第ニ話 足利将軍追放謀議と、松永久秀。

元亀4(1573)年3月上旬 伊賀正覚寺 藤林疾風



 戦国の歴史は、どのように終わったのか。 

 各地の大名が争い淘汰され、より知力武力で勝る大名が覇権を広げて、織田信長が統一直前まで辿り着いたが謀叛で頓挫。

 豊臣秀吉が信長に対する謀叛を鎮圧して、覇権を立てた。だが後継が脆弱で徳川家康によって滅ぼされ、応仁の乱に始まる約150年に渡る戦国の終焉が、成し遂げられた。


 信長は強大な兵力保持を家臣に許したため謀叛を招き、秀吉は栄華を慾った挙げ句に、後継体制の確立を誤り、死後に家康を旗頭とする不遇をかこった大名達に背かれた。



 覇権を目指した者達に確かに言えることは、明智光秀も石田三成も知力はあったが、自身に個としての従える武力も威光も備えることができなかった。

 何よりも彼等にその自覚がなかったことが致命的だろう。



 俺は今、一人正覚寺の本堂で座禅を組んでいる。

 不思議なことに姿勢が揺れることもなく、いつの間にか背後を行き来する和尚の存在も忘れ、座禅の終わりを告げられて、やっと、瞑想から解き離たれた。


「御曹司、もういいじゃろう。終いじゃ。

 心が揺れておらぬな。それは悟りを開いたか、深い悩みがあるかの、何れかじゃな。

 御曹司に限って前者の訳があるまいから、悩みが尽きぬ方じゃな。」


「和尚、相変わらず俺の扱いが酷いぞっ。

だが、間違いではないがな。」


「ふむ、話して見よ。御仏は答えぬが、言霊が已に応えよう。拙僧が相手を致す。」


「和尚、英傑とはどのようなお方かな。」


「御仏の教えとは、已を良き者に変えることにある。

 が、拙僧が思うに、今の世に望まれておるのは、人々に慈愛を施し、故に慕われ、且つ深淵を見つめており、人々を安寧に導くお方かのう。」


「この世から、裏切りは無くせないのか。」


「人の欲を捨てさせることができぬように、裏切る心も消せぬであろうの。」


「和尚、俺は虐げられている者を救いたい。

 だがそれは、殺戮を広げるものかも知れない。」


「御曹司、已の歩んできたうしろを振り返って見よ。

 後悔はあるかな。なければ、前に進むのじゃ。」



 座禅を組んでも和尚と問答しても俺の迷いは消えない。だが、前に進むと決めた。

 例え伊賀の領民達を、戦禍にさらすことになろうとも。


 俺が英傑になる必要はないのだ。信長公や上杉公ばかりか他にも英傑となる者が現れるに違いない。

 俺は、その方達と未来知識で対話し、良い方向へ導く手助けができればいいのだ。

 幸いにもこれまで、信長公とも謙信公とも知己を得ることができたし、帝とも、話せる立場になれた。

 さて、一向一揆を終わらせて、戦国トーナメントを加速させよう。



 俺はまず父上と、百地殿、服部殿、道順、弥左衛門の5人に、俺の決意を話し、理解と賛同を得た。

 一人でも反対があれば考え直すつもりだったが、戦国の世にあって戦は避けて通れないもの。

 であれば、勝者に組みしなけばならないと、俺の方針に賛成してくれた。


 次の評定で代官全員に方針を説明し、伊賀を守り他国の領民達を救うために、今後は、他国の戦に積極的に関与して、伊賀から兵を出すことも辞さないと話した。


『一向一揆との戦で、上杉謙信公に助成しておいて、今さら何を言われるか。』などと、集まった一同全員から賛同するとの、力強い励ましの言葉を貰い、常備兵の増員と武器の増産を進め、国を挙げて戦いに備えることに決した。




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元亀4(1573)年6月上旬 伊賀藤林砦 藤林疾風



「百地殿、服部殿、長島の一向一揆勢に伊勢を攻め込む動きが出た。それに雑賀衆も加わるかも知れぬ。

 服部殿は第ニ次防衛体制を発令、百地殿は雑賀荘殲滅戦の準備に着手してください。」


「「はっ、ただちにっ。(畏まりましたっ。)」」


「正成(服部)、これより信長公の下へ参り、伊賀との連絡役を務めよ。神部小南を副官に伊賀者30名を率いて行け。」


「「ははっ。」」


「霧信(望月)、甲賀衆を率いて石山本願寺の周囲に網を張って、諸国の一向衆との連絡を妨害してくれ。それと判断は任せるが、偽の情報も流して撹乱してくれ。」


「承知した、任せてください従兄殿っ。」


「道順は、藤林砦で父上の補佐と、連絡調整を頼む。」


「俺は、京の九条殿と松永久秀殿に会いに、大和へ行く。しばらくは戻れぬからよろしく頼む。」


「「「「「承知しましたっ。」」」」」




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元亀4(1573)年6月中旬 京の都 藤林疾風



 俺は密かに帝に謁見して、九条兼孝殿と共に『足利将軍家を都から排斥する。』献策を言上した。

 朝廷で、幕府の威光を嵩に権力を振るう、関白の近衛前久の排斥とそのための譲位。

 譲位後の院の住まいの仙洞御所の普請。  そして新帝の即位、全ての費えを伊賀で負担すると伝えた。


 帝も九条殿もあまりの大事に戸惑いを隠せないでいたが、詳細を説明するに従い、京の都の治安と朝廷の復興が実現できると理解し俺に協力を確約してくれた。

 京の都から、幕府と幕臣どもを駆逐しなければ、御所や京の都の修復もままならない。



 翌日都を散策し、忘れてはいけない母上や(忘れては恐怖の)妹達(綺羅、八重緑)へのお土産を手に入れ、都の荒れ果てた町並みを見て回った。

 護衛の才蔵と佐助も、誰かに土産を買っていたが、あえて誰にとは聞かなかったよ。

(隠しても、分かってるしね。本人達は気付かれてないと思ってるらしいが、普段の様子で丸分かりだからね。)


 京の都の活気を取り戻すまでには、何年も掛かるだろう。それよりも貧困に喘ぎ、都の片隅へ追いやられている者達をなんとかするのが急務だ。

 幕府を追い出したら、帝の名で炊き出しや建物や道や橋の修復の普請をやろう。

 帝への敬意と期待が高まるだろう。




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 都を出ると、大和の松永久秀殿の下へ向かった。


「久秀殿、お久しぶりです。その後将軍家の機嫌は如何ですか。」


「藤阿弥殿、上洛以来でござるなぁ。

 暴れん坊将軍のことでござるか、本願寺の威を借り、畠山や筒井を使って、畿内をいいようにしとりますわい。」


「して久秀殿は、如何様に考えておられるのですか。」


「三好本家の義継様を護らねばならぬ。

 幕府に対抗するために、仕方なく三人衆と手を結んでおるが、奴等は、義継様を傀儡にしか考えとらん。本願寺が手を引いても手詰まりの三つ巴じゃ。」


「まずは石山本願寺に手を引かせましょう。 

 次に将軍家には、京の都から立ち去っていただく。」


「石山本願寺に、言うことなど聞かせられぬぞ。北陸で一向一揆が破れたとは言え、長島は健在じゃぞ。

 石山本願寺は、そうそう引くまい。」


「長島の一向一揆は、近く治まりましょう。

 信長公が制圧致します。しかして、石山本願寺には、朝廷から謹慎を申し付けます。

 久秀殿は、筒井と畠山を抑えてください。信長公が後詰め致します。

 その上で、室町第の将軍家を攻めてください。うざい幕臣達は討ち取って構いませぬ。

 将軍家は、逃げるなら放置で捕えたら畿内からの追放としてください。

 罪状は幕臣の横暴。並びに天領の横領。」


「誠にござるか、信長公が再上洛なさると。 

しかも、将軍家に背かれて、如何なさるつもりか。」


「近く帝には譲位をなされます。信長公は、院に召されて、北面の武士となられます。

 先の誠仁親王は、亡くなられているため、誠仁親王の遺児 和仁親王が即位されます。 

 帝は幼いため、九条兼孝殿が摂政を務められます。

 関白近衛前久殿は、必然的に失職なされますな。」


「藤阿弥殿、そなたはいったい何者でござるか。」


「ただの日の本の国の民でございますよ。」


 

 松永久秀殿への手配は済んだ。あとは院の住まいとなる仙洞御所の普請を、内密に進めなければならないな。

 新たに寺を建立するとの名目で始めるか。 

さて、宗派をどこにすれば良いのやら。

 下手に目立つ宗派にすれば、騒ぎ立てる輩も出て来るだろう。この件は恵空殿に丸投げしよう。悩んでいる暇は無いしな。

 さて、長島の様子を観に行くとするか。





【 公卿と公家 】

 公家は、朝廷に仕える文官達であるが世襲であり、平安末期に藤原北家の摂家確立に、伴い家格が固定され、また、官職も家格で決められるようになった。

 公家は、大きくは昇殿が許される堂上家と許されない地下家に分けられるが、一般的には堂上家を公家と呼ぶ。

 公家の最上位は、摂家、摂関家、五摂家と呼ばれ、近衛家、一条家、九条家、鷹司家二条家の五家だ。

 大納言、右大臣、左大臣を経て摂政や関白太政大臣に昇任できた。

 公卿は、これらに中納言・参議らを加えた高官を指していう。

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