寄ってきた比良に、首を斬られ絶命した。
男が撃ち抜いた黒い影は、比良が操るタコいや、烏賊のぼりだった。
『ひぇ〜、やっぱ隠し玉がありやがったか。
佐助兄貴に何回も騙されて、鍛えられていて良かったぜっ。』
不知火の比良が用いた薄灯は、小さな烏賊のぼりに光苔を塗り付けたものであった。
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