第6話 伊賀 藤林疾風 VS 北畠具教 その1
永禄2(1559)年10月 伊賀藤林館 藤林疾風
多気城までは東回りで徒歩はあるが、河川と海路を使えば、まる二日で到達できる。
兵達には交代で舟の上で仮眠を取ってもらおう。
俺が率いる奇襲部隊は、北畠軍が出発すると同時に行動を起こした。
百地砦からは、
移動は川舟を使い服部川から、海に出て、夜の海上を移動する。
幸い満月の夜だったので、海上も明るく、満潮で危険な岩場も楽に抜けられた。
浜には深夜に上陸し、明け方までに多気城に詰め布陣する。
夜明けとともに攻撃開始だ。多気城の麓にある霧山御所に火を掛け、焼き払う。ここに留まっていた下働きの家人達は幸いだった。
火災だけだから、逃げ出す時間があるのだ。
もし、城に入っていれば、焙烙玉や火炎瓶の投擲部隊の餌食になっていたのだから。
多気城に対しては、10門の投擲機の一斉射撃で、本丸周辺は焙烙玉と火炎瓶により、火災と爆発で激しく炎上した。
その後、投擲部隊の目標を半数を正門に、半数を二の
しばらくすると、正面の大手門から、200名程が切り込み突撃をしてきたが、鉄砲隊の三段撃ちと5門の投擲機の焙烙玉の斉射で、瞬く間に、立っている者などなく葬った。
降伏の使者も来ないことから、おそらく
身分の高い者は生き残っていないのだろう。
「どうしようか、小猿。もう火薬がもったいないと思うんだが。」
「疾風様。もう残兵は、怪我人しかいないと思われますよ。武器を捨てて出て来るように呼び掛けましょう。」
そう言って、小猿は大手門に向かって駆けだして行った。まもなく、火の中から数名の負傷者が現れたが、その後は、ただ城が焼け落ちただけだった。
「よし、次は大河内城に向かうぞ。せっかく運んで来た火薬だ。全部使ってしまうぞ。」
「疾風様、大河内城まで焼いてしまうのですか。なんだか、もったいないですなぁ。」
「才蔵。大河内城は昔からある古びた城だろ、建物は相当古いと思うぞ。この際だからきれいに焼いてしまおう。必要なら北畠家で建て直すだろうさ。」
(この時の俺は、伊賀で立て直すはめになるとは夢にも思わなかった。)
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弘治5(1559)年10月 伊賀藤林館 藤林正保
その頃、伊賀では北畠の軍勢が5つの砦を包囲していて、伊賀の本拠地と目される藤林砦は、本隊5,000の兵で取り囲まれていた。
なにせ巨大な砦である。周囲約1kmを更に遠巻きに囲むのには多数の軍勢を要する。
そして、どこから攻め寄せるか、思案しているのであろう。水堀の辺りには少数の偵察と思しき兵士達がいた。
「伝令っ、南西郭から連絡。敵の一部が商家集落へ向かってます、おそらく、集落を焼き討ちにするつもりかと思われます。」
「わかった。焙烙大玉で迎撃する、南西郭から指示をせよ。」
「承知っ。」そう言って、伝令は走り去る。
俺の作った投擲機は、直径15cm程の太い竹筒の砲筒に紐付きのピストンを付け、後部の加圧ポンプで作る水圧で打ち出す、言わば加圧式の水鉄砲だ。
飛距離は、大型火炎瓶や焙烙大玉なら約200m。中型火炎瓶や焙烙中玉なら、400m程の飛距離がある。
藤林砦の周囲はあらかじめ碁盤の目の地図によって、記号が振り付けられており、投擲機もその記号によって、向きと角度が決められている。
投擲機は、八角の防壁一面につき10門、合計80門が控えている。南西郭から、手旗信号で投擲位置が指示されてきた。
「南西投擲隊、焙烙中玉で全門照準っ。
『は』の『12』番、繰り返す、『は』の『12』番、投擲用意。」
「「「「「用意完了っ」」」」」
「放てっ。」
焙烙玉の着弾とともに『ドドドドドーン』次々と轟音が轟き、商家集落へ向かう敵勢の一隊200人程の列に放たれる。
と、南西郭から、投擲中止の手旗信号が、激振りされる。
「撃ち方止めぇ、撃ち方止めぇ。」
目標の敵勢には、過剰攻撃だったようで、半数は死傷、あとの者達は逃げ散った。
「敵本陣に、焙烙中玉を投擲せよ。」
儂が命令するとまもなく南の郭から、射的位置の手旗信号があり、20門の投擲機から一斉に、焙烙中玉が投擲される。
本陣を砦からわずか600m程の所に置いていた北畠勢は慌てふためき、はるか2km先の山裾まで全軍が後退した。
本陣の被害は甚大のようだが、北畠具教は無事に退避したようだ。望遠鏡で見張る櫓の兵から北畠具教と見られる立烏帽子の武将の姿が見られると報告があった。
その後、四半刻、北畠軍は佇んでいたが、急に慌ただしく、退却を始めた。
どうやら、疾風達が北畠の居城である多気城を攻めた知らせが届いたと見える。各砦を包囲していた軍勢も、退却して行く。
それから一刻。こちらにも伝令が届いた。
藤林砦には既に百地家、服部家をはじめ、各家の頭領達が集まっている。
「伝令っ、伝令っ。疾風様率いる奇襲隊が、昨日昼に多気城を攻略。次に大河内城を攻略すべく、向かいましてございます。
多気城は、焙烙大玉と大型火炎瓶の攻撃により全焼。麓の霧山御所も焼失しました。
奇襲部隊は、全員無事でございます。」
「「「「おおっ。」」」
「どうやら、北畠家を叩く絶好の機会のようですなぁ。
どうしたものか、御曹司の手勢200では、荷が重かろう。後詰を出しましょうぞ。」
「皆の衆、それでよろしいか?」
「構わぬぞ、出陣すべきだっ。」
「伊賀武威を見せる絶好の機会ぞっ。」
「出陣に依存はないっ。」
「北畠を叩かねば、また攻め寄せられるぞ。この機に倒すべきだっ。」
「伊賀を護る、自分達の戦いくさだ。徹底的にやりましょうぞっ。」
「よろしいっ、では各家から半数の者を出して、後詰めと致そう。
鉄砲は藤林家と百地家、他の忍家は弓槍の兵装にて出陣をお願いする。
出陣は一刻後。百地砦大手門に集まるよう用意されたい。」
「「「「おおっ。」」」」
【 望遠鏡 】
1608年にオランダの『リッペルスハイ』
が屈折望遠鏡を発明。その前は存在しない。
13世紀頃には、レンズが物を拡大できるのが知られ、老眼鏡などに応用されていた。
しかし、そのレンズは水晶や宝石を磨いて作られた高価な品で、14世紀のベネチアの硝子作りまで普及されなかった。
俺の望遠鏡は未来から持ち込んだレンズで、10個作った。レンズ作成は、まだ硝子の製造に手を付けたばかりで未完成だ。
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