第八話 北条氏政と武田勝頼と、疾風。
元亀3(1572)年6月下旬 相模国小田原
藤林疾風
三河で、家康殿の一揆鎮圧の初動を見届け皆を率い津島から伊勢屋の商船で沖へ出た。
津島沖では九鬼嘉隆が待つ新造戦艦に乗り込むと一路小田原を目指した。今回の出撃はなるべく秘匿するために一隻だけだ。
「御曹司、わくわくしますなぁ。この青銅製の新型迫撃砲の威力を試せると思いますとっ。」
「嘉隆、これはうちの切札なんだからなっ。できるだけ温存したいんだ。だから、今回もできるだけ使わないぞ。使うとしても効果的に脅すために、狙いは外してくれるなよ。」
「お任せくだされ。十分な訓練を積んでおりますれば、静止した船からならば百発百中ですぞっ。」
小田原港の入口に停泊し、船から降ろした小早で俺と才蔵、佐助、護衛の伊賀者3名で上陸した。
湊では、見たこともない大型船の出現に、大騒ぎとなって、大勢の役人が待ち受けていた。
伊賀の水軍を名乗り、北条家の当主に会いたいと申し入れると、城へ知らせるから暫しお待ちいただきたいと言われた。
半刻以上も待たされ、やって来た者が要件は何かと高飛車に問うので、当主本人に話すことだと話したが納得しないので『お主の首が飛ぶかも知れぬが良いか』と尋ね、態度が変らないのを見て、船に合図を送らせた。
船から城の城壁に向かって砲撃させる。
見事に一発で海側の城壁を破壊、どうやら板塀の外側に石を積んだだけの見掛け倒しの城壁だったようだ。
「な、な、なんでござるか。お止めくだされっ。」
「北条家の当主が話に応じないのであれば、北畠を滅ぼした伊賀が、小田原城を灰燼に帰して帰るだけだがな。如何する。」
その役人は慌てふためくばかりで、
城から慌てて別の家臣が駆けつけて来た。ようやく、北条氏政と謁見できるようだ。
小田原城の大広間に通され家臣達がずらりと並ぶ中で、北条氏政との謁見が始まった。
「北条家では使者に対する礼儀も品格もないようですね。」
「先触れもなく突然にやって来て、いきなり当主に謁見を求めるなど、無礼であろうっ。」
「戦場で先触れなどあるのですか。いきなり城を攻めて破壊した方が良かったのですか?
此度は馴染のない他国から使者が参ったのです。まずは使者の趣きを聞くべきではないですかな。」
それを聞いていた傍らの家臣の一人が口を挟む。
「このようなことをして、生きて帰れるとは思うておるまいなっ。」
「 · · · 話を聞く気はない、ということですかな。では仕方ない。」
そう言って右手を上げると佐助が広間の外に飛び出し手持ちの発煙筒で狼煙を上げた。
間を置かず、船から一発の砲撃がなされ、城の天守閣のど真ん中に命中した。
「俺達の命を奪うのはいいが、この城にいる者は生きてはおれぬぞっ。」
『ダッダッダッ、』廊下を走る足音が近づき、嘗かつてて見知った顔の老師が現れた。
北条幻庵殿だ。
「お待ちくだされ疾風殿っ。儂から殿に話し申すっ。」
「氏政殿っ、この御仁を侮ってはなりませぬぞっ。
伊賀の領主 藤林家の御曹司にして、織田信長公の軍師。織田家上洛の指揮をなされたお方じゃ。
この方を亡き者などにすれば、伊賀甲賀の忍びの者達が、北条一族を一人残らず亡き者にしますぞっ。
否、伊賀、織田、浅井の三家が、この北条の存続など許しませぬ。それをご承知か。」
さすが風魔の元締め、よく知ってる。
「和尚、それは誠か、· · 信じられぬ。」
間を置いて二発目の射撃が、再び天守閣に命中した。
俺は佐助に砲撃待機の狼煙を上げさせた。
砲撃が止むと、幻庵殿が広間の一同を叱りつけた。
「ここに揃うは、諸国のことも知らぬ井の中の蛙どもばかりか。織田家や武田家の上洛のことは、民百姓でも知っておることぞっ。
武家である己らが、それを指揮した武将を知らんでどうする。相手も知らず戦するのか。調べもせず、どうするつもりじゃっ。
己のことしか知らず、敵と成りうる者を知り得ずして、北条家は百戦危ういのぉ〜。」
老師の叱責は留まらない。
「己れら皆、隠居せよ。北条家を破滅に導く愚か者など、居ては安心できぬ。
最初に城壁を破壊されたのを見たであろうそれを見て、すぐに、城全てが破壊されると分からなんだかっ。」
「和尚、儂はどうすればいいのだ。」
氏政が情けない表情で幻庵殿に問うた。
「馬鹿者っ、疾風殿は使者としてお前に話をしに来ておられるのだぞ。
どうして話を聞かぬ、話を聞いてから腹を立てても遅くまいにっ。
氏政っ、そなたはそんなことも知らずに、元服しておったのか。
非礼には非礼で返す、脅しには更に脅しで返す。当たり前のことじゃろうがっ。」
北条氏政 御年36才。刀で戦うことが時代遅れと知らぬ主君か。これじゃ、話をするだけ無駄か。さっさと城ごと滅ぼした方がいいのだろうか。
「氏政殿、話を聞く気はありますかな。俺は話ができぬなら、この城を破壊して帰るだけなんだが。」
「聞く、聞きまする。話とはなんでござろうか。」
「氏政殿は、昨今の諸国の悩み事を、ご承知かな。」
「諸国でござるか。· · 飢饉による飢餓でござるか。」
「否、坊主でござるよ。一向一揆、北条家には無縁とは申されますまいな。
ご当家と対峙している上杉家は加賀、越中の一向一揆に攻められ形勢不利になっております。
これを見過せば、朝倉家と同様に武田家も上杉家も滅ぼされ一向一揆の国となります。
その時、北条家を助ける大名はなく、攻め寄せる10万、20万余の一揆勢に囲まれて、北条家は領民諸共も滅ぼされましょうな。
それを考えたことはありますか。それを、防ぐ手立てを考えておりましょうか。」
「 · · · · · 。」
「俺は考えております。一向一揆とは偽坊主に扇動された暴徒集団です。
この戦いは、武家対坊主であると。ならば敵対する武家であっても、味方せねばなりませぬ。
北条家は今すぐ上杉家から兵を引き、上杉家が一向一揆勢と全力で戦えるように、支援しなくてはならぬのです。
もし上杉家が倒れることあれば、次には、北条家が10万を超える一揆勢と戦うことになりますが、そのお覚悟はありますか。
俺の話は、それだけです。」
「わ、わ、わかり申した。今すぐ当家の兵を引きまする。」
「良ければ謙信殿へ書状をお書きください。
一向一揆勢を鎮圧するまで北条家は動かぬと。俺が謙信殿に届けましょう。」
こうして、北条氏政から謙信公への書状を預かり北条家を後にした俺達は、次の目的地である甲斐へと旅立った。
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甲斐の『躑躅つつじヶ崎館』を訪れた俺の前には、当主勝頼を始め10数人の重臣達が待ち受けていた。
武田家では秘しているが、この2ヶ月前に戦国の英傑 武田信玄公が逝去されている。
信玄公の遺言には『向後は上杉謙信公を頼れ。』と言い残しているはずだ。
「藤阿弥、上洛の折り以来であるな。信長殿は壮健であるのか。」
「はい、京の都で、我が物顔で無頼を働く、比叡山を焼き払いましたが、一向に仏罰などもなく、ただ、本願寺と組んだ将軍家のなさりように辟易しておられます。」
「 · · · 、して使者としての用向きは、一向一揆を、鎮めるための協力と聞いたが、どのようなことか。」
「先ごろ、越前に行っておりました。一向一揆とそれに便乗した土豪達によって、朝倉家が滅びるのを見て参りました。
一揆勢が通った村々は、田畑が荒れ果て、少なくとも一年間は、作物を育てること叶いませぬ。
加えて、村々は廃墟となり、領民の多くは
彼の者達は、宗教の名を語る暴徒です。
本来の仏の教えなど守らず、自分達だけの繁栄のために、他者から奪い暴虐の限りを尽くす者達です。
そのような行いをする者が、行けるはずのない極楽浄土へ死ねば行けると騙す本願寺の僧侶達も、偽の仏の教えを語る慮外者です。
もし一向一揆が、全国に蔓延はびこれば、甲斐の国も亡国と成り果てましょう。」
「 · · で、武田家にどうしろと言うのだ。」
「領地領民を守る大名は、一向一揆の討伐を終えるまで不戦の盟約を結ぶべきです。」
「協力できぬと言えば、どうするのだ。」
「どうも致しませぬ。武田家には孤立無援で一向一揆勢と戦っていただくだけです。
我らは武田家が滅ぶのを見届けまする。」
「我らとは?」
「織田家、徳川家、浅井家、それに上杉家。
北条家には同意を得て参りました。」
「しかし一揆勢が武田家を攻めるのは、他家の後になろう。」
「甲斐を攻めるよう噂を流します。甲斐には金塊が山ほどあると。しかして孤立しており隙があれば周囲の大名が攻め入ろうとしていると。一揆勢はというより、欲深な坊主共は飛びつきましょうな。」
「 · · · · · 。」
「ご返答の無きは、協力されぬと理解致しました。それでは、用済みにて
武田家のご武運を祈り申しております。」
「「「若殿っ、若っ、若様っ。」」」
「まっ、待て藤阿弥、協力致すっ。如何にすれば良いのだ。」
「越中の国境へ兵を出して、一揆勢を引きつけてくだされば宜しい。あとは他家が始末します。
それとお仲間の芦名家と佐竹家、最上家に我らの一揆討伐の間は、おとなしくせよと、言ってくださればよろしいかと。」
こうして、甲斐武田家に協力を押し付けた俺は、一路越後へと向かった。
【 一向一揆の規模 】
石山本願寺との石山合戦では、天王寺合戦において、15,000余の一向一揆勢がいた。
越前一向一揆は、上杉謙信との尻垂坂の戦で3万余。越前一向一揆は朝倉家を滅ぼしたほか、本願寺支配の重課に対する一揆内一揆も起こしているが最大規模は5万人余。
最大規模は長島一向一揆で、その規模は伊勢尾張美濃の農民漁民の信徒が勢力下で、勢力は10万人規模であった。
戦いは4年4戦に及び、最後の第三次長島討伐では全国から信者が集まって、その数10万人以上と言われ、信長を苦しめた。
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