第五章 伊賀忍者 藤林疾風 軍師となる。
第一話 伊賀忍群、戦陣に出撃す。
永禄8(1565)年9月 伊賀藤林砦 藤林疾風
時は去年の秋に遡る。この日伊賀一ノ宮の森田浄雲殿が、俺に相談したいことがあると訪ねて来た。浄雲殿は道順の竹馬の友で俺も幼い頃から知っている。
「若御っ、久々じゃのう。すっかり凛々しい若者になりおった。そろそろ嫁を貰わんといかんのぉ〜、はははっ。」
「浄雲爺、元気そうで何よりだっ。だけど嫁の話はやめてくれっ。それでなくとも近頃は母上が煩いのだ。」
「実はの、儂の昔からの友でな、美濃の佐藤忠能に仕えておる西村治郎兵衛という者がいるのじゃが。奴から、あることを頼まれて、どうしたものかと悩んでおるのじゃ。
そこで若御の知恵を借りようと思うてな、訪ねて来た訳じゃ。」
「どういう話なんだ。忍びに長けた浄雲爺が悩むほどのことなんてさ。」
「うむ、戦陣で人質に捕われとる姫子を助け出してほしいと言うて来とるんじゃ。
じゃが、その姫子の居場所は城の奥座敷で男では近づけんじゃろう。
それに戦が迫っており、警備も厳重じゃ。
それでもなんとかしてやりたいと思うのは治郎兵衛が守役を務める姫子でな、まだ7つだそうなんじゃ。」
なんと可愛い盛りの綺羅よりも1才下か。
「人質とは、その姫子の身は危ういのか。」
「捕われ先は岸信房の堂洞城。先日、信長殿の使者金森長近殿が投降を勧めたが、信房は長近殿の目の前で自分の息子(信近)の首を斬り落として拒否したそうじゃ。酷むごいことをするもんじゃ。
そんな男のところへ行った人質じゃ。
父親が攻め寄せたと分かれば、見せしめに殺されるじゃろう。姫子も覚悟の上で行ったようじゃ。」
この時代、敗戦したら姫君女児は助けられ実家に帰されるのが習わしだ。だが岸信房という男は自分が全てで、ただ従うしかできない立場の者のことなど、考えていないのだ。
「浄雲爺、その姫子は今から俺の妹だ。この身に替えても助け出して見せる。」
「おお、儂とて老い先短い命、幼子のために捨てても惜しくはないわいっ。」
過日、中美濃の三城において対織田同盟(中濃三城盟約)が結ばれ、織田側に付くことを決めていた佐藤忠能は裏切りを隠すために、忠能の娘八重緑を岸信房の養女として人質に出していたのだ。
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永禄8(1565)年9月 中美濃堂洞城
藤林疾風
堂洞城は、美濃国中濃にあって、濃尾平野北部の丘の上に立つ平山城だ。
別名を堂洞掻上城とも言い、周囲には川はないが、平段になった場所に池が多くあり、地形を活かして、空掘りや土盛りで城を防備している。
城には、一の曲輪・二の曲輪・三の曲輪・北の曲輪・大手曲輪・出丸曲輪・池曲輪・
長尾丸があって、本丸としては二階建てだが「天守閣」と言えるものがある。
八重緑姫は、間違いなく本丸にいるはずだ。
その夜、深夜に堂洞城の屋根裏に潜む者達がいた。俺が率いる藤林家の精鋭10名が、闇に潜み警備が最も手薄となる刻限を待つ。
ほとんどの者が、寝入った頃合いを見計らい天井裏から奥座敷の各部屋を探り、幼子が独り眠る部屋を探り出す。皆が一度集まる。
それらしい部屋は二つあった。だが一方は隣室に侍女が、他方には宿直の武士が詰めていた。
武士のいる方が人質の八重緑に間違いあるまい。宿直の者は3人、ひそひそ会話をしている。だが時々隣室の様子を窺ってもいる。
宿直の部屋は、中央に燭台が1本、それを囲むように3人が座っている。
部屋の四隅の天井板を切り剥がし、突入の仕度ができると、中央の天井から燭台に口で霧を吹き掛ける。徐々に蝋燭の炎が弱まり、そして消える。
なんだ『消えたか、種火を貰うて来る。』そう言って、宿直の一人が部屋の襖を開ける音に紛れ四隅の天井から一斉に飛び降りる。
また、襖を出た者も待ち構えていた伊賀者に襲い掛かられて倒される。
俺はすぐ様、隣室の姫子の戻るへ行き、
『しぃー、助けに来た。』と話し掛ける。
『八重緑姫殿ですね。』驚きながらも、頷く姫に『これを羽織ってください』と言って、黒い忍び衣装を纏わせる。
そうして、宿直の部屋から肩車して天井裏へ引き上げ、彼女を抱き抱え城の屋根裏へと侵入経路を戻る。最後に城壁の側まで辿り着くと、合図の花火を打ち上げた。
すると、まもなく、大手門で激しい銃声が轟き、城内が騒がしくなる。
『敵襲だっ、夜討ちにござる、敵襲っ。』
大手門では、小猿率いる鉄砲隊が焙烙玉、火炎壷を投げ込み騒ぎを起こしているのだ。
その隙に俺達は城壁と堀を越えて堀の外で待つ、浄雲爺と西村治郎兵衛に迎えられた。
西村殿に聞くと、八重緑姫の母親は側室であり、八重緑姫を産んだ産後の肥立ちが悪くて亡くなったそうだ。母親がいれば、一緒に連れ出そうと考えていたが、その必要はなくなった。
西村殿には、八重緑姫を無事に救い出したこと。八重緑姫をこのまま伊賀へ連れて行き保護することを、父親の佐藤忠能殿に伝えるように頼んだ。
治郎兵衛殿も父親には会わせず、戦陣から連れ出した方が八重緑姫のために良いと承知してくれた。
こうして俺達は、夜の明けきらぬうちに、開戦間近の堂洞城から立ち去った。
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翌日、熱田までやって来た俺達は熱田神社の宿坊に泊めていただいた。総勢30人余もいると、宿は寺社などに限られる。
泊めていただいたお礼に宮司の千秋直康殿の下へ伺うと、先年『桶狭間の戦い』で亡くなった千秋季忠殿の遺児季信君とその母親のたあ様、それにどこかの武家の婦人がいた。
「宮司殿、多勢で厄介になります。」
「なんの、疾風殿には日頃から多くの寄進をいただいておる。このぐらいはお安い御用じゃよ。」
「えっ、えっ。そなたは八兵衛殿ではないのですか。」
「あっ、濃姫様でございましたか。お久しゅうございます。」
「おや、お方様。お見知りでしたか。」
「ええでも、名は八兵衛殿と。」
「はははっ、こちらは伊賀藤林家の御曹子、疾風殿にござる。尾張では伊勢屋さんの手代八兵衛さんを、名乗られておりますな。」
「どうりで。いつぞやは、饗談のお姿をしておりましたものね。ふふふ。」
「お許しください、あまり知られて良いことでは、ありませぬ故。」
「ええ許しますよっ、また、妾にお土産をくださるならばね。」
「「はははっ(ほほほっ)。」」
「旦那様が会いたがっておりましたわ。
八兵衛いえ疾風殿でしたね、そなたが城に滞在した折には、滅多に笑わないあの方が、
口数も多くとても楽しそうでした。また城を訪ねて来てくださいね。」
「はあ、そのうちには · · 。」
思わぬところで思わぬ人に会ってしまった。
伊賀者であることは、いずれ知れるからいいが、濃姫様から会わずに帰ったと知れると、次に会ったときにごねられそうだ。
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永禄8(1565)年9月 伊賀藤林砦 藤林疾風
八重緑姫(7才)を連れて、伊賀へ戻った。
父上と母上には連れて来ると話していた。
「まあ、よく来たわね。今日から私があなたの母よ。よろしくね。」
「私は綺羅、お姉ちゃんだよっ。ふふっ。」
わずか1才違いの綺羅が姉さんぶってる。
「おお、よう無事じゃった。今日から儂らが家族じや、二度と人質になどさせんぞ。」
「うふっ、八重緑姫様。私もあなたと同じに疾風様に助けられて、ここへ来たのよ。
何も心配しなくていいわ。皆、優しい人ばかりよ。」
「
「まあまあっ、賢いのねぇ。いい子っ。」
そう言って、母上はさっそく八重緑を抱きしめた。また一人、母上の抱きぐるみができたようだ。八重緑は目をパチくりして捕われの小猫のようになっているが。
こうして、八重緑姫は俺の妹になった。
(はずだが、母上と綺羅と台与に奪われて、兄らしいことが、何一つできないでいる。
それと母上に言われた『疾風がいると子を産まなくても娘が増えるのね。うふふ。』
侍女達にも言われた。『疾風様、また次も可愛い妹様を拾ってきてくださいねっ。』
そんなに、妹はどこでも落ちてないっ。)
【 城郭の潜入方法 】
城の外周には、堀や土壁があり、城の外壁が外部からの侵入を困難なものにしている。
堀は水堀だけでなく、多勢が左右に広がれないようにV字の通路にした竪堀や梯子状にした障子堀などもあった。
潜入するには、人目につかない夜間に、空堀であれば、堀の端を進み、水堀であれば、綱を渡し綱を頼りに渡る。
また、城壁では瘤付きの鍵縄と、縄梯子で屋根を越え、中庭の廊下天井から侵入する。
上階層のある天井裏は、1m程しか高さがなく、高さのある屋根裏の小屋組を通る方が効率が良い。
以上は、疾風達が使った潜入方法だ。
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