『禁止された料理 反逆の食べ物テロ』
N(えぬ)
1話完結 『食テロ』
「警察だ!警察が来たぞ!逃げろ!」
そこかしこでそんな叫び声が飛び交い、人が交錯して逃げていく。駆けつけた警官隊がその後を追う。そして、逃げ損なった人間が数人、警察に拘束されたようだった。
「屋台焼きそばだな……リアル食材使用および調理の現行犯で逮捕する。これからの発言は証拠として……」
警官隊を指揮していたスーツの男が逮捕された人間達に説明した。
この警官隊は正しくは一般に言う警察とは違う。彼らが取り締まるのは『本物の食材』と『それを調理する行為』である。彼らが所属する部署は『リアル食材および調理取締局』という。通称で『ショクトリ』とも呼ばれた。
ショクトリの相沢が逮捕した食テロリストや没収した食材、鉄板とレンガだけの簡易コンロなどの警察車両への積み込みを見ていると、やはりスーツを着た中年の男が近づいてきた。
「屋外で作る、大量の焼きそば。思い出すなぁ。このソースの匂いが堪らないよな」そう言って鼻をヒクヒクさせたのは市警察本部の大河原警部だった。
「ご苦労様です、警部。……市警察は、ウチが到着するまで焼きそば作るのを遠目にうろうろするだけで知らん顔ですか」相沢は皮肉と呆れを取り混ぜて大河原にぶつけたが、百戦錬磨の警部大河原は、そんなことは気にしなかった。
「管轄外だからねえ。下手に手を出すと、問題起きるからさ」
そんな風にうそぶいて笑った。そして、「焼きそばは食テロするには簡単な部類だからなぁ。お好み焼きとか、たこ焼きをやってみせる肝の据わった食テロリストはなかなかいないな。俺としちゃあ、イカの丸焼き期待してるんだけどな」と警部は感慨深げに語って見せた。
それを聞いた相沢は、「警部は飯テロに期待してるんですね。こまるなぁ。でも最近、何にも料理を作らないで、タレを火で炙って匂いだけ振りまいて逃げる、『タレテロ』も出てきました。あれこそ誰も喜ばないテロです。匂いで誘って人を期待させるだけで逃げるなんて、料理への心情のないただの愉快犯です」
「ううん、匂いだけだとなぁ。その匂いを嗅ぎながら人工代用食を食うのも手だな。それにしても、昔、歴史で習った禁酒法を超える法律が施行され、鰻なんぞを焼く匂いで飯を食うって言う落語の話みたいなことが実際に起きる時代が来るとは、思わなかったぜ」
大河原警部はひとしきり相沢と話して、「それじゃ」と軽く手を上げて現場を離れた。
*
人間の99%が脳以外の部分を機械化してサイボーグ化した現代では、人間に必要なエネルギーや消化器官も大きく変わり旧時代に行われていた『本物の食事』は無用のものとなっていた。無用どころか、牧畜や農業は地球環境に悪影響を及ぼすということから一部の研究分野などを除いて全面的に禁止された。人間の食事は環境負荷の少ない人工代用食に置き換えられた。だが、代用食は不味くて味気ないという不満を抱えた人は多く存在し、そういう状況の中で、法に反して『本物の食事をしよう』という人々がいた。本物の食品への思いは断ちがたく、彼らは闇ルートで密かに手に入れたリアル食材を用いて料理を作り楽しんでいた。更に過激な行動に出る人間もいた。それは、町中で突然、本物の食べ物を通りすがりの人々に配ったり、料理を作り始める行為だった。このような行為は『食品テロ行為』『食テロ』と呼ばれ、実行する者たちを『食テロリスト』と呼んだ。
食テロリストは、本物の食品を食べたいという要求は基本的に同じ傾向であったが、果物好きな者やスイーツ好き、ジャンクフードや肉や魚などに特化した者も存在した。
食品テロ行為は後を絶たなかった。食品を食べるという目的を超えて、警官隊が来るまでの時間に人々の前でいかに手の込んだ料理を完成させるかを競うような風潮も現れた。
*
「市長。食テロが横行して、検挙が追いつきません。市庁舎の前にメディアの記者が大勢押しかけて、対策を講じないのかと迫ってきています」市長の秘書は冷や汗を流しながら言った。
「わかっている。人の、食への執念は深く恐ろしいものさえあるからな。うまく対処しないと、ほうぼうから批判を受けてしまうだろう……何かいい策はないものか」
市長は窓から庁舎の入り口に集まっている記者や抗議のデモ、法改正を訴えるデモなどの人だかりを見てため息をついた。
市長は考えた末に、荒っぽいパフォーマンスをして市民にアピールすることを思い立った。
市庁舎の前の広場にレンガの囲いが1メートルほどの高さに積み上げられ、その上に巨大な鉄板がクレーンでつり上げられて置かれた。鉄板の下には薪が置かれ、火がつけられた。
「お集まりの市民の皆さん。食テロが無くならないことに、わたくしも市長として強い責任を感じております。そこで今日は、食テロ撲滅への意思を示したいと思います。法律違反で没収した肉や野菜、魚をこの鉄板の上で全て、焼き払ってしまおうと考えました。皆さん、賛成していただけますか?!」
市長が参集した人々に訴えかけると、始めキョトンとしていた多くの人々は、「おー、おー!」と拳を突き上げて歓喜の声を発した。
巨大な鉄板の上に没収食品が並べられ、やがて、ジュ~ジュ~と音を立て匂いを漂わせていった。
「市民の皆さん。ご覧ください。食品が燃やされて、なんと無様な姿でしょう。この食品は全て焼いて廃棄してしまおうと考えております。皆さんの中で廃棄を手伝っていただける方がいましたら、どうぞご協力ください!」
市長のことばを受けて人々は顔をほころばせた。
「廃棄にご協力いただける方。こちらに紙皿と箸を用意していますので、お使いください。なぜか調味料もいろいろ揃えてございます」市長の秘書が呼びかけた。近づいてきたおじいさんが一人、「ううん。これは実にどうも、けしからんな」といって皿と箸を受け取った。そのおじいさんを切っ掛けに人々がドッと群がった。「わたしは大きな協力をしたいので家から鍋を持ってきてもいいかな?」そう申し出る人もいた。「どうぞどうぞ。遠慮はいりません。ご協力感謝いたします」秘書はにこやかに笑った。
「市長。これは、よいご発案でしたね」秘書が市長の耳元で囁いた。
「ふむ。食テロのお株を奪うパフォーマンスで、皆満足、おなかいっぱいじゃ!」
『禁止された料理 反逆の食べ物テロ』 N(えぬ) @enu2020
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