第七話 東国蝦夷討伐の終結と、女難の相。

天正3(1575)年12月中旬 伊賀藤林砦 

藤林疾風



 冷たい北風が吹く中、九ヶ月ぶりに故郷の伊賀へ帰って来た。


「父上、母上っ、只今戻りました。綺羅っ、八重緑、道順、弥左衛門、帰ったぞっ。」

というと皆から


『『ワァー、お帰りなさいっ。』』

という、歓声があがる。


 しかし俺への視線はそこまでで、皆、特に女性陣の視線は、俺の横に立つ台与と侍女の志乃や由貴達に注がれている。

 台与の真っ白なうさぎの毛皮の外套コートや志乃と由貴の毛の長い狐皮の外套コートに見惚れているのだ。


「まあ、東国にも良い物があるのね。」


「暖っかそう。」「とっても素敵ねっ。」


 そしておもむろに視線は俺に戻る。


「わかってるよう、母上と綺羅と八重緑には台与と同じうさぎの外套、侍女の皆には狐の外套をお土産に持って来たさっ。」


 そう言うと、『『『わぁわぁー。』』』

という、先程よりも大歓声が湧いた。


「なんだよ、俺の帰りより、お土産の方を喜んでるみたいだぞっ。」


「そんなことないよっ、お兄ちゃんとお兄ちゃんのお土産が嬉しいのっ。」


 綺羅は、全くふぉろーになっていないふぉろーをしている。

 実はこの毛皮の外套コート、ちょっとした悪戯いたずらが施してある。外套には帽子フードが付いているのだが、綺羅の帽子フードには赤い目が、八重緑のには青い目が、付けてあり、ちょっとした着ぐるみなのだ。

 母上のには、そんな悪戯いたずらはしてないが、袖口や帽子フード口に狐の毛があしらってお洒落になってる。

 母親孝行のこだわりの一環なのだ。


「お土産は皆にあるからね、志乃は母上や女衆に、由貴は男衆にお土産を渡してくれ。」


「やれやれ、疾風が帰って来ると毎度のことじゃが、一変に賑やかになるわい。」


「何せ坊は、東国で役行者様になったそうじゃからなあ。そうじゃ、才蔵、佐助、お前達どちらが前鬼で後鬼なのじゃ。」


「道順殿、東国で散々言われて来たことを蒸し返さんでくだされ。我ら左右に控えておりましたから、前後の鬼ではござりませぬ。」


「そうか、それで、鎮守府大将軍の槍と盾と言われとるのか。」


「あちゃ〜、そんなことまで聞こえてるのか。」


「あぁ、紙縒が我が亭主のことと言わんばかりに、自慢しとったぞ。いい加減、娶ってやらぬか。はははっ。」


 父上や家老や道順達には、忍びらしく灰色の鞣し革の半外套ハンコートを土産にしたし、家中の者達にも各種半外套を持ち帰った。おかげで米沢近郊では一大狩り流行ブームが起きたけどね。


 年末年始は例年のごとく、諸国から帰省する伊賀の者達で賑わい、伊賀中で餅つきやお節料理と菓子作りがなされて、そのお裾分けのやり取りが恒例となって皆が行き交う。

 また若衆で伊勢神宮への初詣が行われているのも変わらない年中行事だ。

 年末年始の毎晩のごとく開かれる宴で、俺は東国での出来事を繰り返し話す破目になり何か終いには講談師になったような気分になった。もう、うんざりだ。




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天正4(1576)年1月中旬 京都仙洞御所 

藤林疾風



 松の内が開ける頃、俺は京の都へとやって来た。

 帝へ新年の拝謁を終え、正親町上皇や九条殿下、信長公、三好殿、松永殿が待つ、仙洞御所に来ている。

 すっかり馴染みの間となった天正の間には上皇陛下の傍仕えとなった従弟の望月霧信くんもいる。


「陛下、皆様、お久しぶりでございます。

 東国での仕置き、無事終えましてございます。」


「うむ、逐一の知らせで存じておるが、疾風と入れ替わりに遣わした山科言経らからは、東国の活気がまるで都のようじゃと知らせが来ておる。」


「藤阿弥、ご苦労であった。それにお濃にも毛皮の土産を貰ったとか、礼を申す。」


「いえ信長殿、濃姫様には尾張を通る時には土産を贈るとの約束なのです。昔、信長殿に内緒にしてもらったことがありました故。」


「ははは、それは高くついたな。」


「こちら方は如何でございますか。」


「うむ、都とその周辺は問題なく新政が根付いておるが、久秀の爺が手掛けおる5畿内は寺社や公領が多く、領民の格差が問題になっておるのだ。」


「やはり全て、天領としてしまわねば進まぬの。」


「だが寺社は、全国に本山や末寺があり、畿内だけ荘園領地を召し上げて、棒禄や寄進にする訳にも、ゆかぬ。天領でない以上、新政の手を入れる訳にもゆかぬしなあ。」


「藤阿弥殿、東国の寺社はどうなされたのじゃ。」


「領地は境内を除き、全て召し上げました。寺社の住人の数に応じ寄進を与えております。応じない寺社は、東国から立ち退きを命じました。

 二、三の寺で、ご本尊の仏像に縄を掛け、寺を焼きました。ご本尊を背負い立ち去った者もおりましが捨置かれたご本尊もあって、縄を打ったまま牢に留め置いております。」


「なんと、むごい。ご本尊が罪を侵したのではあるまいに。」


「上に立つ者は仏と言えど、責任を取らねばならぬと民に教えるためです。」


「はっはっはっ、さすがは鎮守府大将軍じゃ。仏にも縄を打つとは、どこぞの坊主どもも驚いておろう。愉快じゃ。」


「信長殿、西国の方は如何でありましょう。」


「うむ、毛利は織田に臣従しても良いと申して来たがな。毛利も他の西国大名どもも、立場が分かっておらぬわ。」


「さようにございますか。では解らせねばなりませぬなあ。まずは畿内でやりましょう。

 新政を阻むこと許しませぬ。


 九条摂政殿下、勅書を賜りたく。宛は石山本願寺住職 顕如、此度の新政に従い境内以外の荘園領地を帝に返上せよ。期日は天正4(1576)年1月末日。

 信長殿、義継殿。兵を出してくだされ。29日には石山本願寺を包囲願います。

 従弟殿、甲賀の《陸援隊》は出られますか。」


「はい、北面の武士の兵舎に控えておりますから、いつでも出陣できます。」


「では、勅書を届けると共に出陣してください。

 伊賀水軍には、摂津湊を抑えさせます。

 織田と三好軍は、石山本願寺の周囲の砦を包囲して閉じ込めてください。

 石山本願寺への攻撃は、甲賀と伊賀の砲兵隊で行います。」




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天正4(1576)年1月29日 摂津国摂津湊 藤林疾風



 夜が明けると同時に、長島攻略に活躍した小型蒸気 水羽スクリュー船100隻余が摂津湊の沖合から、次々と石山本願寺の包囲に向かって行く。

 この小型船50隻には、甲賀陸援隊20門と伊賀砲兵隊30門が乗り込んでおり、迫撃砲1門4名と鉄砲隊6名で1組、他の50隻余には10名の鉄砲隊が乗り込んでいる。


 卯うの刻(午前5時)には、すっかり明るくなった、石山本願寺を囲む川面から、1発の砲声が轟いた。

 甲賀陸援隊の放った砲弾は、本願寺の中心付近で華々しく爆発した。本日から刻限を知らせる砲撃をせよと命じてある。

 程なくして、慌てて本願寺から使者が、俺の乗る指揮舟に向かってやってきた。


 伊賀藤林家の家紋『荒鷲』の幟のぼり旗を見て、この舟に指揮官がいると判断したのだろう。使者が川岸から呼び掛けてきた。


「此方の水軍の将とお見受けする。朝廷からの退去期日も来ぬうちに、攻撃を仕掛けなさるとは、如何なる仕儀であるか。」


 俺は、銅のメガホンの大音声で、周囲に聞こえるように言った。


「退去期日も迫っておるにも拘らず、準備が捗っておらぬ様子。故に刻限を知らせることに致した。


今より、1刻ごとに知らせる故、のんびりなさらぬことです。」


「横暴ではないかっ。」


「命惜しくば、直ちに退去なさるが良い。

退去は、いくら早くても構わぬのです。」


 使者は、慌てて帰って行った。1刻ごとの砲撃は交代で行っていて、どうやら砲兵の腕を競い合っているようだ。まあ、良い修練になるだろう。

 5発目の未の刻(午後1時)の砲撃をした直後に、石山本願寺勢が門を出て討ち掛かって来た。待ち構えていた鉄砲隊の餌食だ。


 そして俺は、総砲撃を命じた。次々と50門の迫撃砲が火を吹き、石山本願寺の境内建物を蹂躙して行く。半刻もした頃、白旗を掲げた一団が門から出てきたが、容赦なく殲滅させた。

 1刻半を過ぎた頃には1,000発以上の砲弾が撃ち込まれ、加えて投擲機による火炎瓶も撃ち込まれて石山本願寺は火の海となり、業火が治まった翌々日には、焼け野原が広がっていた。周辺の川へ飛び込み逃れた者が、数百人いるようだが、これで一向衆は立ち直れないだろう。


 石山本願寺が殲滅討伐されたことに、恐れ慄き畿内の寺社らは、ことごとく荘園領地の天領返上を申し出てきた。

 畿内各地の土豪はもちろん、堺も天領として松永久秀殿の差配の下、代官が置かれた。

 そして久秀殿は、紀州や丹波、丹後からの天領への領地返上で大忙しとなり、悲鳴を上げている。



 再び、仙洞御所の天正の間で、西国討伐を4月とすることが決められ、西征鎮守府大将軍を猛然と、拒否した俺に替わり、北面の武士の大将である信長殿自らが出陣されることに決まった。

 もちろん俺は軍師藤阿弥として、信長殿の傍らで出陣する。


 しかし、驚愕の事実が伊賀に帰還してから待っていた。 

 なんと、俺に子が出来たのだ。正月のお節料理にあまり手を出さない台与を、訝しく思っていたが、旅の疲れが出ただけだという、母上達の言葉に心配していなかった。

 で、良くも悪くも西国行きに台与が同行できなくなったことに安堵していると、なんと台与に代わり俺の世話をすると、妹の綺羅と八重緑が同行しゅつじんを言い出したのだ。


「二人とも聞いてくれ。いくら本陣に居てもそこは戦場だぞ。何があるかわからんのだ、そんな場所に二人を連れて行く訳にはいかん。」


「あら兄上、お義姉とよ様を連れて行くとお約束したそうじゃありませんか。綺羅も八重緑も兄上を助けたいのです。」


「兄さま、綺羅姉さまも私も伊賀忍びとしてわざを磨き、覚悟もできております。

 私達を本当に可愛いと思うなら、初陣を飾らせてくださいませ。」


「はあっ、初陣だとっ。」


「坊っ、お嬢達の腕前はこの道順が請負いますじゃ。」


「なんで道順が保証するの?」


「それはねぇ、疾風。道順が負けたからの。

 ほほほっ。」


「母上それはどういうことですか。」


「戦場へ出るという二人を止めるためにね、道順が独自の忍法で、儂を倒せれば良いと言ったのよ。

 でね、二人が道順に勝っちゃった訳よ。」


 え〜、なんだよ道順。負けちゃだめだろ。


「その術って、どんなの?」


「「ひみつっ。」」


 そんな訳で、妹達が西国行きに着いてくることになってしまった。

 なんか、忍び装束の下に特製の鎧兜を着けて、鍛錬をしているよ。はあ〜。



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