Special content“激愛”

桜蓮

第1話

◆◆◆◆◆


その日、私の元にはお客様がおみえだった。

「ソラちゃん、ごめんね。急に来ちゃって」

「ううん、全然気にしないで。今日は大学はお休みなの?」

「お休みって言うか、今日は休むことにしたの」

「体調でも悪いの?」

「うん、朝は体調も気分も最悪だった。でも、今はもう大丈夫」

「本当に?」

「うん、昨日の夜コンパがあったんだけど、ちょっと飲み過ぎちゃって」

「あっ、もしかして二日酔いだったの?」

「うん、正解」

「そうだったんだ。もう平気なの?」

「大丈夫。完全復活できたし」

「良かったね。二日酔いってなにげにきついもんね」

「そだよね。二日酔い中はもう絶対にお酒なんて飲まないって思うんだよね」

「そうそう。でも、また飲んじゃうんだけどね」

「だよね」


「てか大学生だったらコンパとかけっこうあるらしいもんね」

「ソラちゃんもサークルのコンパとかよく言ってた?」

「私は大学じゃなくて専門学校だったから」

「あっ、そうか。ソラちゃんは美容師さんだったもんね」

「そうそう」

「じゃあ、初めてお酒を飲んだのって専門学生時代?」

「ううん、私は働き始めてからだったかな」

「えっ、成人してすぐに飲まなかったの?」

「うん。成人式って国家試験の前だったから、余裕がなくて」

「そうだったんだ」

「ねぇ、舞ちゃん。コンパって楽しい?」

「う~ん、集まるメンバーによるかな。まぁ、楽しいっていえば楽しいんだけど……」

「どうしたの?」

「ほら私達って、お酒が飲めるようになったばかりでしょ?」

「うん、そうだね」

「だからみんな自分の限界が分からなくて、飲み過ぎて潰れたり、今日の私みたいに二日酔いになる人が続出するんだよね」

「なるほど。そうなんだ」

私が苦笑すると、彼女も苦笑いを浮かべた。

彼女の名前は舞ちゃん。

舞ちゃんは、ソウタの実家のすぐ近所に住んでいて、ソウタとは幼なじみだ。

舞ちゃんと私が初めて会ったのは、ソウタとの結婚が決まり式の打ち合わせでこっちに来た時だった。

初対面の時、私は思った。

……きっと舞ちゃんとは仲良くなれないだろうって……。

私がそう感じたのには、ちゃんと理由がある。

事前にソウタから舞ちゃんの話は聞いていた。

「実家の近くに仲のいい同級生友達がいて、そいつには5歳下の妹がいる。友達の妹ではあるけれど俺にとっても妹みたいな存在なんだ」って、ソウタは私に教えてくれた。


ソウタが地元の話をする時、必ずと言っていいほど舞ちゃんの名前が出てきていたから、私も舞ちゃんに会えるのをとても楽しみにしていた。


だけどいざ舞ちゃんに会ってみると、ソウタが言っていた妹みたいな存在という関係じゃないように感じた。

確かにソウタは、舞ちゃんのことを妹みたいな存在だと思っているけど、舞ちゃんはどうも違うような気がした。


だけど私がそう感じたのはあくまでも直感であって、確証があるわけじゃない。

だから私はそう感じていたものの、ソウタにそれを伝えていいものかどうか迷っていた。

もしかしたら私の勘違いかもしれない。

期待混じりにそう思っていたんだけど……。

残念なことにこういう時に限って、私の直感は当たってしまう。


ソウタと話をする舞ちゃんは恋する乙女の瞳をしていたし、婚約者だとソウタに紹介された私には嫉妬心むき出しの眼を向けていた。

それをみれば舞ちゃんがソウタに対してどんな気持ちを抱いているのか、分かってしまった。

でもおそらくソウタは舞ちゃんの気持ちに気付いていない。

だから私は、舞ちゃんがどういう気持ちを抱いているのかそれとなくソウタに話してみることにした。


ただうまく伝えればいいだけ。

そう思っていたんだけど、これが簡単なことではなかった。

「はっ? 舞が俺のことを好き?」

「うん。そうみたいなんだよね」

「そりゃあ、そうだろうな」

「はっ?」

「なんて言っても、俺と舞は家族みたいなもんで血は繋がってねぇけど兄妹みたいな関係だからな。妹が兄ちゃんを好きなのは別におかしいことじゃないだろう?」

「……いや、ちょっと待って。その好きじゃなくて……」

「はっ? その好きじゃない?」

「うん」

「じゃあ、どの好きなんだ?」

「ソウタが言ってるのはLikeの方でしょ? 私が言っている好きはLoveの方なんだよね」

私はすごく真剣に話してるというのに……。

「なに言ってるんだ?」

なぜかソウタは爆笑し始めた。

「えっ? なにがおかしいの?」

「なにがって、ソラがおかしなことを言うからだろ?」

「おかしなこと? それって舞ちゃんがソウタのことを好きで、その好きは恋愛の好きだってこと?」

「あぁ、そうだ。舞は俺にとって妹みたいな存在だって何度も話したよな?」

「うん、それは何度も聞いた」

「だよな?」

「でもそう思ってるのは多分、ソウタだけだと思うよ」

「俺だけ?」

ソウタはキョトンとして私を見つめてくる。

「うん、そうだよ。家族に対するような好きだと思ってるのはソウタだけだと思う」

「……」

「ソウタ?」

「てか、ソラはなんでそう思ったんだ?」

「なんでって……舞ちゃんに会って直感でそう思ったんだけど……」

「直感? それって女の勘ってやつか?」

そう聞いてくるソウタはなぜか目を輝かせている。

私は意味が分からなかった。

「あのね、ソウタ。私は真剣に話してるんだけど」

「ん?」

「これは冗談とかじゃないの」

「分かった。じゃあ、100歩譲って舞が俺のことを好きだとする。Loveの方で」

……えっ? 100歩譲って?

いやいや、別に譲らなくても、舞ちゃんを見ていればソウタを好きなことは、一目瞭然じゃない?

そう思ったけど、今それを言ってしまうと絶対に論点がずれてしまうような気がしたから、私は不本意ながらも喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。


「……うん。それで?」

「でも、もしそうだとしてもなにも変わらないだろ?」

「なにも変わらない?」

「あぁ、舞は俺にとって妹みたいな存在ってことはこれまでもそしてこれからも変わらない」

「それはそうかもしれないけど……」

「なんだ?」

「それって要は気付かないフリをするってことだよね?」

「……まぁ、1000歩譲って舞が俺のことを好きだとする。Loveの方で」

「うん」

「もしそうだったとしても、俺は多分気付かないフリをするだろうな」

「それはどうして?」

「理由はいくつかあるんだけど」

「うん」

「もし、舞が俺のことを好きだとしても、それは勘違いだと思うんだ」

「はい? 勘違い?」

「そうだ。舞のいちばん近くにいた他人の男が俺だったから、そう思い込んでしまってるんだと思うんだよな」

「そうかな?」

「そうだって。それは一時的なものでそのうち熱も冷める」

「じゃあ、他の理由は?」

「10000歩譲って舞が俺のことを好きだとする。でももう俺が結婚するって分かっているわけだから、その気持ちを断ち切ろうとしているはずだ」

「えっ!? そうなの!?」

「あぁ、あいつはあぁ見えてすげぇ男らしいんだ」

「……いやいや、舞ちゃんは女の子だけど」

「いや、性格的な話だ。『他の女のものになった女なんてもう興味がない』って、そう思ってるはずだ」

ソウタはそう言って笑っていたけど、私はとてもじゃないけど笑うことなんてできなかった。

女の子の気持ちはそんなに単純なものじゃないって分かっているから。

この時、私は思った。

……ソウタって女の子の気持ちが全然分かってないって。


だけどその数日後。

私はソウタの言い分が全て間違いってわけじゃないってことを思い知らされることとなった。

それは舞ちゃんと初めて会った翌々日のことだった。

その日は、ソウタの提案で舞ちゃんとお兄ちゃんをお招きして4人で食事をすることになった。

ソウタとお兄ちゃんは同級生でかなり仲がいいらしい。

元々はソウタと舞ちゃんのお兄ちゃんがよく一緒に遊んでいたらしいんだけど、そこに舞ちゃんが参加するようになって、ソウタと舞ちゃんは仲良くなったって聞いている。

ソウタは私に気を遣って、この提案をしてくれたんだけど、私はそのお食事会を素直に楽しみにすることなんてできなかった。

だって波乱の予感しかしなかったから。

……どうか、何事もなくお食事会が無事終わりますように。

お食事会が始まる前から私はひたすらそう祈っていた。


ソウタが提案してくれたお食事会。

何事もなく無事終わった……とは言えなかった。

ソウタと舞ちゃんのお兄ちゃんは久しぶりの再会がよほど嬉しかったらしく、お酒もかなり進んでいた。


すっかり酔いがまわったらしい舞ちゃんのお兄ちゃんが

「そう言えば、ソウタが結婚するって分かった時、舞はかなりヘコんでたんだぞ」

……えっ!? このタイミングでそれを言う!?って言いたくなるタイミングで爆弾発言を投下してきた。

私はビックリして息を飲んだ。

ここで上手くフォローしないといけないソウタもかなり酔っているらしくて全く役に立たない。

それどころか「マジか? 舞は本当に俺が大好きなんだな」状況が全く把握できていないらしく、ヘラヘラと笑いながら、この場で舞ちゃんが答えづらいことを言い出す。

おそらくソウタが言っている『大好き』はLoveじゃなくてLikeの最上級だと思う。

でも舞ちゃんの本心が分かっている私はそれを笑って聞き流すこともできず、ヒヤヒヤしていた。

私だってそんな感じだったんだから、舞ちゃんはもっと複雑な心境だったに違いない。


だけど舞ちゃんは、ソウタが言った通りの女の子だった。

だって

「うん、ソウタくんのことが大好きだったから結婚するって聞いた時は、マジで落ち込んだよ。あっ、それと勘違いされたくないから言っておくけど、私が言ってるのはLoveの方の好きだから」

堂々とそう言い放ったのだから。


舞ちゃんの言葉を聞いたソウタは固まっていたし、

「お……おい、舞。お前、ソラさんの前でなにを言ってるんだよ?」

舞ちゃんのお兄ちゃんは焦ったように顔を引き攣らせていた。


Special content“激愛”1 【完結】


※この作品は電子書籍版をホームページで販売しています。

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