第七章 伊賀忍者 藤林疾風 戦国に暗躍する。

第一話 伊賀の進む道と、朝廷の道。

元亀4(1573)年2月初旬 伊賀藤林砦 

藤林疾風



 松の内が明けた1月下旬、伊賀の藤林砦になんと朝廷からの使者がやって来て、父上と俺への叙任が告げられた。

 父長門守が正四位上の陽向守ひなたのかみハヤテが従四位上の宵宮守よいみやのかみ。宮中からの使者への対応など、その礼儀作法もわからず館中が上へ下への大騒ぎとなった。

 幸い使者は、九条家の当主 兼孝かねたか殿で、養父の恵空(九条稙通)殿が付添って来られ、到着開口一番に『礼儀作法など伊賀流で宜しい』と言ってくれたので事なきを得た。


 公家への食料品、日用品等の援助に対して評価されたのは解るが、伊賀の領民の半分程度の生活水準必需品を援助しているだけだしこれ以上の過渡な期待をされるなら、当初の約定に反するから援助は打ち切る。


 広間ではなく客間に案内し、父上と俺だけで、上座ではなく左右対等の席次とした。


「突然の訪問を許されよ。養父ちちうえからは進呈の出所を明かさぬよう厳に言われておるが、帝におかれては『如何にしても捨て置く訳には行かぬ』との仰せで、帝以外には、伏せてござれば容赦くだされ。

 実はこの叙任は、帝からお二方に謁見できるようにせよとの仰せで、やむなく九条家の遠縁の貴人として格別の計らいをしたものでござる。


 お二方のことは藤原北家兼房流九条家の傍系で、四代目から藤景ふじひろを名乗り『権勢に関わるべからず』との家訓から代々隠れ里に隠棲している一族としてござる。

 此度の進呈は公家の危難を見過ごすことに堪えかねての仕儀と言上してござる。


(公家って、恐ろしく嘘が上手いな。まあ、権勢に関わらない一族というのが肝だろうが。)


 したがって、お二人は藤景ふじひろの 長人ながと殿と早人はやと殿としており申す。

 できれば、叙任のお礼言上として参内願いたい。」


「う〜む。恵空殿に申したが、我らのことが将軍家や大名に知られれば、この地が危うくなり申す。そうなれば、援助も打ち切り止む無し · · 。」


「十分承知でござる。漏洩すれば打ち切りとなると各家には厳しく伝えてござる。」


「帝の意図はどこにありましょうか。礼であれば文で足りましょう。もし頼みごとならば無礼を働くことになるやも知れませぬ。」


「いや頼みごとではない。ただ、そなた達の考えを聞きたいそうにござる。」


「 · · · 如何にする、疾風。」



【 これまで俺は、この時代に転生して父上と母上に不憫な思いをさせたくなくて、そして、俺の家族や周りの皆も少しでも幸せになって欲しくて、ただそれだけが俺の行動原理だった。

 信長公の桶狭間の戦い、そして上洛戦と協力したのだって、伊賀や伊勢を戦禍から守るためだ。

 一向一揆との戦に関与したのだって、悲惨な暴徒の一揆から、少しでも民達を救うためだった。

 だけど、時代は戦国の末期に向けて、戦の規模が拡大して、巻き込まれる多くの人々に過酷な運命が待ち受けている。

 関ヶ原、大阪の陣。それまであと30年。今、生きている多くの人々が平和な世の中を見ることなく、死んでしまうだろう。

 それを黙って見過ごせるのか。そんなことしたくないな、否、させるものか。戦を少しでも減らし、戦乱の世を少しでも早く終わらせるべきだ。】



 俺は、新たな決意を胸に、俯いていた顔を上げた。


「お受けしましょう、父上。帝のお考えを、知りとうございます。

 ただし兼孝殿、条件があります。叙任されたのは、帝から申された謁見のため。我らは帝に敬意は払いますが臣下にはなりませぬ。 

 それと謁見は帝と兼孝殿と我ら二人のみ。それが守れねばお断り申します。」


「戻り、帝にお伝えしましょう。」




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 そんな経緯があり、父上と俺は今、宮中に参内している。

 元亀4年2月某日。時間は深夜の10時。

 他の公家との邂逅を避けたために、こんな時間となった。とは言え、警備の侍従達が、いるため俺達は顔を隠している。

 宮中の奥の小部屋で待つと、程なく、帝がお出でになった。正親町おおぎまち天皇陛下だ。


「よく来た。初めてだが無礼講だ。気にせず話すが良い。」


「恐悦至極にございます。この国の民の一人と思し召しください。名は、帝に賜りました藤景長人ふじひろのながとにございます。」


「同じく早人はやとにございます。」


「ふむ、まずは公家への気遣いの礼を言う。

 そして尋ねるが、長人の国は、如何様いかようにして豊かとなったのか。」


「身分を無くし役目による統治を致しましてございます。しかして、農民と領主の垣根はなく、あるのは互いの敬意のみ。

 そして、民も領主も力を合せ、土地を耕し作物を育て物を作りそして売り、また知恵を出し合い、豊かな暮らしを目指しております。」


「争いは、起らぬのか。」


「争いは、人の欲が起こすものにて、領民に差別なく、等しく豊かさが行き渡れば起きませぬ。」


「他国が攻め込んでは、来ぬのか。」


「我らは他国の領地を侵しませぬ。ですが、我が領地に攻め入る者には、厳しく対処致します。

 戦国の世なれば、他国の動きをより早く知り、対処しております。」


「長人らは、今のこの国の在り方を、如何に思う。」


「早人、お答えせよ。」


「されば、理不尽と不公平さに溢れており、目先のことに囚われて、井の中の蛙とも言う有り様と思うてございます。

 帝は、如何に思し召しでございましょうか。」


「ふむ。朕は強き者が皆を従え争いを無くすことを願っている。嘗ての鎌倉、足利の初代のように。」


「 · · しかし、源氏も三代で絶え、足利も代を重ねるごとに力を失いましてございます。

 何がそうさせていると思われますか。」


「 · · · 、わからぬ、教えてたもれ。」


「知恵と知識にございます。子供に政が務まりましょうや。

 初代と言われるお方は、様々なご苦労をされ知恵と知識を身に付けておられます。

 しかし、二代目三代目は、教えられ聞いたたことしか知らず、またできませぬ。

 それがこの国の有り様になっているのではございませんか。」


「 · · なるほど。しかし知恵と知識を持つ者をどのように捜せば良いのか。」


「民を育てることです。多くの民達を育て、その中から賢い者を出世させ、選ぶ仕組みを作ることです。

 将軍も領主も家職では保ちませぬ。」


「 · · それを、早人ならば出来るのか。」


「残念ながら、今は誰にも出来ませぬ。今の世の仕組みを壊すまでは。

 何れ壊す者が現れましょう。」


「そちの見ている国の姿とは、果たしてどのような国か。」


「父上、申してみても宜しいですか。これは父上にも申したことがありませぬ故。」


「構わぬ、帝のご下問じゃ。早人の思うところを、申し上げて見よ。」


「 されば、三将による三権分立でございます。国の礎は公正公平でございます。

 故に法度はっとを定め、政事、刑罰、参議の三将による分権による政が、相応しいかと思案致します。

 この国を一つに纏め、各地には期限を設けた代官を配し、それを一同に集めて、評定を開き各国の要望具申を詮議し、参議が纏めます。

 三将の家督相続は認めません。三将の後任も参議で決めることとします。

 定められた法度により、刑や法度に反するものをそれが政であれ、参議が纏めたものであれ、刑罰の将軍が裁きます。

 政の将は、参議から上がるものも含めて、必要とする政を行います。

 新たな法度を設ける時、法度を変える時は三権、三将全ての合意を必要と定めます。

 そして、法度を定める時は、帝に奏上し、帝の名で公布致します。」


「その三将は誰が就くのか。」


「今は判りませぬ。天下に覇を称える者達の中から英傑が生まれましょう。

 しかし、天下に覇を称える者が一人となるまで争わせてはなりませぬ。最後に向かうほど大戦となり多くの命が失われましょう。」  


「 その英傑達が現れるまで、待つと申すのか。」


「 戦乱の世に多くの民が苦しめられております。戦乱の世を少しでも早く終わらせねばなりませぬ。

 伊賀が、その力になれればと思うております。」


「朕に出来ることはあるのか。」


「帝は、朝廷は、争いに関わることなりませぬ。

 常に在り続けることが権威となり為政者の歯止めとなりましょう。」


「 · · · · 、今日は良き日てあった。長人、早人、また顔を見せよ。」




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「あなたっ、疾風っ、お帰りなさい。二人が殿上人になるなんて、信じられないわっ。

 ねぇ、内裏ってどんなところ。綺麗な女官はいたのかしら?」


「母上、俺達は人目を避け、深夜に忍んで行ったのです。

 薄暗い中で、警備の者しか見かけておりませぬ。それに殿上人も仮のもの、帝に拝謁するためのものですから。」


「はははっ、栞は雛人形の女官を期待したのじゃろうが、残念ながら会えず仕舞じゃ。」


「疾風様、内裏のご様子は如何でございました。荒れ果てているのでございますか。」


「台与の心配のとおりだ。内裏の中は古びて朽ちかけたところも見掛けた。昼間、外から門塀を見たが荒れ果てていた。

 そう言えば、帝が伊賀から進呈した綿の着物の一枚をお召になられていたぞ。世が世であれば、絹織物をお召しになっているであろうに。」


「若、宮中はそれほどですか。お労しいことですな。然程の品は進呈しておらぬと言うに感謝される訳ですな。」


「だが百地殿、過分な進呈はならんぞ。今の公家に華美な暮らしをする資格などない。」


兄様あにさま、都のお土産はないのですか。」


「あるぞっ、都でも名高い菓子『松風』を買うて来たぞ。綺羅と八重緑達のためにな。

 おかげで帰りの荷物が重かったぞ。はははっ。」


「まあっ、台与のためではないのでございますか。 酷うございますっ。」


「えっ、達と言ったでしょっ。台与の名をだすと皆が俺を見るのでな · · · 。」


「「「あははははっ。」」」





【 京の銘菓 】

 応永28(1421)年創業と伝わる京の亀屋陸奥は、古くから本願寺の御用達とされ、『松風』の菓子の名は京都六条 下間邸にて詠まれた歌から銘を賜ったと伝わる。

 石山本願寺の合戦の最中、三代目の大塚治右衛門春近が創製した品が、兵糧代わりとなり、この菓子として根付いたものだ。

 以来、石山本山へ詣ったという証のようなものとして門徒が土産にしたという。


 小麦粉、砂糖、麦芽飴そして白味噌を混ぜ合せ、自然発酵させた生地を一文字鍋に流し込み、表面にケシの実を振りかけて焼き上げた菓子だ。



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